21話 馬鹿王子はどこだ
アルーシャを呼ぶ許可を出した王妃へは、イルフェンの家である公爵家から働きかけるらしい。
王妃と公爵夫人が親友なので、そちらから苦情を言ってもらうそうだが、どこまで効果があるかは不明である。
王子のデリカシーのなさは、王妃の遺伝かもしれないと失礼な事を考えていると、騎士に封鎖されたキュリアの部屋に到着する。
アルーシャが同行を拒否すると思っていたのか、見張りに立っていた騎士達は驚いた顔をしていた。
普通は、こんな夜中に側室が騎士の仕事を手伝ったりはしないので、当然の反応である。
すぐさま心配そうな顔になった彼らに、アルーシャが微笑み頷くだけの労いをすると、ヴァイツァーが扉の向こうへ名乗る。
入室が許可されて扉が開くと、そこは側室の部屋ではなく騎士の会議室のようになっていた。
テーブルに紙を広げ、手書きの地図を描いていた騎士達は、アルーシャの入室と共に手を止めると振り返って礼をとる。
中央で椅子にかけたままの騎士が、第1騎士団の団長なのだろう。
彼は腕を組み、難しい顔をしたままアルーシャに目をやったが、しかし動く気配がない。
側室を呼び出しておきながら随分な態度だと思っていると、周りにいる騎士達も少し焦った顔で団長とアルーシャ達の顔……性格にはヴァイツァーの顔を見比べていた。
面白いことになっているのかと横目で兄を見れば、それはそれは優し気で慈悲に溢れた微笑みを浮かべながら殺気を垂れ流している。
確かに、面白い事になっていた。
なっていたが、次兄に虐められても泣くだけだった長兄の怒り狂っている姿に、アルーシャは彼が好きなように生きさせてあげようと思って静止をやめた。
荒事までは行かないだろうが、念のためイルフェンの方へ半歩ずれると、彼女が怯えていると勘違いしたイルフェンがそっと背中にかばってくれる。
気持ちはありがたいが、面白いものが見えなくなるので、アルーシャは元の位置に戻った。
「団長、側室のアルーシャ様をお連れしました」
「ご苦労。通路の入り口はわかるな?中に入って、あたりをウロついてみろ。情報が本当なら、それで王子殿下がお戻りになる」
「団長、王子殿下の御側室であらせられる、アルーシャ様をお連れしました」
「それは今聞いた。さっさと行ってこい」
おっとこれは面白い獲物だとアルーシャが目を輝かせる横で、団長の言葉に声色を柔らかくした長兄が、ゆっくりと彼に歩み寄っていく。
騎士はサッと壁に寄る者と怪訝な顔で棒立ちになる者に別れ、長兄はその中の棒立ちの騎士達を優しい手つきで避けながら進んでいった。
よく見えるように身を乗り出したかったアルーシャだが、周りの目が多いので、少し困ったような顔を作って様子を見る。
長兄は第1騎士団の中で副団長の派閥にいると聞いていたが、団長がこんなに面白いだなんて1度も言ってくれなかった。
もし知っていたら、次兄を誘って遊びに行っていたのに。
いや、第1騎士団は臭いから、やっぱり行かなかっただろう。
そんな事を考えている間にも、長兄は元の武骨だった動きを、次兄のような優雅な動きに変えて団長へ詰め寄っていく。
今なら第1騎士団ではなく近衛騎士と言っても通じそうだ。
「団長、恐れ多くも王子殿下の正妃候補かつ未来の国母の候補のお一人であらせられるアルーシャ様を、本来の責務でないにも関わらず、このような夜分遅くに、お休みのところをわざわざ我々の為、その御慈悲と御厚意により、ご足労いただきました」
「だから何だというんだ!我々は王妃殿下の御許可を得ている。俺に詰め寄る暇があるなら王子殿下を探しに行け」
「王子殿下の奥方である側室に命令をする権限が我ら第1騎士団の団長にあるとは初耳だ。まして、礼を取らぬ無礼も許されるとは。我ら第1騎士団はいつからそれほどの権力を得たのか。我が国の法では、側室は準王族として扱われるはずだが、何と、我ら第1騎士団はそれを超える地位にいるらしい。それとも、王妃殿下はそれらの越権行為も御許可なされたのか。だとすれば、王室を揺るがしかねない事態だ。もはや、我々騎士の判断が許される事態にない。至急、国王陛下へご報告し事態を納めなければならない。そうですね、副団長」
「ヴァイツァー=クアラス!上官に対するこの無礼、そして妃殿下まで貶める発言、見逃すことはできん。まして……」
「私は事実を教えて差し上げているだけだ。おや、残念。団長は日々肉体を鍛えておられるが、脳の栄養まで筋肉に費やしてしまったようだ。誉ある我ら第1騎士団の団長が、文明人の言語を解せぬとは夢にも思わなかった。これは困った。言葉を知らぬ者に、どうやって道理を理解させるのか。私は痛みを持った方法しか知らないが、それは人に対する扱いではない。それとも、我らが第1騎士団の団長は人ならぬ生き物であったか?なるほど、ならばこれほどの暴挙も納得できる。団長殿は、人間ではなかったのか」
風呂敷を広げすぎないように気を付けながら、いつになくペラペラ喋る長兄を眺めて、アルーシャは父親そっくりだなぁと感心する。
長兄の後ろには、さりげなく同じ派閥の副団長が立っているので、アルーシャが何かしなくても大丈夫だろうと思う。
不愛想で臭い騎士から貴公子に変わった兄の変貌だけでも十分笑えるのだが、いつまでも兄と団長のコミュニケーションを見ているわけにもいかない。
本来の目的である、王子捜索を開始しようかと、連れていく騎士を探したアルーシャは、寝室に続くドアの近くに丁度よさそうな騎士を見つけた。
この事態でも落ち着いた様子の彼らは、アルーシャから向けられる視線に一瞬驚き、次いで慌てて頭を下げる。
「イルフェン様、団長は兄に任せて、私は殿下とロウフェイルト様を探しに行こうかと思います」
「いえ、この事態を放置しないでください。とりあえず、あの団長の無礼を咎めて拘束するよう騎士に命じてくだされば、あとは騎士団が何とかします」
「あら、簡単なお仕事ね。いいわ。兄と団長の所へ連れて行ってちょうだい。そこの二人、捜索に同行してもらいますから、動かないように」
「御意に」
「承知いたしました」
「承知しました」
微笑んで了承した騎士に笑みを返すと、アルーシャはイルフェンに手を引かせながら騒ぎの中心へ行く。
何がどう話し合いから変化したのか、ほんの数十秒目を離した間に、長兄は団長に襟首を掴まれながらも、笑顔で団長の顎を掴んで鼻毛を引き抜いていて、周りの騎士達が慌てて二人を止めていた。
何故こんな愉快な盛り上がり方に至る経過を見過ごしてしまったのかと内心嘆くアルーシャは、事の成り行きを見守りたくなるのを泣く泣く諦めて、彼らに声をかける。
「取り込み中のところ悪いのだけれど、良いかしら?」
「はい。アルーシャ様。ヴァイツァー、そこまでだ。控えろ」
「副団長、まだすべての毛を抜いておりません。少々お待ちを」
「許しません。ヴァイツァー=クアラス、後にして、控えなさい」
「罪人への不当な折檻は法で禁じられております。後でもダメです」
「折檻ではありません。団長の身だしなみを整えてさしあげております」
「ならば許します」
「許されません。ヴァイツァー、上官命令だ。下がれ」
「承知しました」
少々の問答の末、ヴァイツァーは団長の鼻を名残惜し気に見つめながら離れた。
笑顔から微笑みに表情が戻っているので、そこそこに気は晴れたのだろう。
クアラス家の中でも父と同じくらい気が長くて寛容な兄が怒ったという事は、これまでの積み重ねもあったに違いない。
といっても、長兄とてクアラス家の人間なので、大義や出世のために立ち上がる人間ではない。多分、動機の大半は私怨だろう。
長兄の行いを副団長と他の騎士がすぐ止めなかったことからも、何となく内情が垣間見える。
そこに自分を巻き込むのはやめてほしいと思いながら、アルーシャは副団長を一度睨み、疲れ切った顔の団長を見る。
流石実力主義の第1騎士団の団長だけあって、背が高く体も大きい。
屈強な見た目ながらも、ほんのりと赤い鼻と薄く涙が滲んでいる目に、祭りの後のような一抹の寂しさを感じながらアルーシャは彼を見据えた。
「第一騎士団長、火急の事態とはいえ、貴方の側室に対する無礼は準王族として見過ごせません。誰か、団長を拘束なさい」
とっとと仕事を終わらせて帰りたいと内心呟きながら、アルーシャは団長に無礼を言い渡す。
あっさり騎士達に拘束された団長は、アルーシャを鬼のような形相で睨んでいたが、外道盗賊を内包するアルーシャにはあっさり受け流された。
強面でも、身分を問わない実力主義でも、騎士特有の品行方正さがにじみ出ていたせいだろう。
これが野党などの荒々しい雰囲気をだしていたなら、反射的に口汚く威嚇し返していたかもしれないので、団長が睨むだけで済ませてくれたのはありがたかった。
「以後の指揮は誰が?」
「僭越ながら、私、第1騎士団副団長を務めておりますティルゲーザ=ポルキアが指揮をとらせていただきます」
「頼みます。では、私は、そちらの騎士と共に、王子殿下の捜索に行きます。それで良いかしら?」
「はい。ご協力、感謝いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします」
指揮者は変わっても側室を使う事は変わらないのかと思いながら、アルーシャはイルフェンと先ほど待機させた騎士二人を連れて、通路がある寝室に向かう。
兄のヴァイツァーは、団長の鼻毛を引き抜くという暴行をしたので、この後取り調べと処罰があるだろう。
連れて行けばお互い面倒な事態になりかねないと判断して、アルーシャはあっさり兄を置いていくことにした。
ヴァイツァーも、それを理解しているようで、アルーシャを振り返ることもせず、団長を拘束した騎士達と一緒に部屋を出ていく。
兄がその気だったから乗せられてやったが、もしこれがただの派閥争いでポルキア副団長が兄を切り捨てたなら、また腰を上げなくてはとアルーシャは考える。
第1騎士団の副団長とはいえ、彼は男爵家の者。
下手な事はしないだろうが、先ほどの無礼な団長も実家は男爵なので、どうなることやら。
副団長のポルキア家は確か、北方と中央の間に小さな領地を持つ。
派閥は北方将軍で、親戚関係にある。
となれば、思い出すのは北方将軍の息子(しかも10番目の息子)である王子補佐官ロウフェイルトだ。
彼か王子の意図で騒動を起こされているのを確信して、アルーシャは舌打ちの代わりにため息をつく。
少し心配そうな顔をするイルフェンと騎士に、困ったような笑顔を返すと、アルーシャは二人の騎士に声をかけた。
「突然お願いして御免なさいね。王子殿下が見つかるまで、付き合ってくださいな」
「アルーシャ様とご一緒できるとは光栄です。喜んでお付き合いさせていただきます」
「麗しき月の妖精に願われて、断る者はおりますまい」
「まあ。照れてしまうけれど、とても嬉しいわ。お二人の言葉、胸に刻んでおきます。では、よろしくお願いね」
「ご存じかとは思いますが、通路の初めは傾斜になっておりますので、転倒にご注意ください」
「暗く狭い道です。アルーシャ様はイルフェンから離れませんよう」
「……そうさせていただきます。イルフェン様、手を貸してくださいな。お二人は、どうぞ先に行ってください」
「そうしたいところですが、『ふらぐ』というものは転生者であるアルーシャ様によって起こされる事象と聞きました。ここは、アルーシャ様とイルフェン様が先導なさるべきかと」
「後ろは、我々がしっかりと守らせていただきます。どうぞ、ご安心してお入りください」
「まあ……でも、暗くて少し怖いわ」
「ご安心を。イルフェン様は、大変優秀な騎士でいらっしゃいます。必ずや、御身をお守りしてくださるでしょう」
「何かあれば、我々も全力でアルーシャ様をお守りします」
「そう。その言葉を聞いて、安心したわ。心強い言葉、とても嬉しく思います。よく覚えておきますね」
「アルーシャ様、どうぞ、お早く」
「何も心配はいりません。王子達も、すぐに見つかるでしょう」
丁寧に通路へ促す茶髪の騎士と、励ましの言葉をくれる赤髪の騎士に花のような微笑みを向けて、アルーシャはイルフェンと共に通路へ入る。
疲労が限界を超えたのか、イルフェンの顔は微笑みを模った人形のようになっている。
少しだけ湧き上がる同情心に、アルーシャは労りの視線を向けると、昼間の道を思い出しながら奥へ向かった。
『ふらぐ』というものが成立する条件が分からないため、適当に歩けば良いと二人の騎士から言われたアルーシャは、その通りに何も考えず歩く。
時折遭遇する騎士達に労いの言葉をかけながら、キュリアを発見した場所まで到着するが、この先の道をアルーシャは知らなかった。
通路には騎士達の姿も殆どなく、疲労を感じたアルーシャはその場で足を止めた。
「少し疲れましたね。イルフェン様は、この先の道をご存じかしら?」
「いえ、私も、この辺りまでしか存じません」
「そう。他の捜索に当たる騎士達も、姿が見えないわね。どこまで行けば良いのかしら」
眠くなってきたのをどう誤魔化そうと考えながらイルフェンと話していたアルーシャは、ため息をついて通路の先を見る。
さてどうなるだろうと考えたところで、さりげなく距離をとっていた二人の騎士が、そっと小道に身を潜めるのを見えた。
「殿下、ロウフェイルト様、どちらへ行かれるおつもりかしら?」
どストレートに正体を呼ぶと、二人の騎士は動きを止め、赤髪騎士は少し不満そうに、茶髪の騎士はしれっとした顔で振り向く。
前髪をおろして眉毛をボーボーに描いただけと、眼鏡をとって髪の毛を撫でつけただけで、正体が隠せると思っていたのだろうか。
いや、王子の方は、毛虫が2匹分くらいのボサボサ眉なのに、なぜか隣のロウフェイルトがいなければ気づかなかったが……。
とりあえず、せっかく人気がない通路にいる間に、奴らに1発ずつ食らわせたい。話し合うのはそれからだ。
どちらから殴ろうか迷いながら、アルーシャはしぶしぶやってくる二人を微笑みつつ待ち構えた。




