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37話 帰りたいのに喧嘩すんな

シャーレス公爵家領都の公爵邸にお世話になって半月。

戦闘を軍と警備隊に引き継ぎ、アルーシャと共に王都へ帰還するべく迎えに来てくれた第1騎士団は、やっぱり何か臭かった。

見送りのためにいる公爵家の執事は無表情を保っているが、他の使用人は顔が引きつるのをなんとか押さえている。

一緒に出発するロウフェイルトは動じていない……かと思ったが、よく見るといつもより目つきが凶悪だ。

修理された眼鏡で見えにくいが、いつもより3割ぐらい目つきがわるい。


そんな面子に気づかず、迎えの騎士達は海から吹く風を別の香しさに染め替えながら、凛々しく頭を垂れていた。

整列する騎士達は、精悍で屈強。王国最強の騎士団と言われて、なるほどと頷ける容貌だ。

だが臭い。

遠征中だから仕方ないのだろうか。しかしこのシャーレス公爵家の領都は温泉が豊富だから、街の至る所に公共浴場があるはずだ。


なのに、何で彼らは臭いんだろう。後宮に出入りしていた時みたいに気を配れないのだろうか。

今回は神官が複数名同行するのだ。しかも竜族。側室と同じくらいには、気をまわして然るべきではなかろうか。



「お前たち、何だその匂いは!領都を出る前に、公共浴場へ寄るぞ!臭くてかなわぬわ!」


代表を呼び出して注意しようと思ったら、その前に耐えかねた神官様の一人がブチ切れた。

気持ちはわかる。

わかるけど、立場的にはちょっと待てほしかった。

こんな大勢の前で神官に匂いを叱責されるのは、後始末がちょっとメンドイ。


怒られた騎士達が驚いているが、あまりよそ様のお宅の前で時間を食っていると、公爵家の使用人達が匂いで倒れそうだったので、急いで騎士達を謝らせ、途中公共浴場に寄るよう指示をして出発をする。

6人乗りの大きな馬車に乗ると、幸い中は生花が飾られているおかげで汗臭くない。


出発してから、先ほどキレていた神官に改めて謝ろうとしたら、彼は飾られている花に頭を突っ込んでいた。

スーハースーハー言いながら大きく呼吸していたので二度見した。


「ごめんなさいね。この方はお坊ちゃんだから、ああいう環境に耐性がないのよ」

「……そうですか」


お坊ちゃんな事が、花束に顔を突っ込む理由になるとは思えなかったが、それ以上彼の情報を聞かされても困るので、アルーシャは納得したふりをした。

人間相手なら面白い奴を見つけたと楽しくなるが、流石に竜族を相手にそんな風には思えない。

多分イジっても笑って許してくれるだろうが、別に仲良しこよしするために同行している相手ではないのだ。

それでなくても、後宮に帰ったらあの王子と顔を合わせる事になるし、多分次兄も顔を見に来るぐらいはする。

もしかしたら王妃とも接触する事になるかもしれないので、今だけでも平穏を味わいたい。


領都外れにある公共浴場へ寄り道はしたものの、一行は何事もなく街を出た。

病み上がり設定のアルーシャを乗せているために進行はゆっくりで、通常2日で出られる公爵領を3日かけ抜けた。

花束神官が半ば命令する形で、毎日公共浴場に立ち寄っていたせいもあるだろう。

公爵領を抜けると、道中に温泉はなくなるのだが、花束神官はどれだけ耐えられるだろうか。



なんて考えていたら、公爵領を抜けて3日目の夜、件の花束神官は『この臭い!耐えられん!』と叫んだかと思うと、その身を青緑色の竜に変えて王都の方へ一人飛んで行ってしまった。

翡翠のような鱗の美しさに目も心も奪われて呆然としていたら、他の神官が口を揃えて『我が儘お坊ちゃん』とか『巡礼に出して鍛えなおす』と言っていたので、ちょっとだけ恐かった。


それはそうと、毎日朝晩と休憩の間に真剣を振って鍛錬する第1騎士団の臭いは凄まじかったので、アルーシャとロウフェイルトは神官側に非はないと頭を下げる事になった。

問題の第1騎士団は以前会ったポルキア副団長とは別の副団長が代表をしていて、苦情は聞いても改善する気は見えなかった。

予定を変更してまで毎日風呂に入っているのだから良いだろう、とでも思っているのだろうか。


明らかに問題ある人間を代表にして失態を犯させ、処分させようとしているのが見え見えである。


こちらは病み上がりという設定なのだから、そんなものに利用してくれるなと思っていたら、話し合いの途中で一緒にいた女神官に両耳を塞がれてしまった。

何だ?私はオッサンと盗賊の記憶があるから、大概の罵詈雑言と隠語には耐性があるぞ。

固定されて首も傾げられずにいると、何故かロウフェイルトと副団長がバチバチやりあい始めた。

そういえば、今第1騎士団の団長代理をしているポルキア副団長はロウフェイルトの従弟だったな……と思っていたら、ロウフェイルとの眼鏡が地面に吹っ飛んで何とか副団長の足に踏みつぶされる。


神官まで同席する場で騒ぎを起こすなんて、ロウフェイルト、もしや、お前もグルだったのかい?


一体どんな言葉で副団長の堪忍袋の緒をブッ千切ったのだろうと考えながら眺めていると、ロウフェイルトは副団長と一緒にいたその副官2名をそれぞれ一撃で沈めてしまう。

何でお前が殴るんや。

『騎士が文官を暴行した問題で処分』の筋書だけでいいだろうよ。

何で殴り返した上に、文官のくせに騎士を一撃なんだよ。おかしいだろお前。


そういえば、この人、北方将軍の息子だったな……と思って見ている間に、ロウフェイルトは副団長と一対一の殴り合いを始めた。

王子の傍にいて一番腕が立つと言うだけあって、動きにくい文官服のくせにロウフェイルトは副団長といい勝負をしている。


馬車とはいえ旅の最中もロウフェイルトが文官服なのは、こんな時でも王子の側近としてアルーシャの傍にいる立場を明確にしたいからだろう。

しかし、袖や裾が長い文官服は、やはり殴り合いがしづらかったようで、途中で乱暴に脱ぎ捨てていた。

一応国から認定されて支給された文官の位を表す服なんだから、脱いでも捨てるなよ。

踏まれてもみくちゃになる前に拾ってあげるべきだろうかと目をやると、近くにいた騎士が拾って丁寧に畳んでくれていた。残骸になった眼鏡も回収してくれている。


ロウフェイルトと副団長は何やら叫びながら殴り合っているが、耳を塞がれているので口論の内容はさっぱりわからない。

というか、途中から女神官が心が浮き立つような歌を歌い始めて、それ以外何も聞こえていない。

多分何か魔法か魔術を使われているのはわかるが、もうちょっと場に則した歌はなかったのだろうか。

鼻血飛び散る野郎の喧嘩のBGMが、仔猫ちゃんとリスさんのピクニックというのはどうなのか。


普通は途中で周りの騎士が止めるものだが、何故か騎士達は観戦する姿勢でロウフェイルト達の殴り合いを見守っていた。

止めろや。何だこの状況は。

王国の騎士が側室と神官の前で無様を晒すなよ。


段々呆れてきて溜め息をつきかけた時、副団長に投げ飛ばされそうになって堪えたロウフェイルトの服がビリビリと破れた。


どうせなら女の子の服がビリビリ破れる姿が見たい。「きゃっ!やだ、なに見てるの!」とか言いつつ嬉しそうな顔で服が破れてる姿が見たい。できればふっくら体型でムチムチした子の。

誰かそんなお店王都につくってくれんかのう……。

そんな事を考えて現実逃避してみたものの、一応の夫である王子よりその側近の肌を先に見る事になった現実は変わらない。

いや、下は破れていないから、セーフではあるけれども。


自分は何を見せられているのだろうと思いながら喧嘩を眺めていると、ロウフェイルトの拳が副団長の顎に綺麗に入り、勝敗がついた。

かと思ったら、フラフラと膝をついた副団長に対し、ロウフェイルトは肩を蹴り飛ばして仰向けにすると、馬乗りになって更に拳を振るう。


え?マジギレしてる?

流石にまずいと思ったか、周りの騎士がロウフェイルトを引きはがした。


これ、私も始末書作る事になるのかなぁ。報告書かな?でも側室だから免除してもらえるかな?でも事情聴取は起きるのかな?何て言えばいいの?どなたかが用意した茶番が気づいたらマジ喧嘩になってましたって?

いや、儚い月の妖精だから、分からんフリしても許されるかな。


普段より5割増しで鋭い人相になったロウフェイルトにビクッとしていると、騎士にも負けないムキムキ補佐官殿は顔面血まみれの副団長の襟首を掴んで引きずってくる。

何でこっちに持ってくるんじゃ。いらんよ。


目の前に跪かされた副団長と、騎士から受け取った文官服のローブを羽織って何か言ってるロウフェイルト。

何も聞こえない状況なのにどうしろってんだよ。

狩りの成果を見せる犬ですか?言っとくけど褒めないからな。

副団長が何か言って睨んできたと思ったら、ロウフェイルトがその髪を掴みあげて何か怒鳴りつけてた。


とりあえず、何か失礼な事を言われたんだろうな……と思いながら困った顔を作って顎に指を添えながら首を傾げたりしてみたが、本当に一体何が起きてるんでしょうね?

いつまで耳を塞がれていればいいの?

女神官の歌は3曲目になっております。


ロウフェイルトどころか他の騎士にも怒ってる人がいるし、この副団長は一体私に何を言ったんだか。

若い女の子には聞かせられない事なんだろうけど……いや、でも今の時代だし騎士が言う事だから、想像するほど下品な事は言わないか?

ロウフェイルトが何か言っているから、とりあえずうんうん頷いていると、一応解決したのかボコボコ副団長は他の騎士に拘束されて連れて行かれた。

最初に沈められてた2人の副官も運ばれて行って、ロウフェイルトは騎士達にあれこれ指示を出している。



「大変でしたねアルーシャ様。さあ、馬車に戻りましょう」

「ええ」


やっと耳を解放してくれた女神官に手を引かれ、他の神官に守られるように馬車に連れ戻される。

労わるような眼差しを向けられたり、「気にすることはない」とか「胸を張っていなさい」とか言われるが、こちらは何が何だかさっぱりである。

何かよくわからないうちに始まって終わっちゃったけれども、解決したなら出しゃばらないでおこう。

いや、後で右往左往するのも嫌だから、後でロウフェイルトに聞くつもりだけれども。


とりあえず、騎士達は王都までの間だけでも朝夕の鍛錬をやめてくれるのか。やめないまでも臭い対策をしてくれるのか。

そもそも副団長を拘束してしまった騎士団は誰がまとめるのだろうと思っていると、ロウフェイルトが臨時で代表にした騎士を連れてきた。

ロウフェイルトの従弟で、ポルキア副団長の弟さんらしい。


へぇ…………。


よくも騎士団の揉め事に巻き込んでくれたな……と、つい冷たい目で見つめてしまったが、新代表はちょっと気まずそうな顔をするだけだった。

図太くて結構。

これなら王都までの道ぐらい、騎士をまとめられるだろう。駄目なら副団長をボコッた責任をとってロウフェイルトにやらせればいい。多分彼はできる。



暫く馬車で待っていると、着替えを済ませたロウフェイルトが乗ってくる。

喧嘩から時間が経ち、腫れあがってボッコボコになっているその顔に、神官がちょっと笑いながら回復薬を差し出していた。

普段なら、一緒になって笑っていただろうが、この補佐官、多分途中まで予定通りに副団長を挑発していたが、途中からはこちらのために本気で怒っていた。

詳細はこれから聞くが、ここで笑ったら多分、本当の事はずっと言わなさそうだし。


ハンカチに回復薬を染み込ませて顔に当てるロウフェイルトは、目の上も切れて腫れていた。

王子の側近としてあるまじき凶悪犯のような人相である。

野盗時代の自分を思い出すぜ。


「ほ……補佐官殿、その回復薬、ふふっ……失礼。その回復薬は、飲む、タイプです」

「左様でしたか」


神官にプスプス笑われながら残った回復薬を口に含んだロウフェイルトに、アルーシャはこっそり唇を噛んで笑うのを堪える。

薬は既に半分ほどハンカチに染み込んでしまったので、別の神官が追加の回復薬を差し出していた。


味方同士で喧嘩するという失態を晒しながら、神官達に気分を害した様子が無いのは幸いだった。

まあ竜族なので、人間の喧嘩も猫の喧嘩も大して変わらないのだろう。


しかし、そうであっても、聞かせてはならないと耳を塞がれるような事を、アルーシャはあの副団長に言われたわけだ。

騒動下種な内容だった事は間違いないが、下種思考なら野盗時代の記憶を土台知識に想像出来る。

いや、下種って言っても、自分は殺人鬼的な方の下種だったから、当時一緒に暴れてた人間の言動からの予測ですけれども。


神官が耳を塞がせ、補佐官がブチ切れて力で押さえつける姿を見せる必要がある事。

この状況で、アルーシャに向けられる言葉。

それでいて、この平和な時代の騎士が語るレベルのお上品さ。

……まあ、何となく想像はついた。

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