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11 日記


「もしもし?…あぁ、ヌシか」


薄暗い部屋の中、彼女の声は響いた。


「かけてきたということは、確信が持てたか?」


《───》


「ああ、言った通りじゃ。他の連中が気が付かないというのは、不思議というか…、不自然じゃがな」


《───》


「ほんに歪まないのうヌシは…、あやつにストーカーじみたことをするほど、家族が大事か。ヌシにも不都合はあろうに…」


《───》


「そうじゃなあ…、あやつは、勇気ほど分からず屋でもない。故に、罪の意識はどうにも強いようじゃが…。ま、ヌシは気付いたのじゃ、支えてやってはどうかな、好きなんじゃろう?」


《───》


「あっはは! すまん、すまんて! そうじゃな、その通りじゃ。_私か? 私だってもちろん、帰ってきて欲しいとは思っておるよ。だからこそあやつの身は案じるし、協力もするつもりじゃ。_それに、あやつの事は少ーしだけ気に入っておるしな」



ーーーーー


ーーーーー



「あ…おはよう!お義兄ちゃん」


朝、勇気がリビングに入ると、キッチンから結愛の元気良い声が届けられた。勇気は、このやり取りに慣れてきてしまった事を恐ろしく思いつつ、それに応える。


「ああ、おはよう。…あー、朝飯の支度手伝おうか?」


勇気は、結愛の手元を見て、いてもたってもいられずに尋ねた。結愛は、対して微笑み、首を振った。


「_…ううん、今日は大丈夫、もう終わるとこだから、待ってて。最近のお義兄ちゃん早起きだから、今日は早めに始めてたんだ。…よしっと、できたよお義兄ちゃん」


食卓の上に料理が並べられていく。どれもシンプルで、それでいて完成度の高い、家庭的な献立だ。


「そうか、ごめんな。_全く、"星野勇気"は本当に幸福者だな」


勇気は、結愛の存在を少しだけ羨ましく思いながら、そう言った。不意だった為か、結愛は一旦手を止め、勇気の方へ向き直った。


「えっ? そう、だったのかな…、…えへへ、ありがとうお義兄ちゃん。ねぇその台詞さ、記憶が戻ったら、今度は一人称で言ってね?」


勇気は、その恥じらいの混じった笑顔に、こくりと頷いた。


「ああ、きっとそうさせる。あ、それと、洗い物くらいははやらせてくれな?」



ーーーーー


ーーーーー



勇気は、3-F教室で一人、軽い考え事をしながら過ごしていた。ふと、自分の携帯電話の画面を見て、つい数分前届けられた簡易メッセージを再確認する。


『軽音部の騒動の終結、お疲れさま。事後処理は私たちでやるから、今日は生徒会の業務は無し。ゆっくり休んで』


(_別にいいのに。…まぁ、仲の良かった人が急に記憶を失った、…なんて事態になったら俺もこうするな。…お言葉に甘えるとするか)


勇気は、携帯電話の画面から視線を上げ、気が付くと、窓際の席、中藤尊康の方へ意識を向けていた。


(__うん、やっぱり格好良いな。窓からの光が良く似合っている。筋肉質な身体が照らされて、とても美し_)


「おはよう、勇気」


と、勇気の教室に入ってきた恵が、軽く手を振って勇気に語りかけた。


「? _っ、ああ、おはよう恵。…なぁ、生徒会の業務、本当にやらなくて大丈夫なのか?見回りくらいはしても…」


恵を視認すると、勇気は、やはりどうしても気になってしまう事を尋ねた。恵は、それを聞くと小さなため息をこぼして、暖かく微笑んだ。


「駄目よ。今は、自分の記憶を第一に考えなさいよね。因みにこれ、会長からのお達し」


恵は、最後に人差し指を前に出して釘をさした。


「記憶…か、そうだな、俺がこのままじゃあ、貴女達にも悪いし…」


恵は、それを聞いて安堵の表情を見せると、勇気の隣の席に腰を下ろした。


「全く、いつも二言目には他人の事ね。取り敢えず今日は、ゆっくり休んでみたらどう? 考えるのはその後でも充分じゃないかしら。_ともかく勇気、"お疲れさま"」


勇気は、恵のその表情、労いに、元居たの世界の思い出を重ねた。一仕事終えたときの仲間からの声、感謝。そんな、何でもない日常が、勇気の頭の中に蘇る。



//////////



「お疲れ様、勇気」



//////////



勇気にとって、誰よりも親しかった生徒会長が、いつか言った台詞。恵の言葉が反響したかのように重なって聞こえたのは、そんな、何でもない一言だ。


(_懐かしい、な…。いつも聞いていたはずなのに、こんなにも懐かしい。…不思議だな。それだけあいつらとの時間が充実したものだったのか、それとも_ 皆、どうしてるかな…)


「勇気?」


「! …あー、ごめん。ちょっと、ぼーっとしてて」


「…大丈夫?何なら、生徒会室で休んできたら?」


「いや、大丈夫だ、ありがとう。…もうしばらく待って欲しい"星野勇気"は、きっと連れてくる」


”きっと”という言葉は、曖昧だ。だが勇気は、例えこの声が届かないとしても、恵を安心させたかった。仮初めの立場とはいえ、生徒会副会長として。



ーーーーー


ーーーーー



時は昼休みになり、勇気は、数グループの女子生徒達で賑わっている3-F教室の中、何をしようかと考えあぐねていた。


(さて、今日は臨時休暇…、少し恵達が心配だけど、せっかく気を遣ってくれたんだ、無下にはできないな。_とはいえ、自由時間か…、どうしたものか、昼休みは何時も見回りやら生徒会室で書類の整理やらでどたばたしていたから、それが出来ないとなると…、駄目だ、まるで思い付かない。かといって何もしていないと悪い方向へ考え事をしてしまうし、あまりぼーっとしていたくもないな…)


ふと、中藤貴康の事を思い出した。勇気は、視線を彼の机の方へ向ける。


(あれ、今日は居る。いつも、昼休みになると何処かへ行っていたのに)


中藤貴康は、本を広げながら、何かをノートに記している様だ。勇気は、彼を何気なく眺めている内にはっと気が付いた。


(もしかして今って…、そうだ、絶好のチャンスじゃないか! 今なら…今なら中藤尊康と談笑出来る!)


勇気は、弾かれたように、しかし音をたてず椅子から立ち上がった。勇気の中では、中藤尊康と言葉を交わし、結ばれなくとも関係を築ければいい。勇気が中藤尊康に抱いたこの感情こそ、"星野勇気"とはまるで違う、"自分"という存在を確かなものにしてくれているからだ。そしてそのような大義が無くとも、勇気はこの行動を取っている筈だ。降って湧いたに等しいこの感情こそ、ヒトという生き物を動かすのに最も効率のいい燃料の一つであるのだから。


「おは__」


「ゆーうーきーさん!」


が、勇気が尊康に声をかけようとしたその瞬間。無情にもそれは遮られる。無邪気な声と共に、勇気の後ろから、誰かが、勢いよく肩を掴みかかった。


「よぅおわっ!?_っ!?」


(結局こうなるのか! …今度は誰だ?)


「にっひひー、ごめんごめんー。久しぶりに話せると思ったらー、嬉しくてさー」


勇気が、犯人を確かめようと振り返ると、そこには、脱力してゆらゆら揺れている緑青色の髪と、眠そうに見える桃色の眼をした女子生徒。


橘桜たちばなさくらが名前だよー。ほら、軽音部室で会ってるでしょー?」


勇気は、昨日の事を思い返し、桜の顔を照らし合わせる。確かに、勇気の記憶には、彼女の特別親しげな表情がはっきりと残っている。


「…あー、何か用?」


「それは今から考えるー、…よし、ちょっと勇気さんと話がしたくてー。今暇ー?」


そう言われ、勇気は中藤貴康をちらと見る。彼は特に二人のやり取りを気にする様子もなく、自分の作業に集中している。


「…まぁ、予定はないかな」


(引き下がっても、この分だと彼と話すことは出来ないだろうし。畜生、一体何の魔力なんだよこれ)


「じゃあ決まりだねー、行こうかー」


桜が、勇気の腕を掴む。


「何処に行くんだ?」


「んー、取り敢えず屋上でー。そこまで身構えなくても良いよー、思出話とかするだけだからー」



ーーーーー


ーーーーー



「勇気さんさー、駄目元で聞くけど私のこと覚えてる?」


桜が、道すがら勇気の顔を覗き込んで訊ねた。勇気は、少したじろいで返答する。


「…あー、あのな。俺はこの世界とは別の平行世界から来た星野勇気なんだ。だから貴女とは昨日で初対面、思い出せるようなことは何もないんだ」


桜は、勇気の言葉を聞いて悲しそうに目を伏せた。


「そっかー…。覚えてないかー…、まぁそうだよねー、私だけ特別なんておかしいもんねー。…でも、面と向かって言われるとやっぱり落ち込むなー…」


(言葉が噛み合わないな。 俺の言葉はどうにも、そのままの形で伝わってはくれないみたいだ。都合の良いように曲解されているのか。全く伝わらない訳じゃあないってのはたちが悪いな)


桜は、少し落ち込み気味に言葉を続ける。


「その…ごめんねー。その話聞いたとき、私すぐに勇気さんに会いに行こうと思ってたんだけどー…、皆に止められちゃってー…」


「止められたって…、あの"緊急ライブ"の準備の為か?」


聞いて、桜はくすりと笑う。


「うん、その通りー。いやー、結構大がかりな計画だったからさー、途中で抜けるわけにはいかなかったんだよねー。…数分で鎮圧されちゃったけどー」


「そりゃあ、生徒会としては止めざるを得ないさ。次からは事前に伝えておいた方が良い。生徒会に許可を取る形でな」


「んー、…そうだねー、茜ちゃんに言っとくよー。そもそも、私はあの計画に賛成ってわけじゃなかったしー」


「…? そうなのか」


「うん。私は茜ちゃんの頼みだったから協力しただけー。私の行動原理って基本これだからねー」


「へぇ、彼女を信頼しているんだな」


「信頼…というよりか、"愛"かなー。もちろん信頼もしてるけどー、ほら、好きな人には何でもやっちゃいたくないー?」


「なるほどな、_まぁ少し、親近感を覚えるかな…」



ーーーーー


ーーーーー



そうこうしているうちに、二人は屋上へとやって来ていた。桜が、手すりに寄りかかって景色を見渡す。


「やっぱりここだねー、今日は良い風ー」


「そうだな。知ってる景色とは所々違うけれど…落ち着く景色だ」


勇気も、桜の隣に立ち、同じ景色を眺めた。


「景色を見てどうー? 私達、結構此処で駄弁ってたんだけどー」


桜が勇気の顔を覗き込み、訊ねた。


「…俺は平行世界から来た星野勇気だから、思い出せることはない」


勇気は、先程言った言葉をもう一度口にした。


「_そう…、ま、そう簡単にはいかないよねー…」


桜が、そう呟いた後顔を空へと向けた。


(また、伝わっていないな…)


「ねえ、勇気さん」


桜が、視線を空に向けたまま、言った。


「…私さ、不安だったんだ。勇気さんが記憶喪失になったって聞いてから、ずっと。勇気さんが、"全くの別人"になっているんじゃないかと思ってさ。ライブ中、ステージの上から勇気さんが見えた時も、あそこにいる勇気さんは本当に"勇気さん"なのかな、って気が気じゃなかったよ。_でも、今日やっと会えて、勇気さんの顔を見て分かった。私、安心したよ? 勇気さんは、勇気さんのままなんだって」


桜は、泣きそうな瞳で、しかし心底安心したような声で語った。


「_違う」


「え?」


桜の言葉の途中、勇気の口を衝いて出た言葉は、直接的な否定だった。


「…違うんだよ。俺は本当に"星野勇気"じゃない、別人なんだ。なりすましてもいないし、ずっとそう言ってる。_貴女は、"星野勇気"と親しい仲なんだろ?貴女だけじゃない、結愛も、美咲さんだってその筈だ。なのにどうして、どうしてまだ一人も気が付く人間が居ない…!」


勇気は、うなだれて力無くぼやいた。


「…? どうしたの、勇気さん」


「…はは、_そうだよな、こういうのは歪んで伝わるどころか、聞こえちゃいないんだ。今までだってそうだった」


勇気は、深いため息をついた後、ゆっくりと顔をあげる。


「取り乱してすまない。_そういや聞いていなかったな。貴女は、"星野勇気"とどういう関係だったんだ?」


「どういう関係…かー。_"親友"かな。自分で言うのちょっと恥ずかしいけどー」


「親友?」


「そう、親友ー。_ていうか勇気さん携帯の連絡先とか見てないのー?私の名前あると思うんだけどー」


「他人の携帯を覗き見る趣味は無いからな」


「他人って…。確かに記憶無くしちゃったらそう思うかもしれないけどー、勇気さんは勇気さんだよー。あ、まさか記憶失ってから一回も携帯開いてないのー?」


「いや、パスワードは結愛に教えて貰ったから生徒会の連絡には使ってる。それ以外は…見てないけど」


「えー…、「記憶をなくしちゃったー」なんてことになったら、真っ先に漁らないー? ちょっと今見てみようよー、責任は私がとるからさー」


「いや、でも_」


「はい貸してー!」


桜が、勇気の内ポケットから携帯を奪い取る。


「なっ、おい!」


「にっひひー、携帯は左の内ポケット! 変わってなくて良かったー。えーっとパスワードは…よし、通った通ったー。さて、まず日記はーっとー」


「…何でパスワードまで知ってるんだ。…ん、日記?」


桜が、日記帳の画面を開く。


「そう日記ー、勇気さん結構サボらず書いてたからさー」


「貴女に色々と掌握されていないか、彼は。そもそも、日記を携帯にだって?」


「ある筈だよー、確かここに…_? 勇気さん、これ…!」


桜が、とあるページを表示して、勇気に見せた。


「最後のページ、勇気さんが記憶喪失になる前日に書いたやつだよ!」


「…何だって?」


二人で、携帯を覗き込む。


『──月、──日。今日は俺にとって特別な日になると思う。あまり下手なことは書かないで欲しいと言われているから、今日は何を書こうか迷った。』


一つ、行が空いている。


『とても嬉しかった』


「…どういうこと? 特別な日って…。勇気さん、心当たりあるー?」


「いや、全く」


「そっかー。…うーん」


「桜はどうだ? この『とても嬉しかった』のところ。桜はこの日も会っていたんだよな?」


「んー…、ごめん。確かに会ったけど、特別な様子もない、いつもの勇気さんだったよ」


「…"親友"の貴女に何も言っていないという事は、隠していたと考えるべきだな…、結愛にも後で訊いてみるか…」


「隠し事かー…、なんか複雑だなー…。あっ、でもさー、"勇気さんが自分から記憶を失った"としたらどうかなー?」


「自分から!? …確かに、意味深な文章だし、考えられないことはないけど、"星野勇気"にとって得があることか?」


「…だよねー。記憶を失っちゃったら、それを望んだことも忘れちゃうだろうしー…」


「_まさか…」


(実際は"記憶喪失"じゃなく、"平行世界に飛ばされた"のだから、そう考えれば…考えたくはないけど、"星野勇気"自身が()()()()俺を巻き込んだとしたら…)


ーキーンコーンカーンコーンー


鐘の音が鳴った。二人は、はっとして近くの時計を見る。


「あー…もう時間かー…もうちょっと話していたかったけど、またの機会かなー…。それじゃあねー、勇気さん!」


桜が、残念そうな顔をして、先に小走りで自分の教室へ向かう。


「桜!」


「何ー?」


「日記を見せてくれてありがとう、おかげで少し進展したよ」


「それなら重畳ー、早く帰ってきてよねー!」


「ああ、約束する!」


桜の笑顔を見送って、後から3-F教室へと足を向ける。


(約束するよ、必ず星野勇気と交代する。_さて、確かめないとな)




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