対抗策2
マーネセンがからっぽになり、残るのは兵士と騎士ばかり。いや、ごく一部の者、酔狂な独身者や新聞記者なんぞは街に隠れて居残っているのかもしれないが、そこまでは面倒見切れない。
ダンジョンに上ることができたのは、マーネセンに到着して次の日のことだった。
王が直接不可思議なる迷宮へ突入することに、反対意見は多々あった。わざわざ小型ドラゴンでマーネセン城に乗り付けて苦言を述べる、迷惑千万な貴族すらいた。しかしユリウスは強行した。
ひとつには、二度と爆発による被害を出さないため。もうひとつには――マイヤのやらかした人死にを、ダンジョン爆発被害防止の功績で塗り重ね人々の記憶から消すためである。
結局のところ、王の言動にはあらゆる人々が注目し、次の噂が現れれば前のは忘れられる。彼にはそうしてやる義務があった、マイヤは……ユリウスにとってなくてはならない存在だから。
ユリウスには確信があった。ダンジョンは必ず、人間の手で制御できるという確信である。
かつて始祖イシュリアはダンジョンに上り、最高峰にて王の証を手に入れカーレリンを打ち立てた。すなわち最高峰に上るすべは、確かにある。そしてマイヤに出会ったあの異世界へ続く道――あれもまた、ダンジョンの中にあった。
――【王冠】や【王の指輪】といった魔道具。異世界への扉。始祖イシュリアの伝説。
三つは繋がっている、とユリウスは考える。
誰にも伝えていない、伝えれば御伽噺だと失笑されてしまうだろう仮説だし、そもそも魔法使いですらないユリウスの考えは理論立っておらず荒唐無稽だろう。
どこかに鍵があるはずだった。仮説を裏付ける証拠が。神官か、あるいは魔法国家クロノトエルがそれを持っているのではないかと考えたときもあった。しかしクロノトエルの技術はフェサレアに統合される過程でほぼ消滅し、人材は戦争で失われた。空中王宮を浮かせていた技術さえ、早々に失われつつあるのが現状である……。
ダンジョンを見るのは数えてみれば二年ぶりだった。十八歳になったユリウスの目に、それは変わらず白くまばゆく美しい。
王の一行とマーネセンから選りすぐりの騎士が選ばれ、大将はユリウスが勝ち得たがこれは名目上のことだろう。実質的な権限はリリンイアから連れてきた、剣の師匠でもあるハンスが取り仕切ることになる。リリンイアの統治とギルベルトに一時任せてきたように、ユリウスは多くの配下に恵まれている。
「陛下、クロノトエルからの協力の申し出はいかがなさいますので?」
とハンスが聞くことには、耳の速い隣国のおせっかいにカーレリン人として苦々しい思いがあるばかりではない。まだ年若い王が緊迫した局面においても正しい判断を行えるのか、師の一人として試しており、その背後にはコトヴァの采配がある。ユリウスは首を横に振った。
「クロノトエル人を受け入れれば他国の介入を招いてしまう。ただでさえ私に娘をとご厚意をくださる議員貴族が多いのだもの、そんな隙は見せられないさ」
ハンスは満足し、納得したようだった。
さて、一行はダンジョンへと足を踏み入れた。リリンイアから同行してきた神官の一人が早口に説明する。
「よろしゅうございますか、陛下、魔法使いたちが取り組んでいるダンジョンの一画一画にのみおみ足をお運びくださいませ。そこで魔法使いたちは気脈を制御しておりまする。つまりは魔法式をダンジョンの壁に書き込み、爆発に至る膨れ上がったダンジョンそのものの魔力を土地に流すのでございます。さすればその先にあるのは【大森林】。偉大なる聖なる木々がすべての悪い魔力を吸い取ってくれましょう。よろしいですか、おわかりくださいますか」
と、もはや出店の小商人の売り文句である。
対抗策の内容はだいたいギルベルトに聞きかじった通りであり、ユリウスは競歩のような速度で足を勧めながら頷く。
「わかっている、わかっている。そう急くな。私は事前の説明はよく聞いて、頭に入れておくほうなんだ」
騎士たちの間から温かみのある笑いが漏れた。皆、兜にマントまでつけた重装備である。
騎士に守られるようにして真ん中を進むのが魔法使いの一団で、それぞれローブのフードを被って神妙な面差しだった。それぞれリリンイア、神殿、そしてマーネセンから派遣された一流の魔法使いたちだった。それでも数はあまりに少なく、この一団はたったの十人ほど。今もダンジョン奥で交代で作業を続けるのは三十人ばかり。重ね重ね、【白の魔法使い座】の構成員を失ってしまったことが手痛い。
マイヤが殺したのは、魔法使い八名、侍女六名、侍従十一名、それから小姓が一人。老若男女問わず、平等に吹き飛ばして殺した、まるで魔物が衝撃波で冒険者を薙ぎ払うように一気に。
今は地下牢で残った魔法使いたちから慎重に身体を調べられているだろうマイヤのことを、ユリウスは強いて頭から追い出している。もし彼女に傷をつけたら殺す、とまで言い置いてきたので、そしてマイヤは王の寵姫のようなものだから、万一にも傷つけられる心配はないはずだ。だがそういったすべてと、心配は別物である。
入るたびに地形の変わるダンジョンだったが、どうやらそれも魔法で解決できるらしい。入るときの入り口の方角や角度、前の階の地形を覚えておけば次もだいたい予想できるらしく、ユリウスとしてはこんな技術があるなら早く民間に公開して、冒険者を少しでも楽にしてやればいいのにと思った。口には出さないが。
「我々魔法使いの努力と研鑽、そして法則を見つけ出す特有の感覚により発見された技法です」
とリリンイアから来たいかにも学校育ちのハーフリングの魔法使いが胸を張るものだから、ああそういうものじゃないのか、とわかったからというのもある。
魔法使いたちの同族で固まりやすく、技術を出し惜しみ、それに誇りを持つところはカーレリン人の特性そのものだ。いつか王の力で変えていけたら、カーレリンはもっと発展するだろう。
そうこうしているうちに一行はダンジョンの奥、五十階まで駆け上がった。壁に斜めにかかった歪んで写る鏡や、床に刻まれた円形の術式を通り抜けるという荒業まで使ったから、ユリウスはじめ騎士たちも息が上がっている。普段とは逆に、魔法使いが涼しい顔をしているという珍しい状況が発生していた。
そこは柱のまったくない、迷宮ですらないただっ広い空間で、大理石でできていた。おかしなことに継ぎ目がまったくない。薄い桃色や薄緑色した模様が途切れることなく、川に流された油のように続く。
四方八方に散らばった魔法使いが何人かずつ円を組み、魔法式を壁に床に刻んでいた。
マーネセン騎士団の騎士たちが、魔物の襲撃を警戒してその周りに陣を張っている。彼らは交代の要因が王の騎士たちであることに驚いた様子を見せた。
先着していたタイタスがてきぱきと指示を出し、物資の運び入れや人員の手配はあざやかなものである。しかしながら魔法使いの疲労は隠しきれない。
「陛下、いらしてくださいましたので」
「ああ。進み具合はどうだ」
「かんばしいとは申し上げられません――皆、王陛下のお越しである! 首を垂れよ!!」
魔法使いたちは手を止め、それぞれの出自のやり方で王に頭を下げた。王宮でそうされるのとは違う、切迫した仕事の手を止めさせてまでそうさせているということに、ユリウスは罪悪感を感じる。彼はタイタスの語尾を引き継ぐ形で声を張り上げた。
「よいか、ここが最前線である、再び爆発を起こさせてはならん! マーネセンが、カーレリンが救われるか否かは諸君らの働きにかかっている! 健闘を祈る!!」
再び音や声の戻った五十階層で、ユリウスはそれで、とタイタスに向き直った。
「私にやらせたいことというのはなんだ」
タイタスは頷き、いつの間にかその傍らには一人の魔法使いがいる。元はかなりの美貌だっただろうという年老いた女である。ユリウスは彼らに壁の一画に誘導された。そこには魔法式が刻まれていた。ちょうど人の目の高さだった。
「発言をお許しいただけますでしょうか」
「許す」
「これは二百年前、カーレリンの始祖イシュリアが遺したとされる魔法式です。ダンジョンとの契約式ではないか、とも言われております。ちょうど建物に梁と柱が必要なように、節々で支える役目を果たすものです。さすればオウル王家の方々には、ダンジョンに反応する契約式が刻まれている可能性があります。強大な力ある魔物、あるいは魔道具、ダンジョンなどと人間が契約すると、それは一生のみならず子孫まで続くのです――どうぞ、陛下、御身を通じてこの術式が反応を示すか否か、試させていただけませんか」
「許す」
ユリウスは頷いた。
「いくらでもやるがよい、さあ」
老女は目を瞬かせた。タイタスは無反応に見せかけて、魔法使いの背を押す。王の後ろで色めき立つ騎士もいたが、同僚に肩を叩かれ我に返る。それほどまでに彼らの王は、この危機に身を入れて取り組んでいるのだった。
そのようにしてユリウスは携帯した小刀で指先を切り、血をその石板に塗りつけた。
「これだけでよいのか」
「ハイ。原理といたしましては、【王の指輪】と同じなのでございます。血を認識するのでございます」
「そうか」
と答えたところまでは覚えているのだが。
気づいたらユリウスは真っ暗な空間にいた。さっきまでの白い五十階の階層とはまた違う、目を凝らしてもまったく先まで見えない、だが広いということはわかる空間だ。
彼は腰の剣に手をかけた。魔法に対して剣も銃も無力であるとわかった上で。
足元を探るが硬い感触はどこにもなく、浮いているのかと思えばそうではない。かといって、確かに立っているという感覚もない。
「おや、いらっしゃい」
と声がした。ぱっとあたりに光が差し、瞬間、目がくらむ。目を開けるとあの場所だった。コヤの街の……家だ。もうなくなってしまった小さな家。
ようやく鍋が吊るせるだけの暖炉。小さな卓と椅子。壁には鞄をかけるため釘が差してある。二階に続く階段は古くてみしみし言う。
「何年経った? 千年かい?」
とその人は水瓶に腰かけてひらりと手を振った。土色の髪が長く長く足元まで伸びている。昔の服装をしていた。袖が長く大きく布地をとり、女のドレスのようにふんわり広がる。ズボンもゆったりしたもので、やはり女物のように宝石を飾った小さな靴の編み上げから足の甲が覗く。
服装に負けないくらい美しい男だった。細面で、柳眉。すっきりした鼻筋と小さな耳は少し尖ってエルフの血筋を示す。どこか人を喰ったような顔をして、けれど目ばかり優しい。優しい、晴天のような青色だった。
「……始祖イシュリア、ですか。あなたは?」
とユリウスは尋ねる。声が若干震えたことに悔しさを覚えた。
「あたり。そういう君は、俺の子孫?」
「そうです。十三代目にあたります」
「そりゃよかった。じゃあまだ千年なんてはるか先だね」
その人はユリウスの目の色に気づくと、
「座れば?」
と目の前の椅子を示す。いつも父さんが座っていた、大きい方の椅子だった。ユリウスはそのようにした。
「話す? いいよ、俺は。なんでも聞いて」
とイシュリアは笑う。
ユリウスは息を吐いて自分を奮い立たせる。異常な状況に早々と慣れること。できれば望んで順応すること。そうすれば、街の少年が王になったように前に進むことができる。彼はそれを知っている。
――聞かなければならないことはたくさんあった。




