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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
終わらぬ螺旋
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二十八 螺旋の終わり(了)

 根岸が討たれてひと月。

 ドブ街の寺子屋では、根岸は失踪したということになっていた。


 生徒や親の間からは、根岸を惜しむ声は少なくない。

 教師としては優秀で、懸命に子どもに教えてくれた真面目な男であったのだ。


 代わりに寺子屋には新しい教師が迎えられる事となった。

 貧乏御家人の五男であるという。

 ちなみに給与は、謎の人物からの寄付で賄われている。

 渡し人たちは、今回の報酬を新たな教師の給与に充てることにしたのだった。



 寺子屋に久しぶりに生徒たちが集まり、暫くの授業の後に教師が怠そうに肩を回し始める。


「ええと…… それじゃあ、先生は休憩入れるんで、自習」


 生徒たちからは不満げな声が上がった。


「またですかあ、先生」


「休憩多くないですか?」


「根岸先生は真面目にやってくれたよ」


 新たに来た教師はどうも今一やる気がないようだ。


「……そうは言ってもねえ 私も忙しくて…… う⁉︎」


 ふと教師が窓に目をやると、じっと睨んでくる男の顔があり、思わず小さく悲鳴をあげる。

 壬午郎がたまたま見回りに来たのだった。


 壬午郎の圧に驚いた教師は、頭を掻きながら生徒たちを見回した。


「やっぱり、授業を続けようか!」


 ため息をつきながら、壬午郎は寺子屋を後にする。


「……まったく」




 今日も花束を持って何処かへと出かけるお駒を白石が咎める。


「おい、お駒。花を供えに行くのはもうよせ。それを偽善ってんだよ」


 渡し人たちは、根岸の胴を埋め小さな墓を作り、埋葬した。

 お駒はあれから数日おきに、根岸の墓へと通っているようだ。


「わたしの勝手でしょ」


 ふんと鼻を鳴らしお駒は背を向け出て行く。

 白石は呆れながらため息をついた。


「……ったくよお 可愛くねえ妹だぜ」


 呼び出されて家に来ていた勢二郎は、興味なさそうに茶を啜る。


「好きにやらせてやれよ。いずれアイツだけは抜けさせてやるつもりだろ?」


「まあ、いいんだけどよお」


 そう言って玄関に人の気配を感じ、振り返る。


「お、来たか壬さん。座りなよ」


 壬午郎もまた、白石に話がある、と呼び出されたのだった。


「どうした? 何の話だ」


「ああ、お前たちも知っておくべきだと思ってな。お駒には今朝話した。話ってのは……今回の依頼人の一人が死んだ。殺されたそうだ」


 そう言って白石は、吉之丞が殺された顛末を語る。


「……ってわけだ」


「……そうか」


「根岸も慕われてたんだなあ……」


 意外な事の顛末に一同、複雑な表情で考え込む。

 勢二郎は湯呑みを回して虚に呟いた。


「俺たちは何のために……」


「待て、勢さん。それ以上は言うな」


 白石は勢二郎を見つめながら、いつに無い真面目な顔で言った。


「この稼業に意味なんて求めるな。死の歯車を回すだけの仕事さ。ただそれだけ。意味なんてないさ」


「……そうだな」


 壬午郎は腕を組みながら、三和土を見るともなく見つめた。


「それにしても気の毒なのは、吉之丞だ。若者が先人どもの揉め事に巻き込まれて殺されるなんてな」


 その言葉に勢二郎もため息を吐く。


「いつになったら終わるんだろな、この復讐のやり合いは」




 お駒は川縁に建てられた根岸の小さな墓に花を生けると、手を合わせ拝む。


「根岸さん…… ごめんね。どうか彼岸ではあなたの大切な人と出逢えてますように。お友達とも仲直り出来ますように」


 お駒の切なる願いは川のせせらぎにゆるゆると流れていった。






 ◇







 原川太一郎は、結局、殺人の罪で島流しとなった。

 離島に流され、数週。

 尊敬する根岸を失った怒りと哀しみは薄れ、代わりに己の罪と向き合いながら毎日を送っていた。


 原川は、この島特有の穀物を収穫し、母家に並べる。


「ふう…… 刈り取り終わりましたよ」


 原川の面倒を見ている、島の住人の一人が礼を述べる。


「いつもご苦労様ですねえ、原川さま」


「敬称など良いですよ、私など唯の罪人だ」


「いえいえ、そうはいきませんよ。我々離島のもんにとっちゃ、あなたは貴人ですから」


 離島や辺境の者にとっては、武士や貴族階級の罪人は貴種として扱われることも少なくない。

 原川は罪人ではあるが、さほど悪くない日々を送っていた。

 世話人の一人がまた言う。


「さあさ、しばしお休みください。今晩は酒も出ますよ」


「お気遣い忝い」


 小さな島を当てどなく歩く。

 穏やかな日々を送ってはいるが、吉之丞の死に顔を忘れた事はなかった。


 思えば、気の毒なことをした、と思う。

 あの男が悪かった訳ではない……

 原川は手にこびりついた血の匂いを毎晩夢に見る。


 虚しい気持ちで島の夕焼けを見上げた。


「先生もこのような気持ちで、生きてこられたのですか?」


 そして、両手を合わせて吉之丞に詫びた。


「……吉之丞どの 済まなかったな」


「そうか、そう思うなら斬られても文句あるまいな」


 不意に聞こえた感情のない冷たい声に振り返ると、木陰から男たちが続々と出てくる。

 手には刀や槍などの武器を持ち、殺気を放ち睨んできた。

 原川は当然、丸腰である。


 不思議と驚きはなかった。

 ……いつか、こうなるような気はしていた


 分かってはいたが、一応、尋ねてみる。


「誰だ」


 男達は答えず、原川を取り囲んだ。

 年嵩の男が冷たく睨んでくる。


「貴様ごときに名乗る名はない。原川太一郎! 命はもらうぞ」


「……そうか」


 虚な目で原川は男たちの表情を見遣った。

 憤怒を露わにする者、逡巡が伺える者、無表情な者、様々である。


 原川は己の罪を思いながら、一つ息を吐く。


「抵抗する気もない。やれ」


 真っ赤な夕焼けを見上げ、原川は目を閉じた。






 終わらぬ螺旋 〜了〜

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

次編も宜しければご覧ください。

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[一言] 復讐は復讐しか呼ばない。
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