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12 談笑


時は放課後。勇気は、三途川幽の自宅に訪れていた。一つ深呼吸をして、呼び鈴を鳴らす。


「来たか、待っておったぞ」


来客を示す電子音が鳴ると、すぐに幽が顔を出した、扉を開けずに。勇気は、それに驚きつつまず最初に会釈した。


「ああ。でも良かったのか、今日で」


「よいよい。確かに忙しくはあるが、ヌシと勇気に関連することならば別じゃ。まぁ上がれ、茶でも出そう」


幽は、玄関の扉を開け、勇気に手招きをする。


「ありがとう。失礼します」


ーーーーー


ーーーーー


「で、話とは何じゃ?_あぁ、すまん。作業しながらでも構わんか? 言った通り少し忙しくてのう」


部屋に入ると、幽が申し訳なさそうに近くの液晶を指差した。


「ああ、大丈夫だ。それで本題だけど、幽さ」


勇気は、作業中の幽の背中を刺すように見た。


「俺に隠してることあるよな」


幽の腕がぴたりと止まった。数秒の沈黙の後、幽は平淡に言葉を発する。


「そりゃあ、幽霊だって元は人間じゃ。隠し事の一つや二つあろう」


勇気は、それを受けて首を振る。


「そういうことじゃない。俺が聞きたいのは、星野勇気と俺が入れ替わったことについて、本当に何も知らないのか、だ」


勇気の目は真っ直ぐで、それは疑いではなく、既に確信に満ちていた。背中からでもその視線が充分に感じ取れたのか、幽は、ゆっくりと勇気の方へ身体を向けた。


「一つ聞かせて欲しい。なぜそう思ったのじゃ?」


「事が滑らかに進みすぎていたからだ。幽は、最初俺と出会ったときすぐに、俺が"星野勇気"ではないと気が付いた。俺はその時、貴女が幽霊だからって気にも止めなかったけれど、思えばそこから怪しかったな。さらにその後、幽は一週間も経たない内に、俺がこの世界に飛ばされた理由、そして元の世界へ帰る方法を見つけてくれたよな、都合良く。どうしてそんなに早く探し当てられたのか、()()()()()()()()()()。_そう、結論付けて、今日訪ねてきた」


勇気は、一斉に自らの考えをさらけ出した。言い終わって、自信に満ちた目で、幽を見た。少し間が空いて、幽が笑う。


「ヌシが"星野勇気"だから、と完全に油断していたのう・・・。さて、まずは正解ですと言わせてもらおう。確かに私は知っておったよ、あの日、勇気とヌシが入れ替わることも、なぜ入れ替わったのかものう。きっかけは何じゃ?」


「橘桜が"星野勇気"の日記を見せてくれたんだ、このページ」


勇気が、携帯電話を懐から取り出し、日記の画面を幽に示した。幽はそれを見て、一度顔をしかめてからため息をこぼす。


「勇気め、下手なことは書くなと言っておったろうに。気持ちは分からんでもないが、こんな意味深なことを書けばバレるに決まっておろう・・・」


勇気は、そのまま携帯電話を幽に手渡す。


「他のページは自由に見てくれ。_それで、聞かせてほしい、どうして"星野勇気"は俺と入れ替わるなんて真似をしたんだ」


「それが、勇気の夢だったからじゃ」


「夢?」


勇気は、思わず単語を繰り返す。


「そう、夢じゃ。子供の頃から現在に至るまで抱き続けていた、純粋無垢な夢じゃ。「異世界に行くこと」勇気は、それを叶えたかったのじゃよ。方法を伝えたのは私だけどね」


勇気は、頭の中を少し整理して、そしてため息を一つ溢してから応える。


「そのために、俺が巻き込まれたっていうのか」


「そういうことじゃな。まぁなんだ、申し訳ないとは思っておるよ。勇気の頼みとはいえ、無関係のヌシを巻き込んだこと、そして事の発端、経緯を隠していたこと。すまなかった」


幽が、音を立てず頭を下げた。


「あぁいや、別に責めようって訳じゃないんだ。"星野勇気"に平行世界に行く方法を教えたのなら、幽は知っているんだろ? _なんだったか・・・そうだ、"扉"の場所を」


「それは知らん」


「は?」


「確かに私は、勇気に平行世界へと飛び込む方法を授けた。授けはしたが、"扉"の位置は見当も付かんかった」


「だけど、現に俺と"星野勇気"は入れ代わって・・・。あ、そうか、方法は二つあるんだったか」


方法は二つ。勇気は、昨日の会話を思い出す。まず生物が平行世界に飛ばされる条件として、比較的容易な方が「双方の世界に存在する"鍵"となる生物が、同じく"扉"となる場所に接触すること」そして。


「もう一つって、たしか「"鍵"同士が全く同じ場所で全く同じ行動をする」ことだったか。それをやったのか、実際に?」


「左様。そんなことが偶然に起こるにしても、可能性は限りなく低い、だから作為的に行うなんて不可能に近いはずなんじゃが。何故かあやつ、あの日に「いける」と思ったらしくてのう、ご丁寧に別れの電話までかけてきおった。で、日が昇ってみれば「星野勇気が記憶喪失になった」という報せが飛び込んできた。驚きを通り越して笑ったよ私は」


勇気は、幽の言葉を頭の中で組み立てた後、現在自分が体験している出来事全てが、限りなく理不尽なきっかけによるものだと理解した、そして、頭を抱えた。


「もし"星野勇気"に会えたなら、一つ説教でもしてやりたい気分だ」


「その時が来ればいくらでもしてやるといい、ヌシが此方の世界で罪悪感を抱きながら過ごしているというのに、あやつは今頃、念願の異世界を満喫しているじゃろうからな」


「・・・。向こうの生徒に変なことをしていなければ良いけど」


「その辺は安心せい。勇気も節操なしと言うわけではない、そちらの世界に迷惑はかけんじゃろう。・・・、多分」


「最後の一言さえなければ安心できたんだけどな。じゃあ結局、俺はもうしばらくは帰れないってことだな」


「そうなる、まぁ手助けはしてやるさ。ああそれと、焦りは禁物じゃぞ、何を生むか分からん」


「そうだな、出来るだけ平常心を保つようにするさ、自分を失わないように。今日はありがとうな、知れて良かった。それじゃ、これで失礼するよ」


勇気は、立ち上がって軽く一礼した後、踵を返しその場を後にする。


「・・・。観察しがいのある奴じゃなあ。あっ、あやつめ、携帯電話を忘れておる。全くこういうところはそっくりじゃ、届けに行かんと」



ーーーーー


ーーーーー



(さて、そうと決まれば"扉"探しだな。正直、「世界のどこかにある」場所を見つけるなんて無茶な話だけど、何もしないよりかは、きっとましだ)


時は進み、とうとう勇気は休日へとたどり着いた。勇気は朝一番、「待っていました」と言わんばかりに軽く身支度を済ませた。


(まずは、家の周辺からかな。取り敢えずの目的地を設定しておいて・・・。ん?)


と、机上の携帯電話が軽快な音楽を奏でた。


(電話か、誰からだ?)


携帯電話を取り、画面を確認する


ー『発信者 橘桜』ー


「もしもし?」


《もしもしー、起きてるー?》


「ばっちりだ」


《すごいねー、私は寝起きだからぐでぐでー。ところで今日の昼空いてるー?》


「今日? ・・・あー、今日はやることがあるんだ、ごめん」


《そっかー。いいよいいよー、まぁ急だったしー。じゃあまた今度誘うよー》


通話が切れる。


(彼女は、いつも突然だな…。そういうところも含めて"親友"だったんだろうけど)


ーーーーー


ーーーーー


「お義兄ちゃん、何処行くの?」


太陽は更に上って昼間。場所は玄関口、勇気が扉に手をかけると、星野結愛に呼び止められた。勇気は、今までそんな経験をしてこなかったため、少し驚いてしまう。


「・・・あー、言っておくべきだよな、ごめん。ちょっと扉探しにな」


「扉?」


結愛が、不可解な単語に疑問を返した。


「えーと、俺が元の世界に戻る為には欠かせない場所があるんだ、だけど俺は位置を知らないから、それを探しに行く」


「・・・。散歩ってこと?」


「散歩、というよりは観光だな・・・。まぁ、とにかくその辺をぶらついてくるよ。夕方には帰ってくる」


「・・・。分かった、何かあったら連絡するね」


「そうしてくれ、それじゃ行ってきます」


「いってらっしゃい、気を付けてね!」


勇気は、扉を開け"星野勇気"の家を後にした。


「・・・。お義兄ちゃん、やっぱり本当なのかな」


ーーーーー


ーーーーー


『これから扉探しに出かけるけど、扉にはなにか目印とかあるのか?』


『知らん。近くに行ったらピーンとでもくるかもね、勇気がそうだったように』


『そうか、ありがとう』


勇気は、携帯電話で地図を開くついでに幽との簡易メッセージのやり取りを見直していた。


(「ピーンと」ね・・・。俺に感じ取れるのかそんなの)


勇気は、携帯を懐にしまい、特にあてもなく歩き出した。勇気のいた世界と道は同じで、しかし辺りの建物を見ると、勇気の知っている町と比べ様々な変化がある。知っているようでまるで知らない、そんな奇妙な町並みを、観光気分で歩いた。


(どこを向いても綺麗な町だな。きらびやかとはまた違う、武骨に見えてとても上品だ。そして、そこらじゅうにある天上社のロゴ、あれもうまく町に溶け込んでる。きっと緻密な計算の上で建てられているんだろう。町全体には活気が溢れて、賑やかな筈なのに、妙に落ち着けもする。完成された町っていうのはこういう場所を言うんだろうか。まぁ、慣れていない所為か、むしろ違和感を覚えてしまうけど。・・・。ん?)


と、通りを曲がったところで、勇気は足を止めた。


(楽器専門店か、結構大きい店のみたいだ。・・・。楽器か、どうせ歩くだけなら少し見ていくのも良いかな)


両開きの自動扉をくぐり、外とは違い賑やかな店内に少し目をしばたたかせる。


(流石に店の中は賑わってるな、これも楽器店の醍醐味ってやつか? さて、とりあえずキーボードでも見に行くか)


勇気は、近くの案内板を確認し、キーボード売り場へと向かった。


ーーーーー


ーーーーー


(やっぱり凄いな。売り場の配置だって繊細だ、何かこう、足を踏み入れた途端すっと情報が入ってくるような感覚になる。自分の心理を掌握されているみたいで、逆に気味が悪くなるな・・・、この世界の人達はこれくらい普通の感覚なんだろうけど、住んでいた世界が文字通り違う俺にとってはとんでもない場所だ)


キーボード売り場へとやって来て、勇気は辺りを見渡しながら歩いた。時代も、景色も基本的には同じ筈の平行世界だが、目には見えない決定的な技術の差が此所にはあった。まるで未来に来たかのような錯覚にとらわれ、勇気は無邪気な子供のような眼で売り場を見回した。


(店の中って、こんなに楽しいものだったかな。 あ、試奏も出来るのか。・・・、じゃ、少しだけ)


展示されているキーボードの中で、自分好みの色合いの物をを適当に見つけ、試しに七音音階を鳴らしてみる


ー~♪ー


「うおっ」


思わず声が出てしまった。深い菫色のキーボードから奏でられたその音は、余りにも純潔で、そして力強く響いた。電子音とは思えない重厚な音は、勇気に語りかけてくるかのように浸透した。


(・・・、このキーボード、生きてる。そんな感想が的確だと確かに思える。こんな気持ちは初めてだ!)


勇気は、再び指を動かした。自分の居た世界で慣れ親しんだ曲を弾く。いつも聴いていた旋律が、全く違う曲のように聴こえて、勇気はとても新鮮な気分だった。


「あれ、副会長?」


と、近くから声が聞こえた。勇気は声の方へ視線を向けると、驚きのあまり大きく音を外してしまう。


「・・・え」


急に声をかけられたから驚いたのではない、その声の主に驚いたのだ。


勇気の視線の先では中藤尊康が不思議そうな顔で勇気を見ていた。


「やっぱり副会長だ。楽器屋に居るし、キーボード弾いてるしで意外だわ」


(中藤尊康!? 何で、どうして此所に!? いや、そんなことはどうでも良い、重要なのは今彼が俺に話しかけているということだ! どうしようもなく一大事じゃないか! 落ち着け俺、平常心だ)


「っ、まあな、元の世界では暇潰しで結構弾いていたんだ。貴方はどうして此所に?」


「尊康で良いよ。俺はあれだ、妹の付き添い?」


「妹?」


「おう、中藤美麗。知ってるだろ?」


「・・・、ああ! 軽音部の?」


「そうそう。ま、付き添いって言っても出先でばったり会っちまったから付き合わされてるだけだが。あ、そうだ。前に生徒会が軽音部に訪ねて来たって聞いたけど、美麗のやつ、殴りかかったりしなかったか?」


「あー。鶴城が余計なことを言って、その時に一度」


「宇宮鶴城ね・・・。家で妙にイラついてたのはそれが原因か、前は仲良かった筈なのに何で_だっ!?」


と、尊康が言葉の途中で顔を歪め膝をついた。


「余計なことを喋るなアホ兄さん!」


「っ、だからって向こう脛蹴ることは無いだろ! ・・・。ってかいつから居た?」


「さっきから居たし声もかけた! あーあー、どうせチビだよ!」


中藤美麗が、床を踏み鳴らしそっぽを向いた。そして、すぐに勇気の方へ向き直る。


「で、あんたはどうして此所に居るの副会長?」


美麗は、ぎろりと勇気を睨み上げた。


「・・・あー、観光ついでに楽器を見に来た」


「信用できない回答ありがとう。一週間前くらいに記憶喪失になった人が、記憶を失う前も弾けなかった楽器を見に来るか?」


「美麗、お前結構副会長のこと調べてるんだな。でもさっき普通に弾いてたぞ? 副会長」


「兄さんは黙ってて。私は、自分の眼で見たものしか信じないの」


「実の兄の言うことくらい信じてくれても_」


Shut up(黙れ)!」


「・・・兄の威厳もあったもんじゃねえな」


「で、本当に弾けるの? キーボード」


「ああ、まぁ弾いたことの無い人よりは自信あるかな。論より証拠だ、今弾くよ。向こうの世界の曲で失礼するけど」


「そう、じゃあ聴かせてもらおうじゃん」


勇気は再びキーボードへ向かい、美麗はそれを仁王立ちで見ている。


(他人の前で弾くなんて、いつ振りだろう。・・・。なんだか緊張してきたな)


勇気は深呼吸をひとつして息を整え、演奏を開始した。


・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・


ー~♪~♪~♪ー


勇気は最後の音を心地よく弾き、鶴城の方へ向き直った。


「・・・、びっくりした。本当に弾けるんだ、しかも結構上手いし」


美麗は、軽い拍手混じりで、勇気を称賛して見せた。勇気は、その反応に目を丸くする。


「意外だな、てっきり「まだまだだね」とかを言われるとばかり思っていたけど」


「嘘は吐けないよ、演奏してるやつが嫌いでも、そいつが弾いてるのだって音楽だ。私は、音楽とだけは正直に向き合うって決めてんだ」


「・・・。立派だな、尊敬するよ」


「止めろよ、あんたに言われても嬉しくないし」


「おい美麗、誉めてくれてんだから_っ、ぐあぁっ!」


尊康の言葉を遮って、美麗が尊康の向こう脛を蹴り上げた。


「っ、美麗お前腹立ったらすぐ手ぇ出すの止めろって言ってるだろ! ・・・くっそどうしてこう向こう脛を何度も何度も!」


「兄さんはいつもいつも余計なんだよ、ありがた迷惑なの!」


「・・・、今半端なく悲しいわ俺」


「そうやってすぐ落ち込むの止めてって。・・・、まぁ良いや、副会長が本当に楽器を見に来ただけだって分かったら、もう用とか無いし。行くよ兄さん。あぁそれと、さっき副会長が弾いてたキーボード、結構良い選択じゃない? それじゃ!」


美麗は、尊康を置いて踵を返す。すると、尊康が勇気の耳に顔を近付けた。


「まぁ、何だ。美麗は怒りっぽい所あるけど、多少音楽に盲目なだけだからさ、あんまり嫌ってやらないでくれ」


「・・・っ、ああ分かった」


「今日はありがとな、良いもん聴かせてもらったよ。それじゃ!」


尊康は、勇気に別れを告げ、小走りで美麗の後を追った。


そして、暫くの沈黙の後。


「・・・・・・。嗚呼」


(よくやった! よくやったぞ俺! よくぞ取り乱さなかった! 尊康・・・、貴方はどうして何もかもが俺の好みを貫いてくるんだ! 何だあの声、聞いてるだけで顔がにやけるところだった・・・、ああ駄目だ今からでも思い出したらにやけてしまう。というかあの去り際のあれはなんだ! 驚いて膝から崩れ落ちるところだったぞ! あんなことされたら恋に落ちてしまうだろうに! ・・・、いやまあ正直既に落ちては居るんだけど)


勇気は、一通り混乱した後、深く深呼吸をする。


(駄目だな。完全に不意打ちだったからまだ頭がぼーっとしてる。今日は一旦_)


「・・・。帰るか」


勇気は、尊康の声を頭の中でぐるぐると響かせながら、キーボード売り場を後にした。







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