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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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ネテロスの過去2

「魔法塔という魔法使いの住処が王宮内にある。北の方だ。元々は王家直属のお抱え魔法使いが代々研究室として利用してきた場所だったんだが、ハインリヒ王の頃には使われていなくてな。父上は……魔力の低い子供たちを追い出したあと、そこに残った魔力の高いネテロスたちを集めた」


「保護するために?」


「いいや、そんな清らかなものではなく。そこでは実験が行われていた。ヴィクトル・トルマリンを知っているか?」


名前に聞き覚えがあった。ユリウスは記憶をたぐり、ぱっとカインの顔が浮かんだ。

「“変態博士”か? 称号持ちの冒険者」


ギルベルトは頷く。オーロラはぴんとこない顔をしていたが、話が進むにつれその顔は恐怖にひきつった。


「元は【小さな大陸】の人間だった奴だ。死体に魔法式を刻み、【奴隷人形】と呼ばれる状態にして使役する術を現代に蘇らせた。確かに“変態”だな。――そいつがひそかにこの幸いなる水晶宮殿に出入りして、子供たちに禁忌術を施したと言ったらどうする、陛下」


苦り切った態度である。ユリウスは静かに目を見開く。

「俺の知っている父上は、そんなことをしそうに思えなかった」

「そりゃもちろん、煽った者がいる」

「誰だ」

「コトヴァのじいさんだよ。うすうす気づいていたろう」


ユリウスは天を仰いだ。そこには天井があるばかり、砂糖づけの花びらはすっかり溶けている。


「フェサレアに対抗するため、魔石が必要だった。だから子供たちを石にしようとした。主導したのはコトヴァだが、許可を出したハインリヒ王も同罪だ。変態博士の奴をグリモアの所持者だと思ったんだ。ハ。そんなはずないのにな。そして――アレクシスはそれに気づいて止めさせようとして、」


「待て、まさか……」


「そうだよ。あいつが今なお裏切り者として名を残すのはそのためだ。あいつは……子供だけでも助けようとして、フェサレアに内通したんだ」


十年前の当時、すでに国内秩序は上から崩れつつあった。ラシュカーとクースのいがみ合いに端を発する貴族たちの張り合い、減少し続ける魔石、二百年間一向に発展のない魔法。王宮内でもっとも弱い者が犠牲になる寸前で、麦穂色の髪の青年は彼らを救おうとした。


「いいかオーロラ、覚えておけよ」

とギルベルトは椅子に手を置き、半分天使の青年を振り返る。


「お前の仲間たちを助けようとした人間もいたんだってこと。神官たちに唯々諾々と従って当時のカーレリンを憎んでもいい、でも全員がそうだったわけじゃないんだ」


はあ、と息をついて土色の髪をかき回す。

「俺だって知ってたらアレクに協力したよ……」

沈黙が満ちた。


パニックに陥った天使がよくそうするように、オーロラは羽根を広げては閉じ、閉じては広げた。そのたびにばさばさ風が生まれ、茶も茶菓子ももう口にしたいものではなくなってしまう。


ユリウスは立ち直るまでに数秒以上を要した。彼の中でハインリヒ六世は、追いつこうにも追いつけぬうつろな神の像だった。父王とは違う道をいくのだ、と決めてから、つまりは神官の力を跳ねのけ、貴族たちの調停役ではなく上に立つものとして統べるのだと決めてから、現実はうまくいかず、常に軌道修正を強いられた。そのたび、あらかじめ敷かれた道をそれでもうまく走り抜けた部分については、ハインリヒ王を尊敬する気持ちもあったのだった。


「コトヴァとお前が対立しているのは、それが原因か?」

とユリウスは机の上に置いた両手に体重をかけ、前のめりに聞いたが、


「それだけじゃないが。まあ、それが一番の、な」

とギルベルトは流す。肝心なところまでは触れさせないと言いたげに。


ギルベルトは束ねた髪の先をくるくる回しながら、オーロラにいっそ慈悲深い笑みを浮かべた。

「ところで今、どこに住んでるんだ?」

「り、リリンイアに住まいを、陛下にご用意いただいて……」

「じゃ、もうそこに帰れ。そんで二度と王宮にも神殿にも関わらない仕事を見つけて暮らせ。最初の資金くらいは俺が出してやる」


ユリウスが頷いたので、オーロラはしおしおと立ち上がった。しょぼくれた羽根の先が地面につくほど垂れさがり、心なしか猫背のまま退出の礼をする。


その背中にユリウスは声をかけた。

「ありがとう、オーロラ。お前のおかげで疑問が解けた。お前と家族に、よい一日が末永く繰り返すように願う」


古めかしいが正式な、別れを惜しむ言葉である。


オーロラはますますぎこちなく、何度も頭を下げながら扉を閉じた。彼の姿が見えなくなるとユリウスはひとり言のように言った。銀髪を揺らしつつ、夢を見ているかのような口調で、ギルベルトを見ることなく。


「――コトヴァには俺を殺したい理由があったのか?」

ギルベルトは深く息を吸い、そのまま吐き出す音はさせず、

「五分五分、ってとこだな」

ごく平和な会話の返しのような声だった。


「じいさんは死んだ王と前のカーレリンしか愛してねえからなあ。お前のことを憎んでいても不思議はないさ。あるいは試すつもりだったのかもな」

「お前、知っていたのか」


と問うユリウスの、言外の意味をギルベルトは知っているようだった――治療院が襲われて、ユリウスはマイヤの手を引いて夜の街を走った。マーネセンの領主に助けを求めよう。そのときギルベルトが迎えに来て、そこからすべてが始まった……。


(知っていたのか。俺たちを助けに来たのも嘘の一環だったのか)


確かに――思い返してみれば、偶然にしてはできすぎている。気づかなかったのが愚かだったのかもしれない。


怒りとも悲しみともつかない感情がユリウスの胸にせり上がる。そろそろ三年に差し掛かる年月のうち、ギルベルトはユリウスの隣にいた。彼が半分血の繋がった兄だということを、直感的に納得できるまでになっていた。王の顔を保つことができなかった。


「わかってるよ。そんな飛びかかってきそうな顔をするなよ」


とギルベルトはユリウスから目をそらす。ヴェインたちが落ちぶれて捕まったと聞いたときより、なおひどい失望。


けれど、王はそれさえ許さなければならなかった。たとえコトヴァ老よりギルベルトのその目が辛かったのだとしても。


「最初はネテロスの仕業だろうと思った。矢を射かけるなんてマネ、魔法銃も狙撃魔法もある現代にやらかすのはあいつらくらいだもの。だが後から調べてすぐにわかったよ、やり口が巧妙すぎる。本職の仕業だってな」


ユリウスは頷く。内心を伺わせぬ微笑を、無意識に顔に張り付ける。

ギルベルトのことは、たとえ裏切られようが信じているのだ。それは変わらない。


ギルベルトはユリウスの様子を観察しつつ続ける。


「カーレリンが崩壊してのち、ネテロスたちは散り散りになった。そのうち多くは実験のせいで魔力を消失していた。この意味がわかるか、ユリウス? 元々持っていたものが他人に奪われ、もう二度と取り戻せない悲嘆が」


ユリウスは途端に生まれた頭痛に顔を歪める。もうすっかりなりを潜めたと思っていたのに。


「ああ……わかるよ」

「あいつらは選んで矢を放つんじゃない。矢くらいしか扱えないのさ。銃の訓練も魔法の修行も、何一つしたことないんだからな」


二人は知らないことだったが、ネテロスのそれは【大森林】の中で神官たちに教わった狩りの技術を流用しているのだった。【大神殿】は悪者の巣窟ではない、十年前、流民や孤児を保護し聖域に匿う役目もまた、きちんと果たしたのだ。


「ただの――石として扱われた、と。マイヤが聞いたそうだ。ルシェルに」

「ちょっと待てよ。なんでルシェルが出てくる?」

「マイヤを殺したのはルシェルだ。本人から聞いた」


ギルベルトは子供のように全身の力を抜いた。

「……なるほどね」


鼻を鳴らし、だらりと足を前に投げ出し。何かに疲れたようだった。

どちらもあまりにも疲れていたのかもしれなかった。



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