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25話 珍しく側室扱いしてきよる

王子殿下と宰相閣下なんて重役が揃ってはいるものの、ナソドは法治国家なので使節団の身柄を騎士が預かる事に変わりはない。

デリカシーが皆無なウリオス王子だが、『ここは私が預かろう』なんて言い出すようなトンチキではないので、騎士に事情を聴いても拘束された使節に厳しい目を向けるくらいだった。

国交のためにきている使節なので、それだけでも彼らには十分効果がありそうだ。

いや、一番効果があるのは、王子の後ろで覇王みたいなオーラを放ちながら腕を組んで見下ろしている宰相閣下の存在だった。

使節の皆さんどころか、周りにいた文官達も面白いくらい青い顔になっている。



「……どうした?皆、何をそう怯えている?案ずるな。いくら側室に危害を加えられたとて、法に背く私刑など命じはしない」


オメェじゃねーわ!本当にこの王子様最高だな!


「……殿下、素敵です……」



柔らかな微笑みと声色で、周りを見回し安心させるように言った王子ウリオスに、アルーシャは噴き出すのを堪えながら目を輝かせて呟く。

笑うのを堪えているために赤く染まった頬と潤んだ瞳、両手て口元を抑えながら細い肩をプルプルと震わせるその姿は、まさに恋する乙女だった。


その可憐な姿に、宰相へ怯えていた人々は思わず目を奪われ、青ざめていた使節達も見惚れる。

王子もまた、アルーシャから出た思わぬ言葉に、微かに目を見開き、そしてすぐに柔らかく微笑んで返した。

例外は、彼女を良く知る長兄と、クアラス家を理解している宰相、何を考えているのか冷たい笑みを浮かべるロウフェイルトだけである。



「アルーシャよ、クアラス家の月の妖精からそのように言われては、流石の私も照れてしまうぞ」

「あ……そうだった。アルーシャ様って……」

「あのクアラス家の……」

「いや、でも、流石にアルーシャ様は……」



おい王子、家の事は思い出させるなよ。魔法が解けるだろうが。


この王子、まさか全部わざとかと思いながら見つめている間に、賢い文官達は「引っ掛かるところだった」みたいな雰囲気で冷静になる。

クアラス家と聞いた使節団は、目を見開いてこちらと長兄を見ているし、せっかくいい感じに引っかけたのに台無しではないか。


だが、賢い文官達が多いここで、下手に軌道修正を図るのは悪手と判断したアルーシャは、あらあらといった風に周りを見回しながらも、王子の言葉に恥じらい控えめに微笑むだけに留めた。

目を見開いてアルーシャを凝視するコパル王国の使節団など、無視だ無視。

ここにいるのは、アルーシャの楚々とした姿を見て『いくらクアラス家でも、月の妖精と呼ばれるアルーシャ様はマトモかもしれない』と油断する文官だけだ。そういう事にする。


不審物を確認した瞬間に侍女より早く反応した事を有耶無耶にして、アルーシャはさてどうするのだろうと王子を見る。

何やら一瞬だけ物言いたげな視線を向けた王子は、しかしすぐに騎士と使節に視線を戻すと、あっさりと事後を騎士達に託した。


「シダーン、ヴァイツァー、よくアルーシャを守った。宰相、次の議会の開会まで時間があるな?私は、アルーシャを後宮まで送ってから行こう」



珍しく王子が側室扱いしてくる。


これは何か狙いがあると踏んで、アルーシャは嬉しそうに、しかしあくまで控えめに微笑むと、差し出されたウリオスの腕をとる。

壁際に寄って見送る宰相に目礼し、王子一行と共に歩き出したアルーシャは、長兄と違いアルーシャの歩幅を考慮して歩く王子に少しだけ感心した。

感心したが、むしろ紳士ならばそれが普通だと思い出し、一瞬上げかけた王子の評価を戻す。

傍からみれば、2人の様子は初々しくも仲睦まじい姿だろう。


しかしこの王子、わざわざ共に来て、何を言い出してくるのか。

いや、既に事は済んでいるのだろうかと考えていると、何故か後宮ではなく王宮の庭の一つに連れて行かれた。

無言で連れまわすのは普通にやめてほしいのだが、王子はアルーシャの視線を気にした様子もなく、葡萄の蔓でできたアーチをくぐる。

腕を組んだまま立ち食いしてやろうかと思いながら庭の中央まで来ると、果樹と花々で王宮の1階廊下からこちらは見えなくなった。



「少しここで待つ。ロウフェイルト、見ておけ」



ほーらやっぱり何かに使われてる。

これは使者と揉めた時に通りかかったところから……いや、今回のキュリアの父との手紙のやり取りから、取り調べのためアルーシャが後宮から連れ出される事まで、王子が手を回していた可能性がある。

側室扱いしていないくせに、側室遣いが荒い王子に、一瞬問い詰めたくなったアルーシャだが、此処で何か情報を得てしまえばそれを理由に本格的に巻き込まれる可能性がある。

アルーシャは、揉め事は大好きでも安全圏から眺めているのが好きなのであって、自ら揉めるのは好きではない。

面白い事は大好きだが、王族の企みだなんて命の危険がありそうな事まで楽しめるほど、酔狂ではなかった。

そもそも王子からしたら、何も知らず平和に過ごしながら便利に使える側室の女の方が、都合が良いのかもしれない。


とりあえず、一人事情がわからず困惑している侍女に、アルーシャは安心するよう微笑みかけた。

何故か「アンタの仕業か」と言いたげな顔を返された。

結構。クアラス家の侍女はこうでなくては。

だがちょっと腹が立ったので、日記に今の顔の似顔絵を描き残しておこう。



「そなたは……何も聞かぬのだな」

「殿下がそうお望みのようでございますので」


「間違ってはおらぬ。だが……そなたがどこまで理解しているか、興味はある」

「殿下の深淵なるお考えを私めが窺い知ることなど、恐れ多い事にございます」


「……その台詞、昔よくセルダンにも言われたが……なるほど」

「殿下、そのように一心に見つめられては、わたくし、照れてしまいます」


「……そのセリフも、セルダンに言われたわ。男同士で惚れないでくださいね、とな」

「ふ……ウフフフ。そんな事がありましたのね」



兄よ、自国の王子に何を言っているんだ……。


貴族なんだからもっと敬意を持てよと、人の事を言えない身で考えながら、アルーシャは笑顔で誤魔化す。

私は何もしらないお人形、美しさだけが取り柄で楽しい事が大好きな、王子たちのヤバそうな企みなんて何にも気づいちゃいないお人形さんなのだ。

そう自分に言い聞かせながら、アルーシャはひたすら王子に月の妖精スマイルを向ける。


真面目な顔でそれを見下ろしていた王子は、やがて小さく苦笑いを作ると、紳士的な微笑みを浮かべてみせた。

少女が童話の王子様に求めるような柔和さはなく、しかし男らしく整った顔で向けられる微笑みは、中身がオッサンのアルーシャでなければ思わず頬を染めてしまうものだ。

だが、彼が苦笑いを作る際、ほんの一瞬だけ見てしまった半目の顔に、アルーシャは噴き出しかけた唇を強く噛み、王子の腕を取る手と腹筋に力を入れる。


変な小技を入れてくるなと思いながら、しかし、今の半目顔の肖像画を出されたら、どれだけライバルがいても縁談を結ぼうと躍起になる自分にアルーシャは気づいてしまう。

よもや恋か、と自身の考えにアルーシャは密かに驚いたが、次の瞬間王子のデリカシーの無さを思い出し、秒で冷めた。



「惜しいな……。もし、そなたが記憶持ちでなければ、正妃に求めたが」

「まあ、殿下ったら。御冗談でも光栄ですわ」


お前の正妻とか絶対嫌じゃ。


デフォルトで人を振り回すデリカシーゼロなお坊ちゃんの隣で、平気で切り捨ててきそうな側近と、隙あらば人のタオルで脇や股を拭く騎士、ムキムキボディにドレスを着て平然と女の園に2年も住んでた騎士がついてくる人生なんて、王妃業務以外のストレスが多すぎではなかろうか。

アル中にならない自信がない。


王子にとっては、アルーシャが決して王妃にならないと知っているからこそ言える軽口なのだろうが、言われた方のダメージは500%アップである。

彼の口は伝説の武器か何かだろうか。


しかし、アルーシャに対し正妃云々をこの面子に聞かせるのは、一体何の目的だろうか。

あ、いや、やっぱり考えない。

気づいたら更に面倒に巻き込まれて使われまくる。


面白い冗談だと分かっているけれど照れてしまう。

そんな態度を作りながら、アルーシャは王子の半目を思い出しながらその顔に柔らかな笑みを作る。

仲睦まじくアルーシャを見つめ返した王子は、彼女の後ろで辺りを警戒するヴァイツァーに目をやった。


「ヴァイツァーよ、もし私が、アルーシャを正妃に求めたら、クアラス家はどうする?」

「首を落とします」


「即答か……。それは、アルーシャの首を……ということだな?」

「勿論にございます。記憶持ちの女を妃に差し出すなど、許されざる愚行にございますれば、殿下のお心を惑わせた罪を償わせ、失意の慰めにその首を献上いたします」



とんでもない嫌がらせを、当たり前の顔で言うヴァイツァーに、王子は僅かに頬を引きつらせる。

周りにいた騎士達も、平然と妹の首を落とすと言ったヴァイツァーに、思わず目をやった。

次いでアルーシャへ視線を向けた彼らだったが、首を落とすと言われたアルーシャもヴァイツァーと同じ顔をしていて、更に驚くことになる。

奇人変人性格破綻などと言われるクアラス家が、よもや身内にこれほど苛烈だったとは、予想していなかったらしい。



「アルーシャよ、ヴァイツァーはああ言っているが、そなたはどうだ?」

「当然の事と思いますわ。首を送り付けるのは……我が家はクアラス家ですから」


「……そうか」

「はい」


一族から国を傾ける可能性を生み出してしまったら、と考えれば、ヴァイツァーの言葉は何らおかしな事はない。

むしろ、言葉にしないだけで一族全員の首もつけて詫びる事になるだろうと、アルーシャは考えていた。


首を落として原因を絶つまでは王子も想像していたようだが、惚れた女の首を送り付ける嫌がらせをするのは、クアラス家だからこそだろう。

その後国王と王妃宛てに一族全員の首が届くまでは想像できていないのだろうな、と思いながら、アルーシャは近くに生えていた葡萄をつまんだ。


「アルーシャ、そなた、兄から首を落とすと言われたばかりで、よくものを食べられるな……」

「殿下がわたくしに傾慕なさなければ、わたくしが首を落とされることはございませんでしょう?」


「うむ。確かに、そなたの言う通りだ」

「ならば、わたくしが気に病む事は何もございませんわ」


控えめに微笑んでいるものの、『こちらが惚れる事はないし、万が一があればお前のせいだ』と言外にするアルーシャに、王子は気づいているのかいないのか納得した顔で頷く。

ともすれば不仲を疑われる会話だが、記憶持ちの側室と王子の間柄となると、むしろ気の置けない親密さとして受け取れるものだった。


「さて……そろそろ、そなたを後宮へ送るとしよう」


何かしらの目的が済んだのか、王子はアルーシャを連れて庭を抜けると、今度こそ寄り道せずに後宮へ向かう。

途中、文官、騎士、女官など、多くの者たちの目に触れながら。


後宮の入り口にある鉄の柵……ではなく門扉を見て、牢獄へ逆戻りするような心地を覚える。

丁度昼時なため、廊下に他の側室の姿はなかったが、代わりに食事の支度に忙しい侍女や女官に姿を見られながら、アルーシャは無事王子に部屋まで送り届けられた。


礼と共に頭を下げようとすると、ゆったりした足取りで送ってきたはずの王子は、議会が始まってしまうからと言って足早に去っていく。

早歩きを超えて、駆けているくらいだ。

余韻もクソもない。



アルーシャに気がある素振りを見せつけたのに、最後で詰めが甘い王子に、アルーシャは乾いた笑みを浮かべながら部屋に戻った。

部屋で待っていたシエラに先ほどまでの出来事を話しながら、アルーシャは用意されていた昼食をとる。

軽く腹が満たされるとエリスが準備してくれた新しいドレスに着替え、そのままソファに横になった。


午後か、明日には他の側室に何があったのか、興味津々で聞かれるだろう。

それも、『私達を差し置いて』ではなく、面白そうな恋バナを求める感じで。


身から出た錆とはいえ、一応妻の立場の女たちから一線引かれている王子も、ちょっと可哀そうかもしれない。

側室を六人も抱えているとはいっても、ミナリスは神殿からの預かり人だし、アルーシャは他の側室をけしかける要員。

実際の恋愛対象になるのは4人だけだ。


……普通の恋愛対象でそれだけいれば十分だが、王妃という仕事の相棒までその中で選ぶとなると、やはり選択肢はかなり狭い。


むしろ、今からでも他国の王族に縁談を申し込んだ方が良いのでは?

そう考えたアルーシャは、ふと、先ほど遭遇したコパル王国の面子を思い出した。


かの国の王族や重鎮の子供の多くは、15歳頃から近隣国へ留学しする。

ナソドのウリオス殿下が学生だった頃には、あちらの王女が留学生としてやってきたが、当時は王子もコパルの王女も婚約者がいたので、普通に挨拶する程度のクラスメイトでしかなかったはずだ。

だが、そこで、アルーシャはふと、王子ウリオスの婚約者が亡くなった病が、コパルでも猛威を振るっていた事を思い出した。

コパルの王女は留学から帰ると同時に結婚したものの、夫が流行り病で他界した。

かの国では、配偶者が亡くなった時は8年間喪に服す習慣があるので、喪が明けたのは、およそ2年前。


それは2度目の側室の選定が始まった頃で、病弱だったメリッサの体調が回復したという噂とともに後宮へ召し上げられた頃だ。


「…………うーん?」


今日、何故自分が、コパルの使節と遭遇したのか。

後宮の奥にいるはずの側室。それも、昔コパル王国の使者にトラウマを植え付けて名を轟かせたクアラス家の者が、『偶然』かの国の使節と遭遇し、王子自ら仲睦まじい様子を見せながら部屋まで送ったのか。


理解できた瞬間、アルーシャは深いため息をついて脱力する。

王子が何か企んでいるのではと思っていたが、予測していたより分かりやすい答えで、正直安心した。

法務部にまで連れて行かれたので、もっと闇深い理由があるのではと、予測を立てる事すらヒヤヒヤしていたのだ。


いや待て。

ならば、わざわざ途中の庭園に寄る必用はないではないか。

送り届けた瞬間に走って戻るなら、単なる休憩など入れないはずだ。


「……よし、飲もう」

「飲酒は夜から出お願いしたします」


深淵など覗いてたまるか、と酒がある棚に向かったアルーシャだったが、シエラによって阻まれる。

今こそ酔いたい気分なのだと思ったが、反論するより先にシエラとエリスに両脇を掴まれ、文机の前に連れて行かれた。


そこには、涙の跡でヨレヨレになっている、キュリアからのお手紙。

恐らく今回の騒動のお詫びと、直接訪問し謝罪する許可を求めるものだろう。

アルーシャは、今回の騒ぎはキュリアの家の失態ではなく、王子の仕業だと思っているので、もはやキュリアに対する怒りはない。

いや、人の部屋で好き勝手をされたのは未だに思い出すと舌打ちしたくなるが、法務部で取り調べされたことはもう気にしていないのだ。


とりあえず早めに部屋に来てもらって、さっさとこの問題を片付けようと決めると、アルーシャは返事をしたためた。

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