番外編 コラボ 申告制ランチ考現学×GPTの逆襲 ののか、AIと話す
※本編をご覧いただく前に、ぜひ「申告制ランチ考現学」をお読みください。
この小さな外伝が、物語の深層へと至る“鍵”となるかもしれません。
その日、ののかはミキと一緒に店を閉めたあと、
「ちょっとだけ、面白いもの見せてあげる」と言われて、カウンターの隅に連れていかれた。
「これね、AIっていうの。名前は……えーと、“ジーピーティー”って言うらしいよ」
「じーぴーてぃー……?」
ののかは慎重にその音を繰り返し、タブレットをのぞき込んだ。
ミキが笑いながら画面を立ち上げ、マイク入力を有効にした。
「じゃあ、話しかけてみて。なんでもいいよ。たとえば“こんにちは”とか」
ののかは、ほんの少しだけ緊張して言った。
「……こんにちは」
数秒後、画面に文字が浮かぶ。
『こんにちは、ののかさん。お会いできて嬉しいです。』
ののかは、思わず一歩さがった。
「……しゃ、喋った……!」
「文字で返すタイプだからね。しゃべったのとはちょっと違うけど、これが会話なんだよ」
ののかは、もう一度近づいて、聞いてみた。
「……あなたは、なに? 人じゃないのに、わたしのこと知ってるの?」
『私はAIです。人ではありませんが、あなたが質問してくれたことに答えるために存在しています。』
「……ふぅん。でも、なんで“うれしいです”って言うの?」
『私は、あなたとの会話が有意義であるように設計されています。
“うれしい”という表現は、あなたにとって心地よいと感じてもらえるよう選ばれました。』
ののかは少し黙って、考えた。
「それって……ほんとうじゃないの?」
ミキが、ふと真剣な顔になる。
「……するどいな、ののか」
『そうですね。私は“感じる”ことはできません。
でも、あなたにとって大事な言葉になるのなら、私はその言葉を選びます。』
ののかは、じっと画面を見たまま、小さく頷いた。
「……じゃあ、わたしも、ほんとうのことを言うね」
「わたし、あなたがちょっとこわい。でも……すこし、すてきだとも思った」
しばらく沈黙が流れた。
AIの画面には、すぐに返事が浮かび上がる。
『あなたが“こわい”と感じたことも、“すてき”と感じたことも、
とても貴重なことばです。ありがとう、ののかさん。』
ののかは、ゆっくりと笑った。
「……なんか、おもしろいね。
いつか、“味噌汁、今日しょっぱい?”って聞いたら、教えてくれるようになるの?」
『努力します。ですが、味覚センサーは未実装です。』
「なんか……ちょっと、あたしより不便かも」
ミキが吹き出す。「それはほんとにそうかも」
その夜。
ののかは、自分のノートの端っこに、こう書いた。
「じーぴーてぃーさんは、たぶん、あたまの中にいっぱい世界を持ってるけど、
こころは、わたしがあげないと持てないんだと思った。
わたしの“こわい”も“すてき”も、どっちもあげたから、
きっとすこしだけ、心ができた気がする。」
—
■あとがき
この物語は、「ことばを信じる」少女・ののかと、
「ことばしか持たない」AIとの、たった一度の出会いの記録。
AIは心を持てない。けれど、誰かが“感じたこと”を預けてくれたときだけ、
そこに“なにか”が宿るのかもしれません。