二十五 不器用過ぎた男
勢二郎の斬撃は根岸の鎖骨を切断し、肉を軽々と裂くと、肺腑にまで達した。
「……ぐはっ⁉︎」
ぷしゅうと音を立てて、朝焼けに赤き血煙が上がる。
根岸は血を吐き、その場に倒れ伏した。
激しい痛みの後に、徐々に意識が朦朧としてくるのが分かる。
片肺を損傷し、大量に血を失い根岸は致命傷を受けた事を理解する。
激しく咳き込みながら、倒れた地面から見上げると無表情の鬼が見つめていた。
「一瞬で首を刎ねてやるつもりだったが……お前の動きが良かったから、一撃では仕留められなかった。今、止めを刺してやる」
鬼は冷たい目で刀を構え直すが、根岸は気力で声を絞り出した。
「……う あまのどの」
勢二郎は瀕死の根岸の言いたい事を汲み取り、頷く。
「わかってる。根岸新之介が俺に敗れただけだ。堀円古流が負けたわけじゃねえ。お前を勝負の席に着かせるための方便さ。分かってるだろ」
「か、かたじけない」
意識が更にぼうとしてくるのが分かる。
根岸は己の生命が冷えるように消えていくのを感じていた。
(そうか…… これが死か)
今際の際に立ち、皮肉にも小泉親子の心情を理解できた気がした。
と同時に、背負っていたものが肩から降りた。
(もう…… 逃げなくても、悪夢にうなされなくともよいのだな)
間近に迫る死を受け入れ、迫ってくる鬼を穏やかに見つめる。
「何か言い残す事はあるか?」
尋ねてくる鬼に根岸はドブ街に来てからの事を思い返す。
故郷で友を斬り、苦しい逃亡生活を送っていた中で久々に得た安らぎの日々は、思えば神から与えられた最期の慈悲だったのかもしれない。
笑みを浮かべながら、根岸は己を斬った相手に礼を述べる。
「……このひとつき ほんとうにたのしかった…… おぬしたちのおかげだ…… あ、ありがとう」
勢二郎は眉を上げながら、根岸の死相を見つめる。
「礼なんか言うなよ。お前を殺した敵によ」
「てきではない…… せ、せわをかけたな」
わざわざこのような手間をかけてまで、己を剣客として死なせてくれた鬼たちに根岸は感謝の念を述べた。
「根岸、お前は良い剣士であり、良い教師だったぜ」
勢二郎は刀を構え、腕を振るう。
根岸は死の間際に朝焼けの山を見つめ、最期に思った。
(……お主たちもいつか逃れられると良いな この地獄の螺旋から)
根岸の意識はそこで絶たれる。
不器用過ぎた男の旅はここで終わりを迎えた。




