十二 根岸の回想「祝言」
根岸新之介はおさとと婚姻を結ぶこととなり、数日のうちに祝言をあげる運びとなった。
あっという間に祝言の日は訪れる。
祝いの言葉を述べてくれた客たちが帰り、新之介は初めておさとと二人きりとなった。
行燈の揺れる灯のみが小袖を着たおさとの整った容貌を映し出し、思わず新之介は目を逸らす。
考えてみれば、師の娘であるおさととは数える程しか口を聞いたことがなく、それでもいずれの会話も新之介の頭に残るものであった。
芯のある心根に、気遣いも見えるその物腰に話すたびに惹かれていったものだ。
しかし、新之介は不安になる。
二つ歳上のおさとに他に想い人がいなかったのか。
藩でも評判の美女である彼女が自分などを愛してくれるのか、またこの婚姻に納得しているのか自信がなかった。
何しろ根岸の家は言ってはなんだが、家格が低く、新之介自身の誇れるものといえば剣術しかない。
こんな自分に嫁いでくることにおさとは本当に納得しているのだろうか……
思わず新之介はおさとの目を見つめ尋ねてみる。
「おさと…… 本当に俺などで良かったのか?」
そう聞かれたおさとは、少し怒ったように眦をあげため息をついた。
「情けないことを言われますな。貴方はこれより私の夫となるのです。そんな事を言われると悲しくなります」
おさとの反応に嘘や無理をしているところはないようだった。
己を恥じながら新之介は、それでも夫婦となる前にこの話をしておきたかった。
「すまなかった…… だが、一つだけ聞いておきたいのだ。私はお前を愛している…… なかなか話しかけることも出来ず、ずっと昔から遠目からお前を見ていることしか出来なかった。そんな私が師の意志だからといってお前をもらっていいものかどうかと…… お前に好意を寄せる者は少なくなかったはずなのでな」
おさとは頭を振り、心底悲しそうに眉を顰める。
「まあ、ますます情けないことを」
暗闇でも頬を紅潮させ、怒っていることがわかる。
先ほどより怒った表情は新之介が初めて見るものだった。
「私も貴方のことを見ておりましたよ。根岸新之介さま。誰よりも道場で汗を流す貴方のことを……」
そう言っておさとは微笑み、そっと新之介の肩に手をやる。
「二つ歳下の少年が、痣だらけになってよく頑張ってるな、と…… 心配しながら貴方のことを密かに見ておりました」
甘い香の香りが新之介の鼻腔を刺激し、おさとの赤らんだ頬が薄明かりの元でも映える。
「おさと……」
新之介はおさとの肩を引き寄せ、顔をそっと近づけた。
それから、根岸新之介とおさとの夫婦としての生活は二十年ほど続くこととなる。




