恋よ燃えよとバーニング
先週食べたおやつも、昔好きだったはずの絵本も、思い出そうにもおぼろげで、不鮮明な記憶なのに、5年前のあの出来事だけは鮮明に憶えている。
私の10歳のバースデーパーティー。子供だけの小さなお茶会で、意地悪な男の子が私の髪を引っ張ったのだ。父親にも母親にも似ていない、真紅の髪は不吉だ、魔女の再来だって。
私、違うって。十数代前のご当主様もこの髪色だって。焔の精霊の加護を授かる一族だから、真紅の髪色は祝福の証だからって。痛みに耐えながらもそう話したのに、その子は信じてくれなくて。
いつの間にかその子の手にはナイフが握られていて。
死ぬかもしれない、そう思った瞬間。
私の魔力が暴走して、何もかも燃やしてしまったのだ。
「───その時の、男の子の腕に負わせてしまった火傷も、お友達だった子達の怯える顔も、焼けてしまって灰になったお庭も、全部覚えているの」
だから、私は学園には行けない。また誰かを傷付けてしまうかも知れないし、あの時のお茶会にいた子達は学園に通っているわ。私が彼らの前に現れて、困らせたり、怯えさせたりはしたくないもの。
「私は学園には行きません。通うこと自体義務ではありませんし」
目の前の男性は私の言葉に確かにと頷いた。貴族の子女の教育は、実際は家庭教師で充分だ。だが、どんな家格の貴族でも学園に子を通わせたいと思うだろう。学園は子供の社交場だから。
「社交は⋯必要ないと?」
「あら、お茶会とお友達を燃やした女ですのよ?社交なんて意味があるのかしら」
学園に通う彼らの思惑は学業ではなく人脈の形成だ。家にとって都合のよい友人や嫁ぎ先を見つけるため、卒業後の職を得るため、庇護先を手に入れるため、子供だけの社交界で日々、腹の探り合いだ。
「さて、貴方には悪いけど、私の意志は揺るがないわ。お父様かお兄様に頼まれて来たのだろうけど、ごめんなさいね」
言外に退室を促すと、男性は何故か苦しそうな顔をして拳を握りしめた。
「……火傷を負った男は、今、軍学校で元気に剣を振るっています。怯えていた令嬢たちも、今や噂話に花を咲かせる逞しい貴婦人の卵。貴女だけがこんな⋯」
「可哀想?過去に囚われている?」
自嘲気味に笑うと男性は唇を引き結んだ。
当事者の私より、どうしてこんなに思い詰めているのだろう。
「不思議……、どうして他人の貴方が悲しい顔をするのかしら」
「それはっ、」
「それは?」
ヘーゼルナッツの瞳が左右に揺れる。私が黙ったままなのを認めて、男性は諦めたように息を吐いた。
「私は火傷を負った男の実弟なんです」
実弟……実の弟。
目の前の男性と記憶のお友達を頭の中で比較する。
確かに髪色と瞳が同じような。
「でも、お名前が……」
お互い名前を名乗った時の家名がお友達のものとは違った。いくら社交界に出ていない私でも、お友達たちの家名くらい覚えている。
「家は出ました。今は西の国にて、騎士爵を賜っています」
「家を……それはえぇと…」
「貴女を傷つけたのにも関わらず、被害者面をするあの家から離れたくて、つい」
男性のぼやけていた輪郭がはっきりしていく。精悍な顔立ちにヘーゼルナッツの瞳。騎士ということもあって体格もいい。
出会う人たちとはもうどうせ会わないからと興味を持たないようにしてきたのに、彼の姿が、自分の中で膨らんでいくのが分かる。
「私が傷ついていたとしても、貴方には関係ないでしょう?そんな、高位貴族という立場を捨ててまで、なんで」
「なんででしょうね。ただ、自分も覚えているんです」
男性が椅子から立ち上がり、私の傍らにひざまずいだ。
「6年前、ここで美しい赤髪のご令嬢に出会いました。そのご令嬢の素敵な笑顔が、私の心から一生離れないのです」
男らしい骨ばった指が私の髪を一房掬う。
「学園も社交も不要であるなら、私と共に西の国で暮らしませんか。一代限りの騎士爵ではありますが、貴女に不自由はさせません」
男性の急な話に心が追いついていかない。
一緒に暮らそうだなんて、そんなプロポーズのような。そう思った瞬間に、カッと顔が熱くなる。例えじゃなく、顔から火が出そうだ。
パチパチと魔力が火花のようにはじける。
「ち、近づかないで……!また燃やしちゃうから…!」
身を捩って男性から離れようとするが、彼はそんなことを気にもせず私の手を取った。
「大丈夫です。貴女に触れられるよう氷結魔法は超級まで修めましたから」
男性はにこりと笑って私の手の甲に唇を落とす。
冷たい唇の感触に、私の炎は一気に燃えあがった。
恋よ燃えよとバーニング




