39話 噂を鵜呑みにすんな
「どういう事だよ……」
ナソド王国王都、後宮。
王家とクアラス家の話し合いは、シャーレス公爵領から王都までの移動中に無事終わり、実家へ戻ることなく後宮へ帰ってきた。
王都に入る前には傷物だなんだという噂は消えていたが、代わりに流された噂も酷くて頭を抱えずにいられない。
曰く、第9側室アルーシャは、馬車を襲ったならず者2人の頭を、隠し持っていたメイスで叩き割った。
曰く、第9側室アルーシャは、拉致に使われた船内で酒瓶を振り回し、コパルの賊1人を血祭りにあげた。
曰く、第9側室アルーシャは、騎士の救援と同時に船内を破壊し、さらに火を放って船内に隠れていた賊まであぶり出した。
曰く、第9側室アルーシャは、騎士が駆け付けた時にはコパルの賊たちを材木で打ちのめし、川底に沈めていた。
とんでもねえ豪傑にしてくれたものである。
身に覚えがないにも程がある。
何一つ正しい情報がないではないか。
普通なら信じられない話だが、情報が錯綜する中、アルーシャが無事発見されたという情報が裏付けとなったために、それはまるで事実であるかのようにう広まっていた。
間違いなくクアラス家と王家の合わせ技だ。傷物になったという話より、よほど面白味があるせいであっという間に噂が広がってしまった。
おかげで月の妖精のイメージは木っ端微塵である。
次に人前に出る時は、妖精の皮を被ったトロルと思われるに違いない。
アルーシャの姿形だけを知る者なら信じない話だが、彼女はクアラス家の女。
本人が何もしていなくても、家族や御先祖様のおかげで、あり得ない行動も肯定されてしまう。
傷物疑惑と豪傑疑惑、どちらが良いという話ではない。
どちらにしろ、令嬢として終わっている。
もちろん、噂に振り回される者ばかりではないが、火のない所に煙は立たぬ。
信じられない噂話だが、これだけ数が揃うなら一つくらい真実があるかもしれない。
そう思ってしまうのが人というものだ。
実際の現場から遠い場所となると、そう思ってしまう人間は更に増え、時に予想だにしない人が噂を信じてしまう事があるのだ。
例えば、廊下で会ってもさりげなく視線を逸らす第2側室ツァルニとか、会うたび意味深な笑みを向けてくる第3側室ノーラとか、キラキラした目で話を聞こうとしてくる第5側室キュリアとか、見舞いの手紙に頑丈な瓶を選んだと添えて酒を送ってきた第6側室ウルーリヤとか、毎朝庭に出て大きな掛け声を上げながら鉄の棒を振り回すようになった第8側室ミナリスとか。
そろいもそろって噂に踊れされやがって!
私、後宮でそんなにおかしな行動とったかなあ!?
夜はさておき、昼間は普通の令嬢だったはずだぞ!?
何なん!?
何も言わず、根も葉もない噂だって理解してくれてるのは、隠し通路工事で出入りしてる騎士ぐらいだわ。
流石にこの細腕で賊を倒すのは無理だって、騎士はよくわかってるよ。
「絶対にイメージを月の妖精に戻してやる……」
とりあえず、疲れが一気に出て発熱したという事にして、数日自室に籠もる事にした。
令嬢として、か弱いアピールは大事である。
王家と実家との話し合いが終わると同時に後宮へ戻ってきた侍女たちにも、主が床に臥せて心配してる演技を求める念の入りようだ。
問題は、その求めに侍女があんまり応じてくれない事なんですけどね。
むしろ、彼女たちは、色々垂れ流していた事で難を逃れたと聞いたら、労わる前に『ご立派です』と誇らしげに褒めてきた。
何なら今も、ちょっと誇らしげに胸を張りながらお世話してくれている。
ええ、今までにないくらい、しっかり私のお世話をしてくれておりますよ。
すみませーん!
私、か弱い令嬢なんですけどー!?
大成した女騎士でも、昔話に出てくる戦う王女でもないんですけどー!?
……そんなんだからクアラス家は働く人間も変になるって言われるんだよ。
ロウフェイルトに頼んだ通り、救出時の状態は包み隠さず国王陛下に報告されたようで、後宮に戻ると同時に王家からの見舞いの品が続々と届けられた。
珍しい酒とか、高い酒とか、平民が好む安い酒とか、海産物の干物とか、塩漬け肉とか、干し芋とか。
実家に好みを聞いて品を選んでくれた事と、国王陛下の中の月の妖精のイメージが消滅したのが理解できた。
それと一連の騒ぎの原因の一端である王妃殿下は、罰として王宮内にある離宮に無期限の謹慎になったらしい。
多分コパル王国が消えるか、王子妃が決定したら出てくるんだろう。
その王妃からも謝罪の手紙と詫びの品が届いているが、そちらは髪飾りとかドレス用の布地とか、普通の品だった。いや、御高級品ばっかりだったけど。
シャーレス公爵家からも似たようなお見舞いの品が来てた。
そして肝心の、人を王宮から連れ出してくれた王子様だが、初日に出迎えはしたものの、顔を確認したら即行で仕事にお戻りあそばされた。
詫びの言葉もないだと?と思ったら、その日の午後に部下と一緒にお見舞いの酒を持ってきたので許してやった。
神都にしか売ってない貴重なお酒なんて渡されたら許すしかないだろー!お前、これ、一生に一度飲めるかどうかの逸品だぜぇ~!?もう、返さないからな!ィヤッホ~ゥ!!
……と思ったら、翌日あの女神官からお見舞いとして同じ酒が箱で届けられてスーンってなった。
何か申し訳ないから、女神官から貰った1本を王子にあげて、ついでに今回頑張ったロウフェイルトにも1本送っておいた。
残り半分は実家で保管してもらい、残りは衣裳部屋にある鍵つきの箱に仕舞ってある。
か弱いムーブのために部屋から出ないと決めてはいるが、不意の来客があるかもしれないので、昼間から酒は飲めない。
仕方なく毎晩ちびちび飲んではいるが、下手に余裕ぶっこいて庭で晩酌したら、また百鬼夜行どもが来そうだったので、衣裳部屋に鍵かけて隠れて飲んでます。
本当、この後宮は寛げないわ。
襲撃の時のボヤ騒ぎが起きた王宮だが、隠し通路の閉鎖工事を堂々行える口実になり、アルーシャが不在にした数週間の間に工兵を使って工事を終えたらしい。
立ち入る人員が厳しく制限される後宮だけは、まだいくつか工事が残っていて、今日もどこからか騎士達が工事する声が聞こえる。
隣の庭で、ミナリスが鉄の棒を振る掛け声も聞こえる。
励ましながら指導するアンバーの声も聞こえる。
アルーシャの護衛に失敗したアンバーは、その責任をとって第6騎士団の副団長から降格し、平の騎士になった。
更に、王妃が離宮へ謹慎になり護衛の規模が縮小すると、第6騎士団の女騎士が何人か後宮に配置される事になった。
側室たちにはそれぞれ専属の女騎士がつけられる事となり、顔合わせの際に直接指名を受けたアンバーがミナリス付きの護衛として、常に傍にいる事となった。
当初アンバーは辞退したようだが、ミナリスの強い希望の末に泣き落としまでされて、引き受ける事になったらしい。
守られるばかりではなく、自ら力をつけようとするミナリスの心がけは結構だが、隣の部屋にアルーシャがいるのにアンバーを欲しがるのはどうなのか。
アルーシャとアンバーの気持ちを考慮して考え直すか、少し時期を置くのが正解なのだが、まだ13歳のミナリスには少し難しいのかもしれない。
後からノーラとウルーリヤにそれとなく注意されたらしく、詫びの手紙が来ていたが、アンバーが放つ強者のオーラに惹かれて傍に置きたくなる気持ちは分かるので許した。
本来なら、他の側室ではなく侍女が教えてやるべきなのだが、あちらの侍女はミナリスの身を守る事が第一のアホ揃いだ。
アンバーの気苦労が増えそうである。




