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11話 王子なんか来てないんだが

今朝からきた侍女のエリスが用意した夕食を取っていたアルーシャは、稲光と共に聞こえてくる悲鳴にちらりと窓の外を見た。

午後から曇り始めた空は、夕方から雷雨となり、外が騒がしくなる度に8番目の側室の部屋から悲鳴が聞こえてくる。

かれこれ3時間ほど、雷鳴に合わせて甲高い少女の悲鳴が上がっていて、警備の兵士やら侍女やらが忙しそうだ。

それなりに離れたアルーシャの部屋まで聞こえてるのだから、相当な音量の悲鳴だろう。


もう、誰かズタ袋でもかぶせて地下室に閉じ込めて来るか、当て身でもして気絶させろと、アルーシャは慈悲のない事を考える。

外の嵐が収まる気配はなく、そうとなればこの悲鳴は夜中も続くかもしれない。

正直、寝られたもんじゃない。



「エリス、この悲鳴、いつまで続くと思う?」

「アルーシャ様が雷を止められるなら、今すぐにでも」


「そうよねー。寝るまでに嵐が収まれば良いけど……」

「ええ。ところでアルーシャ様、他の侍女から聞いたのですが、昨日は王子殿下にお目にかかれたそうですね?どうでしたか?」


「は?何の事?」

「……え?」


「昨日は私、ずっと部屋に来たけど、来客なんてなかったわよ?」

「…………あら、私ったら、何か勘違いしていたかもしれませんね。お忘れください」


「忘れるか。エリス、吐け。全部言いなさい」

「……はい」



覚えがない情報に眉を跳ねさせたアルーシャに、エリスはしまったといった顔ではぐらかそうとする。

当然誤魔化されないアルーシャは、エリスの袖を掴んで問いただした。


聞けば、昨日の昼間、王子が側室達の部屋を訪れていたそうだ。

最近立て続けに騒動が起こったので、王妃様に尻を叩かれて様子を見に来たらしいが、いい年なんだから母ちゃんに怒られる前に来いよと思う。


どう記憶を探っても、アルーシャには昨日の昼間に王子を目にした記憶が無い。

まさか、先日夜中に来たので、様子見はそれで済んでいるとでも思っているのか。

対外的な問題があるので、形だけでも訪れてほしいのだが、問題が起きすぎて忙しそうなのであまり文句を言いにくい。

だが、せめて、ロウフェイルト様をよこすぐらいしてもいいんじゃないかと思う。


一人だけ訪れがなく放置されるのは普通に酷いし、アルーシャの後宮での立場を考えれば、しない選択だ。

それぐらい考えられるだろうに、やらかしてくるのだから、何を考えているか分からない王子だとアルーシャはため息をついた。



「あの、ですが、ヴァイツァー様も王子は訪れてすぐに退出なさったと……おかしな姿を見せて逃げられたのではと心配しておられました」

「そんな事言われても、シエラが仕事で入ってきた事はあったけど、王子は来てないわ。間違えて異世界の扉でも開いてたんじゃないの?それか兄様が起きたまま寝てたかね」


「左様でございますか。ですが、それも少々問題ですね。もう一度、情報を集めてまいります」

「お願いね。でも、今日来たばかりなのだから、あまり無理してはだめよ」


「……ふふっ。かしこまりました」



口から出そうになった色々な言葉を笑って誤魔化した風なエリスを見逃して、アルーシャは食事を片付けさせる。

後宮に入った鬱憤から夜な夜な酒を飲んでいたが、そろそろ落ち着いて内臓を休ませようと思い、食後は酒ではなくお茶にした


再び響いた雷鳴が、雨音に悲鳴を混じらせる。

8番目の側室が求婚者達に攫われそうになっていたのは、騒音が隠される嵐の日が多かったというし、それを考えるとこの悲鳴は仕方ない。

耐えられなくなったら来るように言っているので、本人と侍女が求めない以上、アルーシャは無闇に首を突っ込まない事にした。


入浴は夕食前にしてしまったので、アルーシャは軽く口を漱いでから寝支度を始める。

準備のために呼んだフレアは、雷が大好きなくせに何故か青い顔で部屋に駆け込んできて、目に涙を浮かべながら細い体と大きな胸をプルプル震わせていた。


けしからん。



「フレア、そんなに怯えてどうしたの?もしかして、また……?」

「アルーシャ様、そうですね。今、そこでキュリア様の侍女に会って、雨が降る庭に、また生首が……ね」



奴らだな。


せっかく来てくれた人の侍女を怖がらせて、何をしてくれるのだと内心憤慨しながら、アルーシャはフレアに着替えを手伝わせる。



「大丈夫よフレア。言ったでしょう?それは幽霊では無くて、警備している騎士達よ。彼らは黒い雨除けの外套を着ているから、薄明かりに照らされると生首に見えてしまうのよ」

「そ、そうでしょうかね……」


「そうよ。だって、一昨日の幽霊騒ぎだって、見たのは側室の侍女でしょう?庭なら騎士達が見る可能性の方が高いのに、彼らが幽霊を見たなんて話は聞かないじゃない」

「言われてみれば……そうですね。ありがとうございます、アルーシャ様」


「誰でも苦手なものくらいあるのだから、いいのよ。それに、貴方は納得出来たらすぐに落ち着いて動いてくれるでしょう?さあ、私はもう休むから、貴方達も仕事に戻って休みなさい」

「はい。失礼します」



騎士が見ていないというより、騎士が見ても騒がない人物が幽霊の正体なのだが、王子達はこっそり行動しているつもりなのだろうからと、アルーシャはそれ以上考えるのをやめた。



今度は何処の誰に用なんだろうな~と思いながら、アルーシャはソファでゴロゴロする。

と、視界の端に何か映った気がして目をやると、窓の外に噂の生首が浮いていた。


濡れ鼠のような姿を見たら、そのままカーテン閉めてやりたくなった。


人払いぐらいできるだろうに、何で普通に後宮の中を通って来ないのか。

びしょ濡れでガタガタ震える王子、ロウフェイルト、イルフェン、茶髪騎士を、アルーシャは呆れた顔で見る。


もしかしてこの王子馬鹿なんじゃなかろうか?

一応こちらも側室で、年頃の娘なのだが、この王子がそこら辺を分かっているのか疑問である。

いや、分かってたら来ないか。

うん?分かってて来てるのか?


どっちにしろ問題だ。


どうせ大した用事ではなさそうだが、ロウフェイルトがいるなら無駄話とまではいかない話なのだろう。

それに、昨日の訪れとやらでアルーシャだけ除外した理由もはっきりさせたい。

面倒すぎて知らんぷりしたいと思いながら、アルーシャは仕方なくソファから立ち、彼らがいる窓を開けた。



「皆様、お体が冷えてしまいましょう。どうぞ、中にお入りください」

「助かるぞ。何か体を拭く物をくれ。ああ、だが、侍女は呼ばないでほしい」



服を絞ることもせず入ってきたと思ったら、側室とはいえ伯爵家の娘に使用人の仕事を要求する王子に、アルーシャの瞳が冷たいものに変わる。

気づいて慌てる騎士二人を片手で制し、水浸しにされた床の上をこれ見よがしに歩いたアルーシャは、バスルームにあるタオルを取りに向かった。


リビングスペースへ戻ると、窓の外で茶髪の騎士が王子の外套を絞っている。

ロウフェイルトは泥と雨で濡れた床を自分の外套で拭いているし、イルフェンは部屋の隅にある暖炉で薪を組み上げていた。


王子?びしょ濡れのままソファに座ってあそばされております。


ソファごと蹴り飛ばしてやりたくなるのを堪えて、アルーシャは王子にタオルを差し出す。

受け取りはしたものの、王子は理解できないと言った顔で見上げてくる。

何か間違えたか。そう考えると同時に、王子がびしょ濡れの腕をアルーシャの前に出して見せてくる。

どうやら、王子の中で持ってきたタオルで水気を拭き取るまでがアルーシャの仕事らしい。


目の前のタオルを顔に投げつけて、その上から拳を叩き込んでやりたい。


この王子、最初の婚約者への未練で次を決めなかったと言われているが、絶対にデリカシーの欠如で相手にされなかったのだろう。


何とか事故を装って、この坊ちゃんを壁のメイスで殴れないかと考えながら、アルーシャは不思議そうな顔を作って王子の腕にタオルをかける。

彼が何かを言おうとする前に、アルーシャは笑顔で会釈をすると、傍の暖炉に火を入れているイルフェンにタオルを渡した。

手が離せない彼に、暖炉の上に置いておくと言うと、彼は振り返り笑顔でお礼を言ってくれる。

勝手に暖炉を使う事と、室内を汚した事を詫びる彼は、こちらの警戒心を解くためかメリッサだった時のような女性的な笑顔を向けてくれた。


男と分かる姿でそれは、知らない人には混乱を与えそうだが、アルーシャは苦笑いだけを返す。

イルフェンの言葉と周りの状況で失態を理解したらしい王子がまた口を開こうとしたが、アルーシャは言わせてやる気などない。


すぐにロウフェイルトの傍に膝をついたアルーシャは、王子が床に落とした泥や草の汁を必死に拭う彼にタオルを差し出した。


靴どころか靴下も脱いで床を拭いていた彼は、膝をついたアルーシャの手を取ると立ち上がらせ、礼を言ってタオルを受け取る。

曇りかけた眼鏡を真っ先に拭き、王子の非礼を詫びながら毛先の水気を拭った彼は、アルーシャの後方でソファをびしょ濡れにしながら待っている王子に口元だけの笑みを浮かべた。


自然と同じ笑みになったアルーシャは、事後をロウフェイルトに託すと、窓の外で靴の泥と戦う騎士の元へ向かった。



「騎士様、それくらいにして、中にお入りなさいませ。いかに鍛えているとはいえ、この長雨の中ではお体を壊しましょう」

「む、アルーシャ様……そうですな。では、失礼いたします」



万が一庭にいる騎士の姿を誰かに見られては困ると理解して、先日も会った茶髪の騎士はロウフェイルト同様靴下まで脱いで部屋に入る。

テラスに吹き込む風雨によって彼の髪はびしょ濡れで、滴る雫に彼は慌てて髪をタオルで拭っていた。


アルーシャが見慣れている、美男子とか女神の美貌と言われる小綺麗な顔とは違う。

男らしさがわかる眉や切れ長だが色気のある目と、がっしりとした骨格に、アルーシャは自然と頬が熱くなった。

夜遅いせいか、少しだけ延びてきた髭と、濡れてオールバックからボサボサになった髪を見ると、ウルーリヤの胸元を見るときのようなトキメキを感じる。


同じ部屋に一応の夫で有る王子がいるが、どうせ一応なので、知ったことではない。

そもそも王子は、今ロウフェイルトから静かに説教されている最中だ。アルーシャのことなど気にかける様子はない。


この機会に目の前の野郎臭さがたまらない騎士を堪能しよう。

内心ニタニタ笑い、実際にはふわりとした笑顔を浮かべて、アルーシャは茶髪騎士が絞った外套を暖炉の傍に持っていく。

さりげなく茶髪騎士が水気を拭う様を盗み見て、はだけた胸元から太い首と身内の男達にはない胸毛が見えた瞬間、アルーシャの心は天に拳を突き上げて歓声を上げた。


王子とロウフェイルトは説教タイム中で、イルフェンも王子に女性の扱いや、それ以前の事について助言している。

機会はいましかないと思いながら、棚にある度数の高い酒を準備していたアルーシャは、ふと鏡越しに茶髪騎士が周りを気にしているのを目にする。


どうしたのだろうと盗み見ていると、彼は素早い動きで服にタオルを入れ、自らの脇をガッシガッシと拭い始めた。



人のタオルでやるな。

しかも上司の側室のタオルで。



近衛といえど、騎士は騎士だったと心の中で涙を流すと、アルーシャは彼がズボンにタオルを入れる前に振り返る。

この王子の騎士だ。人目を憚る事は分かったが、そのままにしておけば股間を拭くぐらいはしそうである。


マトモなのはロウフェイルトとイルフェンだけかと思うとため息が出た。

が、よく考えたらこんな時間に大勢で側室の部屋に来る時点で、全員もマトモじゃなかった。




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