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10話 長兄が臭くない……だと?


ウルーリヤに触発されたか、翌日の今日は2番目の側室ツァルニが部屋の模様替えをして後宮を賑わせていた。

模様替えとはいっても、仮住まいな上に歴史的価値がある建物の後宮で壁紙などを替えるような事はできず、せいぜいが家具の配置換えやカーテンを替えるくらいだ。

慌ただしく廊下を行き来するツァルニの侍女達に混じって、まだ模様替えが終わっていないウルーリヤの侍女達の姿も見える。

このまま2~3日は騒がしくなりそうだと思ったが、もしかしたら他の側室達が模様替えをする可能性も考えられた。


騒がしい後宮を更にバタつかせるのは、賢明とは言い難い。

それとも、彼女達なりの無意識な抗議だろうかと考えていると、シエラが来客を知らせた。



「先触れも予定もないじゃない客は客じゃないわ。帰ってもらって」

「ヴァイツァー様がいらっしゃっております」


「歯ぁ食いしばって入ってこいって言って」

「かしこまりました」



殴る準備をして軽く足を跳ねさせていると、見知った黒髪の男がドアを開ける。

アルーシャや次兄とは違う系統だが、クアラス家らしい整った顔立ちの長兄は、いつもの乏しい表情でアルーシャを見つめた。


ここで会ったが百年目。

どうせ顔への攻撃は身長差で届かないので、最初から鳩尾を狙ってやろうと思っていたアルーシャだったが、彼の後ろから入ってきた見知らぬ騎士に予定を変更する。



「ヴァイツァー兄様、会いたかった!」



握りしめていた拳を祈るように組み、タイミングを計っていた足を弾む足取りに変えて、アルーシャはヴァイツァーの胸に飛び込む。

反射的に手を広げたヴァイツァーの鳩尾めがけ、勢いをつけて体とともに額をぶつけてやったが、精鋭第一騎士団の鍛えられた肉体は硬く、逆にアルーシャは額に軽度のダメージを受けた。

以前より更に筋肉がついている長兄に、アルーシャは内心で大きく舌打ちすると、いじけたような顔を作って兄を睨み上げる。



「兄様ったら、酷いわ。全然家に帰ってきてくれないんですもの。私、兄様に会えない間に後宮に入る事になってしまったのよ?どれだけ寂しかったと思ってるの?私、ずっと兄様に会いたかったのに」

「……変わりがないようで安心した。今日は俺と、もう1人が護衛につく。外は賑やかだが、騒ぎに誘われて外へ出ようとはするな」


「……わかったわ。寂しいけれど、兄様はお仕事中だものね。皆様のお手を煩わせないように、今日は部屋で本を読んでるわ」

「それでいい。セルダンから、明日、追加の侍女を2人よこすと連絡がきた。後宮がこの状況だ。今はそれ以上増やせない」


「ええ。無理を通していただいて申し訳ないけど、助かったわ。シエラだけでは、流石に全てに手が回らないもの。じゃあお兄様、お仕事頑張って。そちらの騎士様も、兄共々よろしくお願いしますね」

「扉の外にいる。何かあったら……大人しく叫ぶか逃げてこい」



壁に飾られたメイスをちらりと見ながら言ったヴァイツァーは、頬を染めてアルーシャを見つめる同僚騎士の腕を引いて部屋を出て行った。

それを笑顔で見送ったアルーシャは、扉が閉まると同時に表情を戻し、ヴァイツァーを殴れなかった事に舌打ちする。


だが、最初の日に来た護衛と違って、ヴァイツァーならば何があっても自分を守ってくれるという安心感がある。

たまにやり過ぎて事態を混沌とさせるが、それはクアラス家の血なので仕様のようなものだ。役立たずよりよっぽど良い。


ヴァイツァーをアルーシャに付けたのは、身内だから気をつかってもらったからだろう。

けれど、身内だからと呼び出すことはできても、近衛の仕事を他の騎士団にさせる事は普通ではない。

最初についた護衛のような失態を繰り返されたなら、信頼できる騎士にと押し通して兄を護衛にできるが、幸い初日以降の護衛についてる近衛騎士達は優秀だ。

なのに、本来近衛か女性騎士がつくところを、精鋭の第1騎士団が護衛に当たる。

きっと、事態はアルーシャが知るより悪いのだろう。


後宮と繋がる隠し通路の情報は、思った以上に多く広まっているらしい。

窓の外から聞こえる、模様替えの音に混じった工事の音の多さに、アルーシャは深いため息をつくとソファに寝そべって本を開いた。




「ああ、そういう事だったのね」



本を眺めて暫く。内容に集中できないままページを捲っていたアルーシャは、ふと、疑問が解消されてぽつりと呟いた。

こんな事態に側室が二人も模様替えをするのが引っかかっていたのだが、恐らく、王族の息がかかった侍女達の進言なのだろう。

でなければ、模様替えを始める前に、侍女の誰かが止めるか、警備をしている騎士の方から止められるはずだ。

増えた工事の音を誤魔化すため、一番荷物と侍女が多い二人を動かしたのかもしれない。

その点でいうと、アルーシャは、侍女が一人だけだし、荷物も多くなく、後宮に上がったばかりなので模様替えには適していなかった。


やっぱり事態は悪化していると思いつつ、引っかかりが解消されたアルーシャは、スッキリした気持ちで本を閉じる。

この数日、本とばかり向かい合っている気がして、そう思うと体を動かしたくなってきた。


部屋で大人しくしているなら、誰にも文句は言われないのだ。

よし、と気合いを入れると、アルーシャはベッドに飛び乗り、鼻歌を歌いながら創作ダンスを始めた。

ゆっくりだが、一つ一つの動きに気を配り、指先まで神経を行き渡らせてするダンスは、なかなかハードな運動になる。


途中で扉が開いたような音がしたが、多分シエラが様子を見に来たのだろうと、アルーシャは気にせず踊り続けた。

シエラはアルーシャがたまにこうして体を動かす事を知っている。

見られたところで、領地にいる時のように、外の木を揺らして木の実を取ろうとしないだけマシと思うだけだろう。

すぐに閉じた扉に、大した用件ではなかったらしいと考えると、アルーシャはそのまま日が暮れるまで体を動かしていた。




何事も無く夜が訪れ、今日こそ何も起きないようにと祈りながら眠りについたアルーシャは、翌朝清々しい気持ちで目を覚ました。

今日の昼間の護衛も長兄だとシエラから報告を受け、ならば今日も仕事を増やさないであげようと、引きこもることを決める。

ツァルニはまだ模様替えを続けているらしく、廊下からは工事とは別の音が聞こえてくる。

他の側室は昨日と同様に部屋で大人しくしているそうなので、誰かから誘いがかかることはないだろう。


そろそ新しい本が読みたいと思いながら図鑑を眺めていると、シエラが実家から来た新しい侍女を連れてきた。

一人はエリス。癖がある黒髪と淡い茶色の瞳をした、小動物を思わせる女性。

もう一人はフレア。金髪と青い瞳をした溌剌とした印象の女性。

どちらも年は28才の長兄と同じか少し上ぐらいだが、既婚で10才くらいの子供がいる。

それぞれの子供は既にクアラス家に雇われて働いているので、暫く後宮に来ても問題がないのだろう。


信頼できるベテラン侍女が来てくれたことに、アルーシャは素直に喜び、二人を室内へ招き入れる。

彼女達にも仕事があるので長居はさせられないが、外の情報を得る事を優先した。



「二人とも、来てくれ助かったわ。ところで、外はどうなっているのかしら?」

「元側室の方々が、既に何名か反逆罪で投獄されています。既に嫁入りしているご令嬢も、離縁されて実家に返される方が殆どです。特に既成事実を盾に妻の座を手に入れた方々は……」

「王都内も、小さな工事が増えて騒がしくなっておりますね。クアラス家の周りは静かですので、そこはご安心くださいませね」


「あらまぁ、この時代に血の嵐が来るの?神殿には何人逃げこんだのかしら?」

「神殿側も、この件には情状酌量の余地無しと門を閉ざしております。ミナリス男爵令嬢の件がございますので、元側室方の行いには良い気分はしていないのでしょう」

「国内の問題ですから、自分達で解決するように……とね。いつも通りの対応ですね」


「そう。なら、こちらは安心して、王家が解決するのを待てばいいわね」

「よくありませんよアルーシャ様。ヴァイツァー様に伺いましたよ。既に色々やらかしたそうではありませんか」

「ですが、それどころじゃないお話を聞きましたね。後宮に、生首の幽霊が出たと聞きましたね。どういうことでしょうかね?」



よーし今日もぐうたらしようとベッドに向かおうとしたアルーシャだったが、真剣な顔をしたエリスとフレアに止められてしまう。

情報ならシエラと交換してから、自分達で探しにいってくれと思ったが、幽霊について問いながら青い顔で震えるフレアに少し考える。



「どうもこうも……他の側室の侍女が、庭に生首が浮いてるのを見たってだけよ」

「そんな軽く言わないでください。使用人達の間では、その話で持ちきりなんですよ?」

「他の使用人の方々から挨拶の次に教えられたのが幽霊の話でしたね。私、幽霊が出るなんて話は聞いてないですね。帰りたいですね」


「今この後宮にどれだけの人間がいると思ってるの?騎士達は昼夜を問わず問題解決のために文字通り奔走しているのよ。幽霊を見たという侍女は、きっと彼らを見間違えたんじゃないかしら?」

「でもでも、その幽霊が目撃されたのが、後宮で逢い引きしていた側室とその元婚約者が処刑された日らしいんですよ」

「見られた幽霊3つで、一組の男女と、もう一人は死の神の使いか、処刑された元側室かもしれないって話ですね。恐いですね」


「それが本当だとして、私が部屋に籠もっていると思う?ただの噂に振り回されていないで、早く仕事を始めなさい」

「……それもそうですね」

「確かに、本物の幽霊なら、アルーシャ様が喜んで捕獲に向かってますね……」



王子と、イルフェンと、茶髪の騎士と。

どれが女でどれが死の神の使いにされているのだろうと思いながら、アルーシャは納得してくれた侍女達を部屋から追い出す。



側室達の騒ぎでかき消えると思っていた幽霊騒動は思ったより大事になっているようだ。

侍女達は投獄と言うに留めていたが、幽霊の正体に元側室と口を滑らせてしまうのは、まだまだ甘いと思う。

容疑者の人数と罪状を考えると、罪を認めた者から毒を呷らせているのだろう。

平時であれば、反逆罪は一族まとめて連座で絞首刑だが、街が静かという事は元側室一人を差し出せば減刑するとでも言っているのかもしれない。


やはり侍女がシエラ一人では、情報収集への支障が大きすぎる。

二人が来てくれてよかったと思いながら、期を見てもう少し侍女を増やそうと考えると、アルーシャはソファに腰を下ろして庭へ目をやった。


二人の侍女は一応落ち着いてくれたが、幽霊話など探せばボウフラのように湧いてくるものだ。

生首ではなく、黒い服を着た王子と近衛なのだが、怯える侍女達に真実を教えてあげられないのが残念である。

この騒ぎ、王子立ちはどう解決するつもりなのだろうか。

というか、自分たちがその幽霊の正体だと自覚しているのだろうか?

どちらだろうと、放置しそうな気がするが、怯えた侍女が宿下がりを願ってくると困るのでうまく解決して欲しい。




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