30話 ヤバ女様が見てる
「メリッサ嬢に伺いますが、今話していただいた、貴方が過去に殿下へ吹き込んだ話の根拠は何でしょうか?」
「吹き込むって……根拠は、私の前世記憶です。状況は王道の異世界転生の悪役令嬢物のシナリオそのものでしょう?アルーシャ様も転生者なら分かりますよね?あ、アルーシャ様はヒロインだから、原作の乙女ゲーしか知らない設定なのかしら?それとも、ラノベとか読まない人だったんですか?ですが、聞いたことぐらいはありませんか?かなり流行ってましたし。本屋さんとかにもそういうタイトルの本、いっぱいありあませんでした?」
「過去世記憶を元にした妄想を根拠に殿下を誑かした事実に変わりはないのですね」
「質問に答えてください。もしかして、私が原作からフェードアウトしたから、本来の流れと変わって焦ってるんですか?そもそも、私はこの原作を知りませんし、アルーシャ様が誰を攻略しようと関わる気はありませんから、私の事は放っておいて勝手にやってください。それとも、強制力が働かなくて、冤罪にかけられないから焦ってるの?だから、昔の事を掘り起こして断罪しようと思っているんですか?それこそ言いがかりだわ」
現在幽閉中のお前さんに冤罪かけてどんなメリットがあるんだね?
この人やっぱり自分の世界でしか生きていない。
ある意味現役異世界人だな……と呆れながら、アルーシャは何を言っているのかさっぱりわからないメリッサの話を、どうやって話を終わらせようか考える。
アルーシャにとって、メリッサの質問に応える理由も、これ以上会話する理由もないのだが、ある程度綺麗に話を終わらせなければ、月の妖精の化けの皮が剥がれてしまう。
「メリッサ嬢、先ほども申し上げましたが、貴方が口になさる独特な単語は、私には覚えがないものです。何度かおっしゃるフィロイヌという言葉も、私は知らないの」
「フィロ……ヒロインの事ですか?アルーシャ様、私と同じ転生者なんですよね?なら知らないはずありませんよ。発音はアレですけど、英語でもヒロインはヒロインじゃないですか。ここまで話をしておきながら、今更知らないフリをするなんて、何を考えているんですか?」
「転生者と言えど、生きた時代や場所が違えば、知識の違いは当然あるものです。メリッサ嬢は、もしや私を同郷と思っていらっしゃるの?」
「同郷でしょう?!だって、貴方はヒロインじゃない。異世界転生したんでしょう!?攻略対象者と一緒に、私を破滅させてハッピーエンドするつもりだったんでしょう?」
「身に覚えがありません。同郷というなら、メリッサ嬢は、私と同じように500年前にシノル海の島で生きていた記憶があるのかしら?」
「え……?」
「私は北の2の島で生きていたのですけれど、メリッサ嬢はどちらに?」
「……待って、アルーシャ様、何を言っているの?あ、もしかして、田舎で育った純朴さが見え隠れする令嬢っていう設定?異世界なんて言ったら突飛すぎるから秘密にしてるとか?」
そうだったら妖精要素にプラスになっていたのだが、生憎実際見え隠れするのは、荒波に揉まれた海の漢と、凶悪な盗賊。
そして何故か今日だけは、息を潜めながらメリッサをじっとり観察してる呪いのヤバ女である。
『残念だったなメリッサ嬢。この月の妖精は、お前が望む存在など微塵も内包していないのだよ。ハーッハッハッハッハ!』
と、心の中で高笑いしたところで、アルーシャは自身の異変に気付く。
メリッサの言う事が独特すぎて気を取られていたが、いつもは脳裏から適度に茶々を入れてくる賊や漁師が、今日は最初にボヤいただけで、ずっと静かなのだ。
そして、いつもは存在するかどうかも怪しいくらい静かに、それこそアルーシャの存在など無視して塞ぎこんでいるヤバ女が、アルーシャを通してメリッサに興味を持っている。
自分の人生に囚われたまま、この世界の全てを憎み続け、呪いの言葉しか吐いていなかった女が、口を閉ざして外の世界を見ているのだ。
それはもう、『無』しか移さない目をしながら、前のめりで。
おうちに帰らなきゃ!
ヤバ女がどうしてメリッサに興味を持っているのか……同じ異世界人だからだろうか?
異世界は星の数ほどあるし、肌の色や指の数が違うなんて当たり前。
そもそも地面がないとか、生命が肉体を持っていないないなんて世界からの転生者もいるのだ。
同じ世界出身の者が現れるのは奇跡か、太古の文明が行っていた禁忌の方法ぐらいだろう。
異世界同士でも、近い居場所にあったり、何かしらのつながりがあれば、共通点はある。メリッサの言葉に、ヤバ女の世界と共通する何かがあったのだろうか。
しかし、ヤバ女は本当に前に出ると危険なので、早くいつも通り隅っこで大人しくしてもらわなければ困る。
とにかく今は早く話を終わらせ、物理的に距離をとらなければ。
「メリッサ嬢、私の過去世は小さな農村に暮らす漁師でした。妻と3人の息子、それと成人した孫がいる、普通の男性でした。貴方が想像する純朴な女性ではありません」
「漁師!?え、この世界TS物!?しかも中身オジサン!?待って、情報過多すぎる。整理するから少し待ってください」
「お断りします。そろそろ時間ですので。殿下、メリッサ様に何か言う事はありますか?」
騒ぎ始めたメリッサを無視して問うと、王子は無言で首を横に振り、そっとアルーシャの手を離す。
お互いの汗でほんのりぬめる手に、アルーシャは顔を顰めそうになるのを堪え、しかしそっとスカートで掌を拭った。
王子もズボンで手を拭っていた。
「次の予定が控えている。メリッサよ、邪魔したな。よく療養するが良い」
「メリッサ嬢のご健勝を陰ながら祈っております」
会えて嬉しかったとも、また会いたいとも言わず、王子とアルーシャは何やら混乱しているメリッサを横目にさっさと部屋を出ていく。
廊下にいた使用人に、また最初の応接間へ案内されると、緊張した顔をしたイルフェンの兄夫婦が待っていた。
王子が、目的は果たせた事を告げると、2人は安堵とも不安ともつかない顔をしながら、頭を垂れる。
王子に次の予定が控えている事は本当で、玄関には既に馬車が用意されており、騎士達も半分が馬に乗っている。
公爵家への訪問だというのに異例の短さだが、元々王子の予定の隙間を使った訪問なので時間は予定通りだ。
おかげで、メリッサと物理的な距離をとりたかったアルーシャは、馬車が動き出すと同時に大きな安堵の息を吐くことができた。
最初は風変わりな令嬢だと思っていたが、あれはちょっとその範疇を超えていると思う。
現実が自分の想像の範囲を超えることを認められない類の雰囲気を感じるので、王子とは別の意味であまり関わりたくないタイプだ。
メリッサの言葉の信用性の判断は言うまでもないが、王子には一応直接アルーシャの判断を伝える必要がある。
また夜中に来るのだろうと少しげんなりする脳裏で、再び自分の世界に閉じこもったヤバ女を確認したアルーシャは、緊張で冷たくなった自分の手が嫌で、暖めるところを探した。
目の前にいるイルフェンに目をやり、隣にいるアンバーに目をやり、次いで自分の体に目をやったアルーシャは、一先ずドレスの胸元に手を突っ込んで自分の胸を鷲掴みにしてみた。
「アルーシャ様、何をしておいでですか!?まさか、アレと会話したせいで、御乱心を!?」
「違うわ。手が冷たいから、温めてるのよ」
「それで何故ご自身の胸を掴まれるのですか!?仰ってくださればひざ掛けを出します!イルフェン、そちらの椅子の下にあるはずだ」
「わかった。アルーシャ様、そのお姿は目に毒です。どうか手を戻してください。少し、失礼します」
「イルフェン、おねがいね。アンバー、寒いわ。私を抱きしめて暖めて」
「初めからそう仰ってくだされば……」
人前で月の妖精の仮面を落としてしまった自分に、やはりちょっと冷静じゃないな……と思いながら、アルーシャは胸の前で手を組みなおし、アンバーに身を寄せる。
アルーシャの奇行にちょっと引いた顔のイルフェンは、中腰で立ち上がると、座っていた椅子の座面を開いて中を漁りだした。
側室の送迎馬車なのに、椅子の下に剣やロープが隠されているのは何故なんだろう。
やっぱりこいつら全員信用できないと思いながら、アルーシャはアンバーの逞しい腕に抱かれて暖をとる。
剣や謎の薬品瓶はよく見えるのだが、肝心のひざ掛けが見当たらないようで、イルフェンは苦戦していた。
成人男性の騎士であるイルフェンが真ん中で作業をすれば、足の置き場に気を遣うくらいに馬車は狭苦しかった。
暖を求めるためにアンバーの胸を借りたアルーシャだが、目の前にはイルフェンの尻がある。
他人の夫の尻が拳一つ目の前で揺らめいている状況に、これはカンチョーしていいのだろうかと考えていると、意を決して両手を組んだところでイルフェンがひざ掛けを引っ張り出した。
「アルーシャ様、こちらをどうぞ」
「……ありがとう、イルフェン」
組んだ手を解いてひざ掛けを受け取ったアルーシャは、やっぱり疲れてるな……と思いながらアンバーから離れる。
外の音が変わった事に気づいて扉にある小窓へ目をやると、神殿の方角へ曲がっていく王子の馬車と、それを囲む長兄を初めとした騎士達の姿が見えた。
一瞬首を傾げそうになったアルーシャだが、護衛の騎士を急遽増やしたことにより、帰り道だけ急遽配置変換したと言われたのを思いだして納得した。
王子の車列の後ろでは、先日王宮で遭遇した使者達が粗末な服で麻袋を手に必死に馬を追いかけている。
心なしか、シャーレス家の紋章を付けた馬が増えている気がするのだが、かの国へ怒りと恨みを募らせている家なので、それぐらいはするかもしれない。
アルーシャが乗る馬車は、そのまま貴族の住宅地を走り抜けると、まっすぐ王宮へ向かっていく。
王子が一緒だった行きとは違い、側室だけとなった一行の馬車は、正面ではなく後宮がある裏手へと向かうため、王宮の周りをぐるりと回る道へ向かった。
「それで……アンバー、イルフェン、そろそろ何か起きるのかしら?」
「流石はアルーシャ様ですね。念のため、衝撃に備えてください。」
「アルーシャ様、もしや、御存じだったのですか?」
「私は何も知らないわ。でもねアンバー、貴方が車追いのためだけに護衛につくはずがないし、ただの見舞いだけで側室が王宮から出されるわけない事は分かるわよ」
「アンバー、アルーシャ様はヴァイツァー殿の妹だが、あのセルダン殿の妹でもある」
「……ああ、そうでしたね……たしか、竜族の前世記憶をお持ちの……」
何とも言えない笑みを浮かべたアンバーに、アルーシャは次兄の名の偉大さをしみじみ感じながら、ちょっとだけ座る位置を調整する。
何かがおきても、邪魔にならないように隅っこで大人しくしている事に変わりはないが、万が一の時は心の中の荒くれ盗賊に全てお任せして命を繋ぐ事を考えた方が良いかもしれない。
「アンバー、貴方は武器をとらなくて良いの?イルフェンの椅子の下にあるでしょう?」
「あちらは予備ですので、御心配なく。敵を油断させるため、本日はスカートの中に剣を隠しております」
そう言って、アンバーは長身に見合った長い脚を軽く叩いて笑う。
が、彼女から放たれる覇王のオーラを前に油断する者などいるのだろうか。
竜族や猛獣系の獣人でもなければ、この覇気の前で気は抜けないと思う。
それにしても、スカートの中とは……。
いざとなれば、アンバーは一時とはいえスカートを捲り上げて足を見せるという事か。
彼女に長年片思いしている長兄がいたら、必死に止めながら興奮するというムッツリ助平ぶりを見せてくれていただろうに、惜しい事だ。
ちょっと見たかったなーと思いながら、イルフェンは良いのだろうかと目をやると、彼は気まずそうな顔でアンバーから顔を背けていた。
「アンバー、騎士とはいえ、女性が軽々しくスカートを捲ってはいけない。ナイフ程度なら問題ないが、剣は今のうちに出しておいてくれないか?私は向こうを向いている」
「おや、イルフェン殿は私を女として見ておられるのか?」
「女性である前に騎士だと言いたいんだろう?だが、止めなければ私は妻に怒られてしまうんだ。からかっていないで、早くしてくれ」
「奥方様の気を害すのなら、仕方がありませんね」
やれやれと首を横に振った覇王……否、アンバーは、素早くスカートの中に手を入れると腿にベルトで巻き付けていた剣を取り外す。
よくそんなものを着けて侍女の動きができていたものだと、改めてアンバーの技量に感心したアルーシャは、次いで彼女が反対の脚から出した見慣れたメイスに驚く。
「アンバー、これは……!!」
「昨夜、ヴァイツアー殿より、アルーシャ様のお気に入りであると聞きまして。朝に侍女殿からお借りしました」
ニッと笑って差し出された木と鋼のメイスに、アルーシャは感動しながら手を伸ばすと、宝物のようにそれを抱きしめる。
以前それで窓ガラス越しに脅されたイルフェンが、若干引きつった顔をしているが、それがアルーシャに自信を与えてくれた。
ヴァイツァーがその件の知っているかは、侍女が安全のために教えたのだと予想できるので、気にならない。
が、ふと、アンバーの言葉に引っ掛かりを覚えて、アルーシャはメイスを抱いたまま彼女を見る。
「アンバー、昨夜、お兄様と会っていたの?」
「はい。本日の護衛の予定を聞いた後、アルーシャ様の侍女の方々に顔を合わせるため伺った際に」
「そう。なら、よかったわ」
「ご安心ください。食堂や宿舎への帰り道で会う事はありますが、世間話をする程度です。アルーシャ様がご心配するような事はございません」
ストーカーされとらんか?
第1騎士の詰め所と第6騎士の詰め所は一番離れた位置にある。
訓練所こそまとまっているが、普段勤務する場所も時間もバラバラだし、食堂で一緒になるなんてかなり稀なはずだ。
宿舎も、女性だけの第6騎士団は侍女や女官たちの宿舎の方にあり、間違っても野郎ばかりの第1騎士団と道が被るはずがない。
さっきまでとは別の問題で冷や水を浴びた思いになって、アルーシャはイルフェンの反応を見る。
よくある事を聞いた顔をしていてほしかったのだが、悲しいかな、イルフェンは心底不思議そうな顔をした後、何かに気づいたような顔になってアルーシャを見た。
目と目が合って、心が通じ合った。
間違いじゃなかったと頭を抱えたくなるアルーシャに対し、イルフェンは『へー、そうだったんだー』という顔になり、しかし次いで驚いてアンバーとアルーシャの顔を見比べる。
ここにヴァイツァーがいたら、多分ヴァイツァーとアンバーの顔を見比べていたに違いない。
とりあえず、イルフェンは落ち着くまで放置する事に決めると、アルーシャは軽い誤解をしているアンバーと目を合わせた。
「アンバー、私が心配しているのは、貴方が兄を不快に思っていないかどうかよ。気持ち悪かったらハッキリ言ってちょうだい」
「……?いえ、特にそのような事はありませんが……?」
「そう。でも、もし今後、うちの兄を気持ち悪いと思う事があったら、遠慮せず言ってちょうだいね」
「はあ……わかりました……?」
心底不思議そうな顔をしながら頷いた覇王に、アルーシャは一先ず安堵の息を吐く。
未だ混乱しているイルフェンは、目を見開いたままアルーシャとアンバーを見比べたままだが、話しかけたら煩くなりそうなので……いや、今も顔面がうるさいが、無視することにした。




