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28話 凄腕女騎士アンバー

メリッサの見舞いに行く日。

朝起きると部屋の中にいた見慣れない覇王……否、侍女に、アルーシャは数秒固まり、しかしすぐに持ち直すと朝の支度の手伝いを頼む。


3人の侍女より頭3つ分高い位置から見下ろす小さく丸い目は愛嬌があり、その身から放たれる圧倒的な安心感と強者感のせいで、山間部で良く飼われている大型犬のようだった。


「今日はアンバー様が私の侍女としてご一緒してくださるのですね」

「どうか、アンバーと。本日は侍女としておそばにおりますので、お言葉遣いもご注意を」


「わかったわ。王妃殿下のお計らいかしら?」

「いえ、ウリオス殿下の御命令にございます」



女性王族のためにある、女性騎士だけの第6騎士団。

その副団長であるアンバーを護衛につけるなら、王妃が気を使ってくれたのかと思ったが、残念ながら王子の計らいらしい。

この外出、何かが起こると言っているようなものである。


女性王族最強の盾と呼ばれるアンバーは、男性でも見上げるような身長と鍛えられた体をもち、第1騎士団から是非にと乞われる実力もある。

クルミのように丸い金色の目と下がり気味の太い眉、いつもは頭の上でひとまとめにしているフワフワの茶色い髪から『王妃の大型犬』と呼ばれることもしばしば。

騎士として恵まれた体格と特徴的な容姿、そして溢れ出る強者としての風格から、影で『一人世紀末』などと言って不美人扱いする者もいるが、それ以外に貶す点がないのだろう。


「アンバーが守ってくれるなら、心強いわ。よろしくね」

「お任せください」


控えめに微笑んだアルーシャの言葉に、アンバーは侍女役とは思えないほど堂々たる風格のまま、力強く頷いて返す。

33歳で仕事一筋だが、平民でありながら騎士団の副団長になる実力を持ち、妬み僻みを上手くあしらって上司部下共に円滑な人間関係を築ける対人能力。

更に王家の信頼が厚いアンバーは、どこをとっても完璧で優秀な騎士だ。

彼女が守ってくれるなら、賊の5人や6人来ても安心していられる。


そんな騎士を護衛につけられての外出なんて、出る前に景気づけの1杯も飲めないのが泣けてくる。


余所行きの楚々とした態度を崩さないまま、アルーシャはアンバーを含む侍女たちに手伝ってもらいながら身支度を調える。


迎えに来たイルフェンを先頭に後宮から王宮へ移り、先日と同じく官僚たちの視線を浴びながら馬車の乗降場へ向かっていると、途中で王子一行と合流した。

今日は珍しく前髪を下ろしている王子の手を取り、彼が連れていた騎士に先導されながら王族用の馬車降車場へ着くと、高そうな木材の馬車にそれぞれ乗せられた。


アンバーが先に馬車へ乗り込み、アルーシャはその隣に腰掛ける。

2人に手を貸してから乗ってきたイルフェンがドアを閉めると、御者席の窓から王子が乗る馬車が見えた。

長兄は、王子たちの馬車の隣に用意された大きな馬に乗っているのが見える。


「アルーシャ様、アンバーは事情を知っておりますので、このまま本日の説明をさせていただきます」

「わかったわ」


「単刀直入に申し上げます。メリッサは、アルーシャ様に強い興味を持っております。アルーシャ様が前世の記憶をお持ちであることは隠されておりませんが、どうやらアレはアルーシャ様が同じ異世界からの転生者だと思い込んでいる様子。そして以前にも増して、妄想と現実の区別がつかなくなっております」

「シャーレス公爵家は、メリッサ様の処遇を決めているのかしら?」


「南端の修道院に幽閉する準備を整えておりますが、表向きは、領地で療養の後病死に」

「国外への放逐ではいけないの?」


「それは、アレが昔から殿下へ吹き込んでいた事の一つなのです。『正当な忠言をする自分の意見を聞かず濡れ衣を着せて死罪に、もしくは国外追放する』と。出来るのなら、私もアレをコパルの領海に捨てやりたいのですが、それをすると殿下がアレの言葉が実現したと思う可能性があります」

「そのような事を……。メリッサ様は、他にどのような事を?」


「……殿下の婚約者殿が亡くなられたのは、いずれ殿下が恋し狂う運命の女性に巡り合うため、その女生との恋を妨害する役割の自分を新たな婚約者にするためだ……と」

「イルフェン、何故シャーレス公爵家はその時にメリッサ嬢の首を刎ねなかったの?」


「そのつもりでしたが、殿下が止められました。殿下は、アレを処分する事により吹き込まれた妄言がより現実的になる事を恐れられたのでしょう。殿下は、婚約者殿とは、良好な関係を築いておられました。かのお方を大切にすれば、アレが言う事など偽りだったと証明できるともお思いだったようですから、亡くなられた時は少々心が弱っておいででした」

「……貴方がメリッサ嬢をアレ呼ばわりするのが理解できたわ」


「今やアレを名で呼んでいるのは両親と使用人くらいです。アレは、両親を親ではなく世話になっている都合の良い他人としか思っていないというのに、いつまでも切り捨てずにいるからこんなことになって……」

「親というのはそういうものよ。イルフェン様はまだお子様が小さいから、これから分かるのでしょう」


「……お恥ずかしいところをお見せしました」



最初の子どもが歩き始めた頃に後宮に入り、メリッサのフリをさせられていたイルフェンには、まだわからないだろうな……と、アルーシャの中の漁師のオッサンがしじみじみと呟く。

可愛い盛りの我が子と引き離された怒りも、メリッサに向いているに違いない。


だが恐らく、イルフェンよりその妻の方が、抱く怒りは大きそうだ。

奥方はイルフェンが忙しいので公爵家に部屋をもらって過ごしていたらしいが、子ども一人を抱えながら妊娠・出産・産後まで、夫に会えない上に義両親・義兄と嫁にその子どもと一つ屋根の下である。

幸いイルフェンの妻は義姉とは幼馴染みで、姑とも関係は良好らしいが、それでも余計なストレスはたまる。

もし姑・小姑一方とだけでも微妙な空気になったら、それだけで地獄である。離婚一直線だ。


ガタンと一度馬車が揺れ、アルーシャはすぐに手を差し出したアンバーに体を支えられる。

礼を言って様子を見たが、どうやら石に乗り上げただけのようで、手綱を握る御者にも、窓から見える隊列にも変化は見られなかった。


他大陸では魔道具の馬に引かれる馬車が主流になりつつあるが、このオルフォーン大陸では相変わらず生きた馬や牛などの動物に頼んで牽いてもらうのが主流である。

理由は、不意に現れる妖精や精霊が、面白がって魔道具を暴走させたり分解したりするからだ。

そして妖精の血が濃い人間も、感化されて一緒に魔道具をおもちゃにする事件が多発したため、自然と魔道具を使う者は減っていった。

魔道具の馬車には衝撃を和らげる術式が組まれており、最新式は馬車本体が浮いているらしい。

うらやましいことだ。


ナソドの馬車は生きた馬に頼んで馬車を牽いてもらっているので、当然通ったあとの後始末をする『車追い』という係が、騎士の後ろからついてきている。

彼らは刑期開け間近の軽犯罪者で、馬車と護衛の馬が歩きながら産み落としたかぐわしい物体を、迅速に革袋に回収して跡地に木くずを撒く仕事をしている。

他大陸の一部では、かぐわしい物体を道の端に避けるだけとか、土をかけるだけの処置で済ませているようだが、ナソド王国では田舎でもそんな事はしない。


何故なら、もしお馬さんの置き土産を妖精たちが見つけたら、『善意から』、火で焼いてえも言われぬ匂いを漂わせたり、大量の水で洗い流して付近を薄めた液体だらけにしたり、鋭い風で粉砕して空気中に散布したりと、それぞれの特長を生かしたお掃除をして二次災害を起こしてくれるからである。


ちなみに、馬車を使うとき車追い係を引き受けてくれる罪人がいなければ、城下町に臨時アルバイトで募集がかかる。

報酬は高く、更に城に一番近い公共浴場の入浴と食事のタダ券がつく。

それでも人が集まらなければ、見習いの騎士が頑張るのである。



「今日は馬が多いから、車追い係は大変ね」

「ええ。本日の掃除係は、先日アルーシャ様に無礼を働いたコパルの使者がしております。身の程を弁えたかと感心したのですが、アルーシャ様の外出だと聞き、志願したとの事。やはり下賤の輩の考えはわかりません」

「イルフェン殿、馬車の中といえど、どこに耳があるか分かりません。物言いには注意された方がよろしいかと。アルーシャ様、我々も、他国からの使者にそのような真似をさせては外交問題になるため、初めは断ったのです。しかし、それを告げるや彼らは王城の客室の一部を破壊し、贖罪のため車追い係をさせろと。私がアルーシャ様の侍女として同伴することとなったのは、そのためです」


間違いなくツァルニからこちらにロックオンしなおされている。

役に立てて良かったとは思うものの、クアラス家の名が全く効いていない事に、アルーシャは内心驚いた。

確かに今の世代はご先祖様に比べればマイルドになっているが、それでも他の貴族から微妙な距離を保たれるくらいには、ちょっと風変わりだ。

それを差し引いても手に入れたいほど、アルーシャの容姿はかの国では魅力的なのだろうか。


自分の可憐さは自覚していたアルーシャだったが、あちらの国が裾をたくし上げて追いかけてくる程とは予想外である。

何と罪深い美しさだろうと、内心ニヤニヤするアルーシャは、アンバーとイルフェンがいる手前、物憂げに瞼を伏せて小さくため息をついた。


「……コパルがわたくしを……。いえ、それよりも、皆、大変だったわね」

「ご安心ください。コパルの者の話を聞いたロウフェイルトが『そんなに車追いがしたいなら』と、急遽馬の数を増やしまして、今日は我が家からも10騎がお二人の護衛に来ておりますので、奴らが易々とアルーシャ様に近づくことは叶いません」

「騎馬の追加により、車追いの人員が不足したため、王妃殿下の御命令によりコパルの使者と一緒に2名の罪人が業務にあたっております」


コパルの使者もヤバそうだが、イルフェンのコパルに対する物言いもヤバイし、うちの国の他の奴らも軒並みヤバイ。

イルフェンはアンバーから注意されても薄く笑って頷いていたが、とりあえず頷いてやりすごしただけなのは明らかだった。

妹のメリッサに対する感情よりも遥かに冷たいものを感じて、アルーシャは言及するのはやめておいた。


彼の目には、コパルへの偏見以上に底知れない恨みと嫌悪が見える。

アルーシャは、自ら藪は突かずに、他人に突かせてそれを遠くから眺めたいタイプだ。

だから、イルフェンがコパルにどんな態度をとったとしても、絶対に自分では触れない。


「ねえアンバー、使者と罪人を一緒に仕事させるのは、流石にまずいのではないかしら?」

「その通りです。しかし、今回車追いしている罪人は、コパルの密偵です。未熟すぎて王城への不法侵入をした時点で拘束しましたが、他に罪は犯しておりませんので、本日の業務が終わり次第、コパルの使者に返してあげるようにと、王妃殿下が恩情をかけられました」


温情なわけがなかろうよ。

どう考えても、ロクに仕事ができない未熟者と同列、そして軽犯罪者と同列だというメッセージだ。

引き渡すのも、コパルの使者の鬱憤を向けさせるための生贄にしか思えない。


確かにコパルはナソド領土の離島を勝手に占領しようとしたり、陸の端っこに勝手に港町を作ろうとしたり、決算前になるたび他国の商船にイチャモンつけて金を巻き上げようとしたり、我が国の港町で狼藉を働いたり、陸路の輸送費をケチって大型船で川を遡ろうとして座礁し流通を混乱させたり……うん。まあそんな扱いにもなるだろう。


しかもよく思い出してみると、それらの被害と対処をしているのは殆どイルフェンの家であるシャーレス公爵領だ。


「そう言えば……コパルに占領されかけた離島は、キュリア様の家が領地に持つ島でしたね」

「ええ。その時は、あちらの家だけでは手に余りましたので、我が家がコパルを排除しました。だというのに、あの国は性懲りもなく我が国の領土を狙ってくる。……ですから、先日キュリア様が後宮内で行方知れずになった時は、コパルの仕業かと思って本当に焦りました」



小さく笑みを零しているが、イルフェンの目からコパルへの怒りは消えない。

早く慣れようと考えながら視線を逸らしたアルーシャは、最近キュリアの実家の船が他国でコパルと揉めているという話を思い出し、なるほどと納得する。

占拠された離島は、ナソドからそう遠くない小さな島だが、コパルにとってはこのオルフォーン大陸や東大陸への中継地点として、悪くない位置にある。

常駐する兵士はいるが、占拠未遂事件により自力で防衛できる力はないと露見した。

けれど、正面から行けばまたシャーレス公爵家や王国海軍が出てくるので、直接的な武力以外で攻める事にしたのだろう。

揉め事を起こして賠償として島の使用権を得るか、はたまたキュリアを人質なり篭絡するなりしていう事をきかせるか。


まあ、キュリアは父親が大好きすぎて、父のようにポッチャリ……否、ドッシリ……ドッスリ……ボッチャリ?

とにかく大きくて抱きしめるとフワフワする男が理想とか言っている14歳なので、篭絡するのは難易度が高そうだ。

それどころか、王子がキュリアを落とすことまで難しそうだが。


しかし、王子の方も10歳以上年下のキュリアを恋愛対象として見られるのかどうか……。

そんな事を考えている間に、馬車はシャーレス公爵家の門を通る。

作戦らしい作戦も、助言らしい助言も殆どなかったので、これで良いのだろうかと考えている間に、アルーシャが乗る馬車が屋敷の前に到着した。

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