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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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ギルベルト

ユリウスがカインと父母の夢を見て飛び起きるのを三日、続けたあと。


パンと具だくさんのスープと肉とサラダの豪華な食事をもらい(何せ家での食事はパンとスープだけが普通だった、あんなに品数があるなんて)、中庭を散歩できることになった。昼下がりのことだった。


侍従の青年はユリウス付き、ということになっていた。彼は姉弟が外に出るのを許してくれない。また、部屋の前には丸い兜をかぶった番兵がいて、外に出ようとするのを制止する。ユリウスが怒り、これではまるで囚われの身だ、もしも俺があんたたちの言う通りの身分なら、おかしいじゃないかと食い下がってやっと許可が出たのだった。


マイヤは最近体調が悪い。微熱が下がらず、館勤めの医師だという人に見てもらった。治療師ではなく医師にかかれるなんて、まるで貴婦人の待遇のようである。それで処方された見慣れない粉薬など飲んだりしているうちに、それなりに小康状態になって今日の中庭にも出てこられた。


中庭は広く、白い土が敷き詰められている。四方八方が建物、あるいは扉だった。唯一自由に見えるのは空だけだ。ここはほぼ正方形の館で、どうやらマーネセン領主のいる城とも違うらしい、ということを、ユリウスは把握していた。


人工の池が真ん中にあり、周りを花壇が取り囲んでいる。花壇にはマリーゴールドが乱舞していた。背の高い種と低い種が混植されており、ちょっとした垣根のようだ。マイヤは喜んで花壇を観察している。


「姉さん、座ったら。ちょっとよろけただろ」

「大丈夫よ」

「いや、よろけたね。ホラ早く」

などとやりあっていると、


「お、いたいた。よーう、元気か」

と声がかかる。知った声だ。一度しか聞いたことはないものの、そうそう忘れるものか。


「……ギルベルト、さん」

「にいさんでいいぞぉ」


と言って男は笑いながら近づいてくるのだった。


マイヤを花壇に座らせる。足はほとんど治っているが、やっぱり頭がふらふらしている。


「知り合い?」

「前に話したろ。その……カーレリンの王様の、子供」


合点がいった顔をマイヤはしたが、はたしてギルベルトとユリウスに血縁関係があるなどと、姉が信じているのかどうか。その話は何度かしていたが、結局姉弟のどっちも最後には同じ結論に至るのだった――もし父さんと母さんが本当の親じゃなかったとして、じゃあなんの義務も利益もないのにここまで育ててくれたはずがないよね。


つまるところそれが全部だった。素朴な価値観である。

「よう、頭まだ痛い? ごめんなあ」


ギルベルトはへらへら笑う。ユリウスはもう怒る気にもならない。マイヤは小さく頭を下げたが、


「あ。お姉さんもこないだはどうも」


なんていうギルベルトにびくりとしたのをユリウスは見逃さなかった。


「お前、姉さんに何した?」

「なんにも。ただブン殴って気絶したお前を担いだらキャアキャア騒いだからさ、大人しくさせて部下に運ばせたよ。あのときは悪かったねえ、お姉さん」


ユリウスの目の色を見てギルベルトは笑顔を収めた。慌てた様子もなく話題を変えた。


「コヤに行ってきたんだよ。あとあちこち視察。安心しな、ご両親のご遺体は葬ってきたから」


マイヤが目に見えて身体の力を抜き、胸元を抑えた。そこには清潔なハンカチにくるんで母の髪と、父の爪が入っている。着替えのときさえ黙って移し替えて持っていたのだった。


「……ありがとうございます。街はずれの墓地に入れてくださったのでしょうか」

「ああ、そこにしたよ。安心しな。神官に黄泉送りまできっちりしてもらったよ」


マイヤは立ち上がり、スカートの裾を手に取って膝を折る正式な挨拶をした。


「ありがとうございます。何よりのことです」

「それは、ありがとう。本当なら俺がするべきだった。父母が死後に彷徨うことがなくなって、心から安心した」


とユリウスも胸に右手を当てて左足を引き、頭を下げた。どちらもよく躾られたカーレリンの礼儀だった。


実のところユリウスは内心、はらわた煮えくり返る部分がある。マイヤが本調子ではないから、よくしてもらえているから表に出さないだけで。


わけのわからないことを言う老将軍も、部屋の外さえ出してもらえない環境も。つい数日前まで元気にダンジョンにお供していた少年にとっては、けっこうな負担になっていた。最初の頃はそれどころではなかったのに、怒りというのはあとからふつふつ湧いてくるのだから困りものだ。

きちんと話をしてわかってもらいたくとも、あれからコトヴァに面会させてもらえない。いっそう囚われの身、という感覚が強くなる。


ふたりの挨拶にギルベルトは鷹揚に頷いていたが、顔を上げたユリウスがひとつの気がかりを口にすると笑いを消した。


「カインは?」

「事故死ってことで片付けられて、共同墓地に葬られた。身よりが見つからなかったんだ。そういう奴らがまとめて一つ穴に放り込まれて、合同で弔いの儀が行われたみたいだな」


後悔と反省が胸を詰まらせる。そんなに長い付き合いではなかったものの、カインは確かに友人だったから。


ものを言えなくなったユリウスを心配してマイヤは手を伸ばしたが、さすがにこの男の目の前であやされてはたまらない。ユリウスはばっと距離をとった。ギルベルトは呆れを表に出さないまま、


「あんたたちがここにいる間、お偉方が何を話し合ってるか知ってるか?」

と両手を広げた。

「……知らない。そもそも誰だ? その偉い人っていうのは。マーネセンのご領主か?」

「ハッ」


とギルベルトは鼻を鳴らし、短い沈黙。ユリウスは片目でギルベルトを観察した。自分の異母兄だという男……本当に? 実感はないし、十六歳の少年にはその顔を見て内面を推測するまでのスキルがない。ああ、土色の髪が縁起がいいなとか、目の色が同じだと思うくらいである。


「あんなのは裏切り者だ」


とギルベルトは吐き捨てた。奇妙に平坦な、まるであまりにも大きな感情を押し殺しすぎたような声だ、とマイヤは思った。


コヤの街では、女や女の子が男同士の会話に割り込むのはよろしくないとされる。弟といえど男であるユリウスに会話を任せ、頷き役に徹していたのだが、ちらちらと目があうギルベルトの青い目が少し怖かった。ユリウスと同じ抜けるような冷たい空の色なのに、どこか霞がかったような感じがして。


「マーネセンのタイタスは領地のことなんか考えちゃいないさ。フェサレアが強ければフェサレアに、カーレリンが復興すればカーレリンにつくだろうよ。裏切りは背信だ……アレクシスが、アレクシスだけが唯一裏切り者のように扱われるがそれは違う。自分の利益のために国を売った貴族は大勢いたんだ。ただアレクシスがその頭目のように祭り上げられたのは確かだ、そして責任を追及され首をとられた」


「親しかったのか?」


ユリウスは思わず聞いた。ギルベルトの拳や噛み締められた歯や踏ん張った足や、何よりすうっと白くなった目の色がそう言っていたから。


「は?」


とギルベルトは鬱陶しい質問をされたときの年寄りじみて、年下の少年を睨みかけ、それから目を伏せた。瞼を開いたときにはその色は青で、彼らしい軽薄さにきらきらしていた。


「いいや、知らないね。アレクシスは……有名人だったから一方的に知ってただけだ。将軍の息子だったからな。俺とは士官学校で同期だった。――でも許せるか? あいつだけが悪いんじゃなかったんだ。汚職に手を染めていた貴族はあまりに多かった。それは誰もが知る事実だったのに、他の奴らの罪も全部おっ被せられて殺された」

「そうか」


とユリウスは頷く。しごく真面目に、心から同情して彼はギルベルトにそっと近づいた。


「名誉が損なわれることはあまりに辛く厳しい。今なお生きるお父上にも類が及びかねない。アレクシス……殿は立ち回りが悪かったんだろう。けれどそうして思い出してくれる人がいるのは幸いだ。ギルベルト、今後のあんたの人生の中で彼の汚名を雪ぐ機会があれば、間違いなくそうすればいいさ。そうすれば人は思うだろう、アレクシスは死後にまで誰かに尽力されるほどの人物だったのだ、と」


ギルベルトは珍獣を見る目でユリウスを見つめ、はあっとため息、小さくぼそっと、


「……古っ」


首を振り、目を抑えるのだった。へんに冷たい風が吹いた、ような気さえする。マイヤが花壇で歯痛の人のように頬を抑える。


「い、いや。俺は……父さんにそう教わったから。男の名誉とはそういうものだと」

「実践したことはないんだろう? ったく、世間知らずのクソガキがよぉ……」


ぐうの音も出ず、黙り込むユリウスだった。


やれやれ、とギルベルトは天を仰ぎ、ついでに腰を伸ばしながらああ、と声を出した。

「そうだった、会わせたい奴がいる」

「誰だ?」

「――おぉい、呼んできてくれ!」


彼が手を振ると、中庭に通じる建物の扉のうちの一つから侍従が姿を現し、一礼して去っていく。まさかそこにいるとは思いもよらなかったのでユリウスはぎょっとしたが、ギルベルトにとっては普通のことらしかった。


ギルベルトはだいぶん無神経な男のように、ユリウスには思われる。マイヤにも。


年上らしく年下を気遣うところなどはまるでなく、自分の言いたいことだけを言っている印象を受ける。洒落た装いといい、剣の心得を思わせる足さばきといい、平民に遠慮しない貴族そのものだ。あるいは王の血を引くとは、こういうものなのかもしれなかった。


「お前さ、なんで髪の毛が白いんだ?」


その人が来るまでの時間潰しだろう、ふと思いついたように、ギルベルトは首を傾ける。


「知らん。物心ついた頃からこうだった――ねえ、姉さん?」

「ええ」

「ふーん。おかしいなあ。俺たちの一族はみんな、こういう髪なんだが」

と、一つにくくった上にくるんと巻いた自分の土色の髪を振ってみせる。


「始祖イシュリアが森の女神に愛された証らしいから、これ」

「女神の森の土の色だものな。素晴らしいことだ」

「ふふん」


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