二十四 朱に染まる朝
茜の差す朝の景色に二人の殺気がぶつかり合い、まるで辺りの景色が歪む程の熱を帯びる。
先ほどまでとは打って変わった根岸の冷たい殺気に、勢二郎は刀を構えながら口角を上げる。
「そうだ。いい顔になったじゃねえか、根岸。かかってこいよ」
眉間に皺を寄せながら、根岸は青眼に構えたまま、間合いを測るように辺りをジリジリと歩いていく。
「雨野どの……! 其方と斬り合いなどしとうござらぬ!!!」
「そうは言っても、俺はお前を斬らなきゃならねえ。もういいだろ? 剣士として死合おうぜ」
緩く構えたまま勢二郎は、根岸に合わせて姿勢を入れ替える。
観念したかのように、根岸は薄くため息を吐くと、覚悟を決めた剣士の目となった。
「もはや、運命からは逃げられぬのだな……仕方ない。やり合おうぞ、雨野どの」
「そうだ。俺たちは剣客。斬り合いの元で死のうじゃねえか」
そして、二人は徐々に間合いを詰め始める。
「堀円古流、元師範根岸新之介、参る……!」
「山厳一刀流、雨野勢二郎」
……その流派の名には聞き覚えがある
いや、剣客であれば、知らなければ可笑しい。
根岸は内心で驚きながら、若き頃に聞いたことのあった山厳一刀流の開祖の残した数々の伝説を思い返す。
「……そうか 本当にあったのだな。伝説とばかり思っていた」
「さあこい、根岸新之介」
小鳥たちが辺りの幹から飛び立つ。
殺気がぶつかり合い、二人の間の空間が歪んだ気がした。
瞬間、弾けるように根岸が間合いを詰め、真っ向に斬りかかった。
「……はぁっ!!!」
鋼がぶつかり合い、樹々の合間に鈍い音が響く。
根岸の斬撃を刃で受け止めた勢二郎はにいと笑い、鍔迫り合いすら楽しむ余裕を見せる。
「いい打ち込みだ」
そして、根岸の刃をいなすと、目にも止まらぬ速さで切り上げを放つ。
「ぐっ⁉︎」
まるで目の前で糸を引くような斬撃が走ったと思うと、眉間の合間に痛みを覚え、根岸は後ろへと飛び退った。
根岸が額を拭うと、赤い血が滲んだ。
自然と息が上がる。
勢二郎は何も感情を交えぬ目で根岸を見つめてくる。
「まだ躊躇いがあるだろう、根岸。見えてるぞ。舐めてんのか? 殺す気でこい」
根岸は背筋に冷たさを覚える。
彼にとって、生涯で初めて出逢う強敵であった。
……そして最期の相手かもしれない
根岸は一流の剣客である。
一瞬覚えた恐怖は、諦観と歓喜に切り替える。
根岸は勢二郎のその言葉に可笑しさを覚え、思わず笑みをこぼす。
「……なるほど 本当に強いな、雨野どの」
勢二郎が本気であれば、今の一撃で決まっていた。
この鬼もまた、甘い。
「さあこい」
息を整え、またも、根岸はジリジリと間合いを詰め、飛び込んでいく。
「……フッ!!!」
根岸は袈裟斬りからの、横薙ぎの斬撃を放つが、勢二郎は身を捻るだけでかわし、反撃の一閃を放ってくる。
根岸の頬に熱い痛みが走る。
根岸は飛び退り、再び間合いを取り、息を整えようとする。
(なんという反応と速さだ……!)
勢二郎は事も無げに言い放つ。
「いいぞ、根岸。強えじゃねえか」
「クク……! よく言う!」
嫌味にすら聞こえないのが腹立たしい。
そして、いっそ清々しい。
根岸は息を吐き、刀を構え直す。
もう、手を選んでいる段階ではないと判断した。
(すまんな、雨野どの! やはり殺してしまうかもしれん……!)
根岸は弧を描くように、勢二郎の周りをジリジリと歩き間合いを詰める。
根岸はある地点を狙っていた。
……それは逆光
根岸は巧みな足運びで、朝日を背にした。
根岸に合わせ、姿勢を変える勢二郎は一瞬、眩しさを覚え目を閉じる。
その間隙を突いて、根岸は飛鳥のように駆け出す。
「……ハッ!!!!」
美しい弧を描くようなその斬撃は、勢二郎の首筋へと迫る。
(秘剣「孤月」!!! すまん! 雨野どの……!)
必殺の一撃はしかし……
全く手応えがなく、根岸は体勢を崩しかける。
「……⁉︎」
「いい太刀筋だったぜ」
勢二郎は既に根岸の横に回り込んでいた。
驚愕する間もなく、袈裟斬りが根岸の肩を穿つ。
「……ぐはっ⁉︎」




