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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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対抗策

ユリウスの、もとい王の軍勢が駆けつけたダンジョンの街マーネセンでは、小規模な暴動が発生していた。二度目の爆発の危機の噂が原因である。


関所にあたる大門では、街から逃げ出そうとする者、魔物が沸けば城壁の中なら安全だろうと逆に逃げ込もうとする者が衝突し溢れている。衛兵たちの努力もむなしく、すでに機能が失われていた。


そこへやってきた王の軍勢は、彼らの目には救いの神に見えたのだろう。

「助けに来てくれたのね、助けに来てくれたのね!」

「ああ、女神様! ありがとうございます!!」

「さあ、ダンジョンを破壊してください陛下!」


人々の手が、目が、熱気がユリウスの乗る鹿毛の鞍や鐙に届く。制する槍を持った護衛兵はまるきり役に立たない。背後に従うのは首都防衛のための王直属騎士団の一隊で、取り急ぎ騎兵を中心に連れてきたのが祟った形だった。


「王! 王陛下!! 俺たちは信じているんだ。救ってください!」

「安全な場所へ避難させてください! せめて子供たちだけでも!」


エルフとその子供らしい半エルフ。ドワーフ、オーク、珍しいところではケンタウロスもいる。グリフォンを連れたヒューマン。荷馬車に乗ったハーピーの家族。小型のサイクロプスはすでに一つ目以外種族の特徴がない。ゴーレムに箪笥まで運ばせる魔法使いに、刀を今にも抜き放ちそうなほど興奮したミノタウロス。ノームとレプラコーンは踏まれないようにだろうか、壁際に下がってそこに垂れ下がる蔓に掴まり、あるいは石組みの隙間に取りついている……。


都市の栄えたところからも、古びたところからも、ありとあらゆる階層の民がもつれていた。そのほとんどすべてがユリウスに何かを期待していた。一瞬で状況を改善し、彼らを元の平穏に戻してくれるほどの何かを。


これがユリウスの守らなければならないものだった。彼は息を吸い込んだ。


あとから当時のことを振り返った騎士が酒の肴にいうことには――見事なもんだったよ、と感嘆の息を吐きながら、でもな、どこか破れかぶれだった。まるでもう後がない負け戦の王みたいで。若かったからかね、陛下も。そんなふうに言われるとも露知らず、ユリウスは演説をぶった。


「――案ずるな!」


銀髪に日の光が映え、何も被っていないのに王冠を戴くようであった、という。白々と燃え立つ目、男にしては白い肌。翻る青いマントには王家の紋章が銀の糸で刺繍され、目を射るよう。白銀の鎧は光をはじく。籠手も小脇に抱えた兜もまた白く、ユリウス王は全身が白く清らかだった。


「カーレリンの騎兵は万難を排し敵を打ち砕く! たとえ幾千の魔物の波がマーネセンを襲おうとも、我らは前進し、前進し、前進する!! 後衛における民草の結束と団結こそがそれを支えるだろう!……」


実のところ本人は、その内容を覚えていないのだった。何を言ったか。情熱に任せ、ひたすら群衆を想う心を説き、そう、道を開けさせることを考えていたのだと思う。このままでは怯えた馬が暴走し、民を轢き殺してしまいかねなかったから。


「歴史の中、破壊にも災厄にもカーレリンは決して屈しなかった。我らは災い立ち向かい、再び輝く都を築く!」


と、叫んだことはかろうじて覚えている。

気づいたときには一軍の先頭で馬を駆り、


(よかった……民を馬蹄にかけることなく、暴動がさらに広まらず、ああ、死者もまだ出ていなかった!)


頭の片隅でそう考えていた、一番真ん中の部分でダンジョンの状況を気にしており、さらにもう一方でマイヤのことを考えていた。


ダンジョンはどう見ても危険な状態だった。あの光、前の事故のときのあの白い月より白い光がてっぺんから洩れ落ちている。そこは雲にかかるほど遠く高く、見通すことなどできないのに光だけが落ちてくるのだった。


マーネセン城につくと早々にタイタスとの会談に入った。見覚えのある内装、ここはフェサレアに反乱を宣言する前、あの会議のあった部屋である。


あのときはフリードリヒの後ろに控えていた双子の人狼が、今は着席したユリウスの背後にいた。彼らは暗殺未遂以来、いっそ神経質なほどにユリウスの身辺に注意を払う。


「陛下、こたびの迅速なお越しにこのタイタス、まこと感謝の念に堪えません。よくぞ――」

「ああ、挨拶はいいんだ。緊急事態だ、そうだろう? このまま本題に入ろう」


マーネセンの役人たちが数名、タイタスの側でほっと肩の力を抜いた。


ユリウスは入場の際、カーレリン王国の軍旗と国旗を合わせて掲揚させた。それを見て同じくほっとした民もいたのだろうと、コヤの街の少年だった頃の自分が囁く。


「あの光はいつから?」

「ほんの一日前でございます。――王陛下、あなたがお倒れになってからでございます」


双子の人狼が、それぞれぴくりと反応する。秘中の秘を一領主にすぎないタイタスが知っていたこと、それが漏れていた王宮の警備にも、言いたいことが山ほどあるのだろう。


ユリウスはといえば、苦笑してそれを流す。今更のことである。カーレリンの水晶王宮は魔窟なのだ、どこに誰の子飼いがいてもおかしくはない。


「民の避難はいかほどか?」

「兵を総動員してあたっておりますが、まだ半分も完了しておりません」

「最優先で急げ」


タイタスは頷いたが、傍らのいかにも貴族官僚然とした男は言いたいことがありそうである。つまりは平民など放っておいて、ダンジョン対策を優先せよと目で言っている。


「いいか、次魔物の波が街を襲ってからでは遅いんだ。どんなことをしてでも民を生かせ。――【大神殿】とは話をつけてきた。もし万一のことがあれば、各自の判断で【大森林】に避難してよいと伝えよ」


それは聖域を犯すということである。【大森林】のほとりに住む者たちでさえ、容易には足を踏み入れぬあの森に。


誰かが息を呑んだが、誰も反応しなかった。タイタスは伝令の天使たちに手を振った、色合いも質も異なる美しい金髪と羽根を持つ彼らは、あやまたず王の命令を街じゅうに伝えてくれるに違いない。


次々と窓から飛び出していく天使たちの踝に心惹かれもせずに、ユリウスはまっすぐタイタスの片眼鏡の奥を見る。


「まずは礼を言う。そなたがダンジョンにまで足を延ばし、魔法使いたちを激励し城の在庫にある魔石を解放し使わせていると聞いた。今、避難の時間を稼げているのはその働きのおかげである。王室は必ずやそなたの献身に報いよう」


タイタスは儀礼的に頭を下げた。


「ありがとうございます。王陛下」

「それでひとつ、申し出がある」

「なんなりと、陛下。私はあなたのしもべでございます」

「そなたの仕事を私にも手伝わせてほしいのだ。王の権限を持って民の避難を先に完了させる」


タイタスはほとんどはじめて、ユリウスに内心の片鱗らしきものを覗かせた。まるでこの王がはじめて人の言葉を話したとでも言いたげに。彼はまったくもってこの若い王の言うこと、することを信用などしていなかったのだと悟って、ユリウスは内心で苦笑せざるを得ない。


「いけないか? 王の命があれば、他の領主たちも協力を惜しむまい。民を救いたいと言う気持ちは私もそなたも同じだ、そうであろう?」

「……ありがたく、お慈悲を請います。我が王よ」


そして仕事が始まった。全速力で。急速に。


ともあれ一番に優先すべきは民の安全だった。マーネセン領民を余力のある都市に振り分けて避難させ、逆に流入してくる辺境の住民をそちらに合流させる。ユリウスの持ってきた王印が大活躍し、半日はそのような実務に忙殺された。


タイタスと確執のある領主であっても、さすがの王印に逆らうまではしない。しかしこれは諸刃の剣でもあった。オウル家が各地の一領主に借りを作ったということでもあるのだから。


騎士団から反対の声がなかったわけではなく、中央からマーネセンに派遣された役人に反発がないわけでもなかった。けれどユリウスはそれらを黙殺した。彼の心の芯はいつまでもコヤの街の少年で、同じ階層の、つまりは平民の少年少女たち、親たち、祖父母たちが右往左往しているのを放置するという選択肢はなかった。


それに――マイヤがここにいたら、きっとそうするようにユリウスをけしかけただろうから。むしろ本人も率先して避難誘導に加わりさえしたかもしれない。


ユリウスはマイヤのそういう、喜んで自己犠牲して褒められてさらに喜ぶ、自分で自分に火をつけて満足するようなところが嫌いである。憎んでいる。もし他人が彼女にそれを強要したら殺してやる。けれど――あれがあるからこそマイヤはマイヤなのだ、ということもまた、わかっているのだった。



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