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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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美しい暗殺者

マイヤは目を覚ました。部屋は地下牢のままであるが、調度品が運び込まれ、かなり暮らしやすい環境に整えられていた。ただ、カビくささと湿気ばかりはどうにもならない。


(水)

と思って手を伸ばしたが、水差しは見当たらない。諦めるしかなさそうだった。


魔法使いたちによる“検査”は、確かにつらいものだった。体内を看る透過のための魔法を用いられ、身が焼けるような思いをしたし、魔法式の描かれた絨毯の上に乗って魔力を搾り取られるのは、内蔵をナイフでかき回されるようなものだった。あれは経験したことがない者にはわからない感覚だろう。痛みがあり、熱があった。


しかし調べても調べても、マイヤは魔力を持たない普通の人間でしかないようで、魔法使いたちは首を傾げた。


マイヤによるあの暴走を、魔法使いたちは喧々諤々議論する。あまりに魔力がありすぎる幼児が稀に起こす事故に例える者がいて、いいやあれはそうではない、おそらくこの人の身体には魔石と反応する金属成分が埋まっているという者がいる。


確かなのはマイヤが危険な存在であり、地下に軟禁されなければならない人間なのだということだけだった。年若い魔法使い見習いなどは年配の者が見ていない隙を狙って、


「陛下に飽きられちゃわないか心配じゃない? そしたらもっとひどい実験をされますよ!」


など、ガラスの管に繋がれ動けないマイヤにわざわざいいに来たりする。まだ少年といっていい年の彼の目には憎しみがあった。もしかして、身内か親しい人をマイヤに殺されたのかもしれない。


とはいえせいぜい日に二、三刻のことだ。身体的な負担はそこまででもなかった。殴られるわけでもお風呂の水に沈めらるわけでもないし、食事だって三食もらえる。しかもパンとスープと肉か魚の一品、野菜が二品もついてくる。水だけでなく、赤ワインも飲める。贅沢を言ったら罰が当たる。


一人で食事をとることが続くと、マイヤはふいに昔を思い出すことが増えた。あの頃は毎日死にたいと思っていたが、そこまでかわいそうな子だったわけではない。そんなにひどく殴られたわけでも、本気で殺そうとして水に頭を押しこめられたわけでもない。食事はきちんと一汁三菜、ママが作れないときは菓子パンがあった。もらえないときもあったが、翌日には学校にいけて給食があった。


ユリウスがこれをしろと言って、すまないと謝って、殺されることはないとお墨付きをくれた。

ならマイヤはユリウスを信じて、待つ。確かに、明日も明後日も痛いだろう。でも――それだけだ。それだけなのだ。


さて、そろそろ晩ご飯を運んできてくれる女中が来る時間だった。マイヤは苦労しながら寝台から起き上がった。水も一緒にくるはずだ、あと赤いワイン。葡萄酒のおいしさに最近目覚めたところだった。それが楽しみでもあった。


彼女が髪の毛を借り物のブラシで整え終えたところだった。鉄の扉の向こうで台車の転がる音がした。


食事は数少ない楽しみであったから、マイヤは破顔して手早く髪をまとめ終える。


足首からは相変わらず魔法の鎖が床に続いており、取りに行くことはできない。コンコン、と扉がノックされ、さすがに木の扉よりは伝わりづらかったけれども、


「はい」

と弾んだ声でマイヤは返事した。


入ってきたのは驚くほど美しい娘だった。下級の召使いのお仕着せの茶色のワンピースドレスに白いエプロンをつけ、おっかなびっくりの歩みはのろい。渦巻く赤味をおびた金髪をほおかむりで抑え、ピンク色の目は伏し目がちである。


娘はマイヤの前までくると、卓の上に盆の上の皿を並べた。まだ湯気をたてるスープと、今日は川魚に白いソースをかけたお皿、パンはふわふわの白パンで、豆と豚の臓物の煮込みと葉物野菜の漬物がついていた。ごちそうである。


「どうもありがとう。寒いところで大変でしょう」


とマイヤは声をかけたが、娘はこちらに目をやりもしない。返事がないのには慣れていたのでマイヤも気にせず、さてさて彼女が下がったらさっそく食事にありつこうとうきうきした。

娘はワインの瓶と足のついたグラスを並べ終えると、


「あなたが本当にあの石とは思えないわ」

と言った。

「え?」


と聞き返すマイヤ、完全に視線は卓の上に奪われがちで、注意力散漫なのはいつものことかもしれないがそれにしてももう少しやりようはあったはずだった。疲れていたのだろう、血をとられたし、魔力を吸われたし、何度も何度も計算式をやり直し、痛かったから。


娘はエプロンの下からさっと短剣を取り出した。柄は白金で、その上に娘の目の色のように美しいルビーの刃がついていた。マイヤは弾かれたように立ち上がり、じりじりと後ろに下がった。


彼女が下がった分だけ、美しい娘は前に出る。手慣れたような動きだった、足音を殺すのに、人を殺すのに、なんの苦労もしていないように見えた。


「――私を殺して、無事にお城から逃げ出せると思うの?」

「心配しないで。私は上手なの。痛みもなく一瞬で終わらせてあげるから」


子供を宥める口調である。まなざしはいっそ優しく、本当にマイヤがだだっ子であるかのよう。


マイヤは忙しなく視線を送って逃げ道を探したが、そんなものはどこにもなかった。逃げられないよう設計された牢だ。調度品は色々あったが、絨毯だの本だのが中心で、針の一本もなければ暖炉には火かき棒さえ刺さっていない。大声を出そうにもここの防音性は完璧であるし、さっきから看守の足音がしない。どうかされたのか、殺されたのかもしれない。


万事休すだった。


「どうして私を殺したいの?」

「私は殺したいわけじゃないけど」


娘は小首を傾げた。暖炉の火を反射してなお赤い金髪が、シャラララッと肩から流れた。


「あなたを殺すことで王様が苦しむなら、それは私たちの喜びなのよ」

「――殺されるわよ、ユリウスに。あなたも仲間も」


マイヤはできうる限り低い声で忠告した。

「彼は私を殺した人たちのことを許さないわ」


美しい娘はほのかに微笑んだかに見えた。小さな赤い唇がちょんっととんがって、さも面白そうな声でころころ笑う。


「ええ、ええ。ハインリヒ王もそうだった! お気に入りの侍女が毒を盛られて。彼は私たちに命じたわ。王妃を殺しちゃえって。オウル家はいつもそう。愛する人のために何かしようっていうと、破壊しかできないの」


「えっ……?」


「でも、それで王妃側の貴族が怒ってね。フェサレアを引き込んだの、最初はカーレリンを滅ぼすつもりなんてなく、王への威嚇行為のつもりだったんでしょうけど。ざまあなかったわ。自分から死んじゃうんだもの」


マイヤはいよいよ部屋の隅に追い詰められた。娘のピンク色の目がきらきらと喜びに煌めいた。十五、六にしか見えない娘が、十年も前の話を知ったふうに言う。


「あなた、なんでそんなことを知って……」

「私たちは見ていたわ。ずっとずっと、見ていたのよ。何もできないまま、石にされて」


娘はだんっとマイヤのすぐそばの壁に片足を叩きつけた。ふわふわしたいい香りにマイヤは包まれる。スズランの花の精油の匂いだった。そのままルビーの刃に脅されて、マイヤはずるずると冷たい床に膝をつく。暖炉の熱はぜんぜんここまで伝わってこない、すぐそこに鉄の扉が、その向こうに逃げ道があるというのに、動けない。


「最期に教えてあげる、私たちはネテロス。名乗った覚えなんてないのにね、そう呼ばれているの」


美しい顔が婉然と微笑むと、スズランの香りがさっと立ち上った。


「ネテロス、ネテロスってね、死んだ石って意味なの。その通り。私たちはこれまで死んでいた。魔力を吸い尽くされて殺された、魔法使いにだってなんだってなれたはずの子供たち。――さよなら、カーレリン王の愛人。私たちはお前たちを許さない」


そうして刃が振るわれた。赤い、赤い、鮮烈な軌跡があやまたずマイヤの喉をえぐった。彼女はようやく悲鳴を上げたが、すでに声帯に入る息はなく。


「……かわいそう。あなた、王に愛されたからって強くなった気でいたのね」


と、嘆く美しい娘の声が、ピンク色の目が、マイヤが最期に見た景色になった。



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