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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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はじまりの王

始祖イシュリアは柔和だった。土色の髪そのものに。少し垂れた目尻が微笑むときゅっと上がり、人好きのする笑みになる。その微笑みのまま、

「ちなみに時間はそんなにないよ。効率的にね」

と、血も涙もない声音で言う。


ユリウスはその真正面に座り、聞きたいことを聞くことにした。他ならぬ始祖が言ったのだ、嘘であるはずがない。彼は若者らしく焦り、それを悟られまいとした。すべてお見通し、と言うように首を傾げる始祖の顔が誰かに重なって見える。


「カーレリンの王には誰であってもなることができる、というのは本当ですか?」

「ワオ。いきなりそれ聞く? 答えはそうだよ、イエスだ。俺とマリアンネで相談してそう決めたんだ。あの子は身体が弱かったから」

「あの子というのは――」

「二代目。俺の跡継ぎ。イシュリーン」


先妻マリアンネのラシュカー家と、後妻エレーナのクース家。カーレリンを一度は崩壊せしめた、二大貴族の台頭と没落とそれにまつわる多くの諍い。それに翻弄され続けた、治癒王イシュリーン。


歴史に思いをはせている場合ではない。ユリウスは腹の下に力を入れる。


「このダンジョンはいったいなんなのですか」

「【大森林】に溜まった魔力の発露、だとアルダリオンは言ったけれど。俺も詳しいことはわかんないや。ごめんね」


と、にっこりする。笑顔や謝り方が、そうだ――あまりにもギルベルトに似ている。


「かいつまんであげようか。――ダンジョンはいつでもここにある。女神の怒りに触れた古代都市の末路だとか、この場所は彼らの聖地だったとか、そんなことは今の時代には関係ないだろう? つまりこう」


彼はいつの間にか手にしていたカップの中の花茶に指を浸し、テーブルに図を描いた。


「ダンジョンは、ある。魔物がいる。俺はこれに昇って王の資格の聖剣を得て、カーレリンを統一した。ここまでは知ってるだろう?」

「はい」


「王になった俺は聖剣をダンジョンに戻した。これも知っていよう。じゃ、なんでかわかるか?」


ユリウスは答えられない。彼にとってそれは伝説の中の話である。

始祖イシュリアは子孫の反応にむしろ気をよくしたようだった。


「目が泳ぐところ、エレーナに似てるなあ。きみはラシュカーなのにね。何度かクースの血が混じった末の結果かね? あは。――ダンジョンがいつまでも地上にあるとね、いつか魔力が溢れるんだ。経験済みだろ? 大爆発を起こすんだ」


頭がくらくらした。

あの悲劇。

ユリウスは手を拳に握りしめる。


「だから鎮めなきゃいけない、地下深くまで追いやらねばならない。物理的にも、魔術的にもね。聖剣にはそのための楔になってもらい、俺はアルダリオンにマリアンネの身体を使ってくれと頼み、【王冠】と【王の指輪】を作ってもらった。これこそが王を選ぶ神器だと教えを残し、【大神殿】の記録簿と連動させた。あの頃の【大神殿】にはカーレリンが心底信頼できる神官たちが多くいた。俺の旅の仲間とか。今は違うようだけれど」


「ええ、おっしゃる通りです。苦労しています」


始祖イシュリアはふふっと人間臭く笑う。その顔、今度は湖面のような澄み切った色をする目の色で、ユリウスは彼に今のカーレリンや子孫、民を助けるつもりがないのを知る。そんなことをすべて超越して、今の彼がいるのを知る。


「重要なのは、【大神殿】の記録簿に名のある王の血筋の者が、カーレリンに君臨すること。それさえあれば聖剣は、ああ俺の持ち主がまだいるなって安心して、楔の役目を果たしてくれる。でも」


「王国は一度滅びました。まさか、それが……」

「そういうこと。今はもうないんだ、聖剣」


彼はくぴりと花茶を飲んだ。ユリウスの手元にも、寸分たがわず同じカップで同じ茶が出現した。


「もう、どこにもないんだ。粉々に砕け散った。主の、俺の血筋の国が消えたことに絶望して。ダンジョンは抑えがない状態だ。あんな小手先の抑えを施したって無駄さ。塔が地上にある限り、永遠に爆発の危険は付き纏う」

「どうすればいいのですか」


ユリウスの声は静かである。始祖イシュリアは足を組みかえる。頬杖をつく。手首、足首にごく細い金の鎖で巻かれた、花の形の宝石細工がしゃらんと揺れる。


「ダンジョンを再び地下に鎮めることだね。そうすれば【大森林】の木の根っこたちが魔力を取り込んで、吸い上げ、【大森林】に還してくれるよもっとも、楔は必要だけど」


「何か、大きな力持つ魔道具を……」


ユリウスは頭を必死に回転させたが、魔法に詳しくない彼には限界がある。


ダンジョンが地上に存在しなかった二百年あまり、カーレリンの魔道具は使い古され、魔石は取り尽くされた。どちらもダンジョンが存在した時代には潤沢に存在した資源だったが、時代の流れ、人の欲望に応えるだけの数はなかったのだ。二百年ぶりに出現したダンジョンが賑わうわけである。


始祖イシュリアは気の毒そうに肩をすくめ、子孫を見やる。


「古い時代のダンジョンには、こんな封印は必要なかった。爆発の危機もなかったよ」

「それは、なぜ?」

「魔法の勢力が優勢な時と、そうじゃないときというのがあるらしい。詳しくはアルダリオンに聞いてみな。知り合いだろ?」

「いいえ、そんなことはありません。大魔法使いアルダリオンは、伝説上の人物でしょう?」


と、ユリウスは本気で否定したが、始祖は不思議そうな顔である。


「あれ? そんなはずはない。あいつは余裕で生きてるぞ。そもそも十年前、異世界に行ってしまった君たちを連れ戻したのはアルダリオンなんだもの」


――初耳である。


ユリウスの顔がよっぽど面白かったのだろう。土色の髪を揺らしイシュリアはけらけらと笑い出した。底抜けに明るい、気のいい青年の声だった。ユリウスは久しぶりにヴェインのことを思い出した。


「ま、機会があったら会えるだろうよ。あいつはあっちの世界とこっちの世界をフラフラして、今日も伝説を打ち立ててるんだから……」


と、始祖はばっさり会話を打ち切り、さあて、と伸びをした。


「聖剣に代わるものさえあれば、ダンジョンは封印できるよ。今回はオマケして、俺も爆発を抑えるのを手伝ってやろう。子孫だもの、特別扱いでね」


「ありがとうございます。心から感謝申し上げます」


ユリウスは立ち上がり、身体の前に腕を上げて頭を下げる最敬礼をする。うんうん、機嫌のよさそうな始祖の声がつむじに届く。


(あ――そうか)

と、気づいたユリウスが顔を上げる前にぐにゃりと世界が歪んだ。

ふふ、と青い目を細め始祖イシュリアが笑う気配。


(どうして気づかなかったんだ? あるじゃないか、この世に、この国には。巨大な魔力を秘めた魔道具が、ふたつも)


頭の中に靄がかかり、目の前が真っ白になる。目をつぶったユリウスに、始祖の声は追いつき、上から振ってくる。


「お前の考えであってるよ、その通り。【王冠】と【王の指輪】を楔にすればいいんだ。ただし【王冠】と【王の指輪】は相互に補完し合う関係だから、どっちかが欠けたらダンジョンの抑えは効かなくなる。――さあ、あとは探すだけだな、【王冠】を……」


頑張れよ、と続いた声は情けなくなるほどに甘く響き、ユリウスは束の間、自分が六歳の子供に戻った気さえした。何も覚えていないハインリヒ六世王とその王妃、生みの親たちに、ほとんどはじめて申し訳なさを覚えた。


そうして彼は現実に戻ってきた。

「――陛下?」


と訝しむ声を上げたのはタイタスで、その横では老女の魔法使いが顔を白くしている。自分が触れさせた魔法式のせいで王が自失した、とあっては責任はタイタスまで及ぶだろうから、当然のことである。


「いや、大事無い」

ユリウスはゆるく首を横に振った。


「――始祖イシュリアと話した。今回の爆発は、なんとか切り抜けられるそうだ」

「なんと?」


と、半分信じて半分疑うような声を上げたのはタイタスだが、同時にわあっと歓声があがり、見れば魔法使いたちが中空に浮かぶ金色の文字に驚いているらしかった。ぱっと浮かんでは消え、浮かんでは消えるたくさんの文字は、ユリウスには魔法式に使う古代文字であることしかわからない。


「な? 言った通りだろう」

とユリウスは肩をすくめ、老女は夢見るような表情で頷いた。視線はすっかり、宙に浮かぶ数多の式に釘づけだ。


「すごい……これは大変な発見です、陛下。閣下。今はもうない魔法式です」

「写しにいくがよい、私は構わん」


ユリウスが手を振ると、老女は深々と一礼し仲間の方へ歩み去る。ほとんど小走りだった。


新たに浮かんだ魔法式と、魔法使いたちが描いていた魔法式の間で火花が散り、融合と協力が生まれているのが魔力なき者たちにもわかった。見る間に階層の空気が変わり、ひりつくような焦燥感が霧散していく。


――人間の勝利であった。


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