自己紹介
俺が女性とまともに会話したのは、約2年ぶりだった。プライベートではもちろん女性と絡むことは皆無で、職場では挨拶か仕事の用件のみでそれ以上のことを話したことはない。同僚達は俺が女性嫌いだと思い違いをしているようだが、こちらとしては好都合なので何も弁解せずに放っておいている。
女性は水守怜と、料理を口いっぱいに頬張りながらそう名乗った。流石に名前を名乗られたのだから、こちらも名前を伝えた。
「黒桐翔太さんか〜。名前通りの感じだね」
「そんなこと初めて言われました」
「私も初めていったもん」
彼女はそう言って子リスのように笑った。
よく笑う人らしい。それが俺の女性に対しての恐怖感を柔らかくしているのかもしれない。
「何歳?」
「二十歳です」
「え、年下!私は21歳だかんね!じゃあ私がお姉さんだね。フフフッ、これからは翔太と呼ばせてもらおう」
彼女は得意げに笑って、グラスの水を飲み干した。
「まあ、べつにいいですけど」
これからも何も今後会うことはないのだから、どう呼ばれようと構わない。
「翔太〜。いまからお酒呑む?」
「いえ、結構です」
「呑めない人?」
「呑む気分ではないので」
俺としては空腹を満たせたのでさっさと帰りたいのだが、彼女はそうでもないらしい。
帰ります、と一言いえば済む話なのだけれど、面と向かってはっきり言えない自分に嫌気が差す。
「私は呑みたい気分なの!付き合え〜」
彼女は物腰柔らかい命令口調で呼び出しベルを押して、来た店員に2人分のビールを注文した。
ビールが届き、彼女は高々くビールの入ったグラスを持った。
「かんぱーい!!」
俺の目前に置かれたグラスに自らのグラスを合わせ、豪快に呑み始めた。
「翔太!アンタも呑め!」
何故こんなことになっているのだろう、と考えながら俺は嫌嫌グラスを手に取り、一口ビールを呑んだ。美味さはなく、苦味が口に広がる。炭酸が喉を刺激する。
満腹のあとのビールが美味しいはずがなかった。
彼女はすでに2杯目を注文していた。
どうやらご飯と一緒にお酒が呑める人らしい。
「私さ、借金あるんだよね」
何の脈絡もなく彼女は言う。
「浪費癖なのかな。欲しいと思ったら買っちゃうのよね」
彼女は肘をついて、窓の外を向いていた。
頬はお酒のせいか薄っすら赤く、その横顔はどこか遠くを見つめているようだった。
それを聞いて、正直俺は身構えた。
この状況でその後言われることを想像するのは、そう難しくない。
「あはは。そう構えなくて大丈夫よ。お金貸してなんて言わないから」
「そう、ですか」
「その代わり、少し私の話を聞いてくれない?」
俺は何も返事をしなかった。
やはり彼女はそれをイエスと捉えたのだろう、独り言のように話し始めた。