七薔薇物語 ―黒薔薇―
七つの、七色の薔薇にまつわる物語です。
七人の少女と死の話。
色々な文体に挑戦してみました。
黒薔薇 自決の死
着の身着のまま館を飛び出したせいで、剥き出しの肩に海風が冷たい。
海風は生臭く、山野や谷合の故郷の馨りとは程遠く、切ない。
潮騒の唸り声は切通の風音やトウヒの森の木立を抜ける夕立のような葉音と違い、郷愁に泪が零れ、尽きることが無い。
幾筋も頬に白い道筋を遺す泪の痕は乾いて頬を引きつらせ、長い黒髪を青ざめた頬に貼り付かせた。
幾度も悩んだ。
幾度も諦めた。
幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、
幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も思い治した。
けれど、これ以上の最良の方法が浮かばない。
黒繻子のヒィルを脱ぎ捨て、足を進める。
夜露に濡れた草が、レェスの靴下に包まれた足を傷つける。そのあまやかな痛みが遠き日の想い出をふと思い出させ、初めて唇が笑みの貌をとった。端の上がった唇に、泪の雫が入り込み舌に辛い塩の味が沁みる。
其れが妙に可笑しくて声を上げて笑った。舌に滲む味を転がし、味を楽しむ。
この己が最期に愉しむ味が塩辛い泪とは!!
宿命とは何と非情で滑稽なことか!!
舐めつづけた苦汁に競べれば、末期の聖餐としては存外、神は慈悲深い。
いや、気が利いく、と云うべきか?誉め称え挙げるべきか?
響き渡った哄笑は、風に浚われ軈ては吭の邑久へと消え失せた。
転がした黒靴を思い直したようにきちんと揃え、胸元に挿していた黒薔薇を添える。
一つの深呼吸。
口元には皮肉な微笑。
紳士に誘われた淑女のごとく優美な一礼をし、躍りのいざないに応えるように黒革の長手袋に覆われた右腕を差し出し、其処へと裸足の足で踏み出した。
その様は幼仔が遊具から飛び降りるような無邪気な風情
――――――逆さまに映る下弦の月
――――――斬り絶った崕を鳴らす潮騒
――――――遠退くベルベットの星空
――――――近づく白い飛沫と黒々とした海
――――――翻る黒いドレスのドレェプと逆さに墜ちる己の身
――――――目眩がするようなシネマの齣送りような光景
そっと安堵した
やっと 終わると