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少女マンガと魔王様の憂鬱

作者: 丼 かわず

ここは魔界の奥深くにある魔王城。


 1年365日、陽の光が当たらず、常に雷鳴鳴り響く漆黒の城の中では今、魔王と宰相がにらみ合っていた。


「なぁ、宰相よ。良いではないか」


 薄暗い場内でも煌々と輝くような銀色の髪とギラギラと燃えるような深紅の瞳、そして頭に角を2本生やした美丈夫、このお方こそが魔界を統べる魔王そのものである。

 圧倒的な力を持ち、片手で山一つを壊すと言われ、魔界でも恐れられるその魔王は現在、ただならぬオーラを出しながら宰相に詰め寄っていた。


「なりませぬぞ」


 一方、そのようなオーラをあっさり切り捨てるカマキリのような鋭い瞳の白髪白髭の老人こそが、魔界きっての知能派として知られる宰相である。


「なぜダメなのだ。人間界に行きたいと言っているだけではないか」


「それがダメだと言うのです! 魔王様が人間界に現れたと知ったら、世界中に混乱が広がります! そもそも、先代魔王様が人間界と交わした協定により、魔人は人間界に行ってはいけないとなっているですじゃ!」


「でも、行きたいものは行きたいのだ。 その方の知恵でなんとかしろ。」


「無理なものは無理ですじゃ! なんでそこまで人間界にこだわるのですか?」


「それは、その、恋愛したいから、だ」


「……は?」


 世界は時を止めた。










 それから1時間。宰相が動きを取り戻し、魔王は正座をさせられていた。


「何を言い出すかと思ったら、魔王ともあろうお方が嘆かわしい」


 ハンカチを取り出し、泣くふりをする宰相。正直、気持ち悪いだけである。

 魔王も吐きそうな顔をしながら反論する。


「いやでもな、元はといえばお前が用意してくれた召喚陣、あれのおかげなのだぞ」


「はて? 召喚陣のせいと?」


「ああそうだ。俺が1000歳を過ぎても独身だからって、お前が提案して召喚陣を使っただろうが」


「ああ!」と宰相は手を打つ。たしかにそのような提案はした。小説などにおいてもよくある、召喚陣から召喚された主人公と魔王などが恋愛をする展開が比較的ベタであろうという考えからの提案であった。


「しかし、あれはたしか失敗したはずでは……?」


 そう、失敗したはずなのだ。

 魔王の恋人が出てくるはずの召喚陣からは、絵ばかりが書いてある異国の書籍が大量に出てきたのだ。


「謎の書籍が大量に出てきたからとお怒りだったではありませんか。おかげで罰としてワシの一族の家宝を取り上げられたこと、忘れませんぞ」


「たしかに、あのときは怒った。そしてお前の家宝である『ソロモンの指輪』を奪ったことも覚えておる」


「そろそろ返してくだされ」


「そこだよ、宰相。その方から奪ったソロモンの指輪を付けたところ、なんとあの書籍が読めるようになってな」


「……ほ、ほう? それは異なことですな。それで、どのような内容だったのです?」


「それこそが、余の求めていた恋愛の極意の書であったのだ! 男女の恋が描かれた数々の書籍、あれを参考にすればきっと余も結婚できるはず!」


 皆さまご存じだろうか。ソロモンの指輪とはあらゆる動植物の言葉がわかるようになると云われるものである。もちろん、文書の翻訳機能など無いはずだが、それはご都合主義でなんとかなったのだ。


 そして、魔王が召喚陣によって召喚し、ソロモンの指輪によって解読して書籍、それこそが「少女マンガ」だったのである!


「は、はぁ……恋愛の極意、でございますか?」


「うむ、そうだ。しばらくは書籍を参考に研究を続けておったが、ようやく研究成果を出すために余自ら人間界に赴くのである」


 この魔王、どや顔である。


「研究……はっ! もしや、ここ最近の騒動は魔王様の研究が原因でございますか!」


「はっはっは! そのとおりだ! 驚いたであろう」


「驚いたもクソもございませぬぞ! もしや、先々週の何故かヒュドラをくわえたサイクロプスとタイタンがオリュンポス山の麓で衝突した件、あれも関係あるのですか!?」


「おお、よくぞ聞いてくれた。あれこそ曲がり角で『遅刻遅刻~』と言いながらパンをくわえて走る少女と男がぶつかるという、恋愛の基本形態なのである」


 「なのである、じゃございませぬ! 大地震が起きたせいで、オリュンポスの十二神が激怒し、危うく神魔戦争が起きるところだったのですぞ!」


「そうか、それは済まなかったな、宰相」


 謝罪をしつつも、まったく悪びれた様子が無い魔王。ゲスである。


「まさか、先週持ち帰ってきたケルベロスも何か理由が?」


「そうともそうとも! 降りしきる雨の中、捨て犬の世話をする男に恋をするものと聞いてな。なかなかいいアイデアではないか?」


「まったく良くないです! あのケルベロスは冥界の番犬です! 勝手に連れてきて、ハデス様がブチ切れだったんですぞ!」


 ちなみに、ハデスは冥界の主であり、これも神様だ。奥様にだだ甘なことで有名なので、宰相が巷で話題の美容液を奥様に贈ることで怒りを収めてもらったりしてる。


「うむ、そうか。人間界に連れていこうと思ったのだが……仕方ない、オルトロスにしておくか」


「おやめください、人間界が混乱いたします」


 オルトロスはケルベロスの弟で、双頭のワンコである。やんちゃらしい。かわいいね。


「あと、お風呂場で全裸の女の子とバッタリ、という展開をするために金色の雨に変身する練習もしてるんだけど」


「それはすでにゼウス様がおこなっております」


「そうかぁ、すでにやられてたかぁ」


 オリュンポス十二神のトップ、ゼウスは性癖もトップクラスであり、金色の雨になって密室に監禁されたダナエという女性を孕ませた逸話がある。

 そんな真似を魔王がしたら小説家になろうに投稿できるはずもなく、相当に特殊な性癖を持つ方々向けに書き直す必要があるので遠慮願いたい。


「そもそもですぞ、魔王様には複数の幼馴染の女性がいるではございませぬか。フラグ的には十分行けると思うでございますが」


 そう、魔王たるもの、生まれたときからそれなりの階級の者たちの家から婚約者が定められるものである。そのため、小さいころから一緒にいる女が複数いてもおかしくはないのだ。


「えー、でもさぁ、俺あいつら苦手なんだよ……」


「なぜにございます? スフィンクス様など、豊満なボディでなかなかに艶があると思うのですが」


「スフィンクスってなぞなぞマニアじゃんかー。小さいころから何かっていうとなぞなぞ出してきてさ。お前はどこのナゾラーだよ、と」


 ナゾラーとは、アメコミのバットマンに出てくる敵キャラ「リドラー」がドラマ版に出たときに日本語翻訳したときの翻訳名である。何故魔王がその呼び名を知っているかは、なぞである。


「スフィンクス様を怪人ゾナー扱いはおやめください。なぞなぞくらい良いではありませんか。いつぞやは手料理だって作ってくださったとか」


「それがさ、フライパン持つときに『パンはパンでも、食べられないパン、なーんだ?』とか言ってきたんだぜ。イラッと来ない?」


 たしかにイラッとする。私だったらルパンルパーン、と答えてしまうところである。


「そういえば、最近スフィンクス様を見ませぬな」


「ああ、あいつ百年前に『魔界横断ウルトラクイズに参加してくる!』とか言ったきり帰ってこないぞ」


「魔界横断って、いまだかつて全体像を把握しきれていないほど広大な土地を横断しているのでございますか!?」


 なお、魔界は天と地を支えるアトラスさんが横たわるよりも広大という設定である。

 地図も作れないから、アトラスさん大迷惑である。


「……まぁスフィンクス様は良いとして、メデューサ様などはいかがでございます? なかなかの美女と聞きますぞ」


「えー、あの子頭ヘビじゃん。俺、ヘビ苦手なんだよねー」


「人を見た目で判断してはよろしくないかと」


「それにあの子、最近何の本を読んだか知らないけど頭のヘビを絡ませて昇天ペガサスMIX盛りとかわけわからないことやってるし、近寄りにくい」

「……人を見た目で判断してはよろしくないかと」


 昇天ペガサスMIX盛りとは、髪の毛を複雑に絡ませて天元突破を目指す究極の髪型である。

 ギリシャ神話のペガサスも、セイントな人たちも無関係と思われる。


「ではでは、セイレーン様などいかがですかな?非常に綺麗な歌声と聞きますが」


「あいつの歌を聞くと発狂して死ぬっていう話じゃん。俺まだ死にたくないよ」


 セイレーンは海に現れる、上半身人間で下半身鳥の生物である。綺麗な歌声で船乗りを惑わし、転覆させてしまうという。

 決して、青い狸マンガに出てくるいじめっ子によるリサイタルとは違うのである。違うのである。


「ですが、魔王様ほどの魔力であればセイレーン様の歌声でも問題ないのではございませぬか?」


「噂だとさ、セイレーンの唄声聞いて耐えきると、ショックでセイレーンが自殺するらしいぜ。俺、そんなメンヘラ嫌だ」


 私の歌を聞いて魅了されないなんて、死んでやる! とか、たしかに嫌である。


「む、むうぅ……では、ラミア様でも……」


「だからヘビ嫌いなんだって! ていうかさ、俺人間タイプじゃん、見た目。なのになんで婚約者みんな化け物ばっかなの?!」


「それはまぁ、魔界でございますし?」


「それよそれ。俺の読んだ少女マンガに出てくる幼馴染って、だいたい引っ込み思案だったりして、高校でいきなり現れた彼女の存在にドギマギしちゃう、そんな子なわけよ」


「はぁ」


「それがさ、俺の周り見てみ? ナゾラーにペガサス盛りにメンヘラよ!? どうなの! どうなのよ、宰相!!」


 もはやキャラ崩壊を起こしながら、魔王は宰相に詰め寄る。

 宰相はしばらく無言でうつむいた末、参りましたとばかりにため息を吐いた。


「仕方ありませんな。今後、オリュンポスの神々に頼んでニンフの皆さまとお会いできる機会を設けましょうぞ」


「よっしゃ! さすが宰相!」


 ニンフとは、美しい女性の姿をした精霊のことであり、性欲が強く、ときに若い男をさらっちゃうという話もある。さながら職場に男性の少ない看護師や保育士のお局様たちとの合コンのようになるであろうことが容易に想像できる。


「……では魔王様、このたびに人間界行きは諦めていただけますかな」


「わかったわかった。今回は宰相に免じて諦める」


「ありがたく存じます。それから、一つだけよろしいですかな」


「良い、話せ」


「絵ばかりの少女マンガばかり読んでおられると、低俗になってしまいますぞ。魔王様たるもの、もっと高尚な文章も読むべきと思われます」


「ぬ、少女マンガを低俗だと?」


「もしよろしければ、ワシが愛読しておる書籍を魔王様にも読んでいただきたく存じますれば……」


「もうよいもうよい、宰相の読んでるような書籍を読んだら余の脳みそは腐ってしまう。話は終わったであろう、さっさと去れ」


「残念ですな。では、失礼いたしまする」


 宰相は丁寧に頭を下げると、魔王との会談の場を去る。


 宰相が立ち去るやいなや、魔王は早速少女マンガを取り出す。

 当然、今度のニンフたちとの合コンで役立ちそうな情報を得るためであった。


 その後、魔王が合コンの場で俺様キャラを演じようとして全員を平伏させてしまうのは、また別の話。









宰相の部屋は魔王城の一角にあり、そのセキュリティたるや、魔王城の中でもトップクラスである。

数々の防御障壁を解除し部屋に戻った宰相はようやく一息つける。


「まったく、魔王様は女性に夢ばかり見ず、現実を見ていただきたいものですな」


ぶつぶつとつぶやきながら、書棚から愛読書の一冊を取り出す。

現在の魔界では作れないほど精巧な印刷技術によって表紙に色鮮やかな人物画が描かれたものであり、中の文章もすべて異国の言葉で書かれた難しいものである。


「あのような低俗な少女マンガではなく、ワシのように高尚な本を読まねば、立派な魔王にはなれません」


この異国の言葉で描かれた本はそもそもこの世界のものではない。

次元の乱れによって異世界から現れた大量の異国の書籍を、たまたま宰相が見つけて拾ったものである。

当初はソロモンの指輪がなければ読めなかったが、さすが魔界一の知能派である宰相のこと。今では言語を理解し、原本をそのまま読むことを可能にしていたのである。


「はぁ、まったく……ワシもさっさと魔法陣か何かで異世界に召喚されないものかのぅ……」


愛読書を読みながらつぶやく宰相。読み終わると、本を片手に両目を閉じて妄想の空へと旅立つのが彼の日課だ。

彼の脳内では、異世界の魔法の力が零のツンデレお嬢様に召喚された自分が大活躍する物語が進行中である。


なお、宰相の片手にある例の書籍は、表紙が非常にカラフルであり、アニメチックなキャラクターが描かれている。


そう、宰相の愛読書はライトノベルなのである。


日々ストレスにつぶされそうになっていた宰相に癒しを与えたライトノベル、なんと素晴らしいのであろうか。ライトノベルのおかげで神魔対戦や魔王の人間界侵攻としった、あらゆるラノベ的展開が免れていたのであった。


「はぁ、早くワシを召喚してくれ……」


ハーレムを築いたところで今日の妄想を終えた宰相は、小声でつぶやいて寝台にあがる。


宰相にとっての現実はここにあった。


この宰相、当然独身であった。


ライトノベルに夢を見て、ハーレムに夢を見る彼にはたして春はくるのであろうか、それはまた別の話である。


ラノベ最高!

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