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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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ギルベルト2

そうしているうちにキイィ、と扉が開かれ、侍従に連れられて一人の男が入ってきた。どこにでもいそうな灰色の髪の中年男である。太り気味のお腹を支えるように歩いてきて、


「魔法使いツァベル、参上仕りました。品もこちらに」


とギルベルトに跪く。まるで王子にそうする臣下のように――ああ、そうか。ギルベルトは血筋だけで言えば王子なのだ。


「ツァベル、立て。ユリウスだ。そっちがマイヤ」


ははあ、と男は忙しなく頭を下げた。


「王子殿下におかれましては、先日のご活躍まことに……」

「ああ、いいからいいから」



とギルベルトは鬱陶し気に手を振った。ツァベルはすごすご押し黙る。

「ツァベルは【白の魔法使い座】に所属している。ネテロスに対抗するためコトヴァが集めた魔法使いたちだ。あの日、ダンジョンの内部調査をしていた」


「封鎖していたのはそのためだったのか?」


脳裏にあっとひらめくものがあった。ユリウスはツァベルに向き直った。


「あの日、ダンジョンから逃げてきていた一団……あの人たちのうちのおひとりでしたか」

「どうそ、殿下。魔法使いめにそのようにご丁寧には。不要にございます。我が身は卑賎なる一魔法屋にて……」


と、中年男は丁重に答えた。


「難しい調査だったと聞きます。よくご無事で」

「いいえ、いいえ。ダンジョンの中に異世界への【入り口】があるなどと……つまらない伝承の検証でございまして」


研究を主とする魔法使いのさがなのか、ツァベルはもごもご説明口調になり、ギルベルトが飽きれたように、


「おい、早くしろ」

とせかしたことで慌てて銀の小箱を取り出した。ぱかっと開いた箱、戸惑うユリウスに中身の指輪が差し出された。見たことがある――真珠のはまった銀の指輪。あの日、拾い上げようとした。


「あっ……」

ギルベルトは指輪を手に取った。ツァベルは引き下がった。


「これはな、【王の指輪】という。【王冠】の真ん中にはまっている魔石を研磨する際に出たクズ石が一晩放っておいたらくるんとまとまって、真珠状になった。魔道具の一種だ。俺が触れると、」


ギルベルトは躊躇せずに指先を噛みちぎり、出た血液を真珠に擦り付けた。真珠は一瞬だけきらっと輝いたけれども、すぐに何の反応もなくした。血は地面に滴った。


「このように。王統の血には反応するがそれだけだ。やってみろ、ユリウス」


マイヤが心配して前に出てきた。姉を手で押しとどめつつ、ユリウスは右の人差し指の腹を食い破る。


どうしてか、そうすべきだと感じていた。半分強制されているということ以上に、その真珠の指輪は美しく、血を欲していた。ダンジョンが姿を変えた光の帯と同じ光だとわかった。


垂らされたユリウスの血に、真珠はぽうっと光を発した。目をつんざくほどではなく、暖炉の火のように温かみがある。そしてそれはギルベルトのときより長く、強く続いた。


指輪にすっとユリウスの血が染みこんでいった。一滴も滴ることはなかった。


「決まりだな」

とギルベルトは頷く。

「お前は王子だよ」

「……説明してくれ」


ギルベルトは話した、これは【王の指輪】であり、女神に認められた正当な王の子の血にのみ反応する。妾の子ではなく。代々のカーレリンの王たちは戴冠式にこの指輪を嵌めて臨み、右手の指輪と頭上の【王冠】が揃って輝くことで即位は成立したとされる。


「明らかに俺のときとは光り方が違っただろう」


とギルベルトは微笑んだ。いっそ優しいと感じるほど穏やかな笑顔で、


「俺ではだめなんだ。お前じゃないと。生まれたときに【大神殿】を通じて女神にお披露目され、神官たちの記録簿に名前のある王子じゃないと、王にはなれない」


「そんな、」

騙し討ちだ、とも思ったが、ユリウスは唇を噛んで黙り込む。指輪に血を垂らしたのは自分なのだ、言い訳はできない。


「爺さんたちに報告に行ってくれ」

と言われ、ツァベルは頷いた。

「待ってください」

と声をかけたのはマイヤである。


「弟は混乱しています。少しくらい時間を与えてあげてください。あんまりにも急です。何もかもが」

「すまないね、お嬢さん」

ギルベルトは女好きのする笑みを浮かべた。


「もう遅いんだ、全部」

それはその通りだった。すでに誰も彼もが後戻りはできなかった。


ユリウスの身上が正式に証明された、ということになった。ギルベルトという身分正しい男の立ち合いの元、魔法使いが魔道具で確かめたのだ。カーレリンの因習に則っても、またフェサレアの法律上でも、法廷に持ち込める確固とした証拠である。


ツァベルが行ってしまうとギルベルトは両手を広げて、


「さあ、これからが大変だぞぉ。フェサレアに歯向かうことになる」

「――なんだって?」


「そうだよ。言ってなかったか? 俺たちは反乱軍だよ。カーレリンの残党だ。これから始まるのは反乱だよ、反乱。フェサレアに反旗を翻す」


ユリウスは絶句した。彼の小さかった世界は、コヤの街を捨ててマーネセンに出てもまだ小さすぎるほどだった世界が、揺らいでくしゃくしゃになり、一気に広がった気がした。


「そんなのってないわ!」

たまらずマイヤは叫んだ。ユリウスの眩暈じみた絶句は打ち破られる。


マイヤだって大人しくしていようと思っていたのだ、話が難しすぎて……自分には口を出す権利はないと思っていた。弟が心配でたまらなかった。この状況は彼女にとれば、立派だけれど悪い大人たちが、この子を祭り上げようとしているとしか思えなかった。


ギルベルトが去ったら、うかうかしていないで逃げようと言うつもりだった、それが実行可能か不可能かなどということは念頭になく。ただマイヤはユリウスと穏やかに暮らしたかっただけなのだ。親が死に、孤児となり、コヤの街がはたして復興するのかもわからない。身の拠り所はどこにもない。ユリウスだけが家族だ。


「フェサレアはそりゃ、問題がないわけじゃないけど……今のところ平和じゃない。亜人だって大事にされている。今のままで何もおかしなことはないのに。どうして壊すの? また戦争になるの?」

「マイヤ!」


ユリウスは姉の肘を掴んだが、彼女は止まらない。

「私は覚えてる! カーレリンが滅びたとき、街は燃えていた! 女神の嘆きが【大森林】から聞こえたわ。私はその中を逃げたの、母さんに手を引かれて、父さんが抱えたユリウスの髪を見ていた!」


もうやめろ、と弟が言うのも構わず、マイヤは両手で頬をひっかき取り乱した。分厚い壁で造られた古い屋敷に、小娘のきんきんした声が吸い込まれていく。


「また、人が死ぬの? またあんなことをするの? どうして?――どうしてユリウスを巻き込むのよ!!」


はあはあ、マイヤは肩で息をする。ユリウスの腕に半ば縋りつくようにして、ぎりっとギルベルトを睨んだ。


豊かな恵みをもたらす土の色した髪を指先でくるくる弄び、男はふと街で目を止めたという様子でマイヤを静かに眺める。驚くほど冷たい視線だった。それなのに表情ばかりは貼りつけたような笑顔で、不気味だった。


「マイヤ、いい加減にしろ。――すまない、ギルベルト。姉は調子が悪いんだ。俺たちは引き上げる」


ギルベルトは指を髪から放す。よく手入れされた質のいい髪がさらりと胸元に落ちる。


「なぜかって? 正義のためさ。フェサレアは亜人を絶滅させようとしている。フェサレア王のそばには魔女がいて、魔女の率いる教団は亜人を人間と認めていない。クロノトエルを滅ぼし、カーレリンを下し、草原の民を退け、テルリットの騎馬隊を支配下に置き、その他名前もなかった部族をたくさん、吸収した。次の敵が必要なのさ」


「それは――」

「あんただって亜人を嫌ってるだろ、お嬢さん。ユリウスだってノームやゴブリンを嫁に取れと言われたら困るだろ。エルフならまだしもね。そういうことだろ? マーネセンのどれほど気のいい連中でも、異種族での結婚には反対する。それが答えさ」


確かにそれは、みんなが知っていて見えないふりをしていることだった。


年上の男の全身から、憎しみとしか形容できないものが滲み出ていた。自分を妾の子、侍女の子だと言ったときの厭世観漂う笑みと、とてもよく似た雰囲気で。


ユリウスはマイヤの腕を引っ張って背中に庇った。姉はさすがに黙ったが、いつまた馬鹿なことを言い出すかわからない。


「フェサレアはエルフもドワーフもノームも殺そうとしているんだ。ハーフリングくらいは許してもらえるかもしれないが、それにしたって差別はされるだろう」

「どうしてそう言い切れる?」


ギルベルトは怒りを飲み込んだ目で、生徒のあまりの愚かさに呆れるのも忘れた教師の顔で、ユリウスの肩を叩いた。


「お前にもいずれわかる、世界を知ればな」

そうして扉に歩み寄っていく彼の、広い背中をユリウスは見送る。


姉に向き直るとまだ怒っていた。輪っかの形に編んだ髪が崩れて、熱がまたぶり返しているのが触れたところから伝わった。


「マイヤ、もう戻ろう」

「――戦争になると全部失われるのよ。しちゃいけないの。フェサレアが亜人を殺す? いいえ、そんなのは言い訳だわ」

「それはもういいからっ。姉さん」

「自分たちが戦いたいだけのくせに……」


ぐったりした姉の身体を引きずって、ユリウスは与えられた部屋に自ら戻る。

扉が重く閉ざされて、中庭はまた元の平穏を取り戻した。


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