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26話 表から来いや


キュリアへの手紙を書き終える頃になると、他の側室たちから連名で演奏会のお誘いが届いた。

面白そうな恋バナは絶対に逃がさない。

そんな側室たちの強い意志を感じて、アルーシャが渋々了承の返事を書いたのが夕方だ。


自分だけではなく、他の側室まで騎士が後宮内をウロついていることに慣れ始めているのを感じて、アルーシャはこの後宮の行く末が心配になる。

普通はとっくに側室を離宮や王宮の客室に避難させるだろうに、それをしないという事にはどこも安全ではないという事だ。

とっとと側室を実家に帰すべきだろうに、できない理由があると察してしまえるから困る。


この隠し通路騒ぎが終わらない限り、王子がヤる気を出して側室に手を出す事もないのだろう。

あと3週間もすれば、第2側室のツァルニが後宮を去る時期が来る。

先日模様替えをした際、不要な荷物を実家に送ったり、処分したりしていたようなので、本人は普通に実家へ帰る気満々だ。

隠し通路騒動で、罪に問われた元側室たちが離縁されたり処刑されたりと外は大忙しなので、きっとツァルニは嫁入り先に不自由はないはずだ。

むしろ、実家には既に縁談を匂わせる話が沢山きているだろう。



「いいなー。私の時にも、選び放題な状態になってないかな〜」



月に向かってボヤきながら、アルーシャは夕食時にキュリアから届いた東方大陸の酒をグラスに注ぐ。

流石は工業地帯を治めながら東方貿易まで行う家だけあって、詫びの品選びと情報集力が素晴らしい。

やはり今朝の法務部への連行は王子の手が入っていると確信しながら、アルーシャは笑顔でお酒を喉に流し込んだ。


実家からは、後宮を出た後の嫁入り先が決まっているような事を言われたが、2年後本当にその話が生きてくれているかはわからない。

月の妖精なのに、クアラス家の名のせいで、悪い虫もに良い虫にも遠巻きに見られるアルーシャが、無事結婚できるかはかなり未知数だった。

やはり今からでも長兄の同僚に粉をかけておいたほうが良いだろうか。

いや、儚げな月の妖精なのだから、名を貶めるようなアプローチはできない。

やはり従来通り、高嶺の花路線か……。


だが、それだと逆に手を出してこない人も多いからなぁ……と考えながら、アルーシャは喉を通り過ぎた熱さに深く息を吐く。

果実酒とは違う風味に頬を緩めたアルーシャは、茂みの中から覗く4人の野郎どもに視線を合わせないまま、素早く後片付けを始めた。



「気づいているのは分かっている。アルーシャよ、そのままそこに」

「……まあ、またそのような場所から……。もう、驚きましたわ」



この王子様、扉から来たら死ぬ病気にでもかかっているのだろうか。

お前がそのままそこにいろと言いたいのを堪え、わざとらしく今気づいた風を装ったアルーシャは、体中草だらけの侵入者たちに目を細める。


今日も泥だらけの靴で石畳と芝生を汚しながら、王子は当たり前の顔で椅子に腰をかける。

今日は何しに来たのかな〜と思いながら欠伸を噛み殺していると、王子の視線がテーブルの上の酒瓶に向かっているのに気が付いた。


やらんぞ。


「東大陸の酒はたまに飲むが、メルビナではなくガドマニの酒とは、珍しいな」

「キュリア様よりいただいた品でございます」


「なるほど。今朝の件だな」

「我が国の酒にはない、芳醇な香りが美味しゅうございます。異国のお酒に、興味が出てまいりました。殿下が仰るメルビナのお酒も、いつか飲んでみとうございます」


「覚えておこう」

「まあ、嬉しゅうございます」


それぐらいの報酬を貰えるくらいは働かされている気がするので、アルーシャは遠慮せず期待しておいた。

それはそうと、手っ取り早く本題を話して帰ってもらいたいのは変わらないので、アルーシャは王子に水が入ったグラスを勧め、自分もグラスに残っていた酒を口にする。

この後まだ仕事があるだろう王子に、酒を勧めたところで断られるだけだ。

城の裏からジャブジャブ湧き出ている水でも飲んでればいい。


「アルーシャよ、そなたももう後宮には慣れたと思う」


慣れるか。騒ぎしか起きてないんだぞ。

まさかボケてみせたのだろうかと王子を見るが、彼はいたって真面目な顔だ。

もしや、前の側室たちが日々をエンジョイしていたせいで、王子の中ではこの混乱状態が後宮の普通になっているのだろうか。

それは認識を改めてもらうべきではないかと王子の後ろにいる側近達をみれば、彼らも悩まし気な顔で王子を見ていた。


「本来の後宮がどのような場所かは存じませんが、騒ぎには慣れてまいりました」

「そうか。ならば良い」


良くねえわ。どういう事だよ。

やっぱりこの王子、後宮の認識がおかしくなっているのではないかとロウフェイルトを見ると、彼は何の感情もない目で王子を見ていた。

間違っても自国の王子や上司、仕える主に向ける目ではない。


王子の後宮への認識もわからないが、このヤバ眼鏡の王子への認識もわからない。

何故自室の庭でそんな事を知らなければならないのだと思いながら、どうやって王子の後宮への認識を正すかアルーシャは考える。

ロウフェイルトに関しては、2人の問題なので首を突っ込む気はなかった。


「来月、ツァルニが後宮を出る時期が来る。アルーシャよ、そなた、何か良い案はないか?」

「……それは、ツァルニ様を後宮に留め置く方法でございますか?」


「そうだ。まだあれを外に出すわけにはゆかぬ。が、私がツァルニの元へ渡っては二度と後宮から出してやれなくなる。このような子女にとって恐ろしい場所に生涯閉じ込めるのは、酷ではないか」

「…………」


その恐ろしい場所に、手を出される予定もなく2年も住まわされる女が目の前におりますが?


この王子、こちらの事を側室として見ていないどころか、子女とすら見ていないのではないか。

否応なしに冷たくなるアルーシャの視線に気づかず、王子は悩まし気に溜め息をついている。

護衛のイルフェンも別の理由で悩まし気な顔だし、茶髪の騎士など痛まし気な顔で王子を見ている。

先ほど人形のような目で王子を見ていたロウフェイルトは……なぜ笑いを堪えているのか。

どこに笑う要素があるのか。もしや、王子の後宮に対する認識のおかしさはお前のせいか?

確かに女同士で蹴落としあったり庭でキャットファイトしたり、人員入れ替えしたのに男を連れ込まれたり、隠し通路が暴露されたりと、王子ウリオスの後宮はとんでもない状況になっている。

だが、それが普通でないことは周りがしっかりと説明するはずで、その筆頭が側近のロウフェイルトではないのか。

何、馬鹿可愛い子を見る目で王子を見ているのか。お前も馬鹿の一味だからな。



「殿下は、もう少し後宮への認識を改められた方がよろしいかと。ロウフェイルト様だけではなく、イルフェン様にもよく話を聞いてみてくださいませ」

「そなたが言いたいことはわかる。だが……令嬢たちが髪を掴み合い、ドレスを破いたり相手の腕に噛みついたりする場所を、どうして恐ろしくないというのだ」


「それは以前の側室様がたが特殊だっただけでございます。今の側室様がたは、そのような事をなさいましたか?」

「シューリーンは男を連れ込みながら他の側室に毒菓子を贈っていた。カパネラは私とイル……メリッサに何度も媚薬入りの果実水を仕込んだ。全て事前に防いでいたが、1度や2度ではないのだ」


「殿下、あの2人も特殊でございます」

「内に敵がおらずとも、外の敵がいるのだ。ノーラもウルーリヤも、後宮に入った途端に根も葉もないうわさを流された。キュリアの家は他家との共同貿易でコパル王国と揉めている。ミナリスは……あれは後宮に入る際、神殿から強力な加護を貰っているから大丈夫だろう」


「……殿下、では私の身にも……」

「そなたはクアラス家の人間だ。どのような報復をされるか予測ができぬのに、敵になる馬鹿はおらぬ」


「…………」

「善良な子女を招いても、その身に不幸をもたらすのだ。取り返しがつかぬ傷を負わぬうちに、皆、後宮から出してやりたいと思っているが……」


物憂げな顔は様になっているが、物言いたげな目の前の側室の視線に気づけ。

王子とアルーシャへ忙しなく視線を行き来させている護衛にも、表情が無になっている側近にも気づかず、王子は深いため息をつくと静かに水を飲む。

酒のグラスと入れ替えてやろうかと思ったが、王子の仕事が滞ると影響が大きいので今回はやめておいた。


「巷では、殿下は後宮に興味が無いと言われておりますが、私たち側室の事をしっかりと見てくださっていらっしゃるのですね」

「そなたはさておき、他の者は、一応私の妻だからな」


そのグラス、お前の顔で割っていいか?

笑みを浮かべたまま固まったアルーシャに、流石に愉快な仲間達が慌てて王子へ注意する。

不思議そうに顔を傾げた王子に、勿体ないけどキュリアから貰った酒の瓶で殴ろうと思ったアルーシャだったが、その前ロウフェイルトが王子の腕を掴んで庭の端に連れて行ってしまった。


殴る相手を引きはがされて、アルーシャは内心舌打ちをするとグラスに酒を注ぎ、一気に煽った。

ロウフェイルトに本気で叱られている王子を睨みながら、つまみの干し芋を齧っていると、イルフェンが近づいてきて空になったグラスに新たな酒を注いでくれる。


「申し訳ありませんアルーシャ様。殿下はコパル王がツァルニ様を後妻に求めていると知り、動転しておられるのです」

「王子のアレはそういう程度の問題とは思えませんが……。コパル王がツァルニ様を?」


「あちらもまだ調査段階のようです。かの国では、その気風とは反対の、儚げな女性が最も美しいとされています。ツァルニ様の噂と、間もなく後宮を去る事を聞き、もし縁談がなければと考えたのでしょう」

「問題なさそうなら、今回の使者が内々に話をもってくるという事ですか?」


「はい。ですが、使者はツァルニ様より儚げで見目麗しいクアラス家の月の妖精を知ってしまいましたので、より慎重に判断をしようと考えるでしょう」

「……私、コパル王国に差し出されたりしませんよね?」


そんな事されたら、儚い仮面を脱ぎ捨てて漁師のオッサンに戻っちゃうよ?

網も竿もいけるけど、実は銛が一番好きなんだ。


『お?海に行くのか?』と顔を上げた前世のオッサンをとりあえずそっとしておいて、アルーシャは手にある残りの干し芋を口に入れてしまう。

ロウフェイルトはよほど御立腹らしく、まだ王子を説教していた。


「アルーシャ様は後宮を出た後の縁談が既に決まっているとロウフェイルトより聞いております。そうでなくとも、クアラス家の令嬢をコパルごとき蛮族に差し出したりなどいたしません。ご安心ください」

「そうですか」


そういえばイルフェンの家・シャーレス公爵家は南西の貿易港を治めている。

コパルが国になる前の海賊団だった頃から、あちらと一番やりあっている家だった。

もし縁談が立ち消えたら、イルフェンに土下座して名前だけ第二婦人にしてもらうか、親戚のよさげな兄ちゃんを紹介してもらおう。

公爵家が盾になってくれるなら、誘拐されることもないだろうと考えると、アルーシャは

再び酒を注がれたグラスに手を伸ばした。


「それと、王子の後宮への偏見ですが、あれは私の不肖の妹が原因なのです」

「……メリッサ様ですか?」


「はい。妹は幼少の頃、私と同じく殿下の幼馴染みとしておそばにあがりました。ですが、アレはその頃から急に思い込みが激しくなり、おかしな言動ばかりするようになったのです。そのため、すぐに殿下と引き離したのですが、幼い頃でしたので殿下へ与えた影響が根強く、あのような偏見が……」

「まあ……」


公爵家のお嬢さんじゃなければ密かに毒殺でお家も断絶コースではないか。

なるほど。幼い頃は元気いっぱいだったメリッサ嬢が10歳を前に病弱となり、後宮入りも兄貴が替え玉になった理由がわかった。

いや、わからない。替え玉は分かるが、このマッスルボディーな美丈夫の兄貴が女装する理由はわからない。何で似た顔のお嬢さんを探してこなかった。

しかし、実の妹をポロリと『アレ』呼ばわりするあたり、イルフェンのメリッサに対する嫌悪感が見て取れる。

どうやら、相当に苦労していたようだ。


「そのせいで、殿下は思考に没頭すると、思慮に欠けた言動をしてしまう事があるのです。幸い、執務中はそのような事がなくなりましたが、私事になると未だに……。ですから、殿下のアルーシャ様への数々の御無礼は、我々シャーレス家に原因があるのです」

「……イルフェン様、お気持ちはわかりますが、慰めではなく事実として、それは殿下ご自身の責任です。年端も行かぬ幼子ならいざしらず、殿下はもう25歳ですから」


「ですが、殿下の価値観や人格形成に、我が家の者が大きな悪影響を与えたのは事実です。そして今や、妹が殿下に植え付けた後宮に対する偏見のために、次代の世継ぎまで危ぶまれる事態になっている。我がシャーレス公爵家の罪は、計り知れません」

「…………」


王子の世継ぎについて罪悪感を持っているようだが、そういうイルフェンは癒やし系の奥さんと可愛い二人の息子を大事にしていると評判である。

責任感と罪悪感で殿下に子供が出来るまで独り身を貫くというなら、言葉を重ねて慰めるくらいの人情は持つが、イルフェンはちゃっかり子孫を残して幸せな家庭を作ってる。

計り知れない罪とか言っちゃってるが、それだけ図太ければ大丈夫だろうと、アルーシャは適当に頷いて晩酌を再開した。


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