27話 メリッサにお見舞いするぞー
「アルーシャ、先ほどはすまなかった。そなたの役割ばかり頭にあり、立場の事を失念してしまっていた」
謝っているが最悪な事に代わりないわ……。
そう思いながら王子を眺めたアルーシャは、とりあえずイルフェンのお酌で酒を飲み続ける。
そろそろ時間も潰せただろうし、さっさと帰ってくれないだろうかと考えるが、生憎本日の王子たちにまだ帰る様子はなかった。
これはもう、嫌な話題を出して追い払うしかない。
「謝罪は確かに受け取りました。ですが殿下、殿下は先ほどから側室たちのその後を心配しておられましたが、まずは正妃をどなたにするかお考えください」
「……私が正妃を選べば、その者は私諸共、愚か者になってしまう」
「…………」
「私が誰か一人を特別扱いすることは許されぬ……」
ちょっと何言ってるのか分かりませんね。
誰か補足してくれないだろうかと視線をさ迷わせるが、ロウフェイルトは眼鏡が月明かりを反射していて表情が読めないし、茶髪騎士は辺りを警戒して話を聞いていない。
ならばとイルフェンに目をやったアルーシャは、花形の近衛騎士とは思えないほど憤怒に顔を歪めている彼に、つい吹き出しそうになった。
「っ……イルフェン様、殿下は何を仰っているのかしら?」
「アルーシャよ、何故笑っているのだ?私は何かおかしな事を言ったのか?」
「アルーシャ様は、どうぞお気になさいませんよう。殿下、今のお言葉は、昔我が妹が言ったことが原因ですね?」
話題のメリッサ様が原因か~……と、すぐに納得したアルーシャだったが、そのままここで話をしようとしているイルフェンに少し驚いて目をやる。
気にするなといいながら目の前で話すなんて、こちらへの対応は適当だと言っているようなものである。
やはり王子のお仲間だな。
何やら勿体ぶりながら苦し気に話す王子と、怒りを抑えながら必死に説得をしているイルフェン。
ここでやるなよと思いながら自分で酒を注いでいると、それまで黙って立っていたロウフェイルトの鼻が、微かにフガッと音を出した。
仕事中に居眠りすんな。
しかし側近が居眠りするという事は、もしかして、この会話は今回は初めてではないのか。
もしくは、大した内容ではないのか。
そう考えながらロウフェイルトの顔色を観察したアルーシャは、その顔が月明かりを差し引いても青白い事に気づき、居眠りは過労のせいだと理解した。
人の庭じゃなくて、寝れらる場所で時間を潰してくれませんかね。
いつもは愉快な仲間入りをしている茶髪の護衛が、珍しく仕事をしているせいで、アルーシャは周りに何かいるんだろうかと無駄に警戒してしまう。
それもこれも、護衛そっちのけで王子と口論しているイルフェンのせいなのだが、現在王子しか見えていないイルフェンには何を言っても無駄そうだ。
何か起きたら、居眠りしている王子の側近を肉の盾にして逃げよう。
「わかりました。では、アルーシャ様に判断していただきましょう。それならば、殿下も受け入れてくださいますね?」
「……いいだろう」
待って。今、何を勝手に決定した?
2本目の酒を開封していたアルーシャは、いきなりイルフェン達から名前を出され、驚いて顔を上げる。
自分を挟んで会話していた王子とイルフェンの顔を交互に見るが、彼らは謎の根拠による信頼を映した瞳でアルーシャを見つめていた。
ロウフェイルトから2度目の『フガッ』が聞こえてきたが、誰もそこに気を取られてくれない。
「では、アルーシャ様には後日、妹への見舞いとして我が家にいらしていただきましょう」
「護衛はどうする?ヴァイツァーでは、融通が利かぬぞ」
「そこは、私が案内をかねて参ります。そもそも、側室の護衛は近衛の領分ですから」
「なるほど。では、人員は任せた」
何で自分が外出することになっているのか分からないし、メリッサと何をするのかも分からない。
こちらが理解できていないのを顔色で分かっているだろうに、無視して話を進めていく2人に、アルーシャはとりあえず1杯飲んで落ち着くことにした。
「……イルフェン様、わたくしよく話が見えないのですけれど……殿下とはどのようなお話を?」
「我が妹が信用に足るか……いえ、正確には、我が妹の言葉が王子が信じるに値するかどうか、妹と同じ転生者であるアルーシャ様に判断していただきたいのです」
嫌でがんす。
何故そんな結論に至ったかさっぱり見当がつかなくて、アルーシャは首をかしげてイルフェンを見返す。
心底疲れ切った表情の彼に、疲れたいのはこちらだと思いながら、眉をひそめて待っていると、何故かこのタイミングで王子が立ち上がる。
「そろそろ良い頃合いだ。行くぞ」
「「「はっ!」」」
「は?」
行くな。説明しろ。
「アルーシャ、邪魔をした。メリッサとの件は、明日イルフェンを説明に行かせる」
「かしこまりました」
今説明してくれないかな~……と思いながら、アルーシャは足早に藪へと消えていく王子たちを見送る。
足元をみれば、テーブルの周りは奴らのせいで泥や草だらけだ。
いつぞやの嵐の日は王子以外の奴らが掃除してくれていたが、どうやら今日はその余裕はなかったらしい。
侍女に怒られるなぁ……と思いながら、アルーシャはサンダルを脱ぎ捨て、芝生や泥の上を歩き回る。
大きな足跡を小さな足で拭って消し、踏みつぶされた芝の上を何度も歩き回っていると、当然ながら足の裏がボロボロになってきた。
雑ではあるが、ある程度訪問者の痕跡を誤魔化せたことを確認すると、アルーシャは再びテーブルに戻って飲みなおす。
王子たちによって殆ど食い尽くされた干し芋に少し涙が出そうになったが、明日来るらしいイルフェン経由で詫びとして美味しい干し芋を強請ってやろうと決めた。
先日の法務部への呼び出しはさておき、メリッサがいる公爵家への外出となると、他の側室たちからの目が少し心配だ。
美しく整えられていようと、ここは鉄格子で閉ざされた後宮。
本来は期日まで1歩も外へ出られないはずなのに、新入りが何度も外と出入りすれば、どれだけ心が広かろうと思うところはあるだろう。
そこらへんのフォローまで考えてくれているんだろうかと心配になりながら、アルーシャは泥で汚れた足にサンダルを履きなおし、室内に戻る。
浴室で軽く足を流すと、草と小石で切れた足が少しだけ染みた。
翌朝、侍女から無言の圧力を受けながら決して口を割れなかったアルーシャは、禁酒か掃除かを選ばされ、部屋の主人なのに庭の掃除をする事になった。
昼からくるというイルフェン経由で苦情を追加しなければと思っていると、気遣いができる紳士は晩酌用にと酒を手土産に訪ねてくれる。
王子付きの近衛騎士が側室の元へ訪れ、手土産に酒を持ってくる状況に、侍女たちは事を察し……てくれるかと思ったら、目を疑っている顔でアルーシャとイルフェンを見てきた。
あの目は多分、不貞を疑われている。
「イルフェン様、お察しかとは思いますが、誤解を招くような事は……」
「そうですね。かのお方にも、もう少し注意するよう言っておきます。おや、このお茶はとても美味しいですね」
「恐れ入ります。因みに、侍女の誰かを引き込むことは……?」
「側室の方ほどの警護はつけられませんので、腕に覚えがある方に限るかと」
「では、諦めます。うちの侍女は、普通の侍女ですから」
「それがよろしいかと」
わかってる風で聞いてみたが、やっぱり王子が庭に来るのは厄介な揉め事がらみだったと確信して、アルーシャは心の中で白目を剥く。
事情を知らせず巻き込むなんて、本当に最低な野郎どもだと思いながら、今日から枕元に壁にあるメイスを置いて寝ようと決めた。
「メリッサへの見舞いの件ですが、殿下の予定に合わせ2日後の午後からとさせていただきます」
「承知しましたわ。殿下もご一緒してくださるなんて、光栄です。しかし、そのような直近に殿下の御予定が空いていらしたのですか?」
「昨日、コパルの使者が騒ぎを起こしたため、会談が流れましたので」
「そうでしたか。メリッサ様の御予定も、空いておられたのですね」
「あれは家で療養しているだけですので、問題ありません。訪ねてくる者もおりませんので」
「警護は、近衛の皆様が?」
「はい。案内役も兼ねまして、馬車の中には私も同伴いたします。また、念のため第1騎士団よりヴァイツァー殿が来てくださいます」
「それは……もしや、兄が我が儘を?」
「いえ。今回は純粋に人手不足のためお願いをしました。後宮がまだ、この状態ですから。名目は、アルーシャ様の警護となっておりますが……」
「そうでしたか。兄の我が儘でなければ良いのです。……あら、お湯が切れてしまいましたね。フレア、代わりをおねがい」
暑くもないのにお茶をガブ飲みした2人は、壁際に立ちすまし顔で驚いている侍女にポットを差し出して退出させる。
開けっ放しにしている庭のドアからは、花と果実の香りが吹き込んでくるが、2人はそれを堪能するでもなく顔を突き合わせた。
「それで、私がメリッサ様の言動を判断とは、どういう事です?何故そのような事に?」
「妹は妄想癖があるのです。転生者である事も10歳まで隠し、その間、殿下におかしな思想を吹き込みました。あれが殿下に言ったのは、殿下は婚約者がありながら身分が低い女との恋に狂う、そのため王として失格な人間になる、それを正当化するために無実の自分を利用するが事実が明らかにされて破滅する、だからそうならないために自分がしっかり殿下を教育しなければならない。まだ幼かった殿下にそう吹き込んだのです」
「マジもん……危ない方ですわね」
「あれは殿下に呪いをかけたのです。そのせいで、殿下は未だに女性へ思いを寄せることを恐れておられる。殿下は自覚を恐れていらっしゃいますが、確かに側室の皆様に思いを寄せられています」
「それで、同じ転生者の私がメリッサ様の言動を偽りだと判断するなら、殿下はそれを信じると……?」
「はい。今からアルーシャ様の前世記憶についてお話しますが、よろしいでしょうか?情報はクアラス家当主とセルダン殿、神殿からの許可でいただきました」
「父と兄が許可しているなら問題ありません」
「ありがとうございます。アルーシャ様は、転生者の中でも珍しい複数の前世記憶を持ち、更にそれらが融合する事無く個として存在しておられるとか。そのため、過去世の記憶がない者や、数多くいる単一前世記憶保持者より、多くの視点で判断してくださると思っております」
「メリッサ様の過去世の記憶は、どのような?」
「異世界の人間です。アルーシャ様のような美しいご令嬢や名を知られた美男子に強く興味を持っています。恐らくおかしな事を言いだすかと思いますが、どうか聞く耳もたれませんよう」
「わかりました。私の前世は先日言ったように、賊と漁師です。殿下は本当にお話を聞いてくださいますか?」
「転生者教育をしっかりと受けた人間、加えて忠誠心あるクアラス家の人間の言葉が重要なのです。複数の人生の記憶を持った上でとなれば、更に説得力は増します。殿下はアルーシャ様を信用しておりますので。……そろそろ時間切れですね」
利用されている自覚はあるが、信用は『し』の字も見えた事ないんだが……。
多少でも信用するなら、もう少し最初から色々説明してくれるんじゃないだろうか。
イルフェンが姿勢を戻してすぐ部屋に入ってきた侍女のフレアは、待たせたことを詫びるとすぐに新しいお茶を入れてくれる。
「殿下は我が家にお越しになった後、神殿へ向かわれますので、アルーシャ様とは別の馬車となります。申し訳ありませんが、ヴァイツァー殿も殿下の護衛として同伴なさいます」
「お仕事ですもの。どうぞ、お気になさらず」
一緒に外出するだけでも注目されるのに、下手に同じ馬車に乗れば更に余計な勘繰りを受ける。
その上あのデリカシーも物事を説明する気も皆無の王子と同じ馬車なんて、途中で足を蹴らない自信がない。
酒でも飲まなきゃやってられないだろう。
むしろ別の馬車の方がありがたいと思いながら、アルーシャは月の妖精スマイルで受け答えすると、帰りがけにさりげなく干し芋を強請ってイルフェンを送り出した。




