第一話 魔女の家
――今や遠い、昔の話です。
私の師匠と見上げた星空、その瞬き。
数多に降り注ぐ流星に、私はふと思い出したように、流星へ願いを込め、それが叶うようにと祈りました。
本で読んだことがあったのです。
空に流星が流れた時、消える前に願いを込める、そうすれば願いが叶うのだと。
私はそれを信じて、手を組み、願うのです。
" "
「お師匠。
お師匠は、どんな願いごとをしましたか?
ほら、流れ星の話…願いが叶うという、あの話です。」
「……はは、そりゃ秘密さぁね。
願い事を誰かに話せば、その願いは叶わぬとも言われているからね?」
「…は!!
そっ、そうなのですかっ!?
ではお口チャック、ですね。あぶないあぶない…」
口の前にバッテンを作り、ふたりでどっと吹き出して…それからまた、空を見上げた。
流星はまだ、振り止むことをしらない。
キラキラと世界に降り注ぐ流星は、いつまでも、いつまでも…今日が終わるまで、耐えることはなかったのです。
――――――――――――――――――
「それじゃあ、行ってくるよ。
暗くなるまでには戻るから!」
背負子を背負い、斧を持った少年。
この少年はどこにでもいる、普通の男の子であった。
長い髪の毛はポニーテールにして纏め、少し目にかかる前髪、その髪の色は漆黒。
目の色は輝く黄金色であった。
「まって」
少年を呼び止めたのは少年の母親である。
「あまり森の奥へ行っては駄目よ?
こわ〜い魔女が住んでいるんだから。取って喰われちゃ―――
「その話、もう何回目だよ。
だいじょーぶだって、分かってるから。」
「……そうね。
でも、気を付けて。ほんとうにおっかないんだから。」
「わかったわかった。
それじゃあ、行ってきます!」
母親から、家族から、それから村の人々にも見送られ、それに対して手を振って返して、少年は森の入り口へと、森の中へと入っていった。
この森に来た理由は単純で、燃料の補給である。
今は寒い寒い冬の季節、薪といった燃料になるものを採取すべく、少年は己の背よりも高い木を1本1本切っていくのだが。
「……?」
ちいさい、ほんのちいさな、光。
いや、これは蝶であったか。蝶のような形をした、小さな光が少年の肩へと乗り、少年がそれに気付けば―――肩から旅立ち、先へ飛んでゆく。
まるで着いて来いと言うように、少年が歩くのを待ち…少年が首を傾げ、警戒のけの字も失ったかのように、何かに魅入られたように羽ばたく蝶の後ろを歩いてゆく。
気付けば、随分と深い森へと進んでいた。
そこでようやく、はっとした少年が失っていた意識を取り戻したかのように瞬き、顔を上げると、そこには――――
ちいさな、家があった。
――――――――――――――――――
明らかに怪しい。
この家に近付いてはならないと、直感でそう感じたというのに。
手が勝手に、扉へと伸び―――
コン コン コン 。
3回、静かな森へノックの音が響いた。
気付いたときにはもう、扉が開いていて、中からは淡藤色の髪に三つ編み、まんまるい赤紫の目をした少女が出てきていた。
――――――――――――――――――
「ふん♪ ふふん♪ ふふん♪
お客さまが来たのはいつ振りかなぁ。」
やけに縮こまった少年は、ずっと歌う彼女を見つめている。いつ逃げられるか、機会を伺うように、足を震わせながら。
「ねぇ、ねぇねっ、お客さま。
お客さまのお名前が聞きたいの。教えてくれる?」
そう口にしながら、少女はテーブルに花の模様で彩られたティーカップと皿を置いた。皿の上には、焼きたてであろうクッキーが用意されている。
「………カストル。
みんなからはカースって呼ばれてる。」
「カストル…カース。
それって、お星さまの名前と同じね?」
「父さんが、星の名前付けたって言ってた。」
「そうなの?
素敵な名前ね、私、星が大好きなんだ。
だからその名前、気に入っちゃった!」
客人が手を伸ばす前に、家のものである少女がクッキーに手を付ける。頬に手を添えて、美味しいと言うような仕草を見せてくるけれど、カースは手を付ける気にならなかった。
「食べないの?カース。
すっごく美味しく焼いたのよ?」
「お腹が空いてなくて…
それより、アンタの名前は…」
「私はフォルチューヌ。
フォルでいいわ。ねぇカース?もっとキミの話が聞きたいわ。聞かせてくれる?」
「………その前に、アンタ…
フォル、アンタは…その。」
ぱちぱち、煌めく赤紫の瞳がカースを捉える。
「魔女、なのか。」
魔女の口角が、上がる。
閲覧頂きありがとうございました!
少しずつ更新できればと思いますので、何卒お付き合いして頂ければ幸いです。