異母兄弟
会議が終わり、一言も発さないままユリウスは退出させられる。侍従に慇懃無礼に外へ連れ出され、
「王子殿下、お部屋へお戻りください。ご案内させていただきます」
と、最初の日とは違った侍従の青年が、同じお仕着せで同じ表情で頭を下げる。
「あ、ああ。うん、」
と頷きかけたユリウスを、音もなく退室してきたギルベルトがひらっと手招いた。
侍従とギルベルトはしばらく見つめ合い、やがて諦めた使用人の方がすっと後ずさりして、去っていく。
「いいのか?」
と聞いたのは、会議を終わりまで聞いていかなくていいのか、侍従は叱られやしないかの両方である。ギルベルトはひょいっと肩をすくめた。
「あんなもん最後まで聞いたところで、俺にできることはないからね。誰が何人兵隊を出す、だなんて。ハハッ。俺にゃ領地も自分の配下もいねえもんだから」
「前に言ってた、部下がいるんだろう」
「コトヴァのじいさんからの借り物だよ、ふんっ」
歩き出したギルベルトにユリウスはついていった、ひよこのように。
どこに行くかと思えば塔になっている螺旋階段をギルベルトは登り始める。ユリウスも健気についていくのだが、足の長さの違いのせいでどうしても距離ができる。塔は冷えきった埃っぽい空気が漂い、カンカンと二人ぶんの足音が反響した。
不思議なことに使用人とすれ違わない。ギルベルトはこの館をよく知っているようで、ここに長くいたことがあったのかと聞きたかった。
そうして二人は屋上に出た。ギルベルトは凹凸の胸壁にもたれかかると、そのままずるずる座り込む。ユリウスも戸惑いつつ、一人分の間を開けて隣に座った。空が青かった。
「シュトルヒェンベルグ侯爵はな、」
唐突にギルベルトは鼻歌まじりに言い出した。
「兵力も魔法使いも人員と呼べるもんはなにも持っていない、数人の侍女と小間使いと土地と屋敷とも呼べない家があるだけの名ばかり貴族だよ。カーレリンの貴族でフェサレアに寝返った奴らの多くはそういう扱いをされる。ただラシュカーの秘密を知っているかもしれないからな。それでここに招かれたのさ」
「秘密?」
「ハインリヒ王はラシュカー家出身だった。消えてしまった【王冠】は、王が死の間際腹心に託して王宮から持ち出させた、という説があるんだ。そりゃもちろん腹心もラシュカー家、残ってるラシュカーの血筋は彼だけ。となると何か知っててもおかしくない」
「仲間なのに、教えてくれないのか」
「そりゃあ切り札は取っておきたいんだろうよ。古いお血筋だからな。へっ」
「“王は【王冠】だけで王にあらずして、その血、その記録、その心持ちによって王となる。血は絆、血は軛。血よ、血よ、まことを示せ”」
それは原型が残ってないほど古い古い歌だった。エルフの研究者が再発表したのさえ百年以上前だ。ギルベルトは思いっきり下唇を突き出した。
「……なんでお前の知ってる歌だのなんだのはそう、ひと世代以上古いんだよ」
「ほっとけ」
ギルベルトからはかつて感じた苛立ちが消えて、諦念と呼べるものに近しくなっている。ずいぶん、とっつきやすい感じがした。
もちろん路地裏で迫られたこと、ぶん殴られたことを水に流すつもりはないが、ユリウスもユリウスなりに、異母兄弟だという男に興味を持ちつつある。
ユリウスはずっと、誰かに聞きたかったことを聞くことにした。
本当はコトヴァに聞きたかった、情報のピースが揃うまでぐずぐずしているべきではなかった。
「あの日、ダンジョンを封鎖させて内部調査していたと言ったな、あの人たち、ツァベルさん――の、【白の魔法使い座】。ネテロスと【白の魔法使い座】は対立しているんだろう?」
「対立というか」
ギルベルトは宙に手で図面を描く。
「カーレリンの隠し玉、特別な才能を持つ魔法使いの子供たち、一生を国家と王家に仕えるはずだった才能のかたまり、それがネテロスだ。【白の魔法使い座】は実質、王家に仕えていた魔法職員、要するに役人で行き場がなかった者たちの集まりだ。最初から格が違う」
「俺を襲い、カインを殺したのはネテロスだと聞いた」
ユリウスは身震いする。脳裏にカインの死に顔がぱっと蘇り、ずきずき頭痛がはじまった。拳を握ってこらえる。
「正直に答えてほしい、あの爆発は誰がなんのために起こしたんだ? コヤの街を――俺の故郷を壊滅させたのは誰だ? 知っているなら教えてくれ」
知りたかった。
マイヤには決して見せたくない、情けない表情をしている自覚があった。ギルベルトに向かい合い、同じ色の青い抜けるような空の色の目を合わせて、
「魔石を探しに入った魔法使いが、何かを間違えて爆発を起こしたと聞いた。俺はあの日、ダンジョンから走って逃げてくる【白の魔法使い座】を見た。中で一体何があったんだ?――なんで、カインは死ななきゃならなかった?」
山奥の田舎から出てきたと言っていた彼。ユリウスの知らない村の話をたくさん、してくれた、頭痛が、骨に染みこむようにひどくなる。
顔が歪んでもユリウスはギルベルトから目を離さなかった、だからだろう、年上の男の微々たる変化がわかった。身体がぴくりともしないように見事に制御してみせた、技ともいえないくらい自然な動きを。
ギルベルトは、やっぱり――
「そうだよ、お前のせいだよと言われれば納得するのか?」
ギルベルトは猫のように鼻に皺を寄せる。皮肉な笑顔だった。
「知りたいんなら教えてやろう。爆発は偶然。【白の魔法使い座】にそこまでの魔力も知識もないさ」
彼は指を一本立てる。ユリウスは頭痛の中それを静かに眺める。
「次に、お友達の件。つまりはネテロスがお前を見つけた件。あれは十割お前のせいだ」
「なぜ」
「魔法使いってのは大抵のことができる。つまりコトヴァたち人狼のように、離れていても主人のにおいを辿ることができる奴が所属していても不思議はない。お前はマーネセンに来た、マーネセンにはダンジョンがある、そしてネテロスは魔石を集めている。魔法を研究している。魔法使いの集団だから」
二本目の中指は、人差し指に比べて関節一つ分ほども長かった。
「お前はノコノコと猫の前に身を晒したネズミだよ。そりゃ、食われるさ」
「……カーレリンに仕えていたのに、どうしてネテロスはカーレリンを憎む?」
「噂では余程ひどい扱いを受けていたと聞くが。――だが元々、魔法使いなんてのはどこか頭がおかしい奴ばかりさ。ツァベルみたいに役人やってた、魔力の少ない奴はまだ人間くさい。だが魔力が強くなればなるほど、魔法使いってのは人間離れしていくんだ。エルフみたいになっていく。話は通じんよ」
ギルベルトはぱっと両手を広げる。にっこりと美しい笑顔で、土色の髪をさらりと背中に流しながら、
「友達が死んだのはお前が間抜けで弱かったからだ」
ガキン、と殴られたような衝撃が脳天から喉の奥まで走った。
ギルベルトはユリウスに覆いかぶさるようにして囁く。
「魔法使いを信じるなよ、ユリウス。死んだ友達のことを思うんならな。魔法ってのは邪悪な力だよ。マリアンネは魔女だった。魔女だから早死にしたし、ラシュカーを遺したせいでカーレリンは滅んだ」
その話はカーレリン建国神話の一部だ。
――始祖イシュリアは森の女神の加護を受け、農夫から成り上がってカーレリンを建国した。
王国を建てたあと、彼には二人の王妃があった。先妻マリアンネは一人目の王子の産褥で死に、後妻エレーナもまた一人の王子を産んだ。それぞれの子をそれぞれの母の家が盛り立てた結果、名門貴族ラシュカー家とクース家による永遠の諍いが生じたのだった。
「始祖イシュリアは魔法使いを珍重し、魔法を尊んだ。その結果、マリアンネの死体は遺らなかったんだ。王が大魔法使いアルダリオンに命じてどこかに隠させたのさ、美しい魔石に加工してね」
それは知らない話だった。頭が引き絞られるような苦痛の中、ユリウスはそれでもなんとかギルベルトの目の光を見つけた。
彼の目は真っ白に見えるほど青が薄くなり、ピクピク瞼が痙攣している。……怒っている。
それがわかってむしろユリウスはほっとしていた。
「なあユリウス、もし、なにもかもがとんでもなくうまくいけばお前は王になるんだ、わかってるか?」
ユリウスは顔を上げる。
「そうしたら、友達の敵討ちだってなんだってできるさ。それまでせいぜい俺たちの言うことをよく聞いて、強い王子サマになってくれよ、それ以上の無理強いはしないさ」
ユリウスはギルベルトを同じ色になった目で見返した。肺がびくびくしていた、頭が脈に合わせて規則正しくずきずきした。それでも言い切ることができた、一世一代の大勝負に出るつもりで。
「――俺が王になってもクース家の母親は喜ばないだろう?」
肩を掴まれた、大人の力の強さで。ぎりぎり骨と筋肉を掴み続けられ、首と指先まで痛みが広がる。ユリウスは歯を食いしばる。頭痛がぴたりと止んだ、肩の痛みと引き換えに。
「おま、えは悔しいんだ、そうだろう? それにラシュカー家を憎んでいる。だからラシュカーが好きなコトヴァのことも、嫌いなんだ」
「ちょっと黙れ、少年。俺を怒らせてなんになる?」
二人、至近距離で睨み合う。ユリウスからは手を出さなかった、それは違う気がした。あのとき【王の指輪】にそうと知らずして触れたときのように、直感的にとるべき行動がわかった。
「お前だって王の子なのに、王になれないから」
「黙れ」
「正式な王子として神官の登録がないから、力も何もかも劣る俺なんかに王子の名称も将来の王の座も、譲らなきゃいけない。悔しいよな、そうに決まってる」
ユリウスは子供の頃のように、挑発のためだけに笑った。頭痛の名残りでこめかみがわななく。
「俺はあんたたちの傀儡人形にはならない」
そう、はっきり言い張った。
このときギルベルトの配下は、名目上そうなっているコトヴァの手配した兵士たちは、下の食堂で休んでいるところだった。まさかギルベルトが一派に必要不可欠な、正当なる王子を害するとは、誰も思わなかったのである。館の中は安全のはずだった。もしも彼らが気づいたら、彼らはすぐにでも引き離されただろう。
ユリウスはそれを知らなかったが、もし知っていても同じことをした。
「俺は俺の意志で王子をやるし、カインを殺したネテロスを追い詰める。あんたたちの言いなりになっているように見えるのは、俺の目的のためだ。マイヤを守ってやるためだ――忘れるな!」
ここにユリウスは宣言した、彼が王子であることを認めた。確証はない、実感はない、状況に流されただけに見える、けれども自分で自分をそう、認めたのだった。
ギルベルトはやがてゆっくりと手の力を弱めた。砕かれたかと思うほど痺れる肩を、たまらずユリウスはもう一方の手で撫でさする。
「――わかったよ」
ギルベルトの目は青に戻っていた。彼はやれやれと首を振り、取り乱した自身を恥じるように髪を整える。
「お前はお前のやりたいようにすればいいさ、できるもんならな」
「やってみせるよ」
「ふん――」
ギルベルトが膝を伸ばして立ち上がると、背の高さと逆光のせいか、うずくまるユリウスとは天と地ほども開きがあるように感じられる。
「母はクース家からハインリヒに送り込まれた侍女だった、ラシュカー家から少しでも権勢をそぐために。その試みの証が俺だ。俺はそのことを恥じちゃいない」
誇らしげな表情をしていた。ユリウスははじめてギルベルトの本心を見たと思った。
「で、どうしてわかった?」
「勘。俺のこと憎んでるみたいだったから」
ギルベルトはがりがり頭をかき、唸る。
「見透かしたようなこと言いやがって……」
彼が自分の血や生まれを誇りにしていることがわかって、少しだけ嬉しかった。ユリウスもまた、父母とコヤの名前に支えられて立っている部分が自分の中にあると知っているから。
それからギルベルトはユリウスに手を貸してやり、よろよろ去っていくのを見送った。
彼としては自分の中ではすでに消化し、納得しきった部分だったが、あらためて突きつけられて平気なわけでもない。ため息ひとつですませてやれることではない。
しかしそれらを押し殺してでも、ユリウスの思わぬ胆力を見られたのは幸運だった。貧乏育ちの普通の少年にしか見えないのに、どうやら内に秘めるものはそれなりにあるようだ。
ギルベルトが見上げる空は青かった。あの日と同じように。暦の上ではそろそろ三つの月がひとつも出ない、暗黒の夜がやってくる。不吉を煮詰めたような夜が。




