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5話 私のメイスが火を噴くぜ


アルーシャの部屋の前には、不審な影を追わせた騎士とは別に2人の騎士が見張りとして立っている。

シエラが、庭に出たアルーシャを連れ戻そうと思っていた時、丁度良く見張りの交代時間になったため、休憩に戻る騎士2人をアルーシャの捕獲要因として連れてきたそうだ。



通常は見張りの交代後に侍女が様子を聞きに顔を出すのだが、それが無いことを護衛は不審に思っているだろう。

その上、窓の外で騒ぎだ。

彼らが安全確認のために部屋に入るのも時間の問題だろうと考えていると、案の定、アルーシャと侍女を探す声が扉の向こうから聞こえた。

素早く扉に向かったシエラが、扉を開けようとする護衛達を止め、不審な影を追わせた護衛騎士が戻るまでは誰も入出させないと伝える。


当然あちらは納得しなかったが、側室であるアルーシャの言葉を違えさせる気かとシエラが強めに言うと、暫くして扉の向こうは大人しくなった。

まだ手を付けられていないとはいえ、アルーシャは王子の側室、9番目の妻である。

将来王妃になる可能性はゼロではない。

アルーシャが我が儘と広がるか、シエラが気難しいと広まるか。アルーシャは後の反応が少し楽しみだった。



話が長引いても、不機嫌さを顔に出さないシエラと共に鈍器を構え直し、待つこと数分。

窓の外にちらりと見えた白い影に2人が目を向けると、そこには何処から庭へ入ってきたのか、髪を乱したドレス姿のメリッサがいた。



こちらの様子にメリッサは目を丸くしているが、それはこちらも同じである。否、女性2人は揃って眉をひそめ怪訝な顔をしているので、大分温度差があるだろう。

招かれざる怪しい客に、アルーシャとシエラは殺るかどうか視線で話し合うが、シエラは関わりたくないと言わんばかりに身を引いていた。


気持ちはわかる。

アルーシャも面識がなければ、メリッサを眺めたいとは思っても、関わりたいとは思わない。

流血さえしなければ後は適当に誤魔化せるだろうと結論を出し、右手でメイスを握り直したアルーシャは窓へ近づいた。



「何の用です、メリッサ様」

「ご無事ですか、アルーシャ様……あの、それより、そのメイスは何です?」


儚げな容姿とはかけ離れた右手の武器に、メリッサは顔を引きつらせつつ、ガラスに近づき、声をかける。

瞬間、腹部辺りからゴッという鈍い音がして、メリッサは思わず視線を下げた。

音の出所は、メリッサの丁度鳩尾辺りにある、古く分厚い窓硝子。その向こうには、アルーシャの手にあるメイスの先が突きつけられていた。



「誰が、質問して良いと言ったのですか?私は、何の用で、貴方が私の庭に立ち入っているかと聞いているのです」

「え……もしや、あなたはアルーシャ様の影武者…?」



混乱からしどろもどろになるメリッサに、アルーシャは表情を変えないまま再び硝子を突く。

分厚い硝子とアルーシャの細腕では、破壊するまでには到らなかったが、現実逃避を始めたメリッサの肩をビクつかせるだけの音は出た。



「同じ事を、二度言わせないでくださる?」

「……あ、貴方が庭で不審な者を見つけたと聞き、護衛を傍に置かないのは危険かと……思いまして」


「ええ、今まさに庭に不審な者がおり、護衛も無く危険な状態ですの。ですから、私たちは、私たちの力で対処する他ありませんわ」

「お、落ち着いてください。私は貴方を心配して……」


「シャーレス公爵家の名に免じて、5秒待って差し上げます。その間に、この場から立ち去られませ」

「アルーシャ様」


「いーち」 ゴッ

「ちょ、待……」


「にー」 ゴリッゴリッ

「ご、ごきげんよう!」


硝子にメイスを当てながら数えただけで、メリッサはスカートの裾をたくし上げて逃げていった。

見たくも無い立派な筋肉脚線美を見せられ、思わず顔を顰めたアルーシャは、吐瀉物を見るような目でメリッサを見送ったシエラに目をやる。


「シエラ、顔に出てるわ」

「申し訳ありません。しかし……アルーシャ様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ダメよ。でも、言いたいことはわかるわ。この件は私からロウフェイルト様に抗議しておくから、貴方は忘れなさい」

「かしこまりました」


明るい月夜とはいえ、夜中に窓の外から現れたあのメリッサの姿を忘れるのは、かなり難しいだろう。

無茶な命令と自覚しつつ、アルーシャは声が不自由なはずのメリッサが流暢に話していた事を念頭に置いて、警備への文句の文面を考える。

後宮入り2日目だが、毎日だれかしらに抗議の手紙を出している現状に、アルーシャは深いため息をつく。


異国の後宮のように、実家から護衛を連れてこられるのならどれだけ気が楽か。

いっそ長兄を護衛騎士にしてもらえるよう頼むという手も……いや、あの汗の臭いと四六時中一緒にいるのは耐えがたい。却下である。

却下であるが、この数日、後宮にいる近衛騎士の様子を考えると、普通の騎士の方が実力があるのではないかと勘繰ってしまうのだ。


不審者を追わせた2人の騎士が、無事戻ってくるのを待とう。

もし彼らがアルーシャの言葉に込められた意味を分かっていなければ、その時は汗臭いのを我慢してでも長兄を護衛にしてもらえるよう頼むしかない。

本来は、そんな事を考えるのも失礼だが、昨日の騎士の失態やメリッサの醜態を思い返すと、どうにも後宮の警備に不安が募る。


どれだけ思案していたか、外の騒ぎは収まり、いつの間にか月も西の空へ大分傾いていた。

暇を潰すようにメイスを左右に持ち替えていると、部屋の扉がノックされる。

次いで名乗られた2人の騎士の名に、アルーシャ全く覚えが無かったが、シエラはなにやら理解した顔で肯き、扉を開けてしまった。


知らない奴なら殴ればよかろう。

そう思って開かれる扉を見ていたアルーシャは、そこにいる2人の騎士の顔に、構えていたメイスを下ろした。


不審な影を追い、命令通り戻ってきた騎士の表情は晴れやかだったが、待っていた女性2人の手にある凶器を認めるとギョッとして目をこする。

狼狽える彼らを気にせず、アルーシャとシエラは花が綻ぶような可憐な笑みを作った。



「ご苦労でしたね。シダーン、イルヴェッサ。私の言葉を違えず戻ったこと、嬉しく思います」

「……はっ。有り難きお言葉にございます」

「アルーシャ妃におかれましては、大変ご心配をおかけした事と存じますが、賊は既に捕らえております。どうぞ、ご安心くださいませ」


「貴方達が私の護衛でいてくれてよかったわ。これからも、よろしくね」

「月の妖精と名高いアルーシャ妃にそう仰っていただけるとは、光栄にございます」

「しかと、胸に刻ませていただきます」


「二人とも疲れているでしょう。まだ事後の処理があるのでしょうけれど、今日はよく休んで下さいね」



頑張ってくれた騎士2人を満足げに見送ると、アルーシャとシエラはそれぞれの武器を元の位置に戻す。

シエラを仕事に送り出し、再び机に向かったアルーシャは、乱雑に仕舞っていた日記を取り出し、続きを書き始める。

あっという間に水色から透明に変わるインクで、後宮内の警備とメリッサの言動に対する怒りを書き殴ると、乱暴にページを閉じた。


おかしな騒動のせいで、予定より大分就寝時間が遅れてしまった。

戻ってきたシエラから、明日の午前にロウフェイルトが説明に訪れるとの連絡を受けると、アルーシャは早々に布団に潜り込む。


また手紙を送ろうかと思っていたが、直接来てくれるならば有り難い。

積もる文句は泉のように溢れてくるが、それよりこの後宮の状態について、王子がどう思っているか聞いておかなければならないだろう。


王子殿下の補佐官殿は優秀だと評判なので、建設的な話になると期待したい。

ただお茶を濁すためだけに、多忙な彼が一側室を訪れたりなど無駄な事はしないはずだ。


そう考えて、もしやそれだけでは終わらないのでは?と眠気で鈍る頭で考えたアルーシャだったが、それ以上思考を巡らせても無意味と考え、眠りに落ちることにした。



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