二十二 最後の宴②
囲炉裏の灯りに揺られ、山小屋の夜は更けていく。
「……聞いておられるか? 皆さま。拙者の妻はそれはそれは気立の良い女でのお……」
静かな山小屋に根岸のボソボソとした声が響いた。
先ほどから、根岸は亡くなった妻の話を繰り返している。
管を巻き始めた赤ら顔の根岸に苦笑しながら、白石たちは返答した。
「はいはい、聞いてるよ根岸さん」
「やれやれ、何回目だよ、その話」
「いいじゃねえか。心ゆくまで話させてやろうぜ」
首を振りながらも、勢二郎は膝を叩き、煌々と燃える囲炉裏の火を見つめ鹿肉を頬張る。
「……ちっ、しゃあねえな」
「それでのう……」
「はいはい、聞いてるよ」
焚き火の小さく弾ける音に重ねて、静かな夜に根岸の語り口が延々と続いた。
「……うう 眠っておったか」
いつの間に寝ていたのか、重ねられた座布団に寝そべっていた根岸はふと目を覚ます。
身を起こすと空が白み、夜が明け始めていた。
「良い酒じゃったなあ。久々に団欒というものを味わった……」
欠伸をしながら部屋を見回すと、白石と壬午郎も薄い布団を敷き寝ているようであった。
「良く寝ておられるようだ。顔を洗ってくるか」
根岸は静かに小屋を出ると、厠で用を足す。
伸びをすると、薄明るくなってきた山道を歩き、川の水で顔を洗った。
「……そろそろ夜明けじゃなあ」
微かな白い光に山景が照らされつつある。
夜明け前の景色を暫く楽しんでいると、声をかけてくる者があった。
「よお根岸さん。体調はどうだ?」
振り返ると勢二郎がいた。
「ああ、雨野どの。お陰さまでいい気分で朝を迎えられそうじゃよ」
「そうか、それはよかった」
返事を聞くと勢二郎は来た道を暫く見つめ、そして暫くの沈黙の後に根岸を振り返る。
「根岸さん、ちいと歩かないか?」
「ああ、いいですな」
勢二郎の後ろにつき、根岸は夜明け前の山道を歩く。
「雨野どの」
「なんだよ」
相変わらずぶっきらぼうに答える勢二郎だが、昨夜からいつになく当たりが柔らかいと根岸は感じていた。
山道をどんどん進んでいくと、景色も移り変わり、遠くに開けた草原が見えてきた。
「拙者なんぞにあのように楽しい卓を用意して下さって感謝致します。あんなに温かい宴は妻が亡くなって以来でした」
「そんなに大袈裟にとるなよ。アンタはドブ街の子どもたちによく勉強を教えてくれた。いい教師でもあった。このひと月、よく頑張ってくれたよ」
やはり、普段の無愛想なこの男からは出ない言葉に少し驚きながら根岸はその横顔を見つめる。
「……雨野どの?」
雨野勢二郎にしては気遣いが過ぎる言葉だった。
訝しむ根岸を気にすることなく、勢二郎は辺りや地面を見回す。
切り開かれたような平原にはかつては鳥居が立っていたらしい。
軽く頷きながら勢二郎は呟くように言った。
「この辺でいいか。足場も悪くないだろ」
「どうされましたか? 雨野どの。さっきからどこか変ですぞ?」
根岸はいつの間にか勢二郎の表情が消えていることに内心で驚く。
それでいて、何気なく尋ねてくるのだ。
「いいや、そうでもないさ。根岸さん、酒は残ってないか? 気分も悪くなさそうだが」
「……? ええ、気分もすっきりしてますが」
瞬間、微かに放たれた殺気に思わず根岸は後ずさる。
勢二郎は澄んだ目で刀の柄に手をかけていた。
「そうか、じゃあ剣を抜きな。根岸新之介。死合おうぜ」




