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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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フェサレアの最期

フェサレアの都を見下ろし、コトヴァ老は感慨深くこういったものである。


「これほど早く国土を回復できようとは思ってもいませんでした。殿下のお力ですな」


応えてユリウスは言う、

「フェサレアが思った以上の弱体化していたこと以上に、諸君らフェサレアに下りつつも力を蓄え、祖国への献身を忘れずにいてくれた忠義者たちのおかげである。私は嬉しく思う」


すっかり王子ヅラしている、と自分でも思う。けれどをそれを求められ、精一杯努力して応えた結果がこれである。


コトヴァは薄く微笑み、目を細める。若者の蛮勇を笑うようにも、昔を懐かしむようにも思える笑い方だった。


フェサレアの都ラグノシア。

壮麗なる天上宮殿は文字通り宙に浮いている。魔法国家クロノトエルから収奪した魔法使いとその技術によって宮殿を浮かし、よりにもよってその下に十年をかけて都が築かれたのである。


フェサレアへの反逆が始まり、一年が経とうとしていた。


始まりは確かにユリウスによる激文がきっかけだった、しかしそこから次々に台頭する勢力、反旗を翻す一派が続き、草原より西の大陸は打倒フェサレアを掲げ、大規模な内線に突入した。


すでに春だった。

フェサレアの都は反乱軍相手に城門を落とすこともしなかった。すでに指揮系統が壊滅しているのだった。各地に分散した兵力に比べ、都を守る兵はあまりに少なかった。


ユリウスとコトヴァは轡を並べ、都の大路を進む。後ろに続く勢力、翻るカーレリンの旗。喧伝する声の大きな伝令兵。――これなるはカーレリン、オウル王家の旗。女神の寵愛受けし始祖イシュリアの刻苦ののち打ち立てられ……


王宮までの道のりに、真新しい白亜の建物から覗く目はなかった。住民たちは息をひそめているのか、あるいは逃げたのか。逃げていてくれ、とユリウスは思う。王子として虐殺を施したと思われては困るという視点もあったし、


(もし俺が同じ状況になったら……マイヤは家に残ろうとするだろうから、まず引きずって逃げるところからだな)

と、いまだに市井の少年のように考えるところも大きい。


建物は皆、奇妙に長方形のかたちをしていた。大通りの材質さえ大理石で、これは十年前に召喚された聖女と呼ばれる女が造らせたのだとか。画一的で均質で清潔な都市である。道はまっすぐに続き、十字に交わる。どれほど財力があろうともこれほどのものを造っては、たちまち消耗してしまうに違いない。


「市街戦には向かない街だな」

とマーネセンを思い出しながら呟くと、

「しかり、しかり。これでは大砲でひといきです」


軽蔑したようにコトヴァが応じた。背後から聞こえる馬蹄の音、兵の足音や息遣い。


天に浮いた王宮への壮大な空中階段は、細長い白い石を魔法で浮かせている。馬が怖がって進まぬので宥めるのに苦労した。


たどり着いた王宮では、すでに戦闘が始まっていた。

「殿下、将軍閣下。こちらは順調です。大半のフェサレア兵は投降しております」


と手を振り馬を進めてくるのは、若きフリードリヒ・ヴォン・アウレリオである。鳶色の髪はきっちり髷に結わえられ、同色の目を誇らしげに輝かせている。キャンキャンと興奮した声で騒ぐ双子の人狼が主の周りを走り回り、襲撃に備えていた。


「リカ、ルル。落ち着け。アウレリオ家の一門ならばどんと構えておれ」


と、二人は主の声で大人しくなった。サンダルに革鎧の軽装であるのは、彼らのもっとも重要な武器は変身して戦う爪と牙だからである。


「王子殿下、御意を得ます」

「王子殿下、幸いあれ」


と揃ってぺこりと頭を下げ、半化けの耳がぴょこぴょこ揺れる。ユリウスは思わず微笑んだ。


「うん。二人とも無事でよかった。何人倒した?」


と、いとも簡単に人の死をそんなふうに言えるようになった自分に驚く間もなく、

「十人、噛み殺しました!」

「僕は十三人はやりました!」


と、主の主に認められて感激した双子に飛びつくようにそう言われ、また無意識のうちに王子殿下の仮面をかぶった。


と、そのとき王宮のさらに奥、王族一派が立てこもる後宮からどぉんと派手な音が聞こえる。


「フリードリヒ、ここは任せたぞ」


と言い置いて、ユリウスは馬から降り先を急いだ。まったくこの王宮ときたら、大門から後宮までくるのに馬が必要なほど広いのだった。


フェサレアの王宮攻略において、先陣を切ったのはクロノトエルの生き残りたちだった。すでに王はなく、真っ先に斬り込んだのは元伯爵子息のイーサン・ダークモアだった。ダンジョンで活躍する冒険者で、押しも押されもせぬ攻略の第一人者となっていた男である。雷撃のイーサン・ダークモア。剣に纏わせた雷魔法で敵の身体を内側から破壊し、手足に流した電流でいかずちのように速く動ける。


その彼を後ろから遠距離魔法で支援するのが深紅のスターロレッタと呼ばれた女で、こちらも元男爵令嬢だという。放たれる弓矢に乗った炎は名前の通り深紅、そして対象に刺さったが最後、彼女が望まない限り消えることはない。


名の知れた冒険者が二人もクロノトエルの出身者であることにユリウスは驚いたが、そもそもかの国には魔力ある者が貴族に取り立てられる能力主義があった。それを三百年に渡り貫いた結果、貴族は皆実力ある魔法使い、という状況が出現したのであった。


フェサレアはクロノトエル出身者に数々の特権を与え、貢献させようとした。しかしその裏で亜人たちの追放も進めたため、イーサンのような純血のワーキャット、スターロレッタのようにニンフの血を継ぐ者はどれほど実力があろうと国を去らねばならなかった。


「我が王のおんために! クロノトエルのために……!!」

と、イーサンの虎のような咆哮が耳をつんざく。


「火よ、あたしたちの想いとなり弾けろーッ!!」

矢を射る姿は狩りの女神のよう。スターロレッタの火勢はあまりに強く、味方や建物は燃やさず的確に敵兵だけを殺し尽くす。


フェサレアはいったい何がしたかったのだろう、これほど優秀な者たちをむざむざと追放し、自国の利益を損ない、無用な軋轢と恨みつらみを産み……何を。


カーレリンの手勢は連合軍となった反乱軍の中でもさほど多くはない。とくにフェサレア本国への攻勢に出て以降、もっぱら役割は物資輸送や魔石の補充など裏方を割り振られることも多かった。


今残る敵は後宮の警備兵たちで、実戦から縁遠かった者が大半である。さほど時間はかからないだろう、という予想通り、半時間もすれば王族たちが兵の手により引き摺り出されてきた。


王、王妃、王子と王女たち。外戚にあたる大臣たち、忠義者の侍女や侍従たち。


クロノトエルの騎士と魔女、カーレリンの王子一派、テルリットの年若い部族長たちとその縁戚をたどり兵を貸してくれた草原の部族長代理たちが見守る中、今、王の首が落とされた。


処刑人は皮肉めいたことに、クロノトエルから連れてこられた一族だった。


王族のもっとも重要な責務の一つは、こうして滅亡の責任を取ることにある。一番幼い王女でさえもそれを理解して、ハラハラと涙を落としつつも静かに項垂れ、そのときを待っているというのに、突然響いたカン高い悲鳴がその厳粛さを打ち砕いた。


「いやっいやっ! いやああああああっ! あたし王族じゃないもおおおおん!!」


と、女はわめいていた。まるで王妃のような豪華なドレス姿で、滑稽にも数々の宝石で飾り立てているのが妙に目につく。兵士に両腕を捕らえられ、身動きさえできず絶叫し、暴れようと無駄なあがきをしていた。


「あれは、誰だ」

ユリウスが聞くと、テルリットの一人で声を低めて教えてくれた。


「王を惑わしたという魔女ですよ。お聞き及びではないですか」

「……八年前、異世界から召喚されたという、噂の」


「そうですとも。まったく見苦しい。女たるもの最期くらい美しくしようとは思わんのか」

「あれのおかげでフェサレアの侵略政策は加速化したと聞きます。我らの戦が始まってのちも演説や幻影魔法を行い、民心を誘導したとも」


「ええ。罪びとです。あのような者の専横を許したこと自体、フェサレアの負けた理由が偲ばれますな。テルリットであれば早い段階で正妻が殺していただろうに」


その正妻、フェサレア王妃は今まさに断頭台に上がったところだった。金髪の美しい中年の女性であるが、すべてにくたびれ果てた顔をしている。断頭台とはいっても、曲線に削られた木のくぼみの上に伏せさせ、首を伸ばさせるごく簡単なものだ。顔を伏せた王妃の首の白さ、しなやかさがユリウスの目に焼き付いた。


王妃づきの侍女たちが嘆きの声を上げ、胸元から出した短刀で我が身をついて自害していった。主に殉じるその心ばえに、処刑を取り巻く武人たちから称賛の声が上がる。


あばー、ともあひゃー、とも聞こえる奇声を、異世界からやってきた女は上げた。


「やったー!! ババア死んだ! ババア死んだよーっ! やばーっ、やばいいいいいっ! ざっまあー! あたしの愛を邪魔するからだーっ。うぎゃはははははは!!」


処刑人が黙らせろ、と手を振った。その弟子が駆け寄り、女に猿ぐつわを噛ませた。


もしここにマイヤがいれば、魔女と呼ばれた女が発した奇声のあちこちに日本語訛りがあっていたことを見抜いただろう。そしてそれはこのフェサレアの空中王宮を、クロノトエル人やカーレリン人、侵略したあらゆる国から連れてきた魔法使いを酷使して宙に浮かぶこの城を、決して潰してはならないことに気づくきっかけになったかもしれない。


しかし残念ながらそのようにはならなかった。王族全員、外戚の処刑が終わり、最後に魔女の首が飛んだ。


自ら死を選ばなかった不忠義者の使用人たちは、身分の低さゆえ許された。彼らはこれから恥にまみれて生きるだろう。――けれども確かに生きていけるのだ。


戦後処理がはじまった。ユリウスの仕事はこれからである。命をとして戦った将兵たちに、おのおのに見合った褒章を与えなくてはならない。また、同盟を組んだとはいえ共通の敵がいなくなればカーレリンとクロノトエルは他国同士、再び敵になるとも限らない。テルリットの騎兵たちに与える土地の問題もある。


戦後会議に適当な城が探し出され、領土割譲問題を含む戦後処理会議が始まった。フェサレア亡きあとの世界で、カーレリンの尊厳と領土をユリウスは守らなくてはならない。



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