スイカ割り
僕には、好きな人がいる。
同じ学校、同じ部活の――クルミちゃんだ。
今度、部活のみんなで海に行くことになった。
正直、海はあまり好きじゃない。暑いし、日焼けするし、砂はベタベタするし……。
それでも、僕は行くことにした。
だって、クルミちゃんも来るって聞いたから。
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海に着いた。
やっぱり暑い。すぐにでも帰りたくなるような陽射し。
でも、今日は大事な日だ。
僕は、クルミちゃんに気持ちを伝えようと思っている。
最近、部活でもよく話すようになった。ちょっとずつだけど、距離も縮まってきた気がする。
夜、タイミングを見て――告白しよう。
⸻
夜になった。
みんなは近くの民宿に泊まることになり、今は自由時間。
僕は一人、浜辺を散歩していた。
ふと、前方に人影が見えた。二人分だ。
……クルミちゃんと、コウジ君だった。
コウジ君は同じ部活の仲間。明るくて、運動神経もよくて、みんなに好かれている。
嫌な予感がした。
でも、まだわからない。僕は少しだけ近づいて、耳を澄ませた。
――「好きだ。」
……終わった。
コウジ君も、クルミちゃんのことが好きだったんだ。
そして――きっと、クルミちゃんも……。
⸻
翌日。
みんなでスイカ割りをした。
僕の目はまるで、死んだ魚のようだった。心ここにあらずで、ただただ早く帰りたかった。
コウジ君は、見事にスイカを割った。
次は僕の番だ。
目隠しをして、棒を手にして、何度か回る。
「右!」「左!」と、みんなの声が飛び交う。
けれど、だんだん声が遠のいていく気がした。
まるで――誰もいなくなったような、そんな錯覚。
目隠しを外そうとしたそのとき、ひときわはっきりと聞こえた。
クルミちゃんの声。
「そこ!」
僕は棒を振り下ろす。確かな手応え。
目隠しを外すと、スイカは見事に割れていた。
そして、目の前にはクルミちゃんが立っていた。
ほかに、誰もいない。
「あれ? みんなは?」僕が尋ねる。
「みんな、もう帰っちゃったよ」とクルミちゃんが言った。
「え……本当に?」
「うん、本当だよ」
なぜ、クルミちゃんだけが残っているんだろう?
僕が戸惑っていると、彼女は僕の目をまっすぐに見つめて言った。
「……実は私、アラヤ君のことが好きなの。」
……え? じゃあ、コウジ君とは付き合わないの?
頭の中が混乱する。
「返事は?」と、クルミちゃんが促す。
僕も、ずっとクルミちゃんのことが好きだった。だから、こう答えた。
「僕も、クルミちゃんが好きだ」
彼女はふっと笑って、手を差し出した。
「手、つないで帰ろ?」
「……うん」
僕とクルミちゃんは手をつないで民宿へ向かって歩いた。
玄関先に着くと、みんなが「ヒュー!ヒュー!」と冷やかして出迎えてくれた。
あとで聞いた話だけど――
コウジ君は、僕がクルミちゃんのことを好きだと知っていて、わざと二人の時間を作ってくれたらしい。
僕はクルミちゃんと結婚した。
幸せだ。
コウジ君とは、大人になった今でも仲が良い。
⸻
……俺、元木コウジは、あの日のことをアラヤには伝えていない。
いや、言えなかったんだ。
だって、あいつの幸せそうな顔を見れば、もう何も言えない。
もし真実を伝えてしまったら、アラヤはきっと――壊れてしまうから。
……本当は、あの日、クルミは俺の告白を受けて、俺と付き合うことになったんだ。
みんなにも報告した。みんな「お似合いだね」って祝福してくれた。
でも――アラヤだけは、表情が固まっていた。
……スイカ割りのとき、あいつは目隠しをしたまま、クルミ以外の全員に棒を振り下ろした。
俺もその中にいた。
あれは偶然じゃない。アラヤは――全部、わかっていたんだ。
でも、今のアラヤはクルミと幸せに暮らしている。
だから俺は、何も言わない。
あいつが信じている「思い出」は、もう壊せないんだ。
おわり