十一 根岸の回想「決別」
時は過ぎ、根岸と小泉は二十の頃を迎えた。
互いに切磋琢磨しあい、剣技を鍛え上げた二人は、今では堀秀国の教え子で一、二を争う腕前となっていた。
円古流の嫡流を継がせるに当たって、男子のいない堀秀国は、この二人の弟子いずれかを後継に考えていた。
無論、一人娘であるおさとも、後継の者に譲る気でいた。
堀秀国は迷いに迷った挙句、二人を立ち合わせることにした。
運命の日、根岸と小泉は防具を付けずに、木刀を手に取り、向かい合う。
人払いした道場で、立ち合いの準備を続ける二人を見つめ、堀秀国は厳かに尋ねた。
「根岸、小泉、準備は出来ておるか?」
「「はい」」
迷いのない返事が返り、堀は頷く。
「では、立ち会え」
ふと目を瞑り、この立ち合いを決める前までは仲の良かった二人の様子を思い出し、堀は少し心を痛める。
しかし、これは流派の興亡に関わる問題。
二人には申し訳ないが、厳粛な方法で後継は決めなければならない、と堀は考える。
堀は目を見開き、二人の若き弟子たちを交互に見つめる。
「どちらが勝っても遺恨は無しじゃ。よいな」
「承知しております」
根岸からはいつにない迷いのない返事が返り、小泉は振り返り真剣な目で堀を見つめてくる。
「先生、おさとさんを娶り、円古流を継ぐのはこの私です」
「よい、刀で語り合え」
そして、準備が終わり二人は開始線に立つ。
「では……」
一瞬の静寂の時が訪れた。
息苦しく、まるで氷のような空気が道場に満ちる。
堀は断ち切るように、腕を振り試合の開始を宣告した。
「はじめい!」
二人が同時に猛然と前に出る。
「「でやぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」」
互いの本気の一撃がかち合い、木刀が激しい音を立てる。
刀同士で押し合いとなり、二人の顔が近づく。
まるで仇を見るような目で小泉は、根岸を睨みつける。
「根岸……! 俺の方が家格は上だ……! 俺の方がおさとさんを幸せに出来る! わかっておるだろう!」
対する根岸も負けじと、怒り混じりに睨み返す。
「……黙れ 小泉! もはや語り合うは剣のみ!」
互いにおさとへの恋心を意識して以来、二人は友人でありながら、ぶつかることも多くなった。
互いの心情は理解している。
しかし、友人とはいえ、譲れないものは譲れない。
ギリギリと息が詰まるような押し合いが続いたかと思うと、次の瞬間、互いに距離を取り激しく打ち合う。
「根岸!」
「うおおおお! 小泉!」
数十合もの打ち合いが続いただろうか。
やがて、勝負の天秤は根岸へと傾いた。
小泉の斬撃をかちあげ、根岸の返しの一撃が肩を穿った。
「……うぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ゴキリ、と骨の折れる音とともに、道場に小泉の悲鳴がこだました。
小泉は一瞬膝をつくが、しかしすぐに立ち上がる。
脂汗を流し、息を切らせながらも小泉は根岸を睨みつけた。
「まだ負けぬ! まだ俺は負けぬぞ! 根岸!」
片手で木刀を持ちながら、小泉の闘志はまだ萎えてはいなかった。
しかし、根岸も気圧されることなく、木刀を構える。
友人の心は知っていた。
おさとのために、ここまで執念深く立ち向かってくることも。
しかし、そこで堀の制止の掛け声が入る。
「それまで! 両者それまでじゃ!」
痛みのあまり、小泉は肩を押さえその場で蹲った。
「……ぐっ! うう……」
堀は小泉に駆け寄り、肩の様子を見る。
やはり骨折しているようだ。
「すぐに医者に運ばせよう。鎖骨が折れておる。よいな、小泉」
しかし、小泉は首を振りながら、根岸を振り返りまだ闘おうとする。
「……先生 俺は……! まだ!」
堀は首を横に振りながら、弟子を嗜めるように鋭い声を発する。
「小泉! その意気やよし! だが諦めよ。おさとが居なくてもお主は、まだ別の道を選べる。また、円古流を名乗っても構わん」
この時、勝負は完全についた。
堀秀国は、立ち合いの続行を認めないというのだ。
「……うう」
小泉は床に蹲り、泣き始める。
二人はしばらく無言で小泉を見守っていた。
やがて小泉はふらふらと立ち上がり、堀が呼んだ弟子たちによって医者の元へと送られていった。
二人となった道場で根岸は堀と向き合う。
「先生……」
これで円古流の後継は根岸新之介に決まった。
しかし、堀秀国は厳しい目で叱るように根岸を嗜めた。
「根岸、本気で打ち込んでおれば、もっと早く終わったであろう。お前の甘さが剣友をより長く苦しませることとなったのだ。わかるな?」
本来の根岸の一撃であれば、勝負はもっと早くついていたかもしれない。
堀はそう言っているのだ。
試合の前に迷いなど捨てたはずであった。
しかし、どこかに友を気遣う心が残っており、それが彼をより苦しめることに繋がったことに根岸は気づく。
深く頭を下げながら根岸は悔恨する。
「……肝に銘じておきます」
そして、顔を上げると安心したような、肩の荷を下ろしたような表情の師が笑っていた。
「おさとと、円古流を頼んだぞ……」




