1 困惑
(神様…俺が何をしたっていうんだ…)
目の前に広がる光景に天を仰ぐ青年の名は『星野勇気』都会とも田舎とも言えない地域に住んでいる高校三年生である。彼は、いつものように学校へ行き、いつものように眠りについた。…はずだった。
「お義兄ちゃん!」
勇気は、聞きなれない声と腰にかかる負荷で目が覚めた。その不快感にため息をつきながら目を開けると、そこには透き通るような青髪の少女が、仰向けだった勇気の体に、馬乗りになって語りかけていた。
「やっと起きた!学校遅刻しちゃうよ?」
どうやら勇気は寝坊をしてしまったらしい、だが、それよりも先に、勇気の頭の中には大きな疑問があった。彼はそれを、不快感を顔に思いきり表しながら吐き出した。
「…誰だ?」
それが彼の浮かんだ最大の疑問だった、星野勇気は一人っ子のはずで、兄妹など、まして義妹など存在するわけがない。勇気にとって眼前のこの少女は、ただの不法侵入者だ。
青髪の少女、彼女の名は『星野結愛』身長は150cm~155cmほどで、大きな胸が目立っている、男性ならその多くが人目で恋に落ちるほどの美少女だった。だがそんなことは勇気にはどうでも良いことだ。
「なに寝ぼけてるの? 学校、早く行こうよ!」
勇気は彼女に無理矢理手を引かれ、されるがまま制服へ着替え、学校へ向かうこととなった。当然勇気にとってこの状況は、『目が覚めたらまったく知らない女に「お義兄ちゃん」と呼ばれ、まったく身に覚えのない思い出話をされながら二人きりで学校に行く』という具合で不快感しかなかった。
「だから貴女は誰なんだ?…」
と、ため息混じりに勇気が訊ねても
「まだ寝ぼけてるの?」
しか答えず、まるで安っぽいコミュニケーションロボットである。
学校に着くと、結愛は学年が違うからと言って、先に走っていってしまった。一人残されてしまった勇気は登校する生徒で賑わっている校門の周辺を気だるげに少し見渡して、ある異変に気付いていた。
(さっきから女子生徒しか見ないけどこの学校、こんなに男女比偏ってたっけ? ていうか、知らない生徒が増えたのか…?)
星野勇気はこの学校の生徒会副会長を勤めている。生徒の詳細はほとんど記憶しているつもりだ。勇気は頭に浮かんだ不安感の真実を見極めるため、生徒会室へ駆け出した。
「全校生徒825人…! 男子生徒427人女子生徒398人…!」
勇気は呪文のようにつぶやきながら廊下を駆けていく、途中で出会う生徒も全て女子生徒で、何人かは声をかけてきたがそれも無視して生徒会室へ一心不乱に向かった。
「生徒会メンバー8人…! 男子生徒6人女子生徒2人…! 頼む…!」
生徒会室の前で念じながら息を整えてゆっくりと扉を開ける。その瞬間。
「ふくかいちょうー!」
無邪気な声と共に、小柄な少女が勇気の腹に飛び付いた。その衝撃で少しよろめいてしまったが、そんなことはお構いなしに、勇気の目はある一点に集中していた。
(男子生徒…43人…!?)
勇気の目線の先には今年度の生徒名簿があり、その表紙には確かに、全校生徒825人、男子生徒43人、女子生徒782人、と、書かれていた。
「そんな…嘘だ…」
勇気は、その場で膝から崩れ落ちた。
「ふくかいちょう!?どうしたんですか!?」
先程飛び付いてきた少女が勇気の体を心配そうに揺らす。しかし、勇気にその声は届くはずもなく、勇気は気を失ってしまった。