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29話 メリッサ様イカレとらんかのう?

馬車を降りる時、手を貸すために待っていた王子の顔色の悪さに、アルーシャは内心オイオイと心配になる。

前髪を下ろしていたのはその顔色を誤魔化すためだと理解した彼女は、彼のケツを思いっきり叩く代わりに、その震えている手を強く握った。


王子のデリカシーのなさにはうんざりだし、好き勝手利用されるのは鬱憤が溜まるが、必用と判断したら盾になる忠誠心はある。

ただし、その忠誠心は王子や王族へではなく国へ向けられたものだ。

恋愛感情は皆無どころか、相変わらずマイナスである。


出迎えたイルフェンの兄とその妻から挨拶を受けて1杯お茶をいただくと、アルーシャ達は早速メリッサがいる別の応接間に案内された。

普段は屋敷の西にある塔の上をメリッサの部屋として閉じ込めているが、王族をそんな場所に連れて行くわけにはいかないので、特別に母屋へ連れてきたらしい。

無礼があれば切り捨てて構わないという、血が繋がった兄弟とは思えない言葉をイルフェンの兄から貰ったアルーシャは、令嬢がそんな馬鹿はしないだろうし、実際に不敬があったら引っ叩いて穏便に済ませようと決めると、王子と共に室内へ入った。



「メリッサ、ウリオス殿下と、御側室のアルーシャ様が……」

「う……うわぁああ!かっわいぃ!!って、あ!ご、ごめんあそばせ、つい興奮してしまいましたわ!」


何だこのうるせえ女。


荒くれ盗賊の呟きに内心頷きながら、アルーシャは少し困った顔をつくると、緊張した顔の王子に目をやり、次いで今にも剣を抜きそうな顔のイルフェンへそっと微笑む。

いい年をした令嬢なのだから、口ぐらいしっかり閉めろと思いながら、王子と共にイルフェンからの謝罪を受け入れると、メリッサ嬢が待つテーブルへついた。


失態に気づいたメリッサは青くなって頭を下げているが、アルーシャに彼女を慰める義理はないので、そこは王子に任せて放置する事にした。

王子も放置する気のようだが、一応イルフェンを壁際に下がらせてあげる程度の優しさは見せている。

いや、彼がいると話が進まなくなりそうだから下がらせただけのようだ。


とりあえず、メリッサの話を聞かなければ、今回の目的は果たせない。

形式上の体調を気遣う会話をする王子の横で、アルーシャは控えめな笑みを崩さず、出されたお茶へ静かに口をつける。


ふと視線を下に向けると、相変わらず顔色が悪い王子は、落ち着かないのか膝の上にある右の小指がぴくぴくと動いてた。

癖らしいものまで出ている王子の精神負担が気にかかり、アルーシャは馬車を降りる時と同じように、テーブルの下で彼の手を強く握る。


やはりケツに一発ブチかまして、気合いを入れなおしてやった方が良かっただろうか。

どうせ叩くなら、野郎の固いケツよりも女の尻をプルンプルンさせる感じで叩く方が楽しそうだが、生憎アルーシャにはそれを許してくれる女性が周りにいない。

仕方ないから、後宮に帰ったら自分の尻を叩こうと考えている間に、王子とメリッサの形式的な会話は終わったようだ。

お茶に口をつけた王子の向かいで、メリッサはこちらを観察するように見つめてくる。


おいおい不躾なお嬢ちゃんだな不敬でビンタしてやろうか。

思わず内心で呟いた言葉を口に出さないよう、アルーシャはメリッサににっこりと微笑む。

瞬間、ふわっと音がしそうなほど淡く頬を染め、キラキラとした目で見つめ返してきたメリッサに、なるほどこれは前世記憶を差し引いても外には出せないとアルーシャは考えた。

簡単に騙されて利用されるのが目に見える。


「アルーシャ様、私、アルーシャ様とずっとお話がしたかったんです」

「……まあ、そうなのですか?嬉しいわ」



一瞬どう返答してやろうか考えたアルーシャだが、下手に立場の壁を置くと必用な話まで行けなさそうな気がする。

しかし、イルフェンが言っていた通り、あちらはアルーシャの綺麗な顔に普通よりも好感があるようだ。

おかげで警戒心が薄そうだったので、アルーシャはとりあえず彼女を乗せて喋らせれば良さそうだと考えた。


「メリッサ嬢は、転生者である私に興味があるとか。本当かしら?」

「ええ、そうなんです。私、アルーシャ様と同じく前世の記憶があるのです。ですから、同じ転生者のアルーシャ様とは、ずっとお話したいと思っていました」


「そうだったのですね。私、先日までメリッサ様が病弱でいらっしゃることしか、存じておりませんでしたわ」

「はい。私、この原作を知らなくて、色々失敗してしまったんです。そんな時、アルーシャ様の噂を聞いて、きっとヒロインだって思ったんです。私は美人な公爵令嬢な上に、王子と幼馴染みですから、悪役令嬢に間違いないでしょう?丁度流行っていましたし、状況が完全にテンプレそのものだし、原作知識がないものって割とあるから、この状況も珍しくないかなって。けど、知識ゼロじゃ全然上手くいかないから、今じゃ幽閉状態ですよ。ねえアルーシャ様、ヒロインなら、原作知識ありますよね?」



な……何を言っているのかさっぱりわからねえ……。


誘導するまでもなく喋ってくれたのは予想外だがありがたい。

しかし、彼女が言う言葉の殆どが理解の範疇を超えていて、アルーシャは表情に出さないようにするのに必死だ。


メリッサが言うフィロ……シロ……ヒロイヌ?とかいう単語も意味不明だ。

シル犬なら、西の大陸にいる6~7mの犬として有名だが、メリッサが言っているのはそれではないだろう。

上手く聞き取れない発音なので、彼女が持つ異世界の記憶の言葉なのだとは思うが……。


それ以前に、アルーシャは側室という身分から過ぎた敬語を使っていないだけなのだが、メリッサは一応敬語ではあるものの、何を勘違いしたのか気が置けない間柄のような態度で話してくる。

これは確かに幽閉待ったなしだな~と呑気に考えながら、アルーシャは混乱しながらでもメリッサの話を最後まで聞いておこうと考え、曖昧な笑みを返して先を促した。



「そうです!大事な事を言い忘れてました。私、アルーシャ様と敵対する気はありません」

「敵対……ですか?」


いきなり穏やかじゃない単語が飛び出てきたため、周りにいた騎士も、手を握っていた王子も一瞬警戒する。

アルーシャも反射的に視界の端でポットが手の届く位置にあるか確認してしまったが、すぐに落ち着いてメリッサに首を傾げて見せた。



「はい。アルーシャ様がヒロインかもしれないと思って、周りを少しだけ調べさせていただいたんですが、もうお兄さんが既に凄い美形じゃないですか!ビックリですよ!完全にメインヒーロー食っちゃう外見だし、隠しキャラだと思うんですが、全然隠せてないですよね。隠しキャラが禁断ルートってありがちですけど、あのお兄さんなら納得ですよ。間違いなくジュウハチキンルートだと思いますけど」

「兄……ですか」


どの兄だろうと一瞬考えたアルーシャだったが、メリッサは壁際に立つヴァイツァーには反応していないので、多分次兄の事だろう。

一応3番目の兄も存在はしているが、見た目は美形というより山でドングリを頬張ってそうな感じだし、奴の顔を思い出すと腸が煮えくり返りそうになるから考えたくない。

また謎の単語が沢山出てきて、正直言っている事の半分も理解できているか怪しく感じてきた。

同行している面子が後で解説してくれるだろうか。そうであってほしい。

アルーシャはメリッサの言っている事が殆ど理解できていない。

しかし、流石に意味が分かっていないのに彼女の言葉を信じても、その判断自体が怪しくなるので、アルーシャはとりあえず直近で聞いた謎単語を問うことにした。


「メリッサ様あの……ジューハツィキンリュートゥ?……というのは?」

「え?ジュー……?ああ、そうですよね、ごめんなさい。王子も男性もいる場所では話せませんよね。はい、知らないフリしておきます。いいシチュだと思います。お陰で妄想がはかどりますよ。ムフフフフ」


いや、笑ってないで説明しておくれよ。

言っている内容も分からない上に、会話も難しいとは大変なお嬢ちゃんだ。


何が良かったのか楽しそうに笑い出すメリッサに、アルーシャはお手上げしたくなるのを堪えてお茶を飲む。

空気に徹している王子に、本当にそれでいいのかと内心思いながら、アルーシャはまだ話たそうな顔をしているメリッサに笑顔を向けた。


「私、原作開始がいつからか知りませんから、アルーシャ様が後宮に入る噂を聞いたときには、王子エンディングを迎えたのかと思ったんです。ですが、それ以前にアルーシャ様と王子が……なんて噂は聞いたことがありませんでしたし、おかしいと思いました。何より、爵位は問題ないのに、正妃じゃなくて側室ですし。そこで、後宮からのスタートだったと気が付いたんです。その証拠に、アルーシャ様が後宮に入った途端に、事件が起こって、近衛騎士どころか第1騎士とも当たり前に後宮の中で接する環境になりましたよね」

「……事実、その通りの環境になっておりますね」


「やっぱり!でも、そうなると相手は王子だけなわけがないと思って。私も何人か攻略対象者の候補は考えてみたんですよ。側室で色々ルートがあるなら、王子ルート以外は禁断になりますよね。となると、王子の護衛をしてるうちの兄も既婚者枠としてあり得ますし、王子の側近とか、他の護衛騎士さんですとか……あの、ほら、今日一緒に来てるそこの黒い髪の騎士さんも鋭い眼光が素敵でですし不良枠とか狂犬枠っぽですよね」


それは一番上の兄ちゃんじゃ。

でもって、お前さんの言葉に怒っとるだけじゃ。


調べたというくせに長兄の顔も知らんのかと内心呆れながら、アルーシャは不敬どころでは済まされない言葉を並べているメリッサを密かに見限る。

イルフェンが言う通り、妄想癖が酷すぎてついていけない。

最初からブッチギリで置き去りにされている気がするが……。


王子は何年もこれに付き合わされたのかと思うと、混乱のまま色々刷り込まれてしまったというのも納得できる。

とりあえず無礼打ち待ったなしレベルの侮辱する言葉は吐かせたので、儚い月の妖精が怒ったとしてもイメージは下がらないだろう。



「一体どうなるんだろうって思って、正直少し楽しみだったんですが、今日お二人がこうしていらしたって事は、アルーシャ様は王道の王子ルートに決めたという事ですか?」

「メリッサ様、せっかくお話してくれたところ申し訳ないのだけれど、私には貴方が先ほどから仰っている事の意味が、どうしても理解できないの」


「え?」

「私がイルフェン様から伺ったのは、『殿下が冤罪によりメリッサ様を断罪し、しかし後にメリッサ様に復讐され破滅する』そう幼い殿下に教えていたという事です。私が今回お邪魔したのは、その言葉の真偽を確かめるため」


「それは、私が悪役令嬢としての役割から逃げられなった場合の話です。物語の強制力とか、よくある設定でしょう?物語によっては冤罪で吊し上げて即処刑なんて事もありますから、回避するために早くから王子に言い聞かせて保険をかけるのは、おかしい事じゃないでしょう?と言っても、結局今は家で幽閉状態ですけど、でもおかげで悪事なんて出来ないのは明らかでしょう?ですから、このまま王子とアルーシャ様には私に構わず幸せになてほしいと思ってます。私は2人を心から祝福します!」

「では、殿下にその妄言を繰り返し刷り込み続けたという事実は間違いないのですね。次に伺いたいのは、殿下の婚約者であられたリュナシュ王女が亡くなられた事が、殿下が運命の女性とやらに会うために定められた運命だったと仰ったのは、本当ですか?」


「え、それも話すの?……それは、後で謝りました。流石に言いすぎたと思いましたし、家族にもすごく怒られましたから。でも、悲劇の王子を演出するためのスパイスとしてありがちですし、結局王女様が亡くなって王子は女性に心を閉ざしてしまいましたよね?幼馴染みである私の事も遠ざけましたし、最初の側室たちには見向きもしなかったし。その後、アルーシャ様と出会ってるのですから、完全に間違いでは……」

「言ったことは事実なのですね。……一つ、不快なのではっきりと言っておきますが、殿下が心を閉ざされたのは女性にではなく、メリッサ様に対してだけだと、殿下や側近の皆様に代わり申し上げておきます」


少なくとも、王子は女性を避けてはいるが心を閉ざすまではしていない。

不敬な発言を連発している上に、謝ったと言いながら悪びれていないメリッサに苛立ちを隠せず、アルーシャは冷たい声で言うと、お前もなんか言ってやれという意味を込めて王子の手を軽く引く。

ずっと眉を顰めて黙っていた王子は、ちらりとアルーシャへ目をやると、賊みたいな眼光の鋭さに一瞬だけビクつき、しかしすぐに気を取り直して困惑しているメリッサを見た。


「アルーシャが言う通りだ。メリッサ嬢、私は、お前の事は遠ざけたが、女性に心を閉ざしてはいない。お前が私の運命の女性だと思い込んでいるアルーシャとは多少懇意にしているが、彼女が私の特別な女性になることはありえぬ。……本当にありえぬ」

「え?アルーシャ様こんなに可愛いのに?っていうか、今なんで王子2回言ったの?大事な事だから?」

「殿下、わたくしも殿下と同じ気持ちにございます」



念押しされなくたって、こっちからも願い下げだわ。

私たち気が合いますな!

驚くメリッサを無視して、アルーシャは穏やかな笑みを浮かべながら、王子に答える。

安堵が浮かぶ顔で小さく頷いた王子の額に拳を叩きつけたくなるのを堪えながら、アルーシャはすまし顔でお茶のお代わりを飲んだ。

それにしてもシャーレス公爵家で出されるこの南方の茶色いお茶、初めて飲むが本当に美味しい。

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