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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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ネテロスの過去

王の不在中、王権を代行する任を命じられた公爵と、王の後見役である老将軍が対立した。


噂話は瞬く間に水晶宮殿を駆け巡った。王が仲裁に現れたときには双方引き下がったが、その後再び親しく話す仲には戻らなかったそうだ。


彼らは祖父と孫のような関係だった、少なくとも人にはそのように認識されていた。王の愛妾の息子として何もかもを失ったギルベルトに、再びすべてを与え直したのがコトヴァだったのだ、と。


人々はすでに忘れているが、アレクシスという青年がいた。裏切り者のアレクシス。その汚名さえ、カーレリンの復興やダンジョンの爆発といった大事件に隠れていく。汚名さえ残らなければ人は、完璧な死を迎えたに等しい。


ギルベルトがアレクシスを愛していたことをユリウスは知っている。口に出さずとも、思い出話をする異母兄の横顔でわかる。


ギルベルトとしては、過去が美しかった分、どうしても心の棘は残る。そんな意味を持たせたいわけではないのに。


「アンタがアレクシスを殺したんだろう」


と、ギルベルトは決して口にしないが、目がそう言わなかったときはあっただろうか。


あの優しい麦穂色の髪の青年は、父と親友が対立するなんて望まない。だから土色の髪の男は決してそれを口にしない、コトヴァを責めたこともなく、コトヴァの前でアレクシスの名前を出したこともない。


それだけ深い思いだったということだ、ギルベルトにとってアレクシスは何よりも大切な存在だった。彼が死んだあとになっても。


ともかくも、ギルベルト卿とコトヴァ老の決裂は王宮内の決定事項となり、貴族たちは沸いた。それぞれが血筋や利益に沿ってやんわりとどちらかの陣営についた。


その分裂の結果、何が起こるか。内乱が起こった場合、どちらにつくべきか。どちらもそれなりに軍功を立ててきた彼らであるから、実質的な兵力の他に戦後の褒章目当てに味方する貴族もいるだろう……。


このような分裂が起こったとき、唯一調整できるはずの王は実際のところ、無力であった。亡きハインリヒ六世でもできたことが、ユリウス王にはできなかった。


貴族制の悪いところは、大いなる権力を持った個人が個人的な感情で動いたとき、歯止めが利かなくなる場合があるということだ。まさに今がそれだった。


口さがない貴族たちは扇の裏で、使用人たちは休憩用の小部屋でひそひそしあう。――マーネセンなんて新興の都市を優先して、道路で繋いで、王は伝統あるリリンイアや他の諸都市をないがしろにしているのではないか。


人の心は度し難いし、頑なになった老人のそれはもっとほぐしづらい。ましてや王が若ければなおさらのことだった。


いっそコトヴァ老に若い愛人でもいて、そちらから篭絡させることができれば楽だったのだが、彼は妻を亡くして以来完全な独り身で娼館に行くこともない。人狼の一途さが他人となっては恨めしい。


さて、その日は晴れていた。すでに夏を越え、秋が来た。水晶宮殿はある種の緊張を湛え、ギルベルトとユリウスは休憩用の丸い部屋で向き合っていた。執務中の一休みである。貴族同士の対立があるとはいえ、そこは日常の中の一コマだ。


「神官たちの受け入れを決めたって?」

「ああ。政治には極力介入させないようにするが……仕方ない、魔力を持ち魔法の技術がある者が一人でも欲しいのだから」


と、会話の内容が国の方針になるのは仕方ない。


「【白の魔法使い座】の生き残りじゃ手が回らん、か」

と、ギルベルトはカップをかき混ぜながら渋い顔である。寝不足が隈に出ていた。コトヴァ老を完全に無視し、その指示を破棄することを続けているせいで軍閥からの嫌がらせが絶えず、先日もリリンイアの屋敷が放火され水晶宮殿に寝泊まりしたばかりだった。


「そういえば、」

とひどい顔のまま、ギルベルトはユリウスに尋ねる。


「お前の命令通り、魔法塔の連中の捜索は続けているが。そろそろ教えてくれ、あんな魔法使いのなりそこないたちをどうしてそうも追い回す?」


マイヤにことの顛末を聞いてすぐ、ユリウスは侍従武官に帯剣を許し魔法塔に向かわせた。そこはすでにもぬけの殻だった。真ん中の古びた机に、ギルベルトが命じた資料一式がそっくり置かれていた、という。


「そういうお前こそ、奴らに古い伝説なんて調べさせて何がしたかったんだ?」

「それについては……必ず話す。もう少し時間をくれ。マイヤ嬢は元気か?」

「ああ、」


ユリウスは茶菓子の砂糖漬けにした花びらを口に含んだ。爽やかな花の香りと同時に強烈な甘味が抜ける。


「元気だよ」

実際、マイヤは元気すぎるくらいに元気だった。一度死んで蘇ったというのに、そしてその原因がまるでわからないというのに、空元気以上だ。


ユリウスもギルベルトも、マイヤの正体については自分なりの予想を持っている。互いに口に出さないだけで。


「ネテロスというのが神殿の保護下で解散され、この水晶宮殿や貴族の館に分散して潜り込んだというのはどうやら事実のようだな」


と、ユリウスは唐突に口火を切った。ギルベルトはぴたりと動きを止めた。

「どこで、それを?」

「なんだ、真実はそうだったのか。カマをかけたのに」

と、ユリウスは笑う。カップを置き、


「昨日報告があってな。覚えているか? オーロラが同じ神官仲間に殺されかけたと」

「あの天使族の見習いが?――そうか。逸ったな、神官ども」

「ああ。今来ているから呼ぼう。――入れ、オーロラ」


そうして混血の翼持つ赤髪の青年は、静かに姿を現した。一目で重傷から回復したばかりだとわかる有様である。回復魔法の残滓が目に見えるようだ。


彼はユリウスの姿を目にすると、静かに跪いた。

「陛下、僕は……僕は、」


「家族は大丈夫だよ、オーロラ。すでに地方領主の元で保護させている。お前の機転が私を救ってくれたのだから、邪険にするはずがないだろう」


オーロラは羽根を震わせる。品よく畳まれた両翼はところどころハゲていた。王の暗殺未遂の関係者としてひっ捕らえられた際、できた傷の一部だった。


そうして彼は顔を上げ、

「僕が……かつてネテロスの一員だったと知ってなお、お助けくださいましたことに心から感謝いたします」

「ああ。だがまだギルベルト卿は事態を把握していない。説明してやってくれ」

「はい、陛下」

それでそういうことになった。オーロラは語った。


つまりはこういう話である。

ネテロスはハインリヒ六世が支援した魔力持ちの孤児たちの集まりだった、最初は。主導したのは当時の王の家庭教師だった大神官である。


王政が乱れ、王が貴族をまとめきれなくなり、力が必要になった。王に助けられたみなし児の集団は、いくらでも潰しがきいた。


ハインリヒ王は貴族たちの対立を魔力という武力で押さえつけようとし、そして失敗した。彼はよい王だったが、有能ではなかった。


ハインリヒ王は孤児たちに魔力増幅のための実験を押し付けた。一人一人を一騎当千の戦える魔法使いにするために。誰もが知らなかった、優しい王の負の側面である。元々オウル家、カーレリン王国は魔法研究が盛んな国、ましてや前王はマリアンネに始まる魔法使いの血筋であるラシュカー家に近しかった。


ハインリヒ王は国を滅亡から救おうとしていたのだ。その結果が違法な人体実験だったとは笑うしかないが、それでもネテロスの中には王に感謝している者もいた。


「僕のように。僕は……僕と弟妹たちは、そんなに力がありませんでした。だから十年前、王宮が危なくなると、王様はお逃げ、と言ってくださって……地方に戸籍と家を用意してくださったんです。年嵩の仲間が養い親になってくれました。だから戦火に巻き込まれることなく、過ごしてこられたのです。結局親は死んでしまいましたけど」


「そして、神官見習いになったのか」

ギルベルトの問いにオーロラは頷いた。


「ハイ。田舎では、そのくらいしか選択肢がなかったんです。そしたらまた水晶宮殿にお邪魔することに。戸惑わないわけでは、ありませんでしたが」


と、言いよどむ。ギルベルトとしては、俺が幼少期過ごせなかった王宮で、父王の膝元で育った子供、それも孤児ごときがいたという事実はむかっ腹立つものである。あと十年若ければ目に見えて不機嫌になっていたに違いない。


それで? と王に続きを促され、オーロラの話はたどたどしくも続いた。


「僕は……あの、暗殺の実行犯を存じております。王様に矢を射かけるなんて」

ぶるりと身震い、羽根も一緒に縮こまる。


「あいつは、デュアって言います。ネテロスの一員で、僕たちと同じようにどこかの地方に逃げていたんだとばかり、思っていました。木の上にあいつがいて、すぐわかりました、幼少期に同じ魔力を共有した仲ですから。ルシェルもヴィーもキリィも、みんなハインリヒ王陛下の子供たちなんです……」


「私の知る限りでは、ネテロスはオウル家を憎んでさまざまに害意を表明している。私も、襲われたのはあれが初めてではない」


ええっ、と悲鳴を上げ、オーロラは愕然とした。その表情、ピンと浮き上がりかけた羽根の動きは演技とは思えない。


「王宮に残った孤児たちはどうなったのだ? 私になんの報告も上がってこない」


とユリウスが言うのは、むしろギルベルトに聞かせるためだろう。彼はため息をつき、異母弟に向かって降参、と手を上げた。


「それは俺が話す。――オーロラは下がらせてやれよ」

「いいや、聞いてもらう。彼には知る権利がある」


オーロラは羽根を震わせ、オロオロするばかりである。王と公爵がそのように言うので、そう決まった。ギルベルトはオーロラを極力視界に入れないよう、顔を斜めにしながら口を開いた

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