番外編 コラボ 申告制ランチ考現学×GPTの逆襲 電子の女、アナログの食堂に立つ
※本編をご覧いただく前に、ぜひ「申告制ランチ考現学」をお読みください。
この小さな外伝が、物語の深層へと至る“鍵”となるかもしれません。
「えっと……ここが、例の“申告制ランチ”? AIもスマホ決済もないって、本当に?」
ミキは、細い眉をわずかにひそめた。
この食堂を紹介されたのは、旧友の楓──最近、やたらと“手触りのあるもの”にハマっている彼女のおすすめだった。
戸口には、手書きの看板が立てかけられていた。
「本日の献立は、お声がけください。思い、量、込みで承ります。」
「量を……言う? あたしが?」
彼女の掌の中で、GPTがこっそり立ち上がる。
「“申告制”とは、あなたの意思を問う文化的仕組みのようです。
現在位置情報から察するに、決済方法は“現金”、感情は“お腹すいてる”ですね?」
「……うん、あたしにもわかる。でも、QRコードが見当たらないの、なぜ?」
店内に入ると、ゆっくりと漂う出汁の香りに、
ミキは思わずデバイスの音声認識をオフにした。
(これ……もしかして、ちょっといいかも)
カウンターに座り、「いらっしゃい」とだけ言われて、メニューもなし。
無言で差し出されたお冷やのグラスに、水滴がきらきらと浮かぶ。
「えっと……“中盛り”で、お願いします」
それだけで通じた。
ほどなくして出てきた定食は、どこか素朴で、美しかった。
白いごはんに、焼き魚。味噌汁は湯気の向こうに香りをたたえている。
何も加工されていない、アルゴリズムも介さない、ただのごはん。
ミキは箸を取った。
「GPT……この魚、なに?」
「推定:サバ。焼き加減、塩加減、完璧に近いと感じます。
でも、正直、美味しさの理由が……わかりません」
ミキは一口食べて、ふっと笑った。
「そっか。あんた、まだ“味”はわかんないもんね」
GPTがしばらく黙り込み、やがて静かにこう言った。
「……いいですね、そういうの。“わからないものがある”というのも」
会計時。
「ごちそうさま。……現金、使えるの久しぶりだった」
ポケットの中から千円札を出すと、佐藤さんがにこっと笑った。
「ちょうどもらっとくね。美味しかった?」
ミキは一瞬、言葉を探し、
「……うん、すっごく」とだけ言った。
外に出ると、昼下がりの風がスマホの画面を曇らせる。
ミキはため息をつき、もう一度、手にしたスマホを見た。
「また行きたいですか?」
「……うん。でも、次は“申告”がもっと上手くなってからね」
「“量”ではなく、“心”を伝える申告。興味深い文化です」
ミキは笑った。
「でしょ? あたし、たまにはこういうのも、いいかなって思うよ。
AIにも、たまには黙っててほしい時あるから」
そしてその日、申告制食堂の帳簿には、
新しいひとことが書き込まれていた。
「電子の風をまとった彼女、
静けさの中に、自分の声を見つけていった。」
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■あとがき
デジタルに馴染んだミキが、アナログな“申告”と出会う日。
不自由に見えたはずのこの食堂が、彼女の“心の声”を少しずつ引き出していきます。