二十一 最後の宴
パチパチと焚き火の灯りに白煙が舞い、獣脂の焦げる匂いが漂う。
ドブ街の郊外の山の麓には白石所有の小さな山小屋があり、本日は渡し人たちと根岸で囲炉裏を囲んでいた。
焼けた猪と鹿の肉を手渡され、根岸は恐る恐る一口噛み締める。
「……うう!」
醤油とみりんで味付けされた獣肉は、今まで食したことがないほど美味しく、根岸は思わず唸る。
白石は酒を啜りながら、ますます旨そうに肉を頬張る根岸に尋ねた。
「味と焼け加減はどうだ? 根岸さん」
「うまい!!! でござるなあ!!! 拙者、獣肉など食すのは初めてに御座る‼︎」
「そうか。なら良かった」
ひと月教職を頑張った労いに、と根岸を食事へと誘った渡し人たちはこれ程喜んでくれたなら良かったと一同満足する。
好きなように酒を呑みながら、ほちほちと肉を齧る白石。
勢二郎はガツガツとかっこむように頬張る。
むっつりと黙りこくりながら、齧るように食す壬午郎。
俯きながらほちほちと食べる、いつになく口数の少ないお駒。
それぞれが好きなように食卓を囲んでいた。
獣肉に感激する根岸に白石は遠慮するな、と声をかける。
「たくさんあるから、好きなだけ食えよ」
いつにない美味い食事に、根岸は思わず涙ぐみながら、白石たちに頭を下げる。
「……あ、ありがたいで御座る! 早速入った給金を取り上げられた時は、鬼かと思いましたが、かようなうまい飯を食わせて頂けるとは……! 感涙の極みですぞ……!」
白石と勢二郎は苦笑しながら、そんな根岸を見遣る。
根岸の給金を返済のために没収した時の渋い顔を思い出し、思わず笑いが溢れた。
「おいおい、そんなこと思ってやがったのか? しょうがないだろう。借金なんだから」
「金は長屋の借りた奴らに返しといたからよ。来月からは給金は自由に使えるって訳だ。良かったな」
「……痛み入りまする! 素晴らしい職場を紹介してもらった上に斯様な……」
「ああ、ああ、もういいよ。そういうのは。今日はしっかり食って呑めよ。好きなだけな」
「ありがとうこざりまする……! 遠慮なくいただきます!」
そうして、根岸は用意されたどぶろくとともに、獣肉を旨そうに食べ始める。
がっつきながら、根岸は同様に肉を頬張る勢二郎を見つめた。
「それにしても…… ムグムグ……! 今日は…… ムグ……! 拙者がどれほど食べても、呑んでも…… ムグムグ……! 文句を言わないのでござるなあ……」
「なんだよ、俺がいつでもアンタにいちゃもんつけてるみてえじゃねえか。ありゃあ、アンタの初見の態度が情けなかったからさ。よく働いてくれたし、今は信頼してるさ、先生」
「……勢二郎どの」
そうして、勢二郎は根岸の猪口にどぶろくを注ぎ足す。
「いくらでもドブロクもあるから、好きに呑んでくれ。あんた、イケる口だなあ」
「痛み入りまする……! いやあ、こうして大人数で卓を囲むなど久々にござる。楽しいでござるなあ」
不意にお駒が席を立ち、小屋を出ると扉を思い切り閉め出て行く。
呆気に取られた一同はお駒の出て行った先を見つめながら、それぞれの反応を見せる。
「……おい、お駒」
「はあ…… まったく、あの妹は」
根岸は気遣うように一同を見回した。
「お駒どの、どうかされたのですか? 今日はどことなく元気がないような……」
「ああ、気にしないでくれ。ちょっと風邪気味みたいなんだ。俺、見てくるよ」
そう言って白石は猪口を置くと、お駒を追うように出て行く。
ため息を吐くと勢二郎は、心配そうな根岸の肩を叩いた。
「すまねえな、根岸さん。気にせず、呑んでくれ」
「いやいや、こちらこそすみませぬなあ」
白石が夜の闇に覆われた森をかき分け行くと、お駒が木の影に伏せていた。
ため息を吐きながら、白石はその背に声を掛ける。
「おい、お駒。納得出来ないなら、帰れっつってんだろ」
涙声で返ってきた答えは掠れていた。
「……納得はしてない でも、最後まで見守るよ」
「なら、邪魔はするなよ。分かってるだろうがな」
お駒の震える肩を横目で見ながら、白石は闇に覆われる森を見るともなく見つめる。
「俺たちは非情な暗殺集団だ。それを忘れたなら、どこへなりと逃げるといい。追いはしない」
「……そんなことよく言えるね 実の妹に」
「お前の為に言ってんだよ。お駒、お前は殺し屋には向いてねえ」
袖で顔を拭いながら、お駒の声には怒気が含まれていた。
「……うるさいなあ 今更、そんな卑怯なこと出来ないよ」
「何にしろ、根岸の最後の晩飯なんだ。心ゆくまで食わせてやろうぜ」
帰るなり、戻ってくるなり好きにしろ、と言い残すと白石は妹に背を向け、元来た道を歩き出した。
※江戸期には、肉食の文化はありませんでした。
しかし、法で禁止されている訳ではありません。
そういう風習というだけのことで、こっそり食べている人はそこそこいたようです。




