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36話 茶会してんな元凶

そういえば、ロウフェイルト、昨日は眼鏡をしていなかったわね。


助けに来た時には既に壊れていたが、予備もやられたのだろうかと考えながら、アルーシャは神官から差し出されたスプーンに口を開ける。

小さく刻まれた柔い果物は舌の力だけで潰れ、噛む必要もなく飲み込めた。


神官の治癒で既に体は回復し、何ならベッドの上で反復横跳びもできるのだが、嬉しそうに世話をしてくれる女性神官の顔を見ると何も言えなくなる。

『こんなふうに人の子のお世話を出来るなんて初めてで、とても嬉しく楽しいの』と言われてしまっては、尚の事断れなかった。


もう手取り足取りお世話をされる年齢ではないのだが、数千年でも余裕で生きる竜族にとって人間なんて生まれてから死ぬまで赤子のようなものだろうし、そもそも彼らにとって自分達以外の種族はみんな子どものようなものだ。

抵抗するだけ無駄だろう。


綺麗なお姉さんにお世話してもらっているのだから、むしろ儲けものと思う事にして、アルーシャは思う存分甘える事にした。

今日は午前中ゆっくりと眠らせてもらい、今は朝食兼昼食を貰っている状況だ。この後お風呂に入れてもらい、軽く着替えを済ませたらロウフェイルトが来る。

一晩寝て、昨日教えてもらった事をかなり整理できたが、安心して眠ったせいかいくつか内容を忘れてしまった。

忘れるのなら自分にとって重要ではないのだろうと都合が良い結論を出すと、アルーシャは空になった器を下げた神官に手を引かれて浴室に向かった。




「随分顔色がよくなられましたねアルーシャ様。安心いたしました」

「皆の献身のおかげよ。感謝しているわ」


でもコイツ、満身創痍の私に薬入りの酒を飲ませたんだよな……と、ジト目になるのを堪えながら、アルーシャは控えめな笑みを作る。

予定通り部屋へ訪れたロウフェイルトはやはり眼鏡をしておらず、露わになっているその目つきの鋭さに、一瞬殺しに来たのかと思ったのは内緒だ。

それはそうと、体力が回復した今、アルーシャは再び頑丈な月の妖精仮面を被った。

再び儚いレベルを上げなくては、一部に知られた垂れ流しのイメージを払拭できない。



「神官の方から、しばらく内臓を休ませるよう言われているから、お湯しか出せないの。良いかしら?」

「お付き合いいたします。私がいれますので、アルーシャ様は、そのままで」



神官といいロウフェイルトといい、昨日から至れり尽くせりしてくれて、アルーシャはつい満足げに息を吐きたくなる。

後宮でも侍女からこんな風にお世話されて生活したい……なんて、実家から連れてきた侍女を使っている限り叶わない想像を膨らませた。


あれ?おかしいな?普通逆じゃないかな?


どうして自前の侍女より他所の人の方が手厚く世話をしてくれるのだろう?

兄か?全て次兄のせいなのか?

思えば、後宮に来た時連れてきた最初の侍女2人も、最終的にGOサインを出したのは次兄だ。追い返したことで意趣返し出来たのなら嬉しいが、何となくあの次兄はそれも想定して判断材料にしている気がする。

やっぱり侍女に関しては全部次兄のせいだ。


「アルーシャ様、難しい顔をされていますが、何か気がかりな事でも?」

「いいえ。少し、セルダン兄様……他の家族も心配しているだろう思っただけよ」


「…………左様ですか。ですが……アルーシャ様を一時的に攫わせるという当初の作戦は、クアラス家の許可を得ております。最悪の事態も、想定されていたかと……。胸中は複雑かと思いますが、その点は、どうぞご留意ください」

「……覚えておくわ」


受け入れるかは別だけどな。


つい顔に出てしまったのもあるが、苛ついているのを見透かしてきたロウフェイルトに一瞬だけ視線をやると、アルーシャは彼が差し出したカップを手に取る。

丁度良い温度の白湯を少しだけ口に含んで唇を湿らせると、アルーシャは胃の底でモヤつく怒りを一端保留にする。

昨日はこれまでの事を聞いたが、これからの事は聞いていない。

ここで体を休めてから王都に戻る事は聞いているが、具体的な事は何も知らないのだ。

アルーシャへの襲撃と同じくして攻撃を受けたという王子や、火が出たという王宮の事も、何も聞いていない。


「ロウフェイルト、殿下と王宮の様子を教えてくれるかしら?」

「殿下は護衛の奮闘と神殿からの素早い応援のおかげでご無事です。襲撃を受けたのは、神殿の目と鼻の先でしたから。王宮の火事は隠し通路への放火だったため、方々から煙が出て混乱しましたが、妖精が騒いでくれたためにすぐ現場が特定され消火されました。

側室の皆様は、王妃殿下のお茶会のため後宮を不在にしておられたので、そのまま離宮へと避難しておられます」


「……おちゃ……かい……?」

「万が一の襲撃に備え、急遽王妃殿下が開かれたそうです」


私のけ者にされておりますやんけ。


「…………そう。そうね、側室の中で、今回は私が一人だけ外出を許されてしまったもの。他の側室の方々への気分転換は大切でしょう」

「ご理解いただけて何よりです。……個人的に一言付け加えさせていただきますと、王妃殿下はウリオス殿下のお母上様であらせられますので……ご理解いただければ、幸いです」



何と言う事だろう。

他の側室と絶妙に隙間が出来るようにしてくれるなんて、よもや顔しか知らない王妃から嫌われているのかと思ったら、それ以前の問題だった。

王子のあの、配慮が足りない所とか、デリカシーが足りないのは遺伝だというのか。遺伝するものなのだろうか?王妃殿下は公務が忙しくて子育ては殆どしていないはずだが……。


「アルーシャ様は、メリッサ様との件もあり、下手に他の側室の皆様と平等に扱うと、どうしても頭一つ抜きんでる事になってしまいます。方法はさておき、王妃殿下も、その点を考慮されたものかと……」

「そ……そう。皆さんが、私の事を気に病まなければ良いけれど……」


だからって、不在を狙い澄ましたような時期にする必用あるか?

事前に説明して仮病とかで欠席するように言ってから全員招待すればいいだけでは?

どう言い繕ってものけ者扱いじゃん。

王妃直々に爪弾きにしてるじゃん。

あっれぇ?私、王妃様と面識ないんだけど、何か怒らせる事したかなぁ?

危ないなあ。苛々しすぎて儚い仮面がボロボロ崩れてきそうだよ。


「王妃殿下は、先祖返りにより精神的に精霊の血が少々強いのです。そのため、咄嗟の判断の際、人間の感情に疎くなる事がございます」

「ハァ?あ、いえ……ロウフェイルト、本当にそれだけなのかしら?私、貴方と殿下をボコッ……隠し通路に探しに行った日も、王妃殿下の許可で捜索に駆り出されたのです。御命令との事でしたから従いましたが、捜索が側室の務めでない事は明らかでしょう?私、身に覚えが全くないのだけれど、何か王妃殿下のご不興を買ってしまったのかしら?」


「その件では、王妃殿下はシャーレス公爵夫人よりお話され、国王陛下からもお叱りを受けましたので、反省はしておいでのようです」

「……ねえ、それ逆恨みされてるんじゃ……?」


「王妃殿下は、メリッサ様のおかげで、前世記憶を持つ者全般を好いておられませんので、アルーシャ様に限ったことではないでしょう」

「フォローになっていないし、完全にとばっちりじゃないの!」


「……その件について、王妃殿下は、ウリオス殿下と国王陛下から、釘を刺されてはおいでです。それと、アンバーを護衛に貸し出しす許可を出されたのも、償いのおつもりだったのでしょう」

「…………」


「この騒動、元を辿れば昔の王妃殿下の振る舞いも原因の一端と、国王陛下はお考えです。王妃殿下も自覚があられるために、事が大きくなり焦られたのでしょう」

「……ロウフェイルト、国王陛下には、貴方に発見された時、私がどんな状態だったか、伝えていただけるかしら?」

「恐らく既に情報は掴んでいるかと思いますが……承知しました」


国への忠誠心はあるが、だからと言って何でも許せるわけではない。

国王に叱責されていようが、焦っていようが知るか。

失態の尻拭いへの協力は許せるが、傍から見て蔑ろにされていると分かる状態まで、二つ返事で受け入れられなかった。

王と王妃が喧嘩になろうとも知った事ではない。こちらは貴族令嬢として腹切りものの屈辱を受けたのだ。クアラス家として報復に出ようとしないだけ有り難いと思ってもらわねば。


こんな事ならメリッサにも、事故に見せかけて何かしてやるんだった。

何度も名前を間違えまくってやるとか、蠅を叩くフリして頭をドツくとか。

頭にきすぎて、もう、被りなおした月の妖精仮面はオンボロボロリンだよ。


舌打ちしたくなるのを押さえて、アルーシャはカップの中身を一気に飲み干す。

ヤケ酒したいのに、後宮に帰るまで我慢しなければならないのが辛い。

薬交じりの酒を飲ませたロウフェイルトなら、1本くらい頼めば持ち込んでくれるのではと期待したが、ドアの向こうから見える女神官のローブの裾に、無駄な希望を持つのはやめた。


もうロウフェイルト相手に儚いフリは無駄なんだろうな、と半ばあきらめながら、アルーシャは惰性で再び雰囲気を作り直す。


「そうだわ。ロウフェイルト、気になっていたのだけど、どうして貴方が私を助けに来たの?」

「殿下に代わって……と申し上げませんでしたか?」


「ええ、それは知っているわ。でも、救出なら騎士を向かわせれば十分だったでしょう?補佐官の貴方が、最前線に出てくる理由が、私にはわからないのよ」

「……そうですか。殿下の傍にいる中で、最も腕が立つ者は誰か……問われれば、皆が口を揃えて私の名を出すでしょう。それに、私の剣は騎士のような礼儀正しいものではなく、兵士のそれです。今回のような乱戦が予想される戦闘であれば、私のような剣の方が向いております」


「どんな戦い方になるかは、現場に来て始まらなければ分からないと思うけれど……わかりました。貴方にも言えないことや、言いたくないことがあるのでしょうね。今はそれで十分よ」


下手に突っ込んだら首を落とされそうだし……とは言えず、アルーシャは物分かりが良いフリをしてその話題を終わらせた。

ロウフェイルトはまだ何か言いたそうな顔をしているが、そんな誘いに乗ったら最後な気がしてならない。

返り血まみれになりながら助けてくれたのだから、あっさりこちらの命を取るなんて事、普通はしないとわかるのだが、この男の場合は必用だと思ったら殺ってきそうだ。

これ以上失態を重ねてクアラス家を敵にしないため、王子の懐刀を出したと考える事にした。


「今回の事件で、コパル王国は神殿と交わした各国との友好条約を破りました。我が国とオガノからの軍事的報復はあるでしょうが、来年には、神殿の直轄地にされているでしょう」

「盗まれた船はオガノ公国のものばかりと言っていたけれど、我が国の船の被害は?」


「一般の船舶は、停泊中のものが何隻か接触し破損しております。ですが、盗まれ、戦闘に使われたのは全てオガノ公国の船でした。恐らく、以前コパルが神殿と揉めた時、真っ先に貿易を停止した報復でしょう。オガノ公国の仕業にみせかけ、二国間にいらぬ亀裂を入れる事で、時間を稼ごうとしたのかと」

「あらまあ……彼らにしては頭使ったわね」


「それで上手くいくと考えて実行しているのですから、話になりません」

「可哀そうに。とうとう妖精より賢くなれなかったわね」


妖精は路上の馬糞を好意から風でまき散らしたり、汗だくで訓練している騎士達の頭上に好意から豪雨を降らせたりするが、迷惑になっていると分かれば同じことはしない。ただ、別の妖精が来て、同じ思考回路で同じ善意の災害を起こすだけだ。

対応を間違うと困ってしまう妖精だが、彼らは失敗を経験し、考え、学び、成長してやがて知性ある精霊となる。


精霊になる前の妖精の思考は幼児から10歳程度だ。

そのため、ナソド王国では、コパルは幼児レベルの頭の妖精より、更に頭がよろしくないと公然と言われている。


以前国同士で一触即発になって神殿が仲介した時、もしやコパルの国民は先天的な病を持っているのではないかと調査されたが、結果は健康そのものだった。純粋に頭が悪いのだという結果に、神殿はもちろん、健康理由による譲歩を検討していたナソド王国側も驚いた。状況を注視していた他国も驚いたと思う。


コパルから他国へ留学している者は揃ってそれなりに優秀な成績を収めている。統治の手間を省くために愚民政策でもしているのかと疑う者もいた。そこも神殿は調査して、彼らなりに努力しているという結論が出されたが、つまり、やはり頭が悪いせいだという事だ。

どうやら、ある程度知能が高く、留学や交易で他国を知った者は、国を出て行ってしまうらしい。


「妖精以下……とも言い切れないかもしれません。アルーシャ様が捕まっている間、妖精は現れませんでしたか?」

「私は見えない人だから目にしていないけど……そうね。言われてみれば、あんな状態になっていたのに、妖精は現れなかったわ。川の上だし、水の妖精がいてもおかしくないはずなのに。ロウフェイルト、何かあるのね?」


妖精と精霊が溢れるエーサリオ大陸にありながら、汚物に塗れた状態のアルーシャが通りすがりの妖精からお節介を貰わないはずがない。少なくとも、水の妖精がアルーシャの体を綺麗にしようとして、全身水浸しにするくらいは起きるはずである。


「戦闘中、コパル側から魔導術による砲撃を受けたのですが、そこから妖精の力を感じたという兵や騎士がおりました。今、神殿が調査しおておりますが、何らかの方法で妖精の力を使っていたのではないかと……」

「……それは、妖精の同意があったとしても、禁呪の分類だった気がするのだけど……?」


「はい。そのため、既に神殿には近隣と神都から多くの神官が集まり始めております。恐らく、北のカティオ王国とビュカ地区からも人や精霊が来ることになるでしょう。こちらの屋敷も、騒がしくなるやもしれません」

「まあ、そうよね。騒々しくなる前に、王都へ帰られるでしょうけど……本当、あの国、ロクな事しないわ……」



北の隣国カティオ王国は、ナソドより妖精や精霊の血が濃い。妖精が関わると聞けば、目の色を変えてやってくるだろう。

調査の結果が悪いものだったら、精霊王と高位精霊が住まうビュカ地区も間違いなく腰を上げる。といっても、精霊王と精霊は寿命がなく、人間と時間の感覚が違うため、1年ぐらいしてから動くかもしれないが。


「ロウフェイルト、私はどれくらいここで療養すればいいのかしら?」

「アルーシャ様が普通の食事をとられるようになってから、1週間後に王都へ移動しようと考えております」


「……帰り道は、流石に何もないわよね?」

「国王陛下の命により、アルーシャ様を何事もなく王都まで連れ帰れるよう、第1騎士団が護衛として迎えに来ることとなっております」


それ……臭くないですよね……?


後宮にいる時のように、ちゃんと石鹸の匂いをさせてくれているだろうか。それとも、元の仕様に戻って野郎と汗の香りを振りまいているのだろうか。

前者であってほしいが、望み薄な気がして、アルーシャは一瞬だけ遠い目になる。

だが、国王陛下がしっかり命令してくれているのなら、帰り道の安全は間違いない。

わざわざ陛下が命令したという事は、そうでなければどうなっていたのか……考えるのはやめておいた。


「第1騎士団のほか、神殿からも数名同行していただけるそうです。アルーシャ様の介抱をしてくださっている神官殿と、巡礼神官の方、神殿に滞在中の神官様……全員竜族の神官です」

「…………」


それ道中も酒が飲めないじゃん。

あ、いや、それよりも、過剰戦力すぎて逆に恐いんですが、これは何か起きるんですかね?

お世話してくれている女神官がついてきてくれるのは、素直に嬉しいし、巡礼神官が同行してくれるのも、恐らくもののついでだろうから良い。

だが、それが全員竜族と聞くと、さすがに聞き流せない。


だって、竜族なんて一人いれば人間の街ぐらい余裕で更地に出来るのだ。

いつもニコニコ優しくお世話してくれているあの女神官だってできる。

そんな竜族が2人も3人もついてくるなんて、禁呪や古の魔獣の調査のようではないか。


近衛とアンバーに守られながらも誘拐されたばかりなので、否応なしに疑り深くなってしまう。

だが、流石にこの状況で更なる事件など起きやしないだろうし、多分本当にもののついでで同行しているのだろう。

竜族なので、善意はあっても害意はないのは断言できる。

だが、ただの一国の側室の同行者としては強力すぎる。


彼らにとっては、迷子の仔犬をお家に送っていくついでに、近所を散歩する感覚だと思う。

だが、人間にとっては、カブトムシの散歩にフルアーマーの精鋭騎士が10人以上ついているような感覚だ。

おわかりいただけるだろうか?


「ロウフェイルト……」

「ご安心ください。道中には本当に何もございません。たまたま、移動の時期が近いため、同行するそうです」


精鋭と竜族に守られているのに何かがおきてたまるか。

それ以上に、あまりの護衛の凄さに、流石に委縮せずにいられない。

話を聞いている今ですら変な緊張をしてしまうのだ。実際に王都へ帰る時は吐く自信がある。


「ロウフェイルト……」

「……何かあれば、私がアルーシャ様を担いででも逃げます。それでよろしいですか?」


できれば今すぐにでも単騎で連れ帰ってくれませんかね?

あと王子の側室を担ぐとか言うな。


「約束しわたね。絶対よ?」

「はい。そのような事態はありえませんが……必ず。約束いたします」



「言ったわね?言ったわね!?もし見捨てたら毛根が死ぬまで貴方の髪の毛毟り続けるからね!?覚えとけよ!?約束だからな!裏切るなよ!?」

「ブッハハハハ!……っと、失礼しました。アルーシャ様、心中お察ししますが、どうかご安心を。それと、心の声は、後宮へ戻るまで口へ出さない方がよろしいかと」


こっちはそれができないくらいビビり倒しとるんじゃ!

実感できてないかもしれないけど、お前も獅子の群れに護衛される仔猫ちゃん一行の一人なんだからな!

当日になってから実感してチビっちまえ!

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