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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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高貴な会議

ユリウスが呼ばれたのは単なる会議ではないようだった。


幼いころ、影絵芝居で見たことがある。“尊き騎士たち、とくに年振りて賢きおんかたがた、ひそやかに集いたまい訝しみたもうて”……要するに、平民が想像する偉い人たちの秘密会議、そのものの場だった。


分厚いカーテンは閉ざされ、部屋の中は薄暗く人いきれで暑い。磨き抜かれた丸い木製円卓。席に着いた面々は表情が重苦しく、豪奢な衣類や貴金属がその財力と血筋を表していた。


「それでは、はじめようか」


とコトヴァは言った。今の肩書はマーネセン直属の軍事顧問官だが、将軍と呼ぶにふさわしい貫禄である。


まわりの大人たちは皆、ユリウス以外が顔見知りであるようで、ユリウスの場違いさや緊張感はとてつもない。ひとりで円卓の前に立たされ、まるで見世物のようだ。


――王子が見つかったことを同志に周知するのだ、という。今日はそのための集まりだった。

壁にもたれてこっちを見つめる目がある。ギルベルトだった。ユリウスと目が合うと、にやっと笑ってひらりと手を振る。


ユリウスは事前に言い含められていた通り、あの【王の指輪】に血を垂らした、あのときギルベルトの前で食い破ったのと同じ傷口を、今度はナイフで薄く切りつけて。


ぽううっと魔道具は光を放つ。おおっと人々は息を呑む。そして我先にと話し始めた。


そのようにして話し合いは始まった。議長であるコトヴァが諫めつつも会話を誘導し、穏やかな貴族らしさを残しつつも、それは性急な会話だった。


最初に立ち上がり、話し始めたのはバーネット卿である。今は爵位も官職もなく困窮の身であると言うが、身なりは古びてはいるがしっかりしたものだった。ちらちらと左右を伺う挙動や、必要以上に言葉を選ぶところから神経質さと立場の辛さがうかがえる。


「ああ、おのおのがた、今のをご覧になりましたか? 素晴らしい! まさしくお世継ぎの光です。私は王太子殿下の立太子の儀に立ち会ったことがあるのですよ。そのときとまさしく同じ光! この子が王子であることは疑いようがありません。彼を礎に心ある者たちをまとめ上げ、国家統一への道を歩むことができましょう。今こそフェサレアに目にもの見せてやるべきです……」


「いいえ、」


と物憂げに、レディ・ヴァネッサが顔を上げる。カーレリン王家に連なる姫でありながら、十年前に戦利品としてフェサレアに連れ去られ、今はフェサレア貴族ドルド・モレット子爵夫人としてフェサレア貴族名簿に名を連ね、それを最大の恥辱と感じている貴婦人だった。本来であれば他国の王妃ともなれる血筋の優秀さを誇るがごとく、特大のトパーズを胸元に飾っている。


「我らカーレリン派が動かせる資金には限りがありますわ。現実的に十分な兵力を集めるのも難しいでしょう。行動にうつす前に、これらの問題を解決する方法を見つけねば」


「おお、なんと女らしい慎重論。貴女ほど現状に憤る方はおられまいと思っていましたが」


「わたくしはまた負けるなら意味はないと申しているのです! また、十年前のように兵士の侵入を許しては遅いのです!」


貴婦人に絡んだのはブルーメンタール伯爵。都合よくフェサレアに恭順したとされる一方で、こうしてカーレリン側に顔を出し、文物の保護に力を注いでいる。フェサレアでも如才なく立ち回り地位を保っているらしい。残念ながら女ぐせが悪く、それがどう転ぶかわからない不安点を除けば文武両道の古めかしい貴族である。


「この方が王子であることはすでに証明された。王家の血さえあれば反乱軍の勢力を結集し、カーレリンの再建に向けて一歩を踏み出せるでしょう。魔道具は嘘をつきませんからな。 彼を旗印に我々はさらなる躍進を得るのです。ゆくゆくはあなたは――王ですぞ!」


怒鳴りつけられユリウスはびくりとしたが、なんのことはない、伯爵の声が大きすぎ、人を怒鳴るのに慣れすぎていただけである。


いち税金徴収官だったのが出世して、これからというときにカーレリンが崩壊したアイゼンベルク男爵が遠慮がちに慎重論を唱え、ブルーメンタール伯爵と言いあいになる。


マティルデ・リアナ・シェンブルクロー女侯爵は珍しい女性武官で、それは彼女に混じる血がもたらしたワーキャットの瞬発力とサイクロプスの膂力による。武人らしく淡々と、彼女は自分が提供できる兵力の報告をした。冷静沈着な態度だった。


皺のないつるりとした年齢不詳の顔のエミリオ・フォン・シュトルヒェンベルグ侯爵は、にこにこと人畜無害に、


「王の名の許す限りなんでもお捧げしましょう」


というばかり。巧妙に自らの差し出す犠牲を明言するのを避けている。そのくせ余裕のある態度でユリウスを値踏みし、コトヴァを睥睨、レディ・ヴァネッサに見とれては手を組んで口元を隠す。シュトルヒェンベルグ家はラシュカー家の傍流貴族であり、つまり彼はユリウスの親戚ということになる。


フリードリヒ・ヴォン・アウレリオは若く、ほとんどユリウスと変わらない年である。父が急逝し跡を継いだばかり。手に合わない家督を示す無骨な骨指輪にはルビーがちかちか光るが、威厳を表すよりは未熟さと焦りを煽るよう。


若い彼の背後には双子の少年がぴたりと張り付いていた。武門を誇るアウレリオ家、そのお抱えの人狼の少年であった。若いというよりは幼いというまろみを帯びた頬をして、細い短剣を腰に携帯している。紫色にも見える灰色のふわふわした髪には、狼の耳が生えていた。変身術を完璧に使えるというわけではない、つまり彼らもまた純血の人狼ではないのだ。


――などということを、事前にギルベルトが事細かに教えてくれていた。覚えきれないとも思ったが案外とすんなり頭に入ったのは、会議の面々があまりにも聞いた通りの言動をしていた以上に、ギルベルトの説明が的確だったからだ。


「いいか、俺じゃ王にはなれない。正式な王子じゃないからだ」


と、会議前、ギルベルトは言った。今にもユリウスの胸倉を掴み上げんばかりの勢いで。


「でも、だからこそ俺は王の正式な子には忠誠を誓おうと思ったんだ。俺にはできないことをしてくれる子にな。いいか、お前が本当はアルフォンソの子だろうが農民の子だろうが、そんなことはもはや関係ない。確かなのはお前は【王の指輪】に認められたってことで、それ以上に大切なことはないんだよ。ダンジョンに登りたかったんだろう? 冒険者になりたかったんだろ? いいか、王子は冒険者より世界にとって大切な立場だ。お前がいるのといないのとじゃ、これからの歴史は何もかもが変わるんだ」


ユリウスは頷くことしかできなかった。何もかもが流れに流されて進んでいくようだった。嫌だと感じる暇もないほどに。この状況を気に入っているか否かと言われれば、もちろんそんなことはない。確かに生活の質は何段も上昇し、高価な薬まで使わせてもらえる。だがそれらは自分の力で稼いだものではない。自力で道を切り開いていない。


こんなのは嫌だった。軟弱で男らしくなく、なよなよしている、そう――まるでマイヤのようになよなよしている。あたふたしているしかできない、自分が一番嫌だった。


それでもギルベルトの目があまりに真剣だったので、そして目の前の喧々諤々の様相が、それぞれの主張のぶつかり合いがひとつのことを示していたので、ユリウスは徐々に己の立場を受け入れはじめていた。


「いずれにしても、フェサレアをこのままにしておくわけにはいかないわ。すでに都では亜人の血が入った者が要職に就けなくなっています」


「我が領地でも一報がありましたな。ドワーフの子供が男たちに殺されたと――」


実感は、ない。

王子であったとかいう記憶も、まるでない。


けれど【王の指輪】は光った。魔法と魔道具への素朴な信仰をユリウスは持っていた、カーレリンは魔法を愛する国だった。


(カインは殺された。たぶん、俺と一緒にいたせいで)


マーネセンでリザードンマンが囲まれ、殺されかかるのを見た。しっぽがあることを嘆く娼婦を見た。それらはフェサレアが行う亜人差別政策の影響だと、ギルベルトは言う。ゆるゆると末端にまで毒が回り始めた証拠だと。


(そして死人が出た、俺の見てないところで。俺が見てなければいいというわけじゃない。あの日、マーネセンで確かに人が死んだ。同じ人間に殺されたんだ……)


人間は――ヒューマンという種族は、大陸で一番数が多い。いかなる環境にも適応でき、多種多様な毒に何千年かかってでも耐性を付けることができる特殊な身体能力がある。一方の他の種族たちはそれぞれの土地にあまりに適応しすぎて、それ以外で生きていくのが難しい。フェサレアは両者の違いを巧みに利用して、人々に元々ある種族の別の意識を強化し、ヒューマン以外を辺境に追いやろうとしている、のだという。より栄えるために。


ユリウスは自分たちをヒューマンと呼ぶのは好きじゃない。マイヤもそうだ。父母も、コヤの街の住民は皆、それを好まなかった。それは別種族が我々を見下して言うときの呼び名だから。

――でも、別種族が別種族であるという理由だけで殺し合ったりはしない。女神の教えはそれがどれほど醜いか、教えてくれている。


ユリウスはそうした価値観を愛している。みんな森の女神の子どもたちなのだから、みんながそれぞれだけで生きるべきだと考えている。いがみ合うことなく時には協力して、互いに貴び合い生きていけるはずだ。【大森林】の周りの街はそうしてきたのだから。


彼は目の前の大人たちの理屈を眺め、誰がどんな考えを持っているのかを実感しながら覚えこんだ。発言は最初から許されていなかった、コトヴァがまだ早いと止めたのだった。――あなたはまだ、王子として認められるに値する経験を持っていませんから、と。


実際のところ、田舎から出てきた少年そのもののユリウスを貴族たちの前に出せば失笑を買うだけなのだろう。さすがにそのくらいは分かる。


ユリウスは静かに二本の足でまっすぐに立ち、王の証の指輪が光り輝き、円卓の真ん中に置かれているのを見つめながら会議が終わるまでをそうしていた。いい子で。


顔にはいつの間にか薄い笑みが浮かび、その表情は臣下たちがけたたましくしているのを見守っていたハインリヒ王に驚くほどよく似ていたが、ギルベルト以外それに気づくことはなかった。


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