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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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講和

講和がまとまるのに三か月かかった。

「長かった」

とユリウスは頭を抱えたけれども、

「なあに、こんなもんさ」


と気楽に頷くのはギルベルトで、新しくした金の指輪をくるくる回している。彼は前王の庶子としての身分を認められ、公爵位を所得した。


復興したクロノトエルの代表者イーサンとスターロレッタ。カーレリンのユリウス。独立を守ったテルリットの部族長たち。草原の民たち。


すべての者が思い通りに主張するというわけにもいかず、フェサレア王国連合の解体と分離、独立は早い者勝ちの様相を呈した。それぞれがまあまあの納得を見せるまで、来る日も来る日も衝突が続いた。すべての勢力を総括できるほどの権威がどこにもなかったのもまた、長引いた原因のひとつだった。


【大森林】には【大神殿】がある、すべての女神の神殿を統べるもっとも格調高い神殿だ。そちら依頼し、高位神官に調停役を引き受けてもらう案もあったが、宗教勢力をへたに関わらせると今後ことあるごとに政治に介入される恐れがある。


皮肉にも、会議はフェサレアが推した議会制じみた投票によって可決された。


そして、夏まっさかり。絹のごとき水の都カーレリン王国。ウパロ山脈から流れる雪解け水がラシア大河に流れ込み、古代帝国の遺産であるアヴァチロ大橋の元をくぐりぬけ、中洲を見渡す辿り着く平野にカーレリンの首都リリンイアはあった。


フェサレアに占領されていた、ということになっている首都を解放した(解放した!)カーレリン軍は、大慌てで王宮を改築し、ユリウスの即位式を行った。行方不明のままの【王冠】はフェサレア王の黄金のかんむりで代用され、さながらフェサレアを征服した結果のようである。


左手を上げ、中指にはめた【王の指輪】を正しく聴衆に見せつけてユリウスは即位を宣言した。


リリンイアの民は歓声を上げたが、それが自分たちの支配者が再びカーレリンに戻ったことを心から喜んだわけではないことを、ユリウスは分かっていた。彼らはフェサレアに従属している間も幸せだったに違いないのだ。……フェサレアは無理な統治を行わなかった。本国では行われたいた亜人差別政策も、カーレリン地区においてはゆるやかだった。


人々は支配者がカーレリンだろうがフェサレアだろうが、構わないに違いない。


フェサレアがそうしたように、投降し改悛を見せたフェサレア人をカーレリンは許した。官吏として登用され、貴族としての地位を保つフェサレア人をユリウスはむしろ頼もしく思う。


「これからも我が国のため働いてくれるよう求む。過去の怨恨を忘れ、よりよくその力を使ってくれるように」


と言ったときの彼らの目に浮かんだ安堵、未来への希望。そういうものをうまく利用していけば、きっとこの世はいい方に変わるはずだ。


一方で、コトヴァやフリードリヒたち、フェサレア人に直接身内を殺された味方には割り切れない思いがあるようだ。当たり前のことだが、これからその折衝役を務めることを思えば気が重いのも確かである。


フェサレアの空中王宮が解体され、大量の資材とそれを売りさばく商人たちが集結し、今は賑わいを見せているという。結果として治安が悪化し、フェサレアの都からは人口が流出している。資材が尽きればそこはこう呼ばれることになるだろう――滅びた都の跡地ラグノシア、と。


ユリウスはコヤに帰りたかった。マーネセンとダンジョンの様子を見たかった。……マイヤに会いたかった。もう一年以上も会っていない。手紙を送ってもなしのつぶてである。


けれど王にはやることがあった。まさか自分がオウサマになるとは思ってもみなかったし、今でも夢かもしれないと思うことがある。そして王というのがここまで大変だとは、まったく考えつかなかった。


「ユリウス、コトヴァ老が面会希望を出しているが。どうする?」

「う。怒ってたか?」

「そりゃあな」


昼下がり。王の執務室はフェサレア風の金細工を取り外し、重たい天鵞絨の赤絨毯とカーテンが剥ぎ取られ、爽やかな風が通る青いカーテンに銀細工と水晶で飾りつけられている。かつて火が放たれたこの城をここまで復元したのはフェサレアなのだから、そうまでして痕跡を消すこともないだろうとユリウスは思う。


――負けは負け、で仕方ないのである。今更、過去を振り返って嘆いても何も戻らない。


きらきらと日の光が入る窓の飾り棚に腰かけ、ギルベルトは両手を肩の高さまで上げた。


「ずいぶん革新的なご計画ですな、だってよ。また突拍子もないことをするから」

「道路整備は突拍子もなくはないだろう」

とユリウスは苦笑するのだった。


「街道さえ舗装されていないカーレリンのままでは、国内の流通が滞る。どんな田舎街にも馬車が通れる道を行きわたらせ、そのための人足にフェサレアの瓦解で行き場を失った流民や亜人を使う。――いい案だと思ったんだがな」


「財源は? ってことだろうよ、言いたいのは。実際、何をもって賃金を支払うつもりだ?」

「……タイタスに金を借りる」


結局のところ、それしかない。タイタス・フォン・テル・ローゼアリア、マーネセンをダンジョンの街として立て直した敏腕なご領主様は、戦争中も戦後の今もがっぽがっぽ大儲け中である。

あの爆発事故はダンジョンの魔法式の不具合ということで片が付いた。二百年も前の魔法遺産のこと、何があるかはわからないもの、そもそも冒険者たちはそれを理解の上でダンジョンに登っているのではないのか。そう言われてしまえば、ギルドをはじめ誰も何も言い返せなかったという。


また城壁の一部解体については潔く非を認め、謝罪し、市民のうち被害があった者の家族には景気よく見舞金をばらまいた。

城壁は元通りに組み直され、自身は変わらず領主を続けている。見事な手腕だった。タイタス以外に複雑になったマーネセンの人と経済の流れを制御できる領主はいないだろう。


「借財は王の威厳を損なう」

ギルベルトは鼻に皺を寄せる。

「そりゃあじいさんは反対するだろうよ」


「きちんと返すアテはある。国がうるおい、ダンジョン経済をその一部に組み込むことができればもっと早い」


その言い方が子供のようになってしまったことに、ユリウスは気づいて一人で憮然とする。


ギルベルトは追及しないでくれていた。一年間の戦争と、同じ血を半分ずつ受け継ぐことで二人は本物の兄弟のように信頼しあっていた。


「コトヴァが来るようならお前もいてくれ。俺一人じゃ押し負けるかもしれん」

とユリウスが頼むものの、返事はけんもほろろである。

「だーめ。俺はマティルデの見舞い」


シェンブルクロー女侯爵は砲弾で傷を負い、領地にて療養中である。シェンブルクロー領コクルルニは風光明媚な観光地で、温泉が沸く。


「ついでに風呂にも浸かってくる予定。お前はお邪魔虫やってないできりきり働け」

「くそっ。……自分の土地でも見回りに行くのかと思ってた」


異母兄は未婚であるのだから、なんの問題もない。ユリウスは長身で女性にしては屈強な、だがとんでもなく気立てのいい女侯爵の姿を思う。あのひとならきっと、素晴らしく幸せな家庭を築くだろう。


コンコンと扉を叩いた。若い二人は目を見かわし、すわ老人の来訪かと身構えたが違うという。

「シュトルヒェンベルグ侯爵が?」

「さようでございます。いかがなさいますので」

「通せ」


と、さすがに即位も過ぎたとあってユリウスの命令言葉も板についている。


入ってきたのはシュトルヒェンベルグ侯爵、ラシュカー家の傍流の貴公子である。フェサレアから割譲された領地を得、今では名実ともに血と土地を統べる貴族として独立した。さらに王宮でもいつの間にかユリウスの伯父を名乗ってちゃっかりと貴族たちのまとめ役の座についてしまった。自分より高位の貴族にそれを咎められれば、


「しかりしかり、この凡俗めは戦争ではなんの成果も残せませなんだ。しかし国王陛下は血のつながりを重視されておりましてな、個人的なご相談などにこの浅学非才な頭を使ってくださるのです」

などという。


確かに手紙の書き方だの紋章の区別だの、細かいことは侯爵に教えを請うたこともあったから、ユリウスとしては嘘だとも言い難い。実際、決起する前のユリウスに血筋の正しさだけを信じて集ってくれた人でもある。


ラシュカーと王にもっとも近い血筋の正しさに対して誰もが首を垂れる、という図式が宮廷に完成した。出遅れたブルーメンタール伯爵は歯噛みしているとも聞く。


シュトルヒェンベルグ侯爵は丁寧にユリウスに礼をすると、一通りの挨拶の口上を述べ、

「陛下、ことは緊迫しております」

「簡潔に申せ」


ここで聞き込むともっと単純な話でもばかみたいに長くなる、と学んでいた。ユリウスの背後でギルベルトはにやにや笑いを抑える。侯爵は前王の庶子が王のすぐそばにいるのは気に食わない。見えない火花が散った。


そして侯爵は語った。

「【大神殿】の神官たちに、陛下の即位を認めぬと言い出す動きがあります。ご即位の前にダンジョンの爆発事故があり、そもそも死んだはずの王子が生きていたという眉唾話、断じて認めぬという一派がいるのだというのです。おお陛下、なんたることでしょうか! 神官どもが即位式に呼ばれても来なかったのはそのためだったのです」


新生カーレリンは議会制を採択せず、王の独裁体制を敷いたことになっているが、その実は貴族と軍人たちによる合議制だった。王の役目、王の権限は、彼らの争いの仲裁と上がってきた提案を許可することだけ。おそらくハインリヒ六世がそのように育てられた王だったのだろう。

そしてハインリヒを育てたのは、【大神殿】より派遣された神官だった。当時、カーレリンは神殿と密接な関係を続け、王の家庭教師は必ず神官がなるものだったのだ。


「確かな情報か」

「はい。信のおける間諜が送ってまいりました」

「ふむ……」


ユリウスは口元に手を当て、考え込む。ギルベルトも同じように、無意識に同じ角度で首を傾け、そうすると二人はぞっとするほど似ていた。


――ユリウスは父親の二の舞を踊るつもりはなかった。カーレリンは長年にわたり神官と貴族に食い尽くされ、腐敗し、フェサレアに敗北したのだから。フェサレアの支配体制はボロクズだったが、カーレリンとて笑えたものではないのである。


「わかった。こちらで人を送る手配をする」

「でございますれば、ぜひとも拙めに。陛下の忠実なるしもべとしてこのシュトルヒェンベルグが――」

「侯爵、ありがとう。だがそれは王の役目である。報告感謝する。下がれ」


ユリウスはあえて手元の書類を引き寄せた。侯爵がうやうやしく礼をして退出したのと同時に、侍従がコトヴァ老の来訪を告げる。


ユリウスとギルベルトは同じ色の目を見かわし、へへっと笑いあった。ユリウスは口を動かさないまま、


「この件、任せていいか?」

「俺にか。わかった。やってやるよ」

「頼んだ。俺が今、信頼できるのはお前だけだ」

ギルベルトは目で頷いた。


口に出さずとも同じことを思っていた。世代交代。今はまだ大人たちに実権を握られていても、近い将来必ずや国も軍も未来も手に入れるのだ、と――心ひそかにもくろむ若い二人だった。



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