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24話 オラオラァ!月の妖精様だぞー!

居候がいなくなった部屋で、アルーシャはテラスのドアを開けたまま、ソファで悠々と鉱物辞典を眺める。

精霊が模写した本には、本物と見まごうほどに美しい個物の絵が描かれ、絶妙な色彩の交じりや奥行きさえ再現されていた。


夢中になってページを捲りながら、常温になったお茶に手を伸ばすと、外から聞きなれない鐘の音が響いてくる。

精霊が好む軽やかな鐘の音ではない、東大陸の国々が好むような重く長い鐘の音。

異常や非日常を感じさせる聞きなれない響きは王城のどこかで鳴らされているようだが、一体何の知らせかアルーシャはすぐに思い出せない。


本から顔を上げ、音の正体を知り、同時に後宮の騎士たちの様子を知るべく聞き耳を立てた彼女は、3回目の鐘の音でそれが罪人の処刑を知らせる鐘だと思い出した。

半月に1度鳴らされる鐘は、その間に処刑された者の数だけ鳴らされる。

気まぐれで雲隠れしてはいるものの、未だ精霊が多く住むこの大陸で死を命じられるほどの犯罪は殆どなく、ここ数年は処刑の鐘を聞くことがなかった。

鳴らされる鐘のうち2つは、第4側室だったシューリーンと、その元婚約者だった男の分だろう。

それ以外の鐘が誰の分なのかは、夕方に発布されるので侍女たちが調べてきてくれるはずだ。


久しぶりの重い鐘の音は、7度王都の空に響くと、何とも言えない沈黙を残していった。






王子の夜中の訪問もなく、新たな騒ぎもおきないまま、1週間が経った。

アルーシャの部屋を追い出されたキュリアは、同じ子爵の家である第3側室ノーラに受け入れてもらい、無事後宮ホームレスを免れたそうだ。

その際、自分の行いがいかにアレだったかをノーラに教えられ、翌日2人でアルーシャの元へ頭を下げにきた。

次は家同士で話してもらう事と、しっかりノーラに教育してもらうキュリアに言うと、ノーラは謹んでお断りしてきた。

気持ちはわかる。


ノーラに助言され、既に新たな部屋を用意してもらっているキュリアに、侍女でも女官でもつかって教育してもらうよう言うと、彼女は涙目で頭を下げて部屋を後にした。

キュリアはまだ14歳なので、これからでもしっかり成長してもらいたいとアルーシャは思ったのだ。

それが、5日ほど前の事になる。




「……それでは、アルーシャ様はキュリア様を虐げた事実はない、ということでよろしいですね」

「ええ、もちろんです」


キュリアは確かに反省していたのに、どこでどんな情報の齟齬が起きたのか、アルーシャはキュリアを不当に虐げ宿下がりを求めさせるほど追いつめたとして事情聴取を受けていた。

むしろ、部屋に転がりこまれ、ベッドを奪われたかと思ったら荷物を持ち込まれた上に、庭に追い出されて王子と会食されたアルーシャの方こそ、虐げられた側である。

ふざけんな。ぶん殴るぞ。と荒ぶる前世のオヤジ2人の声を意識の外へ追いやり、法務部に連れて行かれて役人と騎士に対応するアルーシャは、今日も余所行きの儚い月の妖精モードだ。


幸い、後宮から出る際にキュリアが『誤解です!』『違うんです!』と泣き叫んでくれたので、聴取する法務官たちの態度は柔らかい。

どうやら今回訴えてきたのはキュリアではなく、手紙で話を聞いた彼女の父親だそうなので、娘の態度から小さな行き違いによるものだと判断したらしい。

が、わざわざ側室に聴取までするのだから、勘違いでしたね、だけで済むわけがない。

現に、今日から謹慎を解かれて護衛に戻ったアルーシャの長兄が、無理を押し通してアルーシャに同行し、今も法務官たちを凄い目で睨んでいる。

興奮すると体温が上がって汗臭くなるので、やめてくれないだろうか。


この先は、キュリアの家とアルーシャの家の問題になるのだが、爵位が上の家に勘違いとはいえ言いがかりで訴えを起こしたのだ。

次兄が笑顔でハッスルしちゃうのが目に見える。

普通の家なら色々とむしり取られて終わりなのだが、クアラス家の場合は、何かやらかす時に手伝わせて巻き添えを食らわせるのだ。

ある意味、即物的に何かを要求される方が心臓に悪い。


多分来週には、キュリアの家はクアラス家の哀れな舎弟の一つにされているだろうと考えている間に、法務官たちは解決したような顔で聴取を終了させた。

簡単な確認のようなもので済んだのは、これが勘違いの冤罪だと彼らも理解しているからか、それとも、クアラス家2人がいる空間にいたくないだけなのか。

いや、今回ばかりは前者だろうと考えると、アルーシャは柔らかな笑みを法務官たちに向け、長兄と共に部屋から送り出される。

廊下で待っていた侍女のエリスと、今日の護衛である近衛騎士シダーンを連れて、アルーシャは役人達の注目を浴びながら後宮へ戻るべく廊下を進んだ。


役人だらけの庁舎では珍しい近衛騎士と、更に珍しい第1騎士団の騎士という組み合わせに、役人たちは思わずといったように足を止める。

次いで、前後を騎士に守られ、侍女を伴って歩くアルーシャの姿を目にすると、彼らの多くが、思わずといったよいに感嘆の声を漏らした。


夜会でも滅多に見ることが叶わなかったクアラス家の月の妖精。

しかも今は側室という高嶺の花となったアルーシャの姿は、そこにいるだけで辺りの雰囲気を華やかに、しかし夜風に揺れる白百合のように静かなものへ変えた。

注目される事に慣れているアルーシャは、目を奪われる人々にも、興味を抱かず廊下の端で頭を垂れる人々にも、全く表情を変えない。


うわーははははは!惚れろ惚れろ!クアラス家の恩恵をこれでもかと受けた私の美貌を崇め奉るがいいわ!!月の妖精は噂通りに綺麗だったって、広報よろしくー!!


心中はどうあれ、アルーシャの外面は完璧だった。


ナソド王国の王宮は、敷地の東棟に法務部や外務部といった役所があり、そこから後宮へ戻るには議場や王族の執務室がある中央棟を超えて行かなくてはならない。

各棟や区画の境目には、王宮警備を担当する第2騎士団のチェックを逐一超える必要があった。


行きとは違う騎士から通行の理由を確認されながら、アルーシャは呆けたように見つめる第2騎士団の騎士に、控えめな微笑みを向けて愛想を振りまいた。

少し照れた素振りを見せながらも、すぐに気を引き締めて警備を再会する騎士に、アルーシャは笑みを深くし、長兄は呆れた視線を妹へ向ける。


すぐに中央棟への通行が許可され、一行が建物の奥に向かって歩いていると、前方から見慣れない恰好をした集団が歩いてくるのが見えた。

王宮には違和感がある野性味ある雰囲気と、少し大きめの話し声に、ヴァイツァーがさりげなくアルーシャとの距離を詰める。

遠目にも、異国の者だと理解できたが、今他国の元首や王族は来ていない。


アルーシャの身分が上なのは間違いないので、気にすることなく堂々と、しかし楚々とした雰囲気を出しながら真ん中を歩いていると、先頭を歩いていたシダーンがコパル王国の使者だと囁いた。

コパル王国は、昔からナソドにちょっかいをかけてくる南の海賊国家だ。

最近また無謀なアプローチをしてきていると聞いたが、まさか遭遇するとは思わなかった。

大きな話し声がどうしても野蛮さを感じさせるが、漁師の前世のおかげで、波の音の中でも聞き取りやすいよう海に生きる彼らは自然と声が大きくなるのだとも分かる。

一緒にいる騎士や侍女ほど嫌悪を感じないまま進んだアルーシャは、しかし道を譲ることなく先頭のシダーンと対峙する形になった使者たちに戸惑った顔を作った。

ヴァイツァーは完全に警戒状態で、いつでもアルーシャを背にかばえる位置にいる。


「騎士殿、我らはコパル王国使節団だ。道を空けていただきたいのだが」

「コパル王国の使節殿、遠路はるばるよく参られた。こちらはウリオス殿下が側室アルーシャ様である。ここはそちらが道を空けてもらいたい」


「側室様とは知らず、失礼いたしました。どうぞ、お通りください」


側室という言葉に一瞬雰囲気がざわめいたが、コパル王国の使者はすぐに廊下の端に避けて道を譲る。

それに抑揚に頷いたシダーンは、彼らが浅く頭を下げているのを確認すると、再び足を進めた。


コパルの使節団の中、壁際にいた一人がそっと顔を上げるのを視界の端に見たアルーシャだったが、咎めるか無視するか少しだけ悩む。

他国の使節だ。盗み見るくらいなら気づかないふりで許すのだが、その男は顔を俯けてはいるものの穴が開きそうなほどアルーシャをじっと見ていた。


こいつ何かしそうだな。


側室と馬鹿王子の事ですら酒量が増しているのに、他国と揉めるのは面倒だ。

しかし野放しもどうかと思ったので、行き先を後宮から王子かロウフェイルトのところに変えようと思ったところで、使節団の方から光る棒状の物がアルーシャの足元に転がってきた。


瞬間、近衛騎士が振り返り、長兄が転がってきた何かを使節団の方へ蹴り戻して、アルーシャはドレスの裾を掴んで素早く後方へ飛んだ。

一瞬遅れて侍女のエリスがアルーシャを庇い、近くにいた役人達も慌ててアルーシャの前へ出て盾になる。

廊下を巡回していた第2騎士団の騎士も走ってきて場が騒然となる中、アルーシャがちらりと人壁のむこうを覗いてみると、使節団の中の一人がヴァイツァーによって床に押さえつけられていた。

手加減知らずの脳筋に押さえつけられているのは、先ほどアルーシャを見ていた男……の隣にいた別の男だ。


オメェかよ!

内心突っ込むアルーシャの事など知らず、細身の男は押さえつけられながら本気で痛がる悲鳴を上げていた。


「アルーシャ様の前に、一体何を投げつけた!」

「いだだだだだだだ!折れる折れるマジ折れて砕けるから!御免なさい!本当御免なさい!」


「……ヴァイツァー殿、少し力を緩めてやってくれ」


赤い顔で涙目になってる男に、会話は難しいと判断して、シダーンはヴァイツァーに拘束を緩めるよう言う。

だが、渋ったヴァイツァーは緩めるどころか更に拘束をきつくし、廊下には使節の悲鳴が響き渡った。

焦るシダーンと使節団の声に、近くの部屋から様子を覗く人間がちらほらと現れる。

混沌としはじめた状況に、どうなるか見届けたくなるアルーシャだったが、また兄が謹慎をくらっていなくなるのは気が引けたので、前に出る事にした。


ゴリゴリマッチョな魔王になってる長兄に押さえつけられ、使節は今にも失禁しそうなほど顔色が悪い。

やっぱりこのまま放置してみようかと思ったアルーシャだったが、掃除する人が大変だし、前世の荒くれが『漏らさせてやろうか?』とか余計な事を囁くので、やっぱり止めることにした。


「お兄様、それくらいにしてさしあげて」

「お、綺麗なねーちゃ……いだだだだだだだ!」

「こいつが吐くまで、力は緩めない」

「ヴァイツァーやめろ!外交問題になるから、本当にやめろ!」


「お兄様……いえ、騎士ヴァイツァー、拘束を緩めなさい」



先日よりはマシだが、それでも頭に血が上っている長兄に、アルーシャは内心半ば呆れながら、一生懸命勇気を出した顔を作って命令をする。

渋々といった様子で拘束を緩めたヴァイツァーに、シダーンも使節団も、それどころか周りにいた役人達もホッと胸を撫でおろす。

最後に一瞬だけ強く締められた使節の男は、短い悲鳴を上げると床に突っ伏してプルプル震えていた。


騒ぎを聞きつけて集まってきた第2騎士団の騎士に事のあらましを説明している間に、問題になった光る何かが回収される。

それは金と宝石がついたゴテゴテとしたペンで、成金趣味の海賊国家らしい1品だ。

もっとビビットでパンチが効いた飾りがついていれば最高なのに、と、似たり寄ったりなセンスで考えながら待っていると、一度大人しくなったはずのヴァイツァーがまた騎士の中に割り込んでいく。


驚く騎士から問題のペンを奪い取り、数秒凝視したヴァイツァーは、今度はそのペンを拾って差し出してきた使節の顔を鷲掴みにして持ち上げた。

大の大人を片手で持ち上げる長兄に、相変わらずの馬鹿力だな~とアルーシャが呑気に見ていると、周りの騎士どころか使節団も、慌てて彼を羽交い絞めにして抑えにかかる。

これはこれで面白い見世物だと思いながら、戸惑った顔で侍女エリスの元へ戻ると、心底呆れた顔の彼女に腕を捕まえられた。


どうやら使節は投げ込まれたものをあの成金ペンと差し替えていたらしいが、使節たちは戸惑いながら否定している。

だが、脳筋とはいえ精鋭の第1騎士団のヴァイツァーが見間違えるわけがないというのがこちらの主張だ。

尚、長兄に顔面を掴まれ持ち上げられた使節は、段々動きが大人しくなってきた。

息ができていないのかもしれない。



「騎士ヴァイツァー、その使節を下ろしなさい。第2騎士団の方、どなたか代わりに拘束を」



嫌がるエリスを引きずりながら前へ出て命じると、長兄は不服そうに腕を下ろし、使者はぐったりとしたまま第2騎士団の騎士に拘束される。

顔面に紫っぽい痣ができているが、それは先ほどアルーシャを凝視していた男だった。

彼と、不審物を投げ込んだ二人は拘束され、他の使節たちも別室で待機してもらう旨が第2騎士団の騎士から告げられる。


待機と言われた使節から、『あれは大事なペンだった』『没収されるかと思って咄嗟に嘘を』と子供じみた言い訳が出たが、間違いなく何か企んでいたのだろう。

しかし、ここからは第2騎士団の領分だ。

アルーシャは酒のつまみとして眺めるなら良いが、首を突っ込む気はない。

ただ何事もなく後宮へ戻るよりは退屈しなかったので、まあ良いかと思っていると、騎士と使節がいるさらに向こうの廊下が、騒がしくなってきた。



「これは一体何の騒ぎだ」



男らしく精悍な顔つきに灰色の瞳と赤い髪を持つ長身の青年。

この国で2番目に高い身分であり、アルーシャの夫である王子ウリオスが、側近と騎士、そして元第1騎士団団長のムッキムキダンディーな宰相を連れてやってきた。



遅っせぇわ。もう終わったわ。


今更何しにきたんだコイツと思ったのはアルーシャだけのようで、その場にいた者たちは全員ホッとした顔をして王子に頭を下げる。

王子は別にどうでもいいが、ムキムキ宰相を間近で見られたのは幸運だったと思いながら、アルーシャは殊更か弱い雰囲気を出して王子に縋るような目を向ける。

それを目にした王子一行は一瞬驚いた顔をしたが、何故だろう、ロウフェイルトだけ噴き出しそうな顔をしやがった。

今日も王子の護衛をしているイルフェンなど心底心配した顔でアルーシャを見ているというのに、その差は何だ。

王子もまた、騒ぎに視線をやったものの、何故か一瞬だけ怪訝な目をアルーシャに向けたではないか。

心外である。


そんな反応も、きっとこの身に流れるクアラス家の血のせいだろうと責任転嫁したアルーシャは、とりあえず王子がこの場をどう引っ掻き回すのか眺める事にした。

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