十六 ドブ街の怪談
吉之丞は根岸の後をつけ、住処を突き止めると、その夜、叔父修二郎を呼び、相談を始める。
修二郎は喜びながら手を叩いた。
「……よくやったぞ! 吉之丞!!! それにしても奴め! ドブ街なぞに潜んでおったか!!」
叔父は拳を握りしめ、喜び勇むが、吉之丞は顔を顰めながらも、思い悩む。
仇を見つけたはいいが、その風貌に反して根岸新之介は熟練の手練れだ。
なんの策も無しに挑んでも、返り討ちに遭うは必定である。
「どうされますか、叔父上。ヤツは相当の手練れ。弓矢を持たせた兵五名で取り囲んだ善助殿でさえ、悉く討ち取られたほどの武の者に御座る」
「正にそれよな…… 先ほどの話を聞いた限りでも、ヤツの腕は衰えておらぬようだ」
そうして、叔父は腕を組み、ふむ、と思案を始めた。
「人数を集めますか? 恥ずかしながら、私如きでは、正面からぶつかって根岸を討ち取ることは叶いませぬ」
「待て。ワシに考えがある。あまり大仰になると、我が小泉家と言えど、お上に睨まれるのでな。先だって腕利きの者を見繕おうと、配下の者のツテを辿って、ある者の話を聞いたのだ」
叔父の言う通り、仇討ちというものは認められてはいるが、度を過ぎ、騒ぎ過ぎれば何らかの咎めを受けるかもしれない。
かといって、根岸新之介は善助率いる追っ手五名を斬り伏せたほどの達人である。
出来れば少ない人数で、静かに根岸を斬れれば一番良い。
暗殺者まで探していたのか、と少し驚きながら吉之丞は叔父を見る。
「根岸を倒せるほどの者が見つかったのですか?」
「……おそらく この江戸のドブ街と呼ばれる貧民どもの住処には、鬼を喰らう鬼が棲むという。悪鬼根岸には更なる鬼をぶつけようではないか」
「はあ……」
曖昧な返事に吉之丞は不安そうに首を傾げるが、修二郎はそんな甥に不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、聞け。吉之丞。先日ワシが聞いた話だ」
◇
以前より、根岸の探索と平行して修二郎は腕の立つ暗殺者も探していた。
先日、配下の者から凄腕の暗殺者がいるとの情報が入ったと聞き、修二郎は仕方なくドブ街へと赴いていた。
日も暮れ、掘立て小屋が立ち並ぶ街を眉を顰めながら、修二郎は配下の案内で歩く。
ドブ街は心なしか妙な匂いが立ち込める。
そして、配下の男は一件の飲み屋らしき粗末な建物の前で立ち止まる。
「こちらです。修二郎さま。かような薄汚い所で申し訳ありませんが……」
不機嫌そうに修二郎は店の暖簾をくぐる。
店の客は誰も彼もが風体の良くない輩のような連中ばかりで、修二郎は思わずますます眉を顰めた。
「全く。むさ苦しい所だな」
「申し訳ありません。ですが、ご所望の暗殺者などなかなか見つからず……」
恐縮する配下を修二郎はギロリと睨め付ける。
「暗殺などと、人聞きの悪いことを抜かすな。あくまでも仇討ちであり、助太刀を頼むのだ」
「失礼致しました。……あちらの男です」
恐縮した配下が案内した席には、顔が真っ赤になり、すっかり出来上がった男が座っていた。
机の上には徳利が複数開けられ、男は眠りこけている。
配下の男は男の肩を揺すりながら、叩き起こす。
「おい、こちらの方に先日の話をお聞かせするのだ」
男は目を擦りながら、顔を上げると修二郎と配下の男を見つめ、にいと微笑んだ。
「へいへい…… お話しやすよ。ですが、殺し屋に払った金のお陰で家賃がはらえなくてねえ…… まあ、お陰でいい酒が呑めるんですけど。へへ……」
「フン……!」
配下の男は修二郎が頷くのを確認すると、懐から小袋を取り出し、机に置いた。
男は小袋を掴み取ると、中にある朱銀を確認し、笑みを浮かべた。
修二郎は男を睨みつける。
「これ以上は出さぬぞ。虚言であってもタダでは済まさぬ」
「……へへっ! どうも。そんな怖い顔をしないでくだせえよ。嘘じゃございませんから」
「早く話せ」
修二郎たちも向かいの椅子に座り、男を睨み話を促す。
ヒッヒと、笑うと男は「そんな怖い顔しねえでくださいよ」と、胡瓜をひと齧りした。
そして訥々と語り始める。
「この辺には金六と呼ばれる嫌われ者の金貸しがいやしてねえ。法外な金利で何もかもをむしり尽くし、金を返せない者の家族にまで手を上げるクズでした。まあ先週死んだんですが。そのヤツを殺す依頼をしたのが、この俺というわけでさぁ。俺もヤツには痛い目を見せられてねえ」
猪口をひと啜りする男を、修二郎たちは無言で先を促す。
男は猪口を置くと、小さく笑った。
「金六も馬鹿じゃない。方々から自分が嫌われてることは重々承知してやがりましたよ。金にあかせて屈強な男どもを雇って、常に自分の周りに置いてました。メシの時はもちろん、寝る時でさえね…… 俺が自分でヤツを殺ることを諦めたのはこのためでさぁ」
「で、殺し屋を雇ったわけだな。詳しく話せ」
「へいへい。このドブ街にはねえ、悪鬼を喰らう更なる地獄の鬼が棲むと言われてやす。与太話じゃありやせん。俺はそいつらに金六を殺す依頼をして、きちんと葬ってもらった訳ですから。金六を守る男たちは、悉く首の骨を折られ、或いは首を斬られ…… もちろん、金六は手足をねじ切られて無様な死骸を晒してやがりましたよ!!! これも俺の依頼の要求通りでさぁ!! ざまあみやがれ!!!」
血生臭い話だが、よっぽど気分が良いのか男は猪口を飲み干して高笑いを始める。
眉を顰める修二郎に配下は耳打ちした。
「……金六と雇われた男たちが何者かに殺された話は本当です」
そう言われても、修二郎はまだ半信半疑だった。
こんなドブ街の怪しげな男の与太話を信じろと言う方が無理がある。
落ち着いた男は椅子に座り直すと、話を続けた。
「かく言う俺も金六の死体を見るまでは半信半疑だったんですが…… 『渡し人』は本当にいたと言うわけでさぁ」
そうして、男はひっくとしゃっくりをすると肩を回す。
「数年前から、このドブ街では酒の肴に語り継がれてやす。金次第で誰でも殺す暗殺者どものことを、ここでは『渡し人』とも呼ぶこともあるんですわ。悪人どもを三途の川に渡すから『渡し人』という訳ですな。彼らが何人いて、なぜそんな仕事をしているのかは不明。金はちいと張りやすがねえ……」
そう言って笑う男に、配下は睨むように凄んだ。
「どうやってその者たちに依頼するのか、この方に教えよ」
男はにいと笑いながら、手のひらを掲げ、修二郎たちを見つめる。
これ以上聞きたいなら、また金を出せという意味だ。
修二郎と配下は思わず耳打ちする。
しかし、その数日後、男が水死体となって発見された報せを受けて、修二郎は男の話が本当である事を確信するに至った。




