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【完結】少年王と魔石の乙女  作者: 重田いの


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ネテロス

偉い人たちはあの日から大わらわのようだった。毎日、城にどこからか小型ドラゴンの伝令がやってきては去っていく。立派な馬車がやってきて城に入っていく日もある。今日のように。


「なあカイン、あれはどこの殿様だ?」

「どれ? ああー、あの紋章はたぶんカルダ地方の豪族。マーネセンとは魔石貿易でけっこう縁が深い」

「へえー。お前ほんと詳しいのな」

「だろう。趣味だからな」

「紋章官になればいい」

「どうだかなー。あれって貴族じゃないとなれないんじゃないか」


気のない会話を交わしながら、手だけは忙しく動かす。


今日の仕事は治療師の下働きで、薬草師が調合した薬草や魔石を石臼でひたすら磨り潰し、混ぜ合わせるという内容だった。草だけではなく、石まで粉状にして磨り潰さなければならないので、腕の力がいる。なので冒険者見習いの少年たちには最適だった。


まだダンジョンは封鎖中である。だからといって冒険者たちに暇を与えると何をするやらわからない、ということで、冒険者ギルドはこうした細かい仕事を斡旋するのにてんてこ舞いだった。実際のところ、日銭を稼がなければすぐに干上がる者も多いわけだから、対応は正しい。


紹介されたのは小さな治療院だった。古い床と壁、寝台には毛布がついておらず、患者か家族が手配しなければならない。ここを見る限り、姉が入院させてもらっている小さな治療院は相当いいところだったのだと安堵するユリウスだった。


あの音と光の原因を調べるという名目で、連日高名な魔法使いが詰めかけている。またそこで偉い人同士の権力争いがあるらしい、王宮から来た派閥、学院から来た派閥、元からマーネセンにあった魔法使いギルド、それから領主直属の魔法使いもいるらしく、混迷を極めているそうだ。ユリウスの知識は全部カインの受け売りだが。


カインが泊まっていた宿は壊滅したものの、知り合いは全員、無事だったそうだ。廃屋や地下水路に隠れ潜んで生き延びたらしい。古巣の街にずっと住む、というのは素晴らしいことだ。こうやって生き残れるチャンスがあるのだから。


(本当なら俺もいつか冒険者を諦めて、コヤに帰ってたんだろうか)


と、また考えなくてもいいことを考えそうになってしまう。


「知ってるか」

赤い薬草のねばつく液を無理やりこねあげてまとめながら、カインは声を潜める。


「魔物が溢れてきた原因は、魔法使いギルドにあるらしいぞ」

「なんでだよ。マーネセンの人間がマーネセンに魔物を溢れさせるようなこと、するわけないだろう」

つられてユリウスも小声になった。


「ダンジョンの最上階にお宝があるのはみんな知ってるだろう? で、魔法使いがズルをしてそこに無理やり入ったそうだ」

「ズルってどんな?」

「さあ。それは知らないけど。そしてお宝を盗んだから、結界っていうのが壊れたんだってよ。そしてあの爆発が起きた」

「結界ってあの、目に見えない光の壁か」

「そうそう。それが魔物を抑えてたんだ。タガが外れて魔物が溢れた」


ユリウスがさらに問い詰めようとしたとき、出入り口の布をぱっと押し上げてここの治療師が入ってきた。金の目のオークの形相である。


「喋ってるってことは終わったんか!? 頼んだ分の薬は全部できたんかあ!?」

額に山羊の角が生えた、百戦錬磨の治療師にそうすごまれてはたまらない。少年たちは慌てて作業に集中することにした。


賃金をもらって外に出れば夜、である。ここ数日はずっとこうだった。城は篝火と魔法灯が焚かれ、なんとドラゴンの離陸が見られた。夜行性のドラゴン、それも人が騎乗できるまで調教したものなんて相当高価で希少なのに。


「やっぱりドラゴン騎士を見てるな、お前」

横に並んでカインはにやっと笑った。


追い剝ぎだの酒乱だのが出るというので、二人はいったん表通りに出てから帰ることにしていた。大通りや円形公園の復興は早い。もう倒れた街頭が立て直され、破壊されたベンチには新しい鉄の土台が取り付けられている。そうした真新しい資材を盗まれないようにするためか、見張り役のワーウルフがじいっと立っていた。


連れ立って歩きながら、ユリウスは覚悟を決めてカインに告げる。


「あのさ。俺――やめることにしたんだ、冒険者」

カインは呆然と立ちすくむ。


「な、なんでだよ? 怪我はしてなかったろ。最近はヴェインさんの下について、今日の仕事だってあの人が俺らに回してくれて。なんか不満があるのか?」


「いや、そうじゃなくて。親が死んだんだ。まだ弔いにも行けてない」


やっと言えた、とユリウスは思う。ああ、ともうう、ともつかない声を出し、カインは痛ましげに目を細める。


「そうか。それは……大変だ。大ごとだな。確か姉さんがいるんだっけ? その人は……?」


「生き残ったよ、なんとか。今はオレンジ通りの治療院に入院してる。怪我が治り次第、地元に戻るんだ」


「その、いいのか」

カインは言いよどんだ。

「冒険者は……夢だったろ」


そうとも。ユリウスは喉の奥に熱いかたまりを感じた。冒険者は夢だった、あの息苦しいコヤの街から連れ出してくれた夢だった。今だって身を焦がして憧れている、いつか高価な装備に身を包んだ自分が、ダンジョンの最上階で栄光に包まれるのを夢見ている。


けれど姉は、傷が治ったらコヤに帰りたがるに違いないのだった。マーネセンは彼女にとって煩雑すぎる。


ではコヤに戻って、どこに住む? 家はもうないのに。女ひとりで? どこかの酔っ払いなり余り者の男に手籠めにされて、腹を膨れさせて強制的に結婚させられる末路しかない。


姉をそんな目にあわせるわけにはいかないし、ユリウス自身、自分の見えないところで傷つくかもしれない姉の姿を想像するのは耐えがたい。どう考えても――冒険はここで終了、だった。


ダンジョンの再開扉の日を待たずにマーネセンを去るかもしれないとなると、もう二度とダンジョンに登ることもない可能性もある。入るたびに形を変える複雑な迷宮、大理石のひんやりした冷たさ、熟練の冒険者たちの見事な技、宝箱に落とし穴に魔法の仕掛け。全部と縁切りすることになるかもしれない。


ユリウスの顔色を見てか、カインは慌てて言い添えた。二人して円形公園の片隅で、行き場のない若者同士のように立ち止まっていた。


「でも、結構なことだぞ。家族のために、夢を諦めるってことだろう? 神様も見ててくださるさ。お前の犠牲を。きっと何かの見返りをもらえる」


それは山奥の奥に根付いた素朴な信仰だった。いいことをすればいいことが。悪いことをすれば悪いことが。お前にも、家族にも。


カインはにかっと笑って頬をかく。


「俺も稼げるうちは冒険者をするつもりだから。いつか金を貯めて会いに行くよ。お姉さんにも挨拶したいし」

「ありがとう……。いいモン用意して待ってるよ。手紙書くし」


と、そんなことはおそらくないだろうという確信を双方持ちながら、肩を叩きあう。


冒険者はふいに命を落とすし、こうしてやむにやまれぬ事情で脱落していく。名の知れた冒険者になれる奴なんてほんの一握り、夢破れる方が多い。


それでもなお、人を惹きつけるのがダンジョンの魅力だった。単なる属領の一部分にすぎなくとも、フェサレア王国の管理権が及ばず、どんな人間であれ自由に活動できる場所。


ユリウスはカインを促して帰り道を辿り始めた。二人して今のところはヴェインの宿で世話になっているのだった。それにしても情の篤い人だった、ヴェインは。たまに状況憚らずテレゼと大喧嘩をするのが玉に瑕だが。


月が出ていた、今日は青い月と白い月の日だった。三つあるうち青い月はそれほど光が強くないので、石づくりの街はほぼ白い月に照らされている。薄暗いこのような夜がユリウスは好きだった。闇の色がふんわり透けて、落ち着く感じがする。ユリウスは斜め後ろのカインを振り返り、何か言おうとした。彼は――ほとんど友達のようになっている、近いうちに失われる予定の彼は、頭の後ろで手を組んで空を眺めていた。ところどころに浮かぶ雲が遠いのだと、山にいた頃世話していた羊の群れのようだと、話していたのはダンジョンの中でだったか、マーネセンの街でだったか。今となっては分からないことである。


弓矢が飛んできてカインの喉に刺さった。右から左へ。目が一瞬でガラス玉のようになる。ユリウスはぱちりと瞬きをする。円形公園のはずれ、かつて乗合馬車の駅があったところの裏。破壊は直りかけ、けれどまだ瓦礫が散乱する。


「ぁ――」


本能が身体を動かした。ユリウスは走り出し、逃げ出した。彼の足が蹴ったあとの小石を砕いて、矢が当たる。次から次へ。


ジグザグに走って建物の影に飛び込み、矢羽根の方向からあたりをつけ、さらに奥へ。ばりばりに割られたショーウィンドウのある大きな革用品店を曲がると、窓枠をすり抜けて矢が踵スレスレに当たった。早鐘を打つ心臓、手足ばかりが迅速に動く。


――昔、こうやって逃げたことがあった気がする。


矢が飛んでこない裏通りに逃げ込み、歩きながらせわしなく息を整える。次がいつくるか、またどうやってくるかわからないから逃げる方向もわからないが、

「姉さん!」


と走り出した、あの治療院の方へ。こぢんまりして古く清潔で、姉が寝かされているところへ。

マーネセンには無数に治療院がある。ダンジョンが出現した十年前から需要が高まり、各地方の治療師が徐々に集まってきて小さな建物で開業する場合が増えたのだ。


だから矢を射た何者かが姉のいるところを突き止めている確率は、低いだろう。単なる物盗りが脅すつもりで放った矢がカインを殺した、可能性がないわけじゃない。


(馬鹿言うな、考えろ! 考えろよ、おかしいだろ!!)


どうしてただの冒険者見習いが殺されるんだ? 強盗するなら姿を現して武器で脅せばいい。見習い二人くらい、その日の日当くらい、簡単に脅し取れる。理由がわからなくても心当たりは――ある。


(――王子、と呼び掛けられた)


あの男、ギルベルトに。変な男に絡まれたと思った、そのすぐあとに、カインが殺された。では?


(俺か!? 俺のせいでカインが死んだのか⁉)


思考は飛躍する。自責の念も何もなかった、まだそこまで考えられるわけなかった。


ユリウスはただ走った。周囲の建物は中に人がいるのかいないのかわからないくらいに静まり返っている。襲撃の日以来、冒険者でもなければ夜に外を出歩く人間は皆無になっていた。


ユリウスは知っている限り細い古い路地を選び、いじましい物乞いやすれた娼婦の目が物陰から覗くのも構わず駆け抜けた。思えば真上から再び射かけられたら確実に死んでいたわけだから、運がよかったと言えるだろう。


治療院にたどり着くと、そこはしんと静まり返っている。周辺の密集した家々もだ。みんな寝ているのだろう、と思った。


(ならマイヤは無事だ)

とも思った。


扉が不自然に半分開いており、風向きが変わってそこから血生臭さが漂った。


彼はそこを蹴り開けた。


中は血の海だった。心臓が、止まったと思った。冷や汗がぶわりと吹き出して寒かった。


あの下働きの女性も、見舞いに来るうち顔見知りになった食器職人の男も、瓦礫に当たって入院中のワーキャットの子供も。勇猛果敢に戦ったと自称するも、その実オークにびびって走って転んで足を骨折した冒険者。人魚の血が入った刺繍職人の女。顔見知りの、名前を知らない見習いの少年……。


治療師は診察室がわりのカーテンで仕切られた一角で死んでいた。木の椅子に腰かけたまま、喉を掻き切られている。それで、少なくともこの襲撃が診療のあった時間、おそらくは夕方から日が暮れるまでの短い時間に行われたと察しがついた。


ユリウスは血だまりに両膝をついた。胃の中のものを全部ぶちまけた。鉄と赤色に混ざってすっぱい腐臭とどろどろの内容物が、ビチャビチャ音を立てて吐き出される。


「マイヤ、マイヤ」


やがて嘔吐の波が過ぎると、彼は死にかけの犬ように立ち上がって彷徨った……姉さん。黒い髪の黒い目の姉。


生きている者は誰もいなかった。姉の横たわっているはずの寝台に真っ先に直行したが、そこには死体さえない。血のあとがあった。どす黒い血のしみを彼は見つめる。


隣近所の家はしぃんとして、治療院にはユリウスの息の音だけが響き渡る。


裏庭の戸口が見えたとき、彼は身を翻してそちらに向かったが、トロールのグリーグはとっくに旅立ったあとである。動きづらい身体をおして、彼はアマルベルガに教わった場所へ行くのだという。そこに娘がいるとあの魔女が言ったから、と。


ユリウスは裏庭から姉のいた寝台までを戻った。死体とものの転がる乱雑な通路を丹念に見たつもりでも、足跡一つ見つけられない。と、カタンと音がした、裏庭から。隅々まで確認したはずの場所だったのに、確かに音はした。


ユリウスは再び戸口に駆け寄った。


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