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38話 私の方が下種でした

「傷物になった側室なんてどうせ離縁されるのだから、第1騎士団が何十人も護衛する必用なんてない、なんて言われたかしら?」

「アルーシャ様!」

「えぇ!?どうしてわかったの?おかしいわ、音は魔法で遮断していたはずよ?」


「あら、やっぱり魔法を使っていたんですね。それで、言葉は当たり?まあ、あの副団長、王子殿下の側室にそんな口を利くなんて勇敢ね」

「アルーシャ様……。神官殿、発言にはご注意願います」

「ごめんなさい。でも、不思議だわ。確かに魔法を使ったのに……」


馬車が出発して暫く。

当然普通に聞いても口を割らなかったロウフェイルトに、下種思考で予測した言葉を言ったら、どうやら正解だったようだ。

ロウフェイルト一人なら誤魔化せただろうが、思わずと言った風に声を上げてしまった女性神官が肯定してしまった。

ロウフェイルトに睨まれ、女神官はしまったといった顔をしたが、後の祭りである。


女神官は申し訳なさそうに口を覆うと、隣に座っている別の神官の耳を塞いで魔法が発動しているか確かめ始めた。

魔法耐性だとか特性だとか騒ぎ始めた神官がうるさかったが、とりあえず放っておいた。

ロウフェイルトの隣にいる神官が、何やら腕を組んで神妙な顔をして見つめてくるが、そちらも面倒なので無視する。


「ロウフェイルト、貴方は、途中から本当に怒っていたでしょう?私だって、余程の事を言われたのだと分かるわ。ならばどんな事を言われたか……普通は誰だって想像してしまうのではないかしら?」

「アルーシャ様が知られる必要はございません」

「そうだ。あんなの、若いお嬢ちゃんが聞くもんじゃないぞ」


「あの状況を見て、それで納得できると思うの?私は、あの騎士に侮辱されたのでしょう?お前が想像していなかったような言葉で」

「アレは、王都に戻り次第不敬罪により処刑いたします」

「いや、待ってくれ。あの子はまだ寿命が残ってるから、早死にさせるとまた冥府が……」


「神官様、ちょっと黙ってくださる?ロウフェイルト、あの騎士にその言葉を引き出させたのは貴方ではないの?最初から意図して彼を怒らせたのは、貴方とそれを頼んだ騎士団自体ではないの?側室を利用した不敬は誰が責任をとるのかしら?」

「アレが副団長不相応となり途中解任される事は、元より予測されておりました。しかし、今回の匂いの問題と、アルーシャ様への不敬は我々の意図ではございません。私を不敬と処断なさるなら結構。しかし、私には貴方を守り、無事王宮へ送り届ける義務がございます。処罰を求められるなら、王宮へ戻られてからにしていただきたい」

「アルーシャちゃん、補佐官君は悪くないよ。あれはあの副団長君たちが悪いんだ」


「神官様、私は王子殿下の側室なのです。ちゃん付けで呼ぶのはおやめください。個人的にも嫌です。あとさっきから会話の邪魔です。黙ってください。ロウフェイルト、貴方は、あれを私の身を案じた故の争いだったと言うのね。感情的になっていた事を差し引いても、補佐官の貴方が、護衛であるはずの騎士を力で抑える必要を感じたのかしら?」

「感情的になったのは、私の未熟さです。…………アルーシャ様は、慣れぬ騒ぎを目にして気が高ぶっておられるのでしょう。私と神官殿がそばにおりますので、どうぞお休みください」

「……ちゃん付け……嫌だったのか。ゴメンね?あ、じゃあさ、『ッペ』付けはどうかな?300年くらい前に流行っ「黙れって言ってんですよ」



うるせえわこの神官。話の邪魔だって分かってて喋ってるだろ!?300年前の流行とか知らんわ!


思わず睨むと、間に割り込んで喋っていた神官は肩をションボリして黙った。

ロウフェイルトも会話の邪魔と思っていたらしく、一緒に睨んでいた。

苛立っているせいで、目がいつもより恐くなってるが、副団長と殴り合っていた時よりはマシだ。

フハハハハそんな目をしても、元荒くれ野盗と漁師な私には効かぬわ馬鹿めが!

あ、いや、やっぱりちょっと恐いわ。こっち見んな。

まあ、恐くても引かないけどな!負けないけどな!物語の主人公のように!



「ロウフェイルト、その返答で安心して休める者がいると思うの?」

「アルーシャ様ならば、可能かと」


「オメェぶっとばすぞ。……っと、あら、ごめんなさいね、つい。ロウフェイルト、私はね、気性が荒い漁師だった記憶と、野盗だった記憶があるの。貴方が今聞かせられないと思う言葉を聞かされたって、そこら辺の令嬢みたいに気を失ったりできないのよ。そんなに繊細にできていないの」

「図太いのは存じております」


「なら安心して構えてなさい。こんな時の下種の思考ぐらい、簡単に想像できるわ。神官まで使って守ろうが、若い女が攫われて無事なはずがない。下賤の血を王子の子として生んでしまわないように始末するべき、とか?ああ、それなら、どうせ始末するなら、側室だろうが傷物になっているんだから、今更傷の一つや二つ増えたところで変わらない。わざわざ傷物を王都から迎えに来てやったのだから、慰労のために使わせろ、とも思われるかしら。この手の人間って、一度そういった傷をつけられた女には、同じ傷をつけて良いと勘違いするから」

「そこまでは言っておりません!そんな異常な思考をするほど、彼らはおかしくありませんよ!アルーシャ様!一体どこからそんな発想が出てくるのですか!?」


「あら……え?そう?思っていた以上にお上品なのね。発想元は、前世の記憶よ」

「貴方はどんな時代を……。アルーシャ様、今仰ったような事を考える者は、この時代にはそうそうおりません。二度と口になさらないでくさい。貴方が清い身である事は、私と、神官の方々が保障しますので、いらぬ憶測に気を惑わされる必要もございません」


「私の身が清くあることは、私が一番わかっているわよ。……分かっているでしょうに、ロウフェイルト、貴方はどうしてあんな喧嘩をしたの?普通に考えて逆効果よ?」

「……重ねて申しますが、私の未熟さによるものです。お見苦しいものをお見せし、申し訳ありませんでした」


「見苦しくはないわ。私のために怒っていたのでしょう?ロウフェイルト=ニリテ、文官の身でありながら騎士を相手に、よく私の名誉を守りました。しかし、ウリオス殿下の心遣いである貴方に何かあっては、殿下へ申し訳が立ちません。以後は、決して拳を食らわないよう、先手の一撃で仕留めなさい」

「………………承知いたしました」



何だ今の間は。文句あんのか。

周りの神官も目を丸くして見てくるが、他にどう言えっつんですか。

処罰覚悟の必用を咎めるとか、理不尽だろうよ。考えなしに喧嘩するほどこの凶悪眼鏡君……いや、今もう眼鏡ないけど、ロウフェイルトは考えなしじゃなさそうだしね。

私は儚く美しくか弱く善良な上に思慮深くて頭が良い側室様だから、ちゃんと下の者の気持ちを汲んであげられるんだよ。


「ロウフェイルト、念のため言っておきますが、以後は不要な争いや殺生は避けなさい」

「善処いたします」


善処かぁ……。

否定しないどころか受け入れるとは、やっぱこの人、凶悪眼鏡で間違いなかったわ。

必用になったら殺ると思った私の推測、多分間違ってない。

あと、揉め事も想定ているってことが分かってしまった。

いや、神官がついてるから、こちらが殺されることはないし、そうなる可能性は限りなく低いけども。


実力主義の第1騎士団は役職付きこそ貴族出身者で固めているけど、団員は平民も多く中には腕前以外が残念な者もいる。

だが、様々な層の人間がいるので、諜報部に次ぐくらいには情報収集能力があると言われているのだ。

その団員の一部が、目の前に跪かされても側室であるアルーシャに敬意を示さなかった。

王都で面白おかしい噂があるのは間違いないだろう。

考えるだけで、腸が煮えくり返る思いである。

だからこそ、長い療養期間を持たず、旅に耐えられる体力になると同時に王都へ戻って無事であると示す必要があったのだろう。

しかし、今回の誘拐事件は、王子はもちろん、護衛した騎士全体の失態でもあるので、流石に王宮も火消しに走っているはずだ。

迅速に行動しなければ、次兄や父どころかクアラス家の縁戚が揃って腰を上げるような内容でもある。

いや、多分もう、誰か何かやってると思うが……。



「ロウフェイルト、私の実家はどうなっているか、聞いている?」

「今朝受けた報告では、セルダン殿の指示により、アルーシャ様の侍女が全員、後宮からクアラス家に戻ったそうです」


「ん?」

「また、アルーシャ様の身は後宮ではなくクアラス家へ返すようにと求めており、王家が話し合いを求めている状況です」


「ああ…………んん?」

「クアラス家縁戚の貴族や商家が、続々と王都から去る準備をしているとの情報もございます」


「……怒ってるじゃないのよ」

「大事なご息女を預かりながら誘拐され、あらぬ噂まで流れるのです。いかに国家への忠誠心が高いクアラス家と言えど、当然の反応でしょう」


有力貴族のシャーレス公爵家がコパルにつきっきりになり、国軍もそちらを向いている状況で王家から距離を置くなんて、完全に王家の膝裏に蹴りを入れている。

今はクアラス家だけの動きのようだが、他の家が同じ動きを始めるのは時間の問題だ。

特に、後宮に側室を入れている家は、娘の身を案じて気が気でないだろう。

お茶会してる場合じゃないぞ王妃様。


しかし、家の対応がまだ普通の貴族と同じものなので、実家が本気で怒っていないだろうとも思う。

でなければ、王家以外の貴族家の醜聞やゴシップが王都中を駆け回り、その上で王家の似た話は美談にして広め、王家を孤立させるぐらいは起きてるだろう。

因みにそれはアルーシャの祖父が他の貴族相手にやった手である。

ひでぇ事しやがる爺様もいたもんだ。


「ではロウフェイルト、貴方は私を王都の何処へ送り届けるのかしら?」

「まだ様子を見ておりますが、アルーシャ様が王都に戻られてもクアラス家と王家の話し合いが終わっていなければ、神殿に預かっていただきます」


「貴方の立場なら、後宮に連れて行くしかないと思ったけれど、いいの?」

「それではクアラス家を刺激しすぎてしまいます。王家は、クアラス家と揉めることは望んでおりません。交渉が終わらなければ、神殿で療養してもらうようにと、ウリオス殿下のご指示です」


「そう。王都までは、あとどれくらいかかるのかしら?」

「だいぶ寄り道しましたので、あと5日はかかります。元々、陸路は時間がかかりますので」


「そう。なら、王都に帰るころには、話し合いは終わってるかもしれないわね」

「だと良いのですが……」


「王子も王室も、側室問題で発破をかけるために私を呼んだくせに、他の仕事をさせすぎなのよ。男と女の愛憎渦巻くドロドロを想定して来たのに、国家間の争いなんて側室の業務範囲外だわ。他の令嬢だったら、とっくに泣きながら神殿に駆け込んでるからね?」

「肝に銘じます」


指示しているのが王子たちなので、ロウフェイルトに言っても仕方がないと自身に言い聞かせると、アルーシャは鬱憤を溜め息と共に吐き出して目を閉じる。

隣の女神官が、神殿に来るならまたお世話できるのね、と嬉しそうに言っているが、下手に返事をするとまた風呂やトイレの面倒まで見ようとしそうなので、寝たふりをしておいた。

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