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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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いいことばかりでもない

作法の授業のようなことを始めるうちに、マイヤとアマルベルガは距離が近くなった。


マイヤは新しい友人の恋愛遍歴や身近な話を聞きたがったが、アマルベルガはそれを上手くけむに巻いた。あまり話したく、思い出したくないらしかった。


だからマイヤは王宮のどこそこの侍女が美しいだとか、行儀見習いで上がっているあの娘は生まれも育ちも申し分ない、王妃候補のようだとかの話をよくする。他人の話で盛り上がりたい娘なのだった。


「みんなほんとに、天使族のお嬢さんよりお美しいの。みんな金髪で。ああきれい。同じヒューマンとは思えないわ。もしあの子たちがユリウスの隣に並んだら、金銀一そろいでさぞかし綺麗でしょうねえ!」


アマルベルガは首を傾げた。

「あなた陛下のこと好きなんじゃないの」

「好きよ?」

「……うん?」


アマルベルガは能力や言動のわりに感覚的なところは普通、というか庶民的なところがある。お互い、? の顔をしたまま話が消えかけ、マイヤは慌てて言い添えた。


「私はユリウスに幸せになってもらいたいだけだから。その、昔助けてもらったことがあって。弟だけど、それ以前に恩人なの。だからあの子が楽しく暮らせるならそれでいいわ。今は完璧よ。王様で、反乱みたいなものも起こらず、いじわるな継母や賄賂を取る大臣もいなくて、ユリウスがやりたいことをできてるみたいだから。私はこういう立場が好きなのよ。いてもいなくてもいい、でもいたらいたで邪険にされるわけでもない、くらいの……」


手で空にあやふやな図形を描いて言い募るのだった。自分でもよくわかっていないのだろう、自分で自分を納得させるような喋り方である。


「だったら物陰とはいえ人目のあるところで王とキスなんてするものじゃなくてよ。王宮じゅうの噂よ」

「……ばれてたの」

「見せつけているのかと」


呆れ返った美しい少女のため息は、マイヤに羞恥心を思い出させた。


「あなたは貴族というものがどれほど見栄と権勢のために生きているか知らないのだわ。今のままじゃ早晩、そんなおいしい立場にはいられなくなってよ」

「具体的には、どんな」


アマルベルガは指を一本立てる。

「まず第一に暗殺の危険。邪魔だもの、王の恋人なんて。守ってくれていても完璧はありえない」


それから、と二本目。

「あなたは残念ながらお妃様になれる身分ではないでしょう。娘を妃にできればその一族の権力は最高潮に高まるわ。最悪の場合、あなたを旗頭にした一派とどこかのお嬢さんを持ち上げた一派が王宮内で勢力争いをして、国にまで影響が出るでしょうよ」


マイヤはぞっとしたようだった。その顔色を見て、

「いやでしょ。なら、振る舞いを考えなくちゃね。――わたくしも、そろそろ行くところがあるの」

「もう? どこかへ行ってしまうの?」

「ええ。クレトの行き先も決まったことだし。カーレリンを出るわ」

「そう……寂しくなるわね」


と言う通り、クレトは秋を前に王宮を出る。身体にあった痣などが問題と認められ、法律上の保護者であるキャヴェロ伯爵一家と引き離して育てることが決まった。もちろんユリウスが裏で手を回したからで、王の圧力があれば大抵の無理強いは押し通る。


元々、児童相談所も家庭裁判所もない世界だ。キャヴェロ側は反論しなかった。


それからユリウスが王宮内に人脈の広いシュトルヒェンベルグ侯爵にかけあい、少なくとも子供を殴らない家庭が探し出されたのである。


結局のところ作法の授業らしきものは無駄に終わったのであるが、アマルベルガはいやな顔一つしない。マイヤとしても、自分で探すよりは長年貴族として立ち回ってきた侯爵様のご推薦なら間違いないだろうと安心した。


だが今のマイヤは本気で悲しかった、アマルベルガには友情を感じていたし、クレトもいなくなるのだ。


一方のアマルベルガは王宮の焼けなかった書物を乱読し、年老いた使用人に話を聞くことで自分の目的に有力な情報を得ることができた。彼女が探しているのは鏡映しの魔物という一族で、非常に発見例が少ない精霊のような存在だ。


「残念だけど潮時だわ。でもずっと楽しかった」


今更ながら王族でもないのに王宮で暮らしている、というのは異例かつ異常なことである。

血の繋がらない王の姉である自分さえときどき肩身が狭いのだから、アマルベルガといえど辛い時もあったのだろうとマイヤは反省した。


「手紙を出してね。絶対にお返事するわ」

「ええ。そうさせていただくわ」


そんな会話をした三日後、アマルベルガは来た時と同じく馬一頭と少ない荷物を持って旅立っていった。


その翌日にはクレトが養い親に預けられた。首都リリンイアで古本屋を営む、マイヤの父母よりやや年嵩の夫婦で、十年前の内戦で子供をなくしていた。この子を天から授かったと思いますと彼らは笑い、クレトの手を引いて去っていく。


「――マイヤ様、ばいばい。おかあさまといっぱい笑ってくれたこと、おれ、忘れないから」


と最後にクレトは振り返ってそのように言い残した。相変わらずどこか舌足らずな、幼い言い方だった。二親を得て、街で生活できれば彼もきっと変わるだろう。貴族籍にはまだ彼の名前が残っているから、いつかキャヴェロの遺児としての身分を主張することだって可能だ。


もしそのとき自分に何かできることがあれば、ぜひ力になりたい、とマイヤは思った。


さて、マイヤが親しい人との別れを惜しんでいる間にも、情勢は色々と動いていた。


カーレリンは大陸の北部に位置する。北にウパロ山脈、南にトベロ港を抱え、流通には事欠かない。一方で、草原へと続く平野部といくつかの都市を内包するテルリットは部族制である。各部族には厳密な領土の概念があり、交易のしやすさや豊かな土地のあるなしで貧富の差が拡大しつつある。


復興したクロノトエルは魔法に頼り切りだった反動で政治が不安定である。イーサンおよびスターロレッタからはユリウスへたびたび救援の依頼が来ていた、――内乱平定のための。しかしカーレリンも自分たちのことだけで手一杯で、他国を助ける余裕はない。


草原は理性を失った数多の魔物がうごめく実力主義の土地。羊を放牧して生きる草原の民たちは冬、略奪のため【大森林】のほとりの国々を襲い、金品や娘たちをも奪っていく。


他国の内乱、小競り合いの記事が新聞に載らない日はない。カーレリンが今のところ平穏ですんでいるのは、コトヴァをはじめとする反フェサレアで組んだ人々が互いに利益を共有しているおかげ、そしてユリウスが反対を押し切って決行した経済政策が一応の実を結んだからだった。自分でも意外なことに、この少年王には統治の才能があった。


――しかしその安定もどこから崩れるかわからない。


(もし私がいるせいでユリウスを嫌う貴族が出て、国が揺らいだら……)

と、マイヤは妄想する。

(潔く死んじゃった方がかっこいいのかしら?)

その程度を出ない、浅い楽しい妄想である。


ユリウスに看破された通り、マイヤは自分の命も他人の命も現実のものとしてとらえることができない。お風呂に顔を突っ込まれたときはヘタに抵抗すると余計に溺れる、と知っているので、頭がキーンとして鼻の奥までお湯が入ってきて、身体を駆け巡る血のだくだくする音が鼓膜が破れるくらい大きくなったら意識が飛ぶ、一瞬の息つぎの時間を逃してはならない、そのときは細く鋭く酸素を吸うべきである、ということを知っているので、いつの間にかすべての事柄をそのように考えるようになってしまった。


もっとも、本人はそのことについてあまり深刻に考えてはいない。確かにもうちょっとマシな生まれだったらよかったけれど。――もっといいおうちに拾われて、育ったから。


(たくさんの人が私に怒るのかしら。王を誑かす淫婦だと言って。そうすると遺書には我が身を恥じ入る言葉を入れたらいいのかしら)

と、すっかりアホが抜けきらない。


マイヤはユリウスを愛しているが、それが家族愛なのか男女の愛なのか判別がつかない。ただ、キスされてもいやではないのだから多分、男女の愛に近しいのだと思う。


あれから何度かキスだけしている。舌づかいが上達した自信もある。まだ共寝はしていない。マイヤと夫であるレオポルドとの間に何かあったか、それともなかったか、探りを入れられたこともあり……それがマイヤにはものすごく嬉しかった。


王宮で過ごした年月は短いが、どうやらユリウスが王様として立派に仕事をこなしているらしい、ということくらいは知ることができた。間近に弟のそんな様子を見て、マイヤはようやく彼をコヤの街に連れ戻すことを諦めたのだった。


ユリウスは楽しそうだった。充実していた。たくさんの偉い貴族の殿様が、お妃様が彼に頭を下げ、それを余裕の表情で受けていた。マイヤとは住む世界の違う人になってしまっていた。


寂しいけれど、受け入れるべきだった。父さんと同じ木工職人になるのを嫌がってマーネセンに行ってしまったのを受け入れたように、ユリウスが今そこで満足しているなら、マイヤもそれでいいのだ。


「よっし、がんばろ……」


と一人気合を入れてみて、マイヤは机に向かった。アマルベルガとクレトがいなくなって、一か月が経っていた。


その間、たまに訪ねてくるユリウスを除きマイヤは一人である。立場はあやふや、身分も不確定、人の評価としては、せっかくの名家との縁談を蹴って出戻ってきたとんでもない輩。王の好意で王宮に部屋を与えられた食客。せいぜいがその程度である。せめて人並み、貴族並みの教養を身に着け、令嬢や婦人たちと繋がりを作りユリウスのためにならなくては。なんの価値もないままぬけぬけと養われているわけにはいかない。


険しい道であることは自覚していた。すべきことは山積みに、山を越えたら次の山があった。それがマイヤにはいっそありがたかった。


――ユリウスが私に見向きもしてくれなくなったらどうすればいいんだろう? という、心の一番底にしまい込んだ恐怖に向き合わずに済んだから。


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