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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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対立とむつみ合い


(早く、早く、早く!)

公爵は足早に先を急いだ。


大昔のことだ。ギルベルトが小姓として水晶宮殿に上がってすぐの頃。ある昼下がり、彼は図書室で偶然、ハインリヒ王と出会った。王が父だということは知っていた。あの偶然が本当は偶然なんかじゃなかったことも今ならわかる。


父王は言った、魔石の秘密を教えてくれた。今になってそれがぐるぐる、ギルベルトの頭の中を巡り巡る。


――始祖イシュリアの最初の王妃であったマリアンネ様は、大魔法使いアルダリオンの直弟子だった。優秀な魔法使いだったんだ。彼女は死期を悟ると師匠と夫に頼んで自らを魔石となした。


――魔石になった彼女をアルダリオンはさらに加工して、金の輪に嵌め込んだ。そうして我らの【王冠】ができたのだよ。


これは秘密だけれどね、と亡き王は付け加えた。幼いギルベルトははじめて知る父の膝に胸がどきどきして、ろくすっぽ理解が及ばなかった。ただ、その言葉を漏らさず記憶しようと神経を研ぎ澄ましていたことを覚えている。これが最後の触れ合いなのだろうと、なんとなくわかっていたから。


――アルダリオンは【王冠】に加工する前のマリアンネ様を、すこうしばかり削りとって指輪にしてしまった。そして指輪の方は、自分が持とうと思ったんだけど、夫である始祖イシュリアがあんまり泣くものだからカーレリンに戻してくださったんだ。それが【王の指輪】だよ。


どうして? とギルベルトは聞いた。なぜそんなことを?

さあてね、とハインリヒは答えた。柔らかい微笑みに日の光が差す。


――でもそのおかげで【王冠】は、【王の指輪】がある限り存在しているとわかるようになったのだ。ふたつは元より同じものなのだから。


――だからもし、【王冠】と【王の指輪】のどちらかが紛失しても大丈夫。カーレリンの国が存在する限り、そのふたつは必ず存在しているんだ。【王冠】と【王の指輪】がなければ、あらゆる儀式も祭祀も失敗する。ふたつの神器は太陽と、三つの月と、星に繋がる、国の魔力の要なんだよ。


ギルベルトは魔法塔へと駆けあがる。もはや他人の目など気にしている場合ではなかった。


そこにいるのは【白の魔法使い座】の生き残りたち、力が弱く、あるいは長く魔法を使い続けたため魔力を失い、現在のダンジョン調査に赴けなかった者たちがひっそりと暮らしている。哀れな子供たちばかりだった。


ハインリヒ六世は優しいばかりで政治に関わらなかったが、それ以上に魔法研究に没頭した王でもあった。彼の遺した研究や論文、魔法書はかつての理論の再論や焼き直しがほとんどだが、再構築された論のわかりやすさは本職の魔法使い、学者にも引けを取らない。


それらすべてが魔法塔に収納されていた。フェサレア兵士による略奪を免れたのは、その管理を任された老いたる魔法使いが己の命と引き換えに守ったからだという。


魔法塔にはカーレリンの魔法研究の系統が、すべて保管されている。クロノトエルには遠く及ばないまでも、二百年に渡る蓄積である。


ギルベルトは塔の最上階まで上り、そこにはいつもと変わらずローブに身を包んだ彼らがいた。魔力を失い、ほとんど塔から出ることもしないでいる彼らが。


「論文を残らず当たってくれ。【王冠】と【王の指輪】についての記述があれば、どんなものでも知りたい」


と彼は、開け放した扉を閉めることもせずにそういった。その日は曇り。太陽は顔を見せない。薄暗い部屋の湿った空気の中で、魔法使い未満たちは身を固くして彼を見つめる。


「とくにラシュカー家のマリアンネについての記述を集めてほしい。些細なものでも構わない」


と、続けると、一団の中からひときわ輝くように美しい娘が歩み出る。ルシェルだった。


「わかりましたわ、若様。いつまでに」

「すぐにだ。頼む」

「かしこまりました」


それで彼らは動き出し、ふとギルベルトは気づく。彼らがみんな、同じような顔で同じような動きをすることに。


魔法使いというのは得てしてそういうものだが、同じところで生活していると魔力が均一に均されていく。内臓同士が共有されているようなもの、らしい。


ギルベルトはぎくしゃくとそこを後にした。彼らはもはやギルベルトを視界に入れていないようだった。


決して口に出すことはすまいが、

(気味の悪いものを、二つも見た――)

という思いが拭いされない。


ギルベルトはクース家の侍女から生まれた私生児、カーレリン人として魔法への尊敬と親しみは持っている。しかし戦略家で多産のクース家の気質には、内にこもる学者気質で閉塞的なラシュカー家の魔法狂いは気違いじみて見える。同様に、一つのことに邁進したときの魔法使いたちのことを、彼は自分とは違った生き物として見ていた。魔法に関わる者たちは、皆一様にどこかおかしい。


さて、彼が魔法塔から降りると、そこにはずらりと人狼が並んでいた。軍服を着ている者、平服の者、他国からの使者をもてなしでもしていたのか礼服の者、さまざまである。


真ん中に陣取るのはコトヴァ老である。この老人はすっかり足腰も立たなくなりかけているというのに、まだ権力を手放すことはない。


「これはこれは、どうなさいました、閣下」

とギルベルトは気取った一礼を捧げてみせたが、誰もにこりともしないのだった。


「ギルベルト卿、貴殿は……あまりに自由に動きすぎたな」

とコトヴァ老は言う。顎髭はすっかり量を減らし、鋭かった眼の周りが落ちくぼんでいる。


ギルベルトは笑みを絶やさないまま、あれほど怖かった人間の凋落に目を見張るばかりだ。人狼は人狼であるというだけで集められたのだろう、職種すらバラバラではまとまるものもまとまるまい。数は二十人ほど。それだけ集まってもらえる人望は、ギルベルトには羨ましい限りである。だがそれだけだ。


「お見限りですね。俺がいったいどうしたっていうんです? いつだって俺は、陛下とあなたの忠実なしもべですよ」


「公爵位を与えられ、王家に次ぐ名家の立場に至って慢心したか。陛下がああも堕落したのはそなたのせいであろう」


そら来た、とギルベルトは天を仰ぐ。こうくるだろうとは思っていた。コトヴァの中でギルベルトは自分の小間使い、孫、あるいはそれに似た青年であり、つまりは彼が面倒がる仕事は全部やる立場なのだった。若い王の放蕩を諫めるだとか。


「誰がそなたを取り立ててやったと思っている。しょせんクース女の子にすぎないお前を」

とまで言ってしまえば、その関係ももはや終わりである。


ギルベルトはまっすぐにコトヴァを見据えた。彼には公爵としての家と使用人と、そして軍勢がいた。王の覚えもめでたい。遅すぎる反抗期が来たとしてもおかしくはなかった。



***


ユリウスが正気づいたのはその日の夕方に入ってからである。窓の外、曇り空の雲は分厚い。今夜は雨になるのかもしれない。


ユリウスの愛情表現はごく子供じみている。頬にキスして唇にキスして、額にも指にも耳にも同じようにして。乳房をいじくって、抱きしめて、相手が自分を拒まないとわかって安心したら、ほっと全身の力を抜く。そんなふうに同じ寝台でマイヤのことをずっと抱きしめて、じっとしていた。


彼はやっと身体を起こし、肩が変なふうに固まってしまったのだろう、ごきごき鳴らしている。


マイヤはといえば、血流が落ち着いても頭痛が消えず、寝転がって唸るしかできない。それでもだいぶんマシになった方なのだから、やはり人肌は偉大だ。


さすがに足を開かせることはしなかったが、それに近しいことはした。熱の名残りが奇妙に腰に溜まって、欲求不満にいらいらするのをユリウスはぐっと飲み下す。


「ユリウス、聞いてほしいことがあるの」


とマイヤは弟の手を借りて身を起こした。自分が聞き知ったことをやっと伝えることができたのに、まず安堵が先に立つ。


魔法塔にいる美しい娘に殺されたことを言葉少なに伝え、ユリウスの眉には皺が寄り、次に、あの治療院での出来ごとを伝えた。


「確かに人狼だったか?」


とユリウスが確認するのは、姉を疑っているわけではなく自分を納得させるためだ。彼女が味方だと言うことは骨身に染みてわかっているから。


「たぶん、間違いないと思う」

そして疑われれば自信を無くすのがマイヤだった。

「ん。大丈夫。わかったから」


とユリウスはマイヤの頭を撫で、黒髪がいつもの手触りなことにほっとした。

窓の外では雷鳴が響いていた。どこかとても遠い土地で嵐が生まれたらしい。


「あんたに会わせたい人がいる。多分、向こうも会ってくれるだろう」

「わかったわ」

「この状況について知っているのはあの人しかいない……」


ユリウスの髪の毛は自らかきむしり、またどたばた暴れるマイヤを抑えたりしたせいで乱れに乱れていた。十六歳の頃より伸びた髪は、コヤの街なら女の子みたいだと大人たちの目を厳しくしたことだろう。王宮の人たちは長髪を好む。丁寧に香油で手入れして、その余裕を愛するのだ。


マイヤは枕元の小さな棚から櫛を出して、銀髪を整えてやった。ユリウスは飼い主に懐くドラゴンのように目を細め、くるくると喉が鳴る。


おそらくわざと響かせているのだろう足音がした。使用人が姿を隠すための小部屋、裏に隠された通路に直結したそこから声がする。


「陛下、お知らせです。ギルベルト卿とコトヴァ様が反目なされております。仲裁くださらねば貴族たちはまっぷたつに割れるでしょう」


かつてフリードリヒからもらった双子の人狼の片割れ、ルルと呼ばれるルーシィである。声変わりを終えて潜められた声は低い。


ユリウスの身体が硬くなり、同時にマイヤの腕をやわい力でぎゅうっと掴む。

「行って」

とマイヤは彼の胸を押した。


「私は大丈夫。それにホラ、見えないところで見ていてくれる人、つけてくれているんでしょう? なら何があっても平気だわ」

「だが――」

「行ってくれなきゃ嫌いになるよ。私に嫌われてもいいの?」


まったく同じことを十歳の時も言っていた。十二歳のときも、十六歳のときにも。


ユリウスは一瞬、平衡感覚をなくすほどの懐かしさに襲われる。いったいどれほど――遠くまで来てしまったことだろう。


「わかった。部屋から出るなよ」

「わかってるわ」

脱ぎ捨てた上着を羽織るユリウスに、マイヤは小さく手を振る。

「いってらっしゃい」


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