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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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戦争の終結

フェサレア王国連合は瓦解した。


少なくとも実質的な支配権はもはや及んでいないと言っていい。ユリウスの決起を皮切りに小国の勢力が次々と反旗を翻し、クロノトエル、カーレリン、テルリットの連合軍が成立。そのままフェサレア内で小競り合いが頻発し、そのときそのときの講和で得た領土をもぎ取るようにして独立宣言を出す。講和にはおそらく王の許可なく、司令官やその土地の貴族が独自に成立させたものもあった。


これはフェサレア中枢にとっては裏切り以外の何物でもないだろう。しかしながらその司令官や貴族がそもそも被支配地域の出身者であり、むしろ反乱軍の側に立って再度出兵する例さえある。


……フェサレア王の支配力が衰えている。もちろんフェサレア側も黙っているわけはなく、軍事力によって反乱を叩き潰そうとするが、脱走者が相次ぎまともに軍が機能しない。農民から徴収された兵は死を恐れ、傭兵は給金が支払われないことに腹を立て、誰もがフェサレアに背を向けた。


都では王のよき相談役として異世界から召喚された女が演説をし、魔法を見せて人心を保とうとしているらしい。


「奇跡? 魔法が? ハッ」


とギルベルトは笑う。彼はすでに反乱軍になくてはならない人材となっていた。百人の騎兵、千人の歩兵を束ねる騎兵隊長として出陣し、そして必ず敵の首をとってくる名将である。


「雨を降らせて虹をかけるだけで納得してくれるなんざ、純フェサレアのお貴族サマは信心深いこった」

「うん。むしろ神がかりに弱くあってくれるのはありがたい。大規模な幻影はきかないだろうか」


明日の戦場は草原からやや南東に下がり、カーレリンの獲得した領土に陣を引いて行われる。その際、トポと呼ばれる小さな村を巻き込む恐れがあった。ユリウスは目下、その村の者たちの退避を呼びかけに遣わした騎兵の帰りを待っている。


反乱軍、もといカーレリン軍はうまく勝利を重ねていた。このまま実質的にフェサレアから支配権を奪い取り、カーレリンの領土をあらかた奪取したのち、その再建を宣言するのだ。今までのユリウスは単なる反乱軍の頭目だったが、そこから本当の王子となり、王となる。いや、そもそもこの役目に祭り上げられたときから、徐々にユリウスは変わっていた。もはや冒険者に憧れるただの少年ではなかった。


夜営の天幕の中である。ユリウスとギルベルトで卓を囲み、地図に刺されたピンから自軍の位置や将兵の動きを予想する。すでに夜は更け、青い月の光が天幕の明り取りから差し込んでいる。

ギルベルトの声から試す音が消えたのはいつの頃だったろう。自分より年上の将校に敬語を使わなくなったのは。――昨日、ついにユリウスはコトヴァ老に向かってこう言い放ったのである。


「もう結構だ、コトヴァ。あなたが私の未熟さを憂いているのは知っている。確かに私は若輩ゆえ諸君らの経験に頼らねばならないが、そのようにくどくどと念押しせずともよい」


話題はなんだったか……そう、穀倉地帯の徴兵たちから目前に迫った収穫期への不満の声が上がっていること、およびその対応について協議していたのだった。フェサレアに収穫期を突かれて負けたのが、ご老人はよほど堪えたのだろう。


まだ一年も昔のことではないのが嘘にしか思えなかった。貴族籍を持つ者たちに対して、どう足を運び、笑顔を作り、どんな声音で何を言えばいいのかがユリウスにはわかった。いつの間にかそうなっていた、教本や教師の手助けはあったが、それを上回るほどに早急に彼は王子になり、やがて王になることを徐々に周囲に納得させつつある。コトヴァのお飾りではなく。


だからユリウスは、最近さっぱり覚えていない己の出自について徐々に信じ始めていた。つまりこうとしか考えられないのだ、この王族然とした態度は、ユリウスの中に元々あったのだ、としか。


もちろん誰にも、ギルベルトにさえも言っていない、ひとり言だ。


作戦についての確認が終わった。不自然な沈黙が天幕に満ちた。小さな鉢に入れられた熾火がぱちりと跳ねた。


「なあ、殿下」

ギルベルトはなんでもないことのように頬杖をつく。


「お前、王になったら何をしたい? 新しいカーレリンを、どんな国にする?」


年上の男が何か大切な、重たいものを投げかけてくれたのがわかった。ユリウスは慎重に言葉を選ぶ。


「すべての街と村に自由をもたらしたい。少なくともフェサレアの連中みたいなのがいない国にしたい」


脳裏にこの数か月で見聞きした惨状が、苦しみが、困窮が、よぎる。そのまま居座る。頭痛がする。


「フェサレアは亜人たちを公職から追放した。教師にも郵便局員にもなれないようにした。しかも制服の規格を統一するからなんてフザケた理由で。徴税人は過剰に農民から徴収して懐を温め、代官も貴族もそれを容認する。一度もカーレリンの配下に入ったことがないはずの土地の民までが、救ってくれてありがとうと跪いたてきたんだぞ? なんの借りもないはずの俺に。ノームの村だってだけで住民の半分が殺されていた――狂ってる。この世はヒューマンだけのものじゃない」


ギルベルトは黙って聞いている。素焼きの壺からワインをカップに注ぐ手つきはなめらかだ。


「カーレリンにも問題はあった」


歴史の授業をユリウスは思い出した。それは細かく嚙み砕かれた一辺倒りの知識の授与でしかなかったが、驚いたことにこの少年はそこから教本を執筆した者の意図、決してカーレリンに不利なことを口にしない教師の思惑を掴み取っていた。父母の執拗なカーレリン崇拝の教育に、元々疑念があったことは間違いなく下地だったろう。けれど自力で疑問にたどり着き、またマーネセン城の図書館に赴いてのべつまくなし疑問を調べることができたのは、生来の根性と才能だ。


「女神を敬うあまり、教義を法律にまで取り込みすぎたんだ。結果、文化として不合理で非効率な概念が根付いてしまった。出自によって人の運命は決まってしまう、という。自由はあればあるほどいい、そうだろう?」


「田舎街の少年が、都会のダンジョンに飛び出ていったようにな」


ギルベルトはうんうん頷く。差し出されたカップを受け取り、ユリウスは咳払いする。


「立派な理念だが金はどうする? 法整備すれば終わりじゃないぞ」


「わかってる。しばらくは農地開拓を優先させるさ。個々の神殿に作物の加護も依頼するつもりだ。フェサレアを追い出された亜人で、手に職や学がある者を積極的に雇用する。テルリット族の何割かは居住したいと申し出てくれたし」


「遊牧民は気まぐれだぞ。あまり信じすぎるな」


「マティルデ殿にも言われたな、それ……」


ワーキャットの縦長の瞳孔とサイクロプスのような背丈に肩幅を持った女侯爵の名がふいに出され、ギルベルトは身を乗り出した。


「おいおい、お前の口から仕事以外で女の名前が出たのをはじめて聞いたぞ」


「下衆の勘繰りをするな。あの人はいい人だ、俺がわからないでまごついているといつもさりげなく助けてくれるんだ」


ああ、とギルベルトはしみじみワインを傾けた。

「お前、年上好きだもんなあ」


ユリウスは吹き出した。ギルベルトは生温かい目で、

「姉貴のことも、わざわざ突き放して前を向かせようだなんてなあ。手元で大事にしてやりゃよかったものを。連れ歩けないならせめて見えないところで幸せになってくれって、お前は本当にやることなすこと親父臭い」


「おま……っ」

「ロマンチストも大概にしとけ。経験もねえくせに、へっ」


ぐうの音も出ない。ふてくされて黙り込むユリウスである。

「ま、父上にソックリだから懐かしくもある」

「え?」


「あの人は惚れっぽかった。神官に育てられたからかな、女神の教義一本で生きてますという顔ばっかりしてたけど、中身は子供のまんまだったさ。本気で好きになりかけた侍女だの腰元だのがいるとすぐ縁談を用意してやってな、自分の視界から外すんだよ」

「へえ……」


ユリウスの知るハインリヒ王といえば、コトヴァの語った人物像しかない。とても優しく平等で、臣下の話をよく聞く、君主らしい君主であったこと。カンがよく、武器でも楽器でもすいすい扱えたと聞き、きっとそのぶん器用貧乏だったのじゃないかと思ったものだった。フェサレアや他隣国を信用しすぎ、諜報や噂を流し攪乱する戦法を好まなかった、公明正大な人だったと。


「実際、あの正妻がいたんじゃあそうしてやった方が女は幸せだったろうさ。――おっと、すまん。お前の母親だものな」


「その自覚はいまだにないが……うん、話を聞いただけの俺でも嫉妬深かったのはわかるくらいだから、相当だったろうな」


「ラシュカーの血だよ、情の厚さはな」


「ギルベルトは王宮で育ってないんだろう? 王妃の人柄までわかるほど近くにいたのか?」


「ちょっと育ったあたりで、ある公爵のとこで小姓奉公をした。それで王族ともときどき謁見できたのさ」


「出世街道じゃないか」


「すぐ士官学校に入ったし、そのあと街道ごと消滅したからなあ」


ギルベルトは目を細めた。がらにもなく酔っているのかと思うほど、ほんのり目じりが赤らんでいる。さらさら流れる土の色の髪の毛、色濃くなった青い目に後悔の念が滲んだ。


「士官学校は楽しかったな。腹の探り合いも何もなくて。いつも馬鹿ばっかりしていた。神学と哲学の話ばっかりする奴ら、世間知も経験もないくせに頭でっかちの。――今のお前みたいな」

「お前もその一員だった」

「そうだよ、俺がいて、仲間がいて、アレクがいた――みんな死んでしまったがね」


――アレク? 裏切り者のアレクシス?

ギルベルトははっと気づいたようにかたんとカップを置いた。

「伝令が来たかな」

確かに馬蹄の音が響いていた。


それがトポの村の避難が完了したという知らせだったので、布陣が決まった。そしてそれ以上話を続けることはできず、ユリウスの胸には疑念が残った。


翌日の合戦では一万八千のカーレリン軍と二万五千のフェサレア軍がぶつかり、双方に死者を出したもののフェサレアが敗走した。


負傷者が生け捕りにされ、身分の高い者は身代金の交渉のため書記官と徴税人たちが計算能力の限りに仕事を始める。


ユリウスはほっと肩の力を抜いた。まだ終わりではない。終わりではないが、――これで、カーレリンが国として存在できる。


全ての領土が回復された、誰もが思ってもみなかった速度で、あまりに迅速に。フェサレアが弱すぎたのでもカーレリンが強かったのでもない、すべての賭けに勝ったのだった。すべての賽の目がユリウスに有利な方に出てくれた。女神の加護を感じる瞬間だった。


ユリウスが馬をすすめ、終わった戦場あとを見下ろす小高い丘に姿を現すと、兵がどよめいた。ざわざわと声が広がり、やがて一つのうねりとなっていく。ひときわ響く声を上げたのは、手勢とともに治療師の天幕を見回っていた混血のシェンブルクロー女侯爵だった。


「――王子殿下に礼! 我らの勝利を祝って!!」


女にしては低く、とろみのある耳の奥に染みるような声である。万歳、の声が沸き起こった。万歳、勝利を――ユリウス王子、万歳、万歳!


「我らがカーレリン!! 麗しのカーレリンを称えて!!」


当たり前であるが、人生でこれほどの歓喜に迎えられたことはない。ユリウスは黙って手を上げ、歓声に応えたが、それはほとんど何も言うべきことが見つからないという未熟さゆえだった。


わああああああっ、と声援は、やむことはない。


その中にはギルベルトもおり、部下たちとともにユリウスに手を振っていた。前線で戦う者たちの熱狂の渦が、丘を通り越してあらゆるところへ飛んでいく。


後方で見守るコトヴァ老は将軍の鎧のいでたちで、顎髭を撫でる。貴公子フリードリヒは黒駒の首を撫で、その後ろに従う双子の人狼は顔を見合わせ笑っている。従士が走り回り、騎士が負傷を誇り、名もなきあまたの兵士がやっと帰れる懐かしい我が家へ思いをはせていた。


だいぶん後になってから、この日はカーレリンの再建国記念日として、何百年も祝祭日に指定されることになる。


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